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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第一部~精霊の宿
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 太陽は昇る



「止めろっ!長老!?」

「や、やめて下さいよお!長老様も仰ってたじゃありませんか? ブラックトロール達は穴の底で穏やかに暮らしているだけだから、大穴に悪戯にするなって子供達に何度も!」

「ええいっ!離さんかあ!! もうこの場を逃しては儂には一矢報いることすら叶わぬのじゃあ!!」


 暴れるラズゥを後ろから羽交い絞めにして取り押さえる獣人デスルーラとラズゥの脚にしがみつく世話役のエイ。

 しかし、流石はラズゥ。百年以上を軽く生きている老体であるのにも関わらず、ドラゴンスレイヤーたるオーディン家の血を引くが故か見た目にそぐわぬ膂力だ。流石のデスルーラでも引き剥がされないようにするので精一杯だった。


「まあ、確かに長老にとっては…親の仇の(しもべ)みたいなもんだろうから、許せない気持ちは解る気もするが…なあ?」

「ああ。何だかこうして見ると、気の毒な連中だなぁ…」


 最初は初めて目にするブラックトロール達に畏怖の感情しかない村の住人達だったが、今なおラズゥから罵倒を浴びせれる彼らに対して別の感情を抱いていた。


 何故ならば、彼らはずっと自身らに怒るラズゥを…その異形の姿から表情はかなり判別し辛いが、悲しそうな雰囲気だけは伝わってきていたからだ。特に先頭の異形の後ろに隠れるようにして立っていた1体はラズゥを見て涙すら流しており、横のもう1体に優しく肩であろう部分を摩られている様にすら見えるではないか。どうにも…邪竜の眷属というよりは、とても人間臭く思えたのだ。


「おいちょっと長老も落ち着けって。きっとこの人?達も何か用事があって遥々、穴の底から昇ってきたんだろう…ん? ちょっとアンタ、なんか背負ってるのか?」


 長老を宥めようと前に出たストローがブラックトロールの1体の真っ黒いタールか冷えた溶岩のように隆起してボコボコになった背中に何かを発見する。


「「ああ!!」」

「あ! 変態魔術師だよ!? 旦那様っ!!」

「……ウリイ。もうちょっと言い方があるだろう?」


 ブラックトロールに背負われたムラゴラドの姿に周囲は騒ぎ立った。と、それと同時に宿屋の2階の窓が開け放たれて赤髪の少女が飛び降りたのだ。着地と同時に何か鈍い音が聞こえてしまったような気もするが。彼女はこの光景に痛みすら忘れているのかもしれない。ダッシュでその背に飛びついた。


「うああああん!! わああああぁ~!!」


 ロトスアンは泣きながら虫の息のムラゴラドに抱き着くと、無抵抗な上に全裸な彼にパンチやキックやヘッドバッドを雨あられのように繰り出す。…呪いによって完全に不死身であった頃の彼ならば歯牙にもかけない程度だったろうが、確実に彼女の拳と蹴りと頭がヒットしてムラゴラドは小さな呻き声を上げる。


「おまっ!チョット止めてやれって!?」

「というかまだ生きてやがるぞ、この(やっこ)さん!? 信じらんねえ!」

「黙って見てるな! あの娘がトドメを刺しちまうぞ!?」


 ストロー達や周囲の村人が慌ててロトスアンを止める。その際に村の門番である男スンジに良い一撃が入ってしまい、悶絶して広場の上に転がった。なんとも運の無い男である。


「うっ…うぅ…。精霊よ…何故だ? 俺は不死から解放されたのではない、のか…?」


 何とかロトスアンを引き剥がす事に成功し、怪我によって混濁した意識の中でムラゴラドはストローに涙を流しながら問いかけた。


「…あんたなあ。はあ、まあ良いや生きてたならな! あと、忠告するがな。確かにお前さんの呪いは無くなった。が、あんた自身のパラメー…ああイヤ通じんか? ん~…肉体の強さ、かな? それには変化はない。正直言って他の客と比べると桁が違うよ。あんたは簡単には死ねんだろうなあ…呪いは解けたんだし、残りの人生をゆっくり楽しんでみちゃあくれないかね?」

「そ、そんなぁ…」


 ムラゴラドはガクリと力尽きてしまった。興奮が少しは収まったのか、ロトスアンが慌ててムラゴラドに駆け寄ろうとするが地面に転んでしまった。どうやらさっき飛び降りた際に足を怪我したのだろう。背負っているブラックトロールも困っているような様子だ。


「あ~2階から飛び降りたりするから…。悪い、ウリイ頼めるか?」

「うん。…ほら、良かったじゃないか? 君の好きな人が帰ってきてくれたんだから…これからの事は二人で話し合えば良いんだよ…ゆっくりとね」

「は、はぃ…」


 ウリイに優しく抱き起こされたロトスアンが安堵からかハラハラと涙を零している。


 …ここ数日間に色々あったが、何とかコレで落着か。と思ったストローがムラゴラドを背負った1体に話し掛ける。


「穴の底に住んでるアンタ達にはえらい迷惑を掛けちまったなあ? 背負ってるのはコッチで預かるよ。ところで礼がしたいんだが、どうだ? このまま俺の宿に入っていかないか?」

「………いや。それには及ばな…」


 まだ眉間に皺を寄せているラズゥをチラリとそのブラックトロールを伺った時だった。


(…東に無く、西にも無く、偽りの()の玉………我より生まれて、天へと昇れ……)


 意識を失ったはずのムラゴラドの口がボソリと動いたかと思えば、突如として広場の上空にスイカ球くらいの大きさはある光の玉が撃ち上がった。


「「なあっ!?」」

「夜なのに太陽が出てきちまったぞ!?」


 その光で夕闇の世界が一瞬にして照らし出された広場を除いて世界を漆黒の闇に染め上げる。


「逃げろォ!! 間に合わぬだろうが結界の張ってある聖堂まで! あの太陽は不完全だが、アレが落ちれば確実にこの村が吹き飛ぶぞ!!」


 居合わせたブラザー・ぶちが必死に叫ぶ。周りの住民達は大混乱だ。一斉に広場から逃走し始めた。


「アレが偽りの太陽…ムラゴラドが誇る最強魔術か…!」


 マリアードすらも額から汗を流してそれを見やる。


「太陽の魔術なのか?」

「師匠、なんてことを…撃ち上がってしまったからもうどうにもできない!」


 ウリイの手から逃れたロトスアンが床を這って地面に横たえられたムラゴラドに近付く。


「あの魔術ってもうどうにもならないのか?」

「駄目なんです…アレはそもそも戦で使う為にムラゴラドが編み出した広範囲殲滅魔術などではないんです。あの現在上空に浮いている―"太陽は昇る(ライジング・サン)"は本来であれば上空に昇った時点で凄まじい熱閃で周囲を焼き払ってしまえる代物なんです。…ですが、本当のあの魔術の完成形は―"堕ちた太陽(サン・ドロップ)"…術者を太陽の落下地点の座標として落とす事で凄まじい破壊力を引き出す、自決(・・)用に開発された禁術なんです。ですから、例え師が意識を完全に取り戻しても、もはやあの魔術を止める術はありません。…ですが、不完全故にまだ少しの間、偽りの太陽が落ちてしまうまで時間があります。私はここに残ります…どうか、皆様は退避を…出来る事ならこの山から離れて下さい…」

「そうだっ!! あの魔術によって全てが戦場から灰も残さず消し去られた! 灼けた死体も、武器や防具も、鏃の一欠けらすら残さずにな…!マリアード様も精霊様もご退避を!!」


 覆面越しでも判るほどの必死の形相でブラザー・ぶちは叫ぶと走る。

 ブラザー・ぶち達は逃げ遅れた村人達を両手に抱え上げて村の外に向って大きく飛び跳ねた。


 ムラゴラドに辿り着いた赤髪の少女が、彼を優しく抱いて涙を流す。この魔術はそも呪いによって完全な無敵を得たムラゴラドであれば開発・使用出来た魔術。だが、完全な不死ではなくなった彼は恐らく今回ばかりは無事では済まされないだろう。ロトスアンは愛する者と最期を遂げる気であった。


「ラズゥを守れ!!」


 ムラゴラドを抱えていたブラックトロールが長老達を指差して叫ぶと、もう2体のブラックトロールが被膜の様に身体を広げてラズゥとエイ、そしてデスルーラまでを包み込んで岩の様になって固まってしまう。


「な、何をするんじゃあ!」

「きゃああ!?」


 それを見届けたブラックトロールはストロー達に振り向いた。


「……そこの宿の主とお見受けする」

「そうだが? アンタ達は一体…もしかして長老とは所縁があるのか?」

「言えぬ。だが、何としてもあの子達は守ろう。そこの娘も、あの光の玉を創り出した魔術師と心中する気のようだが…アレが落ちてきたら私が覆い被さってみよう。……あの子に真実を伝えらえずに死者の門に行く気はなかったが、これも何かの巡り合わせだろう。じきに、あの子とも死者の門で会えるかもしれぬ…」


 もはや岩となった長老達をジッと見ると微かに笑ったようにしてストロー達に背を向けた。


「ちょっとぉ、旦那様ぁ…どいて下さいぃぃ~!」


 そこへなんと支族化したダムダが全身に力を溜めていた。髪の毛先がブワリと浮き上がっている。そして、大きく深く息を吸い込み…、


「『 ―消えてぇ!!― 』」


 裂帛の気合いと共にダムダの大声が空に響く。すると、上空から緩やかに降下していた偽りの太陽が一瞬だけ暴れたかと思うと、ギュウっと一瞬で一点に収束して最後は線香花火の様に闇へと消えていった。


「………ブハアァッ!!」


 ダムダが地面に仰向けになって倒れ込んだ。


「ダムダ!? 大丈夫かい!」

「無茶しやがって…ありがとな。助かったぜ」


 息も絶え絶えになってダムダはストロー達に笑顔で返した。かなりの力を消耗してしまったようだ。それだけの危機であったという事であろう。


「何とも…支族であるストロー様の細君の御力には驚かされてばかりでございますね…」


 太陽が消え去った事に気付いたのか村人達が恐る恐る広場への階段を覗き込んでいる。長老達も解放されていた。


「…マリアード。頼みがある」

「何なりと」


 マリアードがストローの前に音もなく移動すると膝まづいた。


 ストローは未だに驚愕の表情でダムダ達を見て呆けているだろうと思われるブラックトロール達を見て一呼吸置くと、口を開いた。



「人払いを頼みたい。特に長老かな? …ブラックトロール達を俺の宿に招待したいんだ」



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