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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第一部~精霊の宿
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 穴からの来訪者

今日は昼寝をし過ぎました(土曜日終了のお知らせ)



「もう2日か…部屋に籠ってから」


 ストローがロビーから2階への吹き抜けを覗いて、広場側へ窓があるダブルの部屋を心配そうな表情で伺って独り言ちた。いつものような常連たちも粗方の事情を知っているので、皆一様に表情がやや暗い。


 そこへ件の部屋から出て来たウリイとダムダが肩を落としながら階段を降りてくる。


「どうだった? もうそろそろ落ち着いたか?」


 問われたウリイが顔を横に振る。「そうか…」とだけ短くストローが答えた。

 ストロー達が案じているのは赤髪の少女魔術師、ロトスアンの事だ。どうやら今日もダメそうだった。



 2日前の早朝。この宿に泊まっていた…正確には弟子のロトスアンに無敵の代償(インビシブル)なる肉体を一時的に拘束する魔術によって金属のオブジェにされ、有無を言わさずにベッドの上に転がしただけだったのだが。


 その者の名はムラゴラド。ロトスアンの師にして、齢5百を超える西方最強の不死身の魔術師。


 宿の宿泊効果によって不死の呪いからから解放された彼は、…自殺した。広場から大穴に身を投げたのだ。しかも、全裸で。


 宿の宿泊客達が誰しもがまだ目が覚めない時間帯…恐らく他の者と違い、昼前から寝かされたからなのか、それともムラゴラド自体が特殊だったのか。彼だけが他の者よりも早く眼を覚ましてしまったのだ。

 また、宿の中で当時動けた者がダムダだけだったのも悪かった。恐らく自身の状態を悟り、錯乱状態であったムラゴラドはストローへの礼だと言って大金をカウンター越しのダムダに押し付けた。それでも足りぬと彼はあろうことか自身が身に着けいたマジックアイテムの数々、パンツすらも脱いでダムダに披露した。

 …その結果、ストロー以外の人間に、特に奴隷時代の経験からか男性にまだ恐怖感のあるダムダは耐え切れずに泣き出してしまい。休憩中のストロー達に助けを求めて奥へと逃げてしまったのだ。


 ここで、本文には余りにもプライベートでかつ関係ない事なのだが、ウリイはここ最近に宿を訪れた客の親獣人・亜人派の女冒険者から何か良からぬ事を吹き込まれたらしい。ストローと(ねや)(ぶっちゃけストローかウリイの自室でのイチャコラ)に入った際、やや傾倒したプレイを意欲的にやりたいと強請る事が増えた。一応…ダムダから釘を刺されているので自重はしているらしいが実に怪しい。その時も、「喉が渇いたのか?」と尋ねるストローにデキャンタ―のレモン水を口に含んで口移しで飲ませるということをして楽しんでいたのだが……そこへ泣いてダムダが部屋へと入って来てしまった故に、酷く動揺したウリイは盛大にストローの顔面に水鉄砲(マイナスイオン)を噴き出した事をここに加筆しておく。


 顔を拭きながらベソをかいていたダムダから事の経緯を聞いたストローはその場で大激怒。自分の可愛い嫁が痴漢にあったと厨房に何故か置いてあった伝説の武器(すりこぎ棒)を手にしたストローがパンツ1枚でカウンター奥のドアから宿屋に飛び出した。怒りのあまり、額から角のような雷まで生やしていた。


 時間で言えば実質ものの数秒足らず(地上と奥のPゾーンでは時間の流れの差が約60倍ほどある)であったが、その時は既に開け放たれた宿屋の玄関の外から掃除当番だった村人達の悲鳴が上がっていた。


「しまった!?」


 ケフィアの村から広場へと続く下りの階段の岩棚から宿の監視をしていた覆面装束姿のブラザー・タボが叫び声を上げる。常人を遥かに凌ぐ身体能力を持つ彼でもムラゴラドが大穴へと突撃するのを止める事は出来なかった。


「何ということだ…。急がねばっ!」


 ブラザー・タボはマリアードの下に身を翻した。



「…今は泣き疲れたのか、あの魔術師の服を抱きかかえて気を失ってしまったみたいだよ」

「そうか…可哀相な子だなあ~」

「あのぉ…旦那様。どうにか旦那様の御力で助けてあげられないでしょうかぁ? …その、昨日も一日中ずっと部屋でぇ、ふ、不浄…隠しぉ頭から被って叫んでてぇ。俺ぃ、見てて辛かったですからぁ」

「………そういう性へ、いやきっと心が弱ってしまってるんだろうなあ。しかし、俺の宿は身体なら完璧に治せると思うんだが…流石に精神面まではなあ~。参ったな」


 ストローはそうぼやいて頭を掻く。


「ストロー様…そして、細君方も此度は我々があの者らを招き入れてしまったが為に、大変なご迷惑をお掛けしてしまいました。まさか、精霊の奇跡を受けておきながら自ら命を絶ってしまうとは…最期まで愚かな男でした。しかし、あの者は長きに渡り自身の命を絶つ方法を探っていたとか。ストロー様においては誠に遺憾と憤られると思いますが…彼の者はやっと不死から解放されたのです。どうかあの魔術師、ムラゴラドの愚行を許してやって頂きたく願います…」


 ストロー達の前に今日も朝から膝を付いて頭を下げている司祭マリアードがそう発言すると、冷徹な目で自身の後ろで平伏する5人の覆面装束をチラリと見やる。


「……それにしても、階下に我が兄弟達が5人も居ながら不甲斐ないことです。ダムダ様が悲鳴を上げられた時まで誰も起きて上がれぬとは…情けない…!」


 その静かな言葉に怒りの感情が滲み出たので、先頭のブラザー・ぶちの垂れた尾がブルブルと震える。


「マリアードもそう部下達を虐めてやらないでくれ。コレは正直な話、俺の不手際だった」


 そんな問答が今日もまた続き、やっと立ち上がったマリアードがロビー壁際のソファーにブラザー・ぶち達を座らせて本日の説教が始まった。ストローがただただションボリし続ける覆面装束達を哀れんでウリイ達に時折、その席にコーヒーを差し入れさせたが効果は薄かった。それだけ、マリアードもご立腹なのだろう。


 そして夕暮れ時になり、いつもの常連の村人達が宿にチラホラと顔を見せ始めた。

 その中には久し振りに宿に顔を見せた獣人デスルーラの姿があった。そんなわけで長老と一緒に宿に来ていたエイは、世話をするべき長老のラズゥを放ったらかしにしてデスルーラにベッタリだった。だが、長老はここ最近元気がなかったエイが笑顔になっているのに安堵している様子であるし、心なしかデスルーラのも顔も嬉しそうだった。


「俺が集落に戻ってる間にそんな事が…そりゃあ、藁の旦那も大変だったなあ」


 テーブルの席に着いたデスルーラの前に酒とジャーキーを出したストローは世間話に花を咲かせた。どうやら、近い内に集落へと連れて行ったウリイとダムダと同じ奴隷だった者達も何名かをこのケフィアに戻すという話だ。どうしてもアデク関連の目があるので、長老や村人達と住居などを慎重に決めていきたいとのことだった。それを耳にしたウリイ達も仲間達に会えると喜んでいた。


 そんないつものような賑やかな夜か始まるといった頃合いだった。急に開け放たれていた玄関から村人が転がり込んできたのだ。


「た、大変だあ! 大穴の柵の修理をしてたんだがよう、なっなんだか穴の下から物音がするような気がして覗いて見たら…で、でで、出たんだよう!?」

「…何を? まさか飛び降りちまった(やっこ)さんの幽霊でも見たんか?」


 先に飲み始めていた村人が白んだ顔で呆れ声を出した。


「ば、馬鹿野郎!大変なんだぞ!! ちょ、長老! 長老が俺がガキだった頃に話してくれた穴の底に居るっていうアイツら! そうだ!不気味なブラックトロール共が穴から這い上がってきたんだよ!そ、それも3体も!?」

「ブフゥッゥ!? な、何じゃとお!?」


 宿屋が一瞬で騒然となり、勢いよくルービーを噴き出した長老が杖を片手に宿を飛び出した。他の面々も席を立ってそれに続く。


 広場には駆け付けた数十人の住民達でひしめきあっていた。そこへ壊れた柵の間からヌルリと黒い人型の異形達が穴から広場へとよじ登ってきたではないか。


「「ひぃぃぃ!?」」

「長老の話って…ホントだったんだ…!」


 そのブラックトロール達のおぞまし気な姿を始めて目にした住民達が驚愕し、言葉を失う。


「…あれが長老の言ってたマッドロードとやらの眷属達か…。ウリイとダムダは見た事あるか?」

「いいぇ。俺ぃはあんなひと始めて見ますよぅ」

「ボクも。あんなの亜人でもモンスターでも見たことないや。多分、珍しいスライム族とも違うっぽいね。あ、でも父上達が昔に言ってたんだけど、海を越えてある南ルディアには信じられないような種族ばかりが住んでる、って言ってたかなあ…」


 そんな会話をしながらも、ゆっくりと広場中央へと近づくブラックトロール達の様子を伺っていたストロー達であったが、ここで思いもよらぬアクシデントが起こった。



「ここであったが百年目っ!! 我が父と母と兄の仇! 今こそオーディン家の末子たるこの儂が、貴様らに目に物を見せてやるわっ!!」



 ブルブルと震えながらブラックトロール達を睨んでいた長老のラズゥが杖を振り上げて、3体の異形へと突撃したのだ。



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