二階建て
また暑くなってくるし。
緊急事態宣言になるし。
蒸気の積みゲーは溜まるし。
まったく、更新が進まないんだが!?(自己責任)
「うっ…うっ…ボク、汚されちゃった…」
「ゴメンね、ウリイ…俺が暴れたばっかりに」
「ちょっとそこのお嬢さん達、これ以上誤解を招くような事を言わないで欲しいんだがなぁ」
何とか件の痴態をマリアード達に説明してひと段落したストローは疲れたように椅子にもたれかかった。その目端にダムダの世話をするシスター・ベスが映る。案の定、ダムダが一点物の大きなシャツを破いてしまったので代わりを布で代用して貰っているのだ。少し乱暴な言い方だが布があっという間にブラに変わっていく。存外、シスター・ベスは手先が器用なのか、服飾に趣があるようにも感じられる。ただ、目の前で揺れるものに精神は確実に削られていくかのようだった。
「それは災難で御座いましたね、ストロー様。あなた達も今後は気をつけなさい。ストロー様に何かあってはこの村どころか、北ルディアに居られるかどうかの問題となりますよ?」
「おいおい…大袈裟だな。…ベスも、何度もありがとな? 後で甘い菓子でも食っていってくれ」
ひと仕事を終えて戻ってきたシスター・ベスは恐縮するも、マリアードが「ご厚意を無駄にせぬよう」と言うと力なく頷いた。
「ところで、マリアード。さっき奴隷達を連れてきた、とか」
「はい。彼女達と共に北方の銀山で酷使されていたと思われる労働奴隷達が18名ですが、村人達と共に宿の外で待機させております…どうか、彼女達の無事な姿を彼らに見せることをお許しくださいませんでしょうか」
「おお、そんなにいたのか」
「え! 皆、無事なのかい!?」
「お、俺も会いたいですぅ!!」
やっと落ち着きを取り戻した二人がまた暴走し始めてしまったので仕方なくストローは席を立った。
「にしても二人を合わせて20人はちくと多いな…」
「ストロー様、何も全員を宿に入れずとも… 彼女らを広場に連れて行くことをお許し下されば」
「いいや。俺の宿に辿り着いたなら、それがどんなものでも俺の客さ。持て成して当然だ」
「……! 感謝の至り、返す言葉もございません」
マリアードが感極まった表情で深々と膝をついて頭を下げ、その後ろにシスター・ベスが続く。それを見て、慌ててウリイとダムダも床に伏せた。ストローはそれを眺めながら「相も変わらず大袈裟だなぁ~」と困った顔をするのだった。
◆◆◆◆
◤ストロー◢
相も変わらずマリアード達は大袈裟だった。ホラ見ろ、ウリイとダムダも真似し始めちまった。
と言っても問題は外の奴隷達を収容できるかどうかだな。できれば皆でワイワイとやって欲しいんだよなあ~。外には宿の食べ物を持って出て行けないからなあ。前に村人達を出入りさせていたのも正直心苦しかったし。
ん? そういやまだ宿のスキル、レベル上げてなくね?
「忘れてた。ちょっと皆悪いが外に出るぞ! 宿を大きくするからさ?」
「「宿を、おおきくする?」」
「おおっ!昨日のお話のことですね? では、喜んで外へと出るとしましょう!」
マリアードが満面の笑みでまだ話が理解できないウリイとダムダを外へと追い出してくれた。さて、俺も外へと出よう。
宿屋から出ると外が騒がしい。どうやらウリイとダムダが仲間の奴隷達に囲まれているようだな。まあ、互いに無事を確認出来て喜んでいるんだろう。そこに俺が水を差すわけにはいかんよな。
「おお、無事だったか!」
「あんなに酷かった傷も全く残ってないじゃあないか!? 奇跡の成せる業だな…!」
こう見ると奴隷達も様々な種族がいるな。基本は獣人とやらだが、イヌっぽかったりネコっぽかったりと色と模様、毛並みもそれぞれ違うようだな。
「ウリイ!ダムダぁ!!」
「「クリーっ!!」」
その二人の胸に若い女が飛び込んできた。三人とも泣き顔になっている。…人間? 村の娘じゃあないな。首の黒い輪っか…奴隷なのか。まあ、確かエイとその妹も奴隷商に捨てられてんだっけか? 人間の奴隷だっているんだろうなあ。 ん? よく見ると手当てを受けた跡が随所に見えるな。村の連中に着せられたワンピースから覗く脚に酷い無数の傷痕があるな。 …切り傷に殴られた痕。…鞭か何かで何度も何度もぶたれた…痕か? あの糞野郎共め…!
俺はウリイの頭を俺の目の前で踏みやがった二人組を思い出して機嫌が悪くなった。
バチンッ! …ん? 静電気かな?
「うひゃあ!!」
「ひぃぃ!? お助けぇ!」
おっと。何か知らんが周りの奴隷達を怖がらせてしまっったようだ。また怖い顔をしてしまったのだろうか? 客商売なんだから気をつけないとヤバイよなあ~。未だうずくまっている者もいるし、ウリイとダムダの顔色も悪い。あ、ソッチを見てたから勘違いさせちまったかな?
「皆、怯えてはなりません。大恩あるストロー様の御前で失礼ですよ。さあ、地面に伏せていないで立ちなさい。…ふむ。どうやら、ストロー様は彼女の脚の傷を見て憤りを感じられてしまっただけのようですね。あなた達を不快に思われた訳ではありませんよ」
「ごめんごめん。ちょっと昨日のことを思い出しちまってね…あ。そうだ悪いけど皆、ちょっと宿から離れてくんない? ちょっと宿を広げるからさ」
俺の言葉に皆ホッとした表情で立ち上がるが、「宿を大きくするって、今から大工が来るのか?」などと言って首を傾げながら宿から離れていく。さて、やるかね。
(:現在のスキル使用状況では以下の機能が使用可能です。………設備………宿泊設備全般。宿泊者鑑定。プライベートルーム及びキッチン。………行動及び効果………悪質な来訪者の締め出し。宿泊者の全快。※建造物の中に最低1台以上のベッドの設置と利用料の徴収が必要です。:現在のスキルレベルはLV1。ベッド設置数4。現在、建物LV1が設置済みです。レベルアップが可能、利用者20/20。)
すっかり待たせちまったなあ。さて、どうなるもんかね。
「ほいっ」
今回は無駄に気合いを入れない。これだけの面子に囲まれてると流石に俺でも恥ずかしいものがある。ウインドウ画面を操作すると謎の光が宿から迸り、周囲の視界を奪う。それが晴れるとそこには横に倍は広くなり、更に二階建てになった宿屋があった。しかも玄関が両開きになって立派になっている。これなら皆を問題なく迎え入れられるやもしれん。どれ、どうなったか確認してみようか。
(:現在のスキル使用状況では以下の機能が使用可能です。………設備………宿泊設備全般。宿泊者鑑定。プライベートルーム及びキッチン。………行動及び効果………悪質な来訪者の締め出し。宿泊者の全快。※建造物の中に最低1台以上のベッドの設置と利用料の徴収が必要です。:現在のスキルレベルはLV2。1階のベッド設置数8。2階の部屋数シングル5:ダブル5。現在、建物LV2が設置済みです。フリースペース(小)1棟が設置可能。次のレベルまで、利用者0/100。)
お!かなりベッド数が増えたぞ。しかも2階も出来て宿泊部屋もできたぞ。これは色んなニーズに対応できるな!よし早速宿の中を確認しよう …ってフリースペースってのも気になるな。なんだろう? というかしれっと次のレベル上げまでの利用者数が5倍の百人になってるな。まあ、ここまで宿屋が大きくなったんなら文句も無いがな。
「よっしゃ!さあ、俺の宿屋にようこそだ!っても俺も中を改めるのは初めてだがな、ハハハ…ハ…どうしたんだ?」
何故か皆固まったまんまだぞ? まあ、逆に我先にと雪崩れ込まれるよりはいいか。
「お、俺は夢でも見てるのかなぁ?」
「大丈夫だよ。ボクも見てるから夢じゃあないよ…多分」
未だ意識が覚醒しきってない者がいるようだが、そんなにこのリフォームが衝撃的だったのか? 魔術とかなんでもありきなファンタジー世界の癖してその実、住民達は存外に適応能力がないな。 お、流石はマリアードだな。動じずに皆を俺の宿に導こうとしてくれて、いる…?
「……ズビッ…(※めっちゃ鼻声で)…さあ゛、皆さん。このご厚意を無駄にせず、快く我らを招き入れて下さるストロー様に感謝して、宿の中へと入らせて頂きましょう!!」
「…マリアード、大丈夫か? お前引くほど泣いてるけど…」
取り敢えず、ウリイ達を先頭にマリアードに続く様子なので俺は宿の中に入った。
(カランカランカラン♪カラン…♪)
「「おおっ…!」」
宿の中に入った面々は建物内を見渡して感嘆の声を漏らす。しれっと宿主でもある俺もその中に混じっていたけどな。
まず、玄関を入ると正面には立派になったカウンターが見える。どこかのホテルのフロントのようだ。まあ、2階の個室が増えたんだ。きっと鍵のやり取りとかもするようになったのだろうな。そこまでに長い落ち着いた色合いの絨毯が敷かれている。スキルが勝手にやってくれた事だがいい仕事をしているな!褒めて遣わす! その絨毯を挟んで左には大きな窓と暖炉。そして品の良い向かい合ったソファとローテーブルが何脚か置かれている。右を伺えば20人ばかしは座れそうな大きなダイニングテーブルが2台置かれており、椅子もひじ掛け背もたれ椅子からスツールタイプの回転椅子まで用意されている。これならウリイのようなケンタウルス族や大きな尾を持った獣人亜人でも苦労せずに食事を楽しむことができるだろう。そして大きな柱の奥の最右にアンティークな衝立のようなもので仕切られたベッドが伺える。ベッドの片隅には武器や服を掛けるスタンドや低いタンスと鏡も見える。どうやら1階部分も全体的にグレードアップしたらしいな。俺はウキウキしながらカウンターへと向かうが、マリアードとウリイ、ダムダ達の後ろに続く者達が玄関で足を止めてしまっていた。
「どうした?」
「…そ、そのぅ。せ…旦那様。こんな素晴らしい場所に俺達のようなもんが、小汚い恰好で靴も履かずに土の付いた足で踏み込んでは…」
確かに女の奴隷には村人が服を貸してやったのだろうが、奴隷達のの多くは男だ。毛皮で覆われた獣人達が多いとはいえ裸も同然、酷い奴は腰巻のような襤褸切れだけだな。これは問題だろう。
「マリアード、頼みがある」
「はい、何なりと…」
いつの間にか俺の後ろに控えていたマリアードの手に俺は最初の宿泊客から貰ったチップの袋から無造作に掴み出した金貨数十枚と…あと研磨された宝石みたいなヤツを何個かジャラリと置いた。マリアードがギョっとした顔をしたようにも見えたが構わず続けることにする。
「それでコイツらの服とか日用品を買ってやって欲しいんだ。望む奴には靴もな。裸足であの岩肌はさぞ痛くて、辛かっただろう…」
「…そこまで。よろしいのですか?」
「ああ、勿論だ。俺にとってはそんな金は無用の長物なんでな。なに、俺の従業員を命懸けで庇ってくれた連中には物足りないくらいの礼だろう。足りなきゃこの袋ごとやるし、余ったらコイツらの面倒を見るのに使って構わないからさ」
「…ああ、なんと慈悲深きことか………承知致しました。既に近くの街から針子を呼び寄せております。お預かりしたこの金子は、不肖ながらこのマリアードの名に誓って無駄には致さない事をストロー様に御誓いします…!」
マリアードが頭を下げ、ポロリと膝に雫を零すと数歩引き下がる。随分と涙もろいなコイツも。そして、ソレを手渡されたベスが腕をクロスさせて頭を下げたと同時に姿が掻き消えてしまった。瞬間移動かな?
「おっと、話が逸れたな。アンタ達はもう俺の客だ。この宿に居る間は自分の家のようにくつろいでくれ。あと、もうそんな自分達を卑下するような事を言ったり気にするのも禁止な。さあ、皆入ってソッチにあるテーブルに先ずは落ち着いてくれ」
「し、しかし…」
俺に問いかけたのは顔に深い傷があるブルドック?のようなイヌ系の獣人だった。さっきのクリーとか呼ばれた娘の何倍も酷い抉るような傷が体のアチコチにある。
「はあ、いいかもう言わないぞ? さっさと中に入りなよ。俺の宿に正しく入ってきた者は人間だろうと獣人だろうとドラゴンだろうと精霊だろうと女神だろうと、俺にとっちゃあおんなじ客だ。そこに何の差もないし、俺はしない!…だからアンタ達も俺を親しい友達のように思って欲しいんだがね。少なくとも俺はそう思っている!さあ、もうこの話は終わりだ!後ろがつっかえてるし、早く入って来いよ?」
俺は後ろを向くとカウンターの方へとスタスタ歩いて行く。
「お、俺達のような奴隷を…友と、呼んで下さると言うのか…!!」
「なあ、イットのオイサン。早く中に入ろう…」
顔をよりシワクチャにした獣人を優しい顔のダムダが手を引いて入れると、後ろから恐る恐るだが他の奴隷達も続いて入ってきた。
「うひゃあ!? み、見ろよ。床に毛皮が敷いてあるぞ」
「違うよ。確か商人の屋敷で一度見た事があるけど織物だったはずだぞ? …こんな立派なヤツじゃあ勿論なかったが」
「ふわあ…すげえ柔らくて足の裏が気持ちいい…ここで寝ちゃあ駄目かな?」
「(※小声で)馬鹿っ!精霊様に天の矢を落とされたいのか!?」
何か知らんが喜んでくれて何よりだ。さて、2階は吹き抜けになっている。1階のカウンター前の階段から2階の手摺りが付いた左右の通路に行けるようだな。なるほど玄関側にダブル、カウンター側にシングルの部屋が並んでんのね。後で内装も確認しなくてはな。それよりも気になるのはカウンター奥のドア以外に例のドアが2つ増えていることだな。って良く見れば2階の通路の突き当りにもドアがそれぞれ1つある。まず一番カウンターに近いドアは…?
ガチャリ。なんとそこには個室のトイレが女性用と男性用にとあった。しかも水洗でウォッシュレット付きのPゾーンと同じ仕様だ。ウォッシュレットって慣れちゃうともう使わないと無理なんだよね実際。俺は思わずダッシュで2階に駆けあがると突き当りのドアを開く。やはりトイレだった。俺は満足気に階段を下りながら独り言ちた。
「いやあ~助かるわぁ~。やっとトイレが完備されたな!正直、この世界でビックリしたのはトイレが無かったことだったしなぁ」
いや正確にはあるんだぞ? ただ尻拭きが得体の知れない何かを挿した棒。酷いと葉っぱか木の板だし。便器なんて壺だ。家の隅か裏、もっと離れた場所にあるのが基本で無ければより遠くの茂みの中で用を足すのだ。ワイルド過ぎる。もしかしてこの世界には水道とか無いのか? 初日にも酒をガブ飲みしていた村の住人に広場で用を足させる訳にはいかず、割と距離がある村までダッシュで帰すのがちょっと気の毒だったしな。最後にダイニングテーブルの方にあるドアを開くとそこはPゾーンにある厨房と俺が呼ぶ、無限フードプロセッサーやシンク、デカイ冷蔵庫(レモン水がみっしり)のある部屋だった。やはりここは食堂目的で使えということか。
「あの…ストロー様、どうしたの?」
「悪い悪い。ちょっとトイレが出来たのに感動してな」
「あの、俺だけかな?…といれって知らないんですけどなんですか? ウリイは知ってる?」
ヤバイ。ダムダは兎も角、この宿でバイトして貰うウリイにはちょっと衛生面での指導が必要となるやもしれん。というか利用者や村人達にトイレの説明をせねばならんぞコレ!ちょうど皆テーブルの方へ移動したし、今日からちょっとウリイに手伝って貰うとしよう。
「オホン! ちょっといいか? ウリイには宿代の代償をこれから支払って貰う」
「やっぱり、ボクのお尻を…!?」
「違う!何を想像してくれちゃってんだ? この宿で少しの間、働いて欲しいだけなの」
「う、うん! ボクにできることなら何でもやるよ! …あ。で、でもボクは全然経験がないからし、娼婦とかは難しいかなって…(チラッ)」
「違うそうじゃない。さっきから思春期かお前は。あでも17じゃあ妥当か? いやでも違う、そんな仕事はさせないから安心しろよ…掃除、は多分しなくても勝手に綺麗になるから適当に接客したり飯を出したりするのを手伝ってくれればいい。料理も勝手にできるしな」
「掃除しなくても綺麗? 料理が勝手に…? よくわからないけど分かったよ!!」
「どっちなんだよ」
そんな俺とウリイのやり取りにやはりダムダが泣きながら飛び掛かったきた。
「(※緊急回避:成功。致命傷は避けたが捕まってしまった)危ねえ!?」
「何してんの!ダムダ!君の無駄におっきなのでご主人様が潰れちゃうだろう!」
「俺も働くぅ!!お、俺だって命を助けて貰った恩があるんだもん!」
子供のようにイヤイヤしながら俺とウリイに抱き着くダムダに俺もついには折れた。あ、骨じゃあないからね?
「仕方ねえなあ…わかったわかった。じゃあダムダも一緒にな?…だけど客に向って飛び掛かったりタックルしたり、絶対すんなよ?」
俺の言葉にダムダは大喜びしてウリイを抱えて飛び跳ねる。え。何か一瞬4人くらい同時にジャンプしてるように見えたが…? ああ、なんだただのオッパイか。じゃねえ!? 折角ベスがしてくれたのにもう無駄になってるじゃん。ふざけんなよ!!あと、ありがとう!!
「ちょっとお~!? あ、君たしかクリーだっけ? 悪いけどさあ、頼めるかな」
「は、はい!」
涙目で胸を押さえてしゃがみ込んだダムダがウリイに少し粘着質に窘められ、クリーが苦笑いしながら肩の布を結び直してくれている。
こんなんで大丈夫なんだろうか? まあいいや、先ずは厨房から飲み物を持ってこさせ…
「ああ!?」
俺の絶叫に周囲が驚き、クリーが思わず手を離した為にまたダムダが涙目になる事になってしまった。なんかスマン。
「……そういや、俺以外にあのドアの向こうに連れて行けるのかね?」
うっかり。コレは盲点だったなあ。
ま、なんとかなるだろう。




