カツ・ドン
カツ丼食いたいなあ~っと思いながら書いてたらこんな話になりました(直球)
◤ストロー◢
「…カツ丼、食うか?」
「え」
俺は食堂の隅にあるミニテーブルに座らせられている赤髪の少女、ロト…さん?ロトスアンだっけか? その子の目の前に新メニューをコトリと置いた。
「うわあ! カツ・ドンだあ!?」
「いいなぁ~」
「フッ…お前達の分もちゃあんと用意してあるぞ。食堂もひと段落着いたし、ワゴンの上のヤツ好きに食っていいぞ?」
ウリイとダムダもこのカツ丼に夢中だ。もはやカツ丼ジャンキーと言ってもいいな。
…まさか、この異世界で米が手に入る日がこんなに早く訪れてくれるとはな…!俺は困惑するロトスアンを放置して、しばしこの米と出会えたあの…ほんの数日前の出来事を思い出していた。
◆
俺はその日も日課の散歩をしていた。散歩と言っても現在は休憩時間を基本使って村の中を散策するだけだ。最近はもう夏から秋に変わったのか気温が涼しくなってきたのを感じる。いつものように村人達と挨拶を交わす。この何気ないやり取りや会話が俺は好きだった。
今日はウリイと一緒だ。俺に同行する二人は交代という事になったが、だいたいウリイとダムダが3:1といった頻度でウリイと一緒に回る事の方が多い。…何故かと言うと、ダムダは体の大きさの割にとても恥ずかしがり屋だ。特に自分の胸にどうしても老若男女問わずに視線を集めてしまうことに未だに慣れないようなんだよな。無理強いはできないから俺一人で散歩に行こうか? などと言うと一人きりで過ごすのは寂しいと泣くので、どうしてもウリイと出歩く機会が多くなっているんだよなあ~。
というかウリイは逆に遠慮が無さ過ぎる。ダムダが居ない事を良い事にやたらと俺に引っ付こうとする。可愛いから許してやりたいところだが、周囲の視線がとても生暖かくて俺の顔まで暑くなるので多少は加減して欲しいんだが。
「ん? 誰か村の外で座ってるぞ?」
「ああ、藁の旦那。ありゃあ麓から荷を運ぶ人足ですぜ。ここ最近他所から出入りしてきた若い二人でねえ。そういや、一昨日に旦那の宿にも連れてったはずだったような…」
麓の村であるアンダーマインへと続くアーチ門の門番であるスンジが俺の疑問に答えてくれた。この人、3日に一度は宿で酔いつぶれて奥さんに頭を引っ叩かれながら帰ってくんだよなあ。
俺はスンジに軽く礼を言うと、彼は「今日も飲みに行くぜ!」と笑って返してくれた。俺は不思議と興味を引かれた二人に近づいていった。
「はあ…腹減ったなあ。仕方ない、コレで誤魔化すかぁ~」
「お前、またその沼草の実かぁ? 俺、それ虫の卵みたいで嫌いなんだよなあ。まあ、割と沼近くの村の人間は腹の足しに食ってるよな…。 はっ、はあぁあぁぁ~」
「(ポリポリポリ)やめろよ…余計ひもじい気分になるだろう。でもまあ、あの宿の飯と酒の味を知っちまったら、生きるのが辛くなっちまうよ」
「ああ、仕事くれた麓にゃ悪いけど、エールの不味いこと!またあそこの飯と酒が食いたいなあ~」
「ばっか。俺達が例え朝から夜まで出突っ張りで働いても銀貨2枚にもならねえんだぞ? 一昨日はあの神様みてえな若旦那の好意で俺らなんかに奢ってくれたんだ。あんな御馳走を喰い放題で銀貨1枚なんて何かの冗談だろう…んな贅沢できねえよ」
「うちは食い放題、飲み放題で銀貨1枚だぞ?」
「「うわあ!?」」
俺が後ろから声を掛けたのに驚いたのか二人は面白いように飛び上がった。その時、片方の男の手にした袋が地面に落ちて少し中身が零れてしまった。俺は慌ててソレを拾い上げる。
「おっと、悪い事したな。折角の昼飯だったんだろう? 腹が空いてるんならこれから俺の宿に来ないか? 何か食ってきなよ」
「「ええ!? いいんですか!」」
同じような顔をしてまた筋肉男共が飛び跳ねたぞ。ウケる。
…ん? この零れたのって…。
「あ。それは干した沼草の実です…その日持ちして、腹持ちも悪くないんでよく食べるんスよ?」
「ハハハ…。若旦那が口にするようなもんじゃあ…あっ」
俺は反射的にソレを口に入れてしまった。
ポロリ。俺は泣いていた。
「「ええっ!?」」
「だ、旦那様!? コラぁ!お前らボクの御主人様に何を食べさせたんだ!?」
光の速度で支族化したウリイが二人に片手でネックツリーを放つ。まったく…ウリイはダムダほど支族化の力をコントロールできてはいないようだな。直ぐに感情的な理由で変身しちまうもんなあ……でも、そんなことより俺はただただ口の中に広がる味を懐かしんでいた。
フフフ…おかしなもんだな。感覚的には前の世界から来てまだ半年も経ってないような気分なんだが、米の味がここまでの感情を引き起こすとはな…うん。よく味わえば外国の米みたいな風味とか割とジャリジャリして美味くはないが、それでもコレは間違いなく米の味だ!!
「止めろ!! ウリイ!」
「え。 は、はい!」
地面に降ろされた二人は全身全霊で空気を味わっていた。
「すまない。うちのが迷惑を掛けちまったな…ところで、コレを譲ってくれないか?」
「ゼーハー!ゼーハー…ふあ!? 勿論です!どうぞ若旦那!」
「お願いしますから旦那の奥さんもこれ以上は許して下せえ!!」
俺はその米の入った袋を握りしめて思わず笑顔になる。
「よっしゃあ!帰るぞウリイ! あ。そうだ、コレはささやかな礼だ。後、またこの沼草だっけ? また手に入ったら譲ってくれないか? それとこの後、必ず宿に来てくれよ。たんまり食わせてやるからさあ!」
俺は「ありがとね♪」と言いながらポンと俺に米を譲ってくれた方の掌にお礼を乗せた。
「「はい? って、ききき金貨あぁああああ!?」」
俺は宿へとダッシュした。はて? 後ろが騒がしいが…金貨なんだから銀貨よりも価値があると思って渡したんだが? まあ、何か問題があるんなら後で宿で聞けばいいか!
まあ、その後宿屋で泣きながら俺に金貨を返してきたんだけどね。また米を持ってきてくれるって約束してくれたから追加で1枚あげたら気絶してしまったのには驚いたが…。
俺は宿に戻ると速攻で厨房に入った。
「この量じゃあ…炊いても仕方ないし。米を使ったレシピを期待して解析に回そう」
俺は米の袋を無限フードプロセッサーの蓋を開けて放り込んで祈る。
(チーン♪)
そして、追加されたレシピが…。
(:無限フードプロセッサー。解析完了。新レシピ・複雑な家庭丼、カツ・ドンがアンロックされました。※材料の提示解析とスキルレベルによってレシピが増加します。追加されたレシピ………複雑な家庭丼(肉と卵の組み合わせはランダム)/並or大盛。カツ・ドン(肉はランダム)/並or大盛。)
「……またランダムかよ。いい加減にしろよ? 結局、ワイン煮込みも実際は何の肉なのか判らないんだぞ。でもまあいい! 丼ってことは米が食えるんだな!?」
俺は早速カツ・ドンを注文して、出来たと同時に貪りついた。
「……美味い。涙が出る程に美味い。…何の肉か判らないけど」
カツ・ドンはまさに見た目はカツ丼だった。丼によそられた白米の上に調理された出汁の効いたタマネギと卵とカツが最高のハーモニーを奏でている。結局、何の肉かはわからんけど。
俺が泣きながら食ってるとウリイとダムダが様子を見に来たので、急遽リビングでの試食会となった。カツ・ドンは大好評。だがもうひとつの複雑な家庭丼は賛否両論だな。ダムダは平気だったが、一度だけワームの肉とクモの卵(どちらも多分モンスター系)の組み合わせが出てしまったからだ。ウリイは実は虫がかなり苦手だったらしく、支族化して逃げ去ってしまうほどだった。Pゾーンでもすり抜けられるのか…凄いな。 でも不思議と美味かったんだよね、コレ。ダムダと仲良く半分こして味わった。
きっと、また宿のレベルが上がれば米を使ったレシピも増えるだろう。楽しみだな…。
◆
「あっ…あの!」
おっと。どうやら俺はすっかり自分の世界に浸ってしまっていたようだな。
「……食べてもよろしい、のでしょうか?」
「いいよ(※サムズアップ)」
可哀相なくらい涎を垂らしていたので勿論許可した。ロトスアンは泣きながら、これから自供せざるえない犯人のように泣きながらカツ・ドンをかき込んでいる。
「うぅ!美味しいですぅぅ…!! 葉も新鮮だし、お肉も食べたことないくらいに美味しいですよ!? 師匠と王都を抜け出してから火も焚けない野営ばかりで…ろくなものを口にできなかったもので。 ところで、ストロー様…この料理に使われているのは何の肉なのでしょうか?」
「知らんな」
「ええ!?」
リスのような顔になっていたロトスアンが咽る。なかなかに良い反応だ。
「というのは冗談で…(ホントに知らんが) まさか、1階のベッドが埋まっちまうとは思わなかったなあ…」
「…面目次第もございません。ストロー様」
同席しているマリアードが深々と頭を下げた。
2階の個室ができてから、1階のベッドが使われる事が少なくなった。しかしだ、今夜は満席?いや満床か? そこには覆面装束が5人。野良着の男達が3人、スヤスヤと寝息を立てていた。
今日の夕暮れくらいにマリアードの下に助けを求めに来た、麓の村の者達だ。このロトスアンの魔術で金属の塊にされてしまったブラザー・ぶち達をそれぞれ男2、3人掛かりで運んできたので、ベッドで寝ている3人の男達はマリアードからムラゴラドの件は収まったと聞いて気が抜けたのか力尽きてしまった者達だった。残りは宿で飯を食った後、大事をとって聖堂と長老の家に今夜は泊まるらしい。
腹が満たされて落ち着いたのか、ムラゴラドの弟子であるロトスアンへの聴取が始まった。因みに俺も同席させて貰った。俺以外に精霊は居るって話は知ってるが、件のドライアドについては何も知らんからなあ。
「ところで、あなたの髪の色…北方の出かと最初は思いましたが、違うようですね。北方の民はもっと茶が強い」
「…はい。私は忌み子です。12年前に捨てられた私をムラゴラド様が拾って、弟子としてここまで育ててくださったんです…」
彼女の口から聞けた話は決して明るいものではなかったが、自分がその赤い髪が理由で魔術師の一族から追放されたこと。共に生活する中で、ムラゴラドが自身の不死を疎んで命を絶つ方法を密かに探していたのを示唆する話などだった。だが、彼女は常にムラゴラドを庇って話をしていたと感じたな。
「…ストロー様。ムラゴラドは…我が師はどうなるのでしょうか?」
「んん? ああ、心配は要らないと思うぞ? …どれ。ああ、なんかステータスにあったイノチノヤドリギ?ってのが多分呪いかなんかだと思うんだが、もうすっかりと消えてなくなってるから」
「で、では! 師は不死の呪いか解放されたと!? ううっ…精霊様…あ…り、とうござい、す…!」
ロトスアンが宿帳を眺めて状態を確認する俺の前で泣きながら蹲る。だが、マリアードの顔は何故か晴れないようだな。
「…差し出がましいのですが。ストロー様、よろしかったのでしょうか? ムラゴラドに掛けられた不死は、ドライアド様からの罰であったと思われます。それを慈悲とはいえ、解呪なされたのは…」
「だってもう5百年もそれで苦しんでるんだろう? もう十分だと俺は思うぞ。もしそのドライアドって奴に不満があるなら、俺が話をつけるからそれで良いだろ? ロトスアンももし今後、それで絡まれたら俺のことちゃんと言えよ?」
「我が精霊たる、ストロー様がそう申されるのであれば…。この寛大な処置に感謝するのですね。大魔術師の弟子よ…」
ロトスアンは鼻水まみれの顔を何度も縦に振る事しかできなようだった…。
◆◆◆◆
『………あの愚かな者に与えた…宿り木の呼応が、消えた…?』
ブルガに鬱蒼とした樹海の闇に佇む絶世の美女が、ここ百年以上閉じていた瞳を開いた。
その瞳は怪訝な色を宿し、遠くにあるヨーグの山脈へと向けられている。
美女はただ沈黙する。その美しく伸びる肢体は、同所にそびえ立つ大樹と同化している。
ルディアの民の前から姿を消す事、数百年。
樹の精霊…ドライアドの姿がそこにあった。




