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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第一部~精霊の宿
49/103

 結び衣装と靴

伏線は多分ないです(笑)



「では、遠慮なく採寸させて頂きますねー♪ あとは…使う布などにお好きなものはありますか? 最近はコチラの刺繍などが王都の流行りだそうでございますよ?」


 無駄のない動きで針子のビイがウリイとダムダの身体に印の付いた紐を這わせて、採寸を終わらせていく。その流れで、連れの同業者か補助の人間なのか。ビイと似たような風貌の男女がウリイとダムダの横に侍り、手慣れた手つきで仮の衣装を出してデザインや機能美を説明したり、


「ウリイ様。颯爽とした美しい容姿の奥様であるならば、この爽やかな色合いの布はいかがでございましょうか? いやはや見惚れるほどに優れた体幹でございますなあ。やはり草原の戦士たるケンタウルス族の御方は違う! ではでは、コチラの戦乙女を模した衣装飾りなどは…」

「とても素敵です!ダムダ様、やはり奥様にこの色がお似合いかと。貴女の包み込むような優し気な魅力がより良く出ておりますよ? とても立派な御角ですね。流石はミノタウロス族、この角飾りなれば品を損うことはないでしょう、どうぞお試しになってはいかがでしょう?」


 ビイの連れて来た男女もかなりのやり手のようだ。常に二人の容姿を褒めながら、衣装に使うのであろう布や織物、貴金属品を勧めている。男はナルカン。女はボスミオと名乗った。

 二人はこのような扱いなどを受けたことなどないのだろう。先程からあうあうと口を開くのが精一杯のようだ。


「二人の服か…まあ、作るからにはしっかりしたモン作ってもらいたいしな」

「「勿論でございます!ストロー様!」」


 ビイだけではなく、ナルカンとボスミオまで声を揃えてかしづく。


「いや、マリアードには感謝だな。コレなら期待できそうだ」

「ね、ねえ? やっぱりボク達にこんな立派な服なんてさあ…要らないんじゃないかな?」

「俺ぃも、こんなどっかのお姫様みたなことされたらぁ…落ち着かないですぅ」


 奴隷の時は裸同然だった二人は頻りに自分達の為に上等な服を仕立てて貰えることに恐縮しているようだ。

 だが、それは無理もない。この世界の一般的に出回っている服の質は非常に悪い。基本は古着で、各家庭で布を使いまわして自身の服を裁縫するのが女達の仕事でもあった。このように服飾の職人に依頼してオーダーメイドの衣服を製作させるなど、よほどの地位か裕福な者達にしか許され得ぬ事であった為だからだ。

 ちなみに、ここに居るビイ達は王族相手の仕立て屋に匹敵するかそれ以上の品を提示し、惜しみなく使う気でいるつもりでいるし、むしろ王族と同等のものなど(・・・・・・・)実は作る気も無いし、許されてもいなかったのだが。


「どうぞ遠慮など無用でございます。既に代金は司祭様を通してストロー様から私達に支払われておりますので…むしろ、服など要らぬと言われては身共らが困り果ててしまいますよ」


 ナルカンの言葉にビイ達も頷く。ビイが近くのテーブルを借りて大きな紙に図面を引いていく。


「それに…今回はお二人に既に作った衣服と、結び衣装の打ち合わせをしたく伺ったのが主な目的でして…」

「結び衣装?」


 ストローが首を傾げたが、当の二人はそれを聞いて互いに喜んで飛び跳ねている。


「ああ、精霊様…失礼しました。ストロー様はご存知ではなかったのでしょうか? ナルカン、試作品をお出しして」

「はい」


 ナルカンはウリイに頭を軽く下げ、離れる許しを得ると背負っていた衣装箱から何か一着の衣装のようなものを取り出す。そして、ストローに恭しく一礼してから彼の前で衣装を広げて見せる。


「ドレスか? って、ああ!ウエディング・ドレスか!?」

「うえでいん? 身共の知らぬ言葉ではございますが、ストロー様はやはりご存知であったようでございますね」


 ナルカンの持つ衣装は純白の生地と織物で仕立てられた、どこか民族衣装を連想させる美しいドレスのようなものであった。額当ての付いた神秘的なベールにもストローは目を引かれた。そして、ビイに向って、


「へえ。コレを二人にも作ってくれるのか?」

「ええ。と言ってもお見せしたのはあくまで人間用にあつらえたものですから、お二人の御身体に合わせて私が仕立てさせて頂きますよ。基本の布地は純白なんですが、奥様達の好みでいかようにも…ところで、お二人の見届けのご希望などはおありですか?」

「へ? ボ、ボクかい!? ボクの家は代々"風"だって母達から聞いたよ」

「……俺ぃの里にはその、衣装とか、そんな立派なものは無かったよぉ。多分…俺ぃのとこは"大地"だと思うなぁ、ちょっと自信ないけどぅ」


 ビイは「ではそのように」と言って微笑むと紙に恐らくデザインの画を書き込んでいく。ちなみに、ウリイ達が言っていた、見届けとは信仰している精霊だけという訳ではなく、結び衣装をはじめとする伝統祭事のデザインや趣向を精霊に模しているものである。

 また、結び衣装というものは一般の衣服よりもずっと高価で価値があるものであり、基本は夫婦となった時に権力のある家などから借りるものなのだ。このケフィアでも長老の家に衣装は保管されてはいる。


「御安心を。ちゃんと昼と夜、両方お作りしますから」

「昼と夜? 衣装は2種類あるのか?」

「「…………」」


 何故か二人は顔を赤らめて黙る。

 そこへ少しいやらしいビイの視線を受けたボスミオが颯爽と何かを手に持ってナルカンの隣に並んだ。そして惜しげもなくストローの前でそれを広げた。


「コチラです」

「ん!? こ、これは…!」


 それは極薄の衣装であり、どこからどう見ても官能的というか…そういう目的でしか使わないものだった。ちなみに、これは上流階級の女の嗜みとして密かに仕立てられている代物である。


「……まあ色々と上手くやってくれ。そう言えば、二人の仲間の服とか靴とか間に合ったのか?」

「はい大丈夫です。先程、渡せる分は全て渡し終えましたので。皆、ストロー様に感謝の言葉を述べておりました。本日は奥様達の採寸があったので宿に押し掛けるのを避けて頂いた次第ですが…ああ!そうでした。結び衣装とは別に先ずはコチラを…」

「おっ!追加でマリアードに頼んでたヤツか!?」


 ストローは先の結び衣装などは考えてはいなかったのだが、二人の普段着などの他にある衣装ともう1点を追加で作ってくれないかと頼んでいたのだ。


「では2着ずつお渡し致しますね。あ、汚れた際などは直ぐにお申し付け下されば新たに仕立ててさせて頂きますので」

「コチラでも洗濯して着させるつもりだけど、必要な時は頼むよ」


 衣装箱からとある衣装を携えたビイとボスミオがウリイ達に笑顔で近づいて行く。困惑する二人にストローは着替えを促すと、着替え場所として2階の部屋を宛がった。着替えの手伝いとして連れて行くビイ達はPゾーンへは入れない為だ。



 暫く、ナルカンと共に夜の結び衣装について論議していると、ウリイとダムダが恥ずかしそうに2階から階段を降りたきた。


「いいじゃんか!凄い似合ってるぞ二人とも!!」

「えへへ…そうかな?」

「俺ぃ、こんな可愛いものが着れて嬉しぃ…!」


 二人はストローが頼んだ宿の従業員服を身に纏っていた。清潔感のある白いゆったりとした手の裾が締まったシャツ。そして、ストローの宿の屋根の色に似せた明るいオレンジに近い色合いの正統派のエプロンドレスである。メイドではなくどこか民族衣装めいた簡素な造りのものをあえて望んだ結果であった。

 ストローが絶賛して手を叩くのに釣られてか、ビイ達だけではなく長老達や居合わせた他の宿の利用客達までもが手を叩くので、二人は終始照れたままであった。


「…それと、本日は身共がこのようなものも用意致しましたので、サイズや履き心地などを試して頂いてもよろしいでしょうか?」

「ストロー様のもうひとつの御依頼品です。何分、亜人であるケンタウルス族、ミノタウロス族のものを手掛けた者はおらず、ストロー様のお知恵を借りた次第でございます…これらは代々、服飾の他に革職人の血を引くナルカン。そして、具足職人の父を持つボスミオとその身内が製作に携わりました。どうぞ、御納め下さい」


 ビイが目配せすると、緊張した面持ちのナルカンとボスミオがそれぞれの手に作品を持ち、ストロー前に膝まづくとそれを恐る恐る差し出した。


 ナルカンは美しい飴色の()足の革靴だった。大きさは30センチ以上あるのだが、少しでも履きやすくなるように工夫が凝らせており、どう見ても素晴らしい出来にストローが笑顔になる。

 ボスミオが震える手で差し出したのは一見台形の穴の開いた木型に見えるが、その中は緩衝材、底は何かの素材で補強され、滑り止めもされている。ストローはそれを手に取ると様々な角度から覗き込んだ。ボスミオが不安からか顔を青くする。


「凄いぞ!? 俺の言葉だけでよくここまで作れたもんだ!いやあ~大した腕前だ! ナルカンとボスミオだっけか? 名前、憶えたぞ。それにしてもアンタ達には感謝し切れんなあ、改めて礼を言わせてくれ。今後ともよろしく頼むよ!」

「「………っ!!」」


 ストローは満面の笑みで二人の肩を叩くと、それらを抱えてウリイとダムダの下に走って行ってしまった。ナルカンとボスミオは地面に蹲ったまま震えて動けないでいた。そこからは嚙み殺すかのような泣き声と床にとめどなく落ちる水滴の音が聞こえた。

 ストローを精霊と知っていた二人はこの出来事に既に心は感動で限界だった。今すぐにでも泣き叫びながら所かまわず駆け回りたい衝動を必死に堪え続けていたからである。この二人のように信心深い者でなくとも、自身の手掛けた作品を精霊に受け取って貰えるなど、この世界ではどのような名誉にも勝ることだからだ。ましてや、名を覚えられるばかりか、感謝の意を伝えられるなどとまさにその極みにある。この二人にとっては少しでも気を抜けば恐らく、余りの幸福で死んでしまってもおかしくはないほどの偉業を成し遂げたのであったのだ。


 そんな事もいざ知らずに、その当の精霊はウリイ達の前へとやってきた。


「ストロー様…どうしたの?」

「なんですぅ、それぇ?」


 疑問視する二人に構うことなくストローがウリイの前に膝まづいたので一気に周囲は慌ただしくなる。後ろにいたナルカン達も驚いて飛び上がり乱暴に顔を拭う。


「だ、だっだだ旦那様!? 駄目だよ!皆の目の前でそんな事しちゃあ!?」

「いいから…黙って足を出すんだ。先ずは前の右足から」


 混乱するウリイが足先を差し出すと、ストローがそっと彼女にナルカンの革靴を履かせた。


「あ……!」

「どうだ履き心地は良いか? 問題ないならホレ、今度は左だぞ」


 そう言いながらストローはウリイに手ずから革靴を履かせていく。


「ああっ!! …なんということか!」


 その光景を見て我慢の限界を超えてしまったナルカンが涙を零して膝を付いた。ナルカンの嗚咽だけが聞こえるが、その誰も決して邪魔ができない光景を周囲も固唾を飲んで見守っている。


「良し!うん、やっぱり良い靴を作ってくれたナルカンには感謝だな。 ってオイオイ、なんでナルカンが泣いてるんだ?」

「……ボクの、靴だ…」


 指先で自身の革靴を触ったウリイの顔に一筋の涙が伝う。それを見てダムダも涙ぐむ。

 ケンタウルス族にも靴の文化が無いわけではないが、他種族と比較してもやや特殊な足のつくりから基本は自ら草で編んだサンダル以下のようなものが主である。このような立派な革靴を履けたケンタウルス族はウリイが初だろう。


「おいダムダも。お前のはコッチだぞ?」

「へえ!? で、でもぉ俺ぃの足は蹄があるからぁ…靴なんて履けないよぅ?」

「俺がお前だけ仲間外れなんかにするわけないだろう? むしろ、ダムダのは特別製だぞ!」


 ストローはダムダの前でも同じように屈みこむと彼女の足を上げさせる。ストローの助言によってこの世界で作られた史上初のミノタウロス族のような蹄を持った種族用のブーツ。それは彼が生前の世界でたまたま牧場で見た事のある代物をヒントに作られたものだ。いわゆる馬などの四足動物の蹄の保護を目的としたホースブーツというものである。それにこの世界の職人の助力を得て改良したものだった。


「まあ、蹄の方が楽だったら無理しなくてもいいからな?」

「俺ぃにまでぇ…!!」


 感極まった二人が満足気に二人の足を見ていたストローを押し倒すまでにそう時間は掛からなかった。人前である事も忘れてキスの雨を降らせる。ストローが悲鳴を上げて降参し、慈悲を請うが誰も助けられずにいた。それどころか酒の入っている者達は指笛を吹き、その幸せに当てられたせいか乾杯までする始末であった。



 今日もまた、宿屋は賑やかな笑い声に包まれていた。



 ◆◆◆◆


 

 未だ喧騒が続く宿の扉の前にひとりの男が腕を組んで、眼前の大穴と夕陽に染まっていくヨーグの山々を眺めていた。


「お待たせしてしまい、大変申し訳ありません。マリアード様…シスター達は精霊様の奥様達や他の女性に捕まってしまいまして、まだ宿に…」

「良いのですよ。ブラザー・タボ。…ところで、あなた達の作品は精霊様のお気に召されましたか?」


 宿の外に出てきたのは針子のビイの連れであるナルカンであった。


「身共は今日ほど地母神ガイアに感謝の意を捧げたことはありません。あのストロー様を御目にすることが叶ったばかりか、身共らの手掛けた作品を手にして頂いた上に…お褒めの言葉を直に掛けて頂けるなんてっ…! これで愚かな未熟者でしかないこの身でも、死者の世界に居る我が父祖達に胸を張れることでございましょう…このような機会を与えて頂き、マリアード様には感謝の念に堪えません」

「それは僥倖。感謝の意ならば私にではなく、ストロー様とその細君に向けて下さい、兄弟よ」


 マリアードは顔を綻ばせて宿を伺う。しかし、対照的にナルカンは表情は暗い。


「マリアード様、ひとつお耳に入れて頂きたい事が…」

「どうしました?」


 マリアードが姿勢を正し表情を強張らせた。


「…実は道中、他の兄弟姉妹よりこのケフィアを目指す西方の魔術師が確認されました。距離も既に近く、恐らく数日後にはこの地にやって来るかと」

「西方魔術師…? 厄介なのはアデクの子飼いである五色魔術師でしょうか。少なくとも私の情報では"白"以外の魔術師とは敵対するのは必至となるでしょう。この村を…精霊様をそのような者達と接触させる訳にはいきません。しかし、そこまで我が兄弟姉妹達が気付かない訳が…西方の王都であるヴァンナにですらガイアの徒は居るのですから」


 マリアードが西方の方角を見上げ視線を鋭くする。


「これはまだ確証の無いことなのですが…恐らくその魔術師はアデクの五色ではないと推察されております。人数も2人と極めて少数なのですが、高位の隠れ身と人避けの魔術を用いている為に我ら兄弟姉妹の総力を以てしても満足に追跡できぬとのことなのです…」

「たった二人ですか。少なくともアデクの威を借る悪辣な魔術師ではないようですね。むしろそのような高位の魔術を使えるとなると…」


 マリアードは自身の口を片手で隠して少し考え込んだが、直ぐにその場から離れた。


「ブラザー・タボ。私は一先ずは聖堂へと戻ります。…シスター・ベスにはそのように伝えておいて下さい。あなたも移動中にその件の魔術師と接触する恐れがあります。恐らく彼の魔術師の方が私達よりも上手でしょうね。注意を怠らないで下さい…精霊と共にあれ」

「精霊と共に…」



 マリアードとナルカンは腕をクロスさせて印を結んで頭を下げた後、互いに背を向けて別れたのだった。



 ストローの新たなる出会いは、もうすぐそこへと近づいている。



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