カミングアウト
悲報:精霊であることがバレる(※本人に)
◤ストロー◢
「迂闊だったな… ま、試してみるか」
俺はとりまテーブルとカウンター前のロビーに集まっているマリアードと奴隷達、そして付き添いだろうか数人の村人の中心へと歩く。
「おいおい、皆遠慮せずに椅子に座ってくれよ? ああ、アンタなかなか立派な尻尾だな。そこにある背もたれの無い椅子ととっかえてくれ… っと、その前に俺の宿屋をウリイとダムダに何日か手伝って…」
「え。 …何日かだけ、なの?」
ウリイとダムダが目を潤ませる。イヤ、だって給料とか払うこと考えるとちょっと面倒なんだが…?
「……暫くの間、俺の宿屋を手伝って貰う事にした! っても具体的な事は決まってないんだなコレが。だから今後とも村の皆には面倒を掛けると思うが、ひとつよろしく頼むよ。…今まで辛い思いをしてきたろうし、今後も大変なことなんていくらでもあるだろうが力を貸してくれたら助かる」
俺は軽く皆に向って軽く頭を下げると「おおっ」という声と共に周囲が騒がしくなる。年季の入った獣人達が立ち上がってまるで顔を隠すように手を垂直に合わせた。確か獣人や亜人社会で広く使われる最上級の敬意のポーズなんだっけ? デスの奴が獲物を置いてく度に俺にやるので、意味を聞いてたから俺が知ってるだけだが。確か泣き顔、特にうれし泣きや感涙の類を見られる事は恥とされる事が多いらしいのもポーズの理由だそうだが。
ウリイとダムダを伺えば、周りを女性の奴隷達に囲まれて少し照れているようだった。就職先が決まったことを祝われているのかもしれないまあ。 給料は…まあ、後で相談するとするか。ウリイとダムダ以外の女性は3人だった。外に出て二人に速攻で飛びついてきた人間の少女のクリー。もともと線が細い女の子に見える。それと10歳ちょっとくらいにしか見えない灰色がかった毛並みのネコ系獣人の少女だ。恐らく助けた奴隷達の中では最年少だろう。そしてダムダの肩を豪快に叩く大きな40代くらいの女傑っぽい体育会系のオバサンだ。赤みのある多分イヌ系獣人の女性だ。ダムダの大差ない身長に見えるぞ。
「コホン…という訳でだな? 早速、彼女達に仕事を手伝って欲しいんだが」
俺はスタスタとカウンターの奥へと二人を引っ張ってくとおもむろにドアを開き、開き放ったドアの前で二人に振り返った。百聞は一見にしかず、一緒にこれから働く二人には宿屋の裏側を知って貰わねばならないだろうしな。と思った矢先にマリアードが叫んだ。どうした?
「常世へのドアが開け放たれたままに…しまった!? 心の弱い者は目を閉じて耳を塞ぎなさい! 決してドアの先の光を覗き続けてはなりませんよ!!」
え。確かにいつもは直ぐに閉めちゃうけど…光ってなんぞ? もしかして、俺以外にはそう見えてるのか?
「「うわあああ!!」」
宿屋中から悲鳴が上がる。中には失神してしまったのかテーブルや床の上でのびている者までいるようだ。目の前の二人の様子を見ればウリイは石になり、ダムダは号泣しながら首を横に振っている。
ここまで長い間、奥のドアを開けたの初めてだが…大惨事だな。やはり、俺以外の出入りには難があるか。時間の流れとかの差もあるしなあ~。 …困ったな? 最悪、二人には宿屋の部屋で寝泊まりして貰うか…。
(ジリリリリリィン♪ ジリリリリリィン♪)
「ええ!? コレって電話の音かぁ?」
「うわあああ!? なんだこの叫び声はぁ!!」
「ストロー様! これ以上は…どうかお慈悲を…!!」
何とか身動きできるマリアード達が土下座し始めてしまった。にしても恐らく音の発生源はドアの先にある部屋のリビングに置いてあった黒電話だろう。
「悪い。ちょっと外す。ここまでの騒ぎになるとは思わなかった、スマン。マリアード、少しの間だけ皆を落ち着かせてくれないか?」
「申し訳ございません! 我々が不甲斐ないばかりに…」
俺は取り敢えずこの混乱を治める為にドアを閉じてPゾーンへと移動した。
(ジリリリリリィン♪ ジリリリリリィン♪)
「本当に鳴ってるなあ…なんか怖いが、まあ出るしかないか」
ガチャリ。俺は黒電話から受話器を受け取り耳に当てる。まさか異世界で電話が掛かってくるとはなあ…たまげるぜ。
「……はい。もしもし」
『あ。 やっと出ましたね。 お久しぶりですね、転生者ストロー。 …おっと、正確には貴方を地上に降ろしてから世界時間で37日と2時間41秒ぶりですが…私です、知識と衰退を司る女神ウーンドです』
「ええっ!? ウーンド様ぁ!?」
電話の相手は、まさかの俺をこの世界に転生してくれた上にスキル・やどやを授けてくれた女神であった。
「っと驚いてはみたが、こんな場所に電話してこれるのは女神様くらいしかいないか」
『あなたは変な所で冷静ですね…あまり物事を細かく考えないところも都合が良い事もあるのですが。 今回、実はあなたに折り入って話すことが』
『おぃ!!ウーンド! まどろっこしい真似をしねえで俺にも話させろぃ! さっさと映像を繋げられるだろうが? あくしろよぅ!』
え゛。 この声は…?
『…全く、それでは電話としてのスタイルで神告の意味を成さないではないですか』
『うるせェ!!』
電話のある壁が歪むとそこに2人の女神の映像が写し出された。ひとりは受話器を残念そうに下げた片眼鏡に青いショートヘア。とてもスリムな肢体にどことなくSFっぽい素材のケープを羽織っている。俺を転生させた女神ウーンドだ。そして、その隣で手を組んで胸を押し上げいるのが、この世界の女神で多分一番偉い存在。愛と自由を司る女神マロニーだ。こうして顔を見るのは2度目だな。
「って、マロニー様じゃあないか」
『よお! 最強の精霊シュトローム! 地上じゃあ元気にやってっか? お前とは最初に挨拶した時以来だが、俺様もこうしてお前の顔を見れて嬉しいぜ。 …なんつっても世界時間で言えば千年振りくらいだろうしなァ』
と、ウーンドの肩をバシバシ叩きながら豪快に笑う超絶美女の女神様。異世界グレイグスカの女神の長姉にして主神。その虹を帯びた白金の長髪。実にけしからん薄絹を纏うあらゆるものを魅了するダイナマイトボデエを誇る…んだろうが、中身は残念ながら完全にヤンキーだ。ウーンド様の姉で一番偉い女神様ってのは何となくわかるんだが。初対面での神殿のような場所でも、最初の挨拶以降は白亜の床の上でヤンキー座りだったしなあ~。やたらと俺を気に入ったとかで親し気にしてくれたし、不思議と嫌いじゃあないんだが。
ん?
そういや、そのマロニー様は今、なんて言ってたっけ?
俺の事をストローじゃあなくて、確かシュトロームって呼んでたし、しかも最強の精霊だとか言ってたよな…?
あと俺はマロニー様と出会った後、この世界に降りてからひと月程度しか経ってないと思うんだが…… 千年? せんねん? イチ、ジュウ、ヒャク…の千のことだよな。
俺はジロリとウーンド様を見ると…ああ!? 目を逸らしやがったぞコイツ!
『……ん? どした? 雷の精霊、その反応は。お前…まさか。 おぃ…妹よ。 この馬鹿が…やったな? 本人の了承も得ずに勝手に地球神から譲り受けた魂を雷の精霊の枠に使ったな? ん? コラ?』
『…………姉様。ですから、こうやって説明の機会を設k』
その瞬間、映像から光が迸った。まるで惑星が爆発したかのような勢いだったので、俺は壁から吹き飛ばされたぞ。
『こんの馬鹿妹がっ!! どうせまたお前の興味本位でやったんだろ! どうにもおかしいと思ったぜ!! 地球心が寄越す魂なんて平凡なタチだろうによぅ、"精霊になってやってもいい"なんて気概のある奴がアッサリ見つかるなんてさぁ。どう落とし前つけるんだぁ?』
『ぐああぁ…私の叡知がぁ…! 姉様、もうちょっと加減して下さいよ? 貴女はパンチ一発で惑星を粉微塵にできるんですから…』
そう言って頭を摩って悶絶するウーンド様も大概だろ。
『すまねぇ!! 俺様の妹がお前を勝手に精霊にしちまった!こればっかりはもうどうにもならねえんだ!! 許してくれ!』
マロニー様が映像から消える。恐らくアッチで頭を下げているんだろう。
「いやいやいや…俺も急な話で頭が追い付かなくて。マロニー様も…もう止して下さいよ?」
『すまねえなぁ…こんの知識馬鹿がっ!お前も謝るんだよォ』
『痛い痛い痛い!頭を鷲掴みにしないで下さい!? …ああ、本当に割れてしまうところでしたよ。 さて、改めてですがストロー、勝手ながらにあなたはズバリ、精霊です』
この女神は謝る事を知らないようだ。というか罪悪感をひとかけらも感じさせないのが凄いなあ。
「…そういやあ、精霊って何度か呼ばれてたっけか? でも俺の宿屋、ってかスキルが悪目立ちしてただけじゃあなかったのか」
『未だあなたの精霊としてのリミッターは有効ですが、いずれ時間を掛けて解除されることでしょう。その時、十分に精霊としての力を使用できますので安心なさって下さい』
「安心って言われても。そもそも精霊ってのは?」
『あ゛~精霊ってのは、話すとちっと長いんっだがなぁ?』
マロニー様とウーンド様の話は俺には少し難しかったが、俺なりに解釈するとだ。
かつて地上には、この異世界グレイグスカを創造した?というか世界そのものでもある闇の地母神ガイアの娘である12柱の女神と最後に生まれた唯一の雄神である饗宴を司る神、ヨルムガンが居たらしい。ただ、女神達と比べると神としてはダメっぽい奴だったらしい。地上の管理を任されていたが最後は好き勝手に暴れて、今現存する大陸以外の島々や他の陸を海に沈めた上に痴情のもつれでかつては中央ルディアと呼ばれた大陸を消滅させてしまったらしい。どんだけだよ。
その結果、女神達は地上を滅茶苦茶にしたヨルムガンにブチギレた。神としての力は全部取り上げられてしまったらしい。そして地上の、そうなんと俺の居るヨーグの山脈に蓋をされて封印されているんだそうだ。
『全く持って愚かな弟だったぜ…という訳で取り上げたヨルムの力を分配して創造されたのが精霊ってことだ』
『あなたは実は別物なんですけどね。地上を管理すべく置かれたのが各属性を司る、大地、水、風、樹、月、零の6精霊。…そして原因が愚弟にあるのですが、地上で危険な文明国家がかつてこの北ルディアで興ってしまった際、使命を送り出した炎の精霊。そしてあなた、雷を含めて全部で8精霊なのです。本当は炎の精霊では被害が大きかったのであなたを地上に送りたかったのですが、魂の調整にこうして千年以上も掛かってしまいましたからね。仕方ありませんでした』
それで、千年…という月日が掛かってしまったということか?
『あなたを勝手に精霊としてしまった非礼は詫びます。しかし、必要なことでした』
「俺をそのヤバイ奴らをぶっ飛ばす為のミサイルか爆弾にしたかったからじゃあないの?」
ウーンドはまた一瞬目を逸らしたが…。やっぱりそう考えてたんだなコイツ。
『勿論、違いますよ。最も大きな理由はあなたの望みですよ?』
「望み? まさかこの宿屋のスキルのことか?」
『そうです。あなたの望む力…つまり"宿で一泊しただけで全快させる"などの事象を成すのは余りにも人間には過ぎた力だったからです。更に言えば、そんな能力を神々からの特別な使命をもった人間、使徒でもないあなたには到底授けることなどは許されていないのです』
なる、ほど…? ファンタジーもなかなか融通が効かないもんなんだな。
『そもそも、そのあなたのスキルも出力をあなたのイメージで再現しただけであって本来はあなたの精霊としての力を利用したものに過ぎません。』
「え。そうなんだ?」
『まあ、おいおい理解できるでしょう。ところで話は変わりますが…あなたはこの特別な空間にあなた以外の人物を招きたいと考えていますね?』
「おお!そうなんだ。スケールの違う話ですっかり頭から抜けてたなぁ」
俺は今だけは女神ウーンドに感謝する。まあ精霊ってのも良くわからんが、特に不満はない。俺のスキルを使う為には必要な処置だったんだろうさ。
『…まったく人が良いなァ~? ストロー、オメーはよォ?』
女神マロニーが肩を竦める。だが、コレで二人を連れてこれるだろう。
◆◆◆◆
バン!とイキナリにドアが開いてストローが飛び出してきたので、宿に居たものが全員飛び上がった。
「ハアハア…マリアード。それと皆にも、実は聞いて欲しいことが、あるんだ…」
「は、はい。 何でございましょうか?」
只ならぬ雰囲気をストローの表情から感じ取ったのか、マリアードですら極度の緊張で額から汗を垂らし、ゴクリと誰かが唾を呑み込む音がやけに大きく響いた。
「……実は、俺。 …精霊ってやつ、らしいんだよ…」
暫しの沈黙が場を支配するも、誰かがポロリと口から漏らした。
「え!いまさら…?」




