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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第一部~精霊の宿
33/103

 ストロー、怒る

◤ストロー◢


 あの騒がしい冒険者パーティの"暖かい色彩"が去ってから早くも1週間は経っただろうか。まあ、結局のところまだあれから冒険者とかのお客は来ていない。このケフィアの麓にあるアンダーマインという村から何人か長老の関係者が店に来てくれたくらいだ。終始、長老のラズゥの爺さんの俺の宿屋を自慢する話ばかりだったが、爺さんの恐らく身内は食い飲み放題に夢中で聞いてなかったっぽい。だが、そんな人間や村人が差し入れに訪れたり、毎日マリアード達が来て話し相手になってくれるので俺は寂しい思いをせずにすんだんだが。


「…あ。また忘れるとこだったわ」

「どうなさったのですか?」


 そういやぁ。俺のスキルのレベル上げられるんだったか。じゃあ暇な内にやってしまうか。


 おっと、そうだった。万が一があっても困るな。マリアード達には念の為に1回出ていって貰うか。


「悪いが、マリアード達。ちょっと外に出てくれないか?」

「…ストロー様。何か私達に至らぬ事があったのでしょうか」


 コーヒーを丁度飲み終えたマリアードの笑みが消える。ああ、追い出されるかと思ったのか? マリアードは冷静だが、残りの二人は目に見えて動揺してるしなぁ。


「いや、宿屋を少しばかり改装しようと思ってな? まあ、一瞬で終わるから」

「ほう!それはとても興味深いですね。私達もその奇せ…作業を見学させて頂く事をお許し下さいますか」

「ん~別に良いけど。何も面白い事なんぞないぞ?」


 俺はマリアード達を連れて宿屋の外に出る。さていっちょやってみっか!


(:現在のスキル使用状況では以下の機能が使用不可能です。………設備………宿泊設備全般。宿泊者鑑定。プライベートルーム及びキッチン。………行動及び効果………悪質な来訪者の締め出し。宿泊者の全快。※建造物の中に最低1台以上のベッドの設置と利用料の徴収が必要です。:現在のスキルレベルはLV1。ベッド設置数4。現在、建物LV1が設置可能です。レベルアップが可能、利用者20/20。)


 良し。さてと次はどんな風になってくれるんだろうか。


「おお~い!た、大変だあぁ~!!」


 俺が手元の半透明のウインドウ画面を弄ろうとしたその瞬間に広場の入り口から数人の村人達が駆けてきたではないか。その中にはチクアの姿もある。 どうしたんだろう?


「大変だよ司祭様!」

「奴隷使いがそりゃあやつれた奴隷達を連れているんだが、その中の虫の息の奴隷を殺そうとしてるんだ!」

「長老様達が止めさせようとしてるんだが、相手は武装したアデクのゴロツキだしなぁ。俺達にはどうにも手が出せないでいるんだよ!」


 何だって!これがローズが言っていたその鉱山帰りの奴隷のことか?

 俺の隣で話を聞いていたマリアード達の形相が凄まじいことになっている。


「…既に数日前から把握はしていましたが。大地の精霊ノームの上に鎮座する、この神聖なヨーグの山でそんな罪深い真似を…!! 少し手荒な事になるやもしれません。貴方達は不用意に他の村人が村の外に出ないように注意を促して下さい。ストロー様、失礼いたします」


 マリアード達は風のようなスピードで広場を出て行ってしまった。こうしちゃあいられないな。俺も行ってみるか。まあ、何もできやしれんがな。


 俺が動こうとすると服の袖を誰かに掴まれた。チクアだ。


「あんちゃん!奴隷の人達を助けてあげておくれよ!みんな疲れてて、イッパイ怪我もしてて可哀相だようぅ~」


 目に一杯の涙を溜めた少年の姿を見て、同じく何か縋り付くような視線を向ける村人達を見て、不思議だが何か俺の心の中で不意に何か電流のようなものが奔ったような気がする。頭の中が少し明るくなったようだ?何とも言えない感情だな。俺は優しくチクアの手を袖から外すと軽く頭を手でポンとやってやる。


「チクア。その奴隷達は何処にいる?」

「裏の麓側に下りるほうの道のアーチ門の先だよぅ」


 俺はチクアの鼻声に「そうか」と答えると自身の記憶を巡る。毎日の散歩で必ず寄る場所だ。間違えようがない…と思った矢先だった。一瞬の浮遊感と電気が流れたような音と感覚。


「…アレ?いつの間に」


 俺はどんだけぼんやりしていたのか、もう目的地であるアーチ門の外にいた。ふと先の斜面を伺うと、二十人近くの奴隷と思われるやつれた獣人達が一列に並ばされている。そしてその中から三人ほどが前に出て立たされており、何やら必死にプルプルと堪えているようだ。そしてその目の前には鉄の鎧のようなものを着込んだどう見ても堅気には見えない男が二人いる。何やら足元のものを蹴りながらその三人に怒鳴り声で命令をしているようだ。そこから少し離れて長老がその二人に何か訴えているようだが。


「オラ!早くこの死に掛けを崖に落として始末しやがれ!やんなきゃあお前らを代わりに崖から突き落とすぞ!早くしやがれぇ!!」

「はぁあ~駄目だ駄目だ。全く奴隷の質が低いとよう。奴隷紋の制御の質もダメダメなんだよなぁ。全く、いくら命令しても聞きやしやがらねえしよ」

「お前ら!この神聖な精霊の山でそんな真似をようもできおるのう! 儂の村の前でそんな外道な真似はさせんぞ!」

「長老様!」


 長老がエイを押し退けながらその二人に杖を突きつけて非道な所業を糾弾している。


「なんだあ? 長老だがしらんがこのクソジジイ。俺ら有難いアデク教に逆らう気かぁ~?」

「なのなあ爺さんよぅ。俺達のやってることは慈善活動なんだぜ? 奴隷を最後まで面倒見るってなぁ。だから普通はこんな死に掛けは見捨てるもんさぁ残酷によぅ。二流の奴隷使いはなぁ? だが、俺達はちゃあんと始末(・・)してやるんだぜ? それが気に入らねえってんなら…そうだな。コイツらと隣の娘っ子と交換してやってもいいぜ? それなら俺達もどやされる事はないんでな。ガハハハッ」


 もうひとりの下卑た笑いにエイが小さな悲鳴を上げて長老の背に隠れてしまう。長老はエイを庇いながら眼前の二人を睨む。


「貴様らのような外道に儂の大事な孫娘をやれるか!!」

「…長老様」


 すると地面に唾を吐きながら命令に耐える奴隷の腹を蹴り上げた男が罵る様に口を開いた。


「フンッ!ならすっこんでなクソジジイが!」

「ちょっと待ってくれないか」


 俺は無意識の内に長老達とその二人の間に立っていた。


「なっ!お前いつの間に!?」

「ス、ストロー、お主!」

「しまった!ストロー様が先に接触してしまわれた!」


 後方のアーチ門の方からマリアード達の声が聞こえたが今は気にしてられない気分なんだ。俺はその二人の足元に視線を向ける。


「その二人(・・)をどうするつもりだ」

「あ゛ぁ? なんだイキナリ、この若造が。聞いちゃあいなかったのか? もう使いモンにならねえ荷物(・・)をこれから片付けんだよ!」

「…ちょっと待て。良くみりゃあアンタ、随分と小綺麗な恰好をしてんなあ。もしかしてこの村の人間じゃあないのか? …ああ、なるほどなぁ。へへ、若旦那も好きだねぇ~」


 俺の顔を見て髭面の方がより下卑た笑みを浮かべる。俺は反射的に聞き返す。


「何が?」

「へへへ…なに隠さなくたっていいんだぜ。いやこんな死に掛け、いや死んでる方が都合が良いのか? いくら遊んでも混ざりもののガキはできなねえだろうしよぅ。ちゃあんと後で後始末してくれるんなら譲ってやってもいいぜ。なに今夜の酒代くらいになりゃあ儲けモンだ。使い潰しようの奴隷だが、そんなでも最低金貨だが…まあ、銀貨4、5枚。いや2()で3枚にオマケしとくぜぇ。今じゃこんな皮と骨だけになっちまったが、元は結構可愛い顔してたしよぉ」


 そう言って足元のひとりの頭をゴリッとブーツの底で踏みつけて見せる。



 ブチッ。口にしていた藁が噛み切れて地面に落ちる。


「この外道共め!何と愚かな事を…!! は!? いけません!ストロー様!! どうかお鎮まり下さい!!」

「「精霊様!お鎮まりを!! 精霊様ッ!お鎮まりをッ!!」」


 何か後ろから声がしたがもうよく意味が理解できなくなっちまったようだ。まるで視界が段々と赤く染まってきてるようだ…。


「チッ!騒がしいなぁ…。おい!買うのか買わねぇのか…どっちな、んだよ…テメェ…何だよ、人間じゃあねえのかよぅ…」


 何故か目の前の薄汚い男どもが後ずさっていく。だが今更俺の怒りは治まらないようだ。


「……下種め。 ……さっさとコノ山かラ失セロ」


 そういえば、生前じゃあ怒ると俺ってばなんか知らんが泣いちゃうタイプだったような気がする。などとどこか外れてようなことを俺は何故か思い出していた。


 感情が高ぶり、一瞬だが視界の端がフラッシュする。


「オレノマエカラウセロォォッ!!!!」




 気付けば、もう二人の姿は無かった。斜面がガラガラと音を立てて崩れている。逃げたのか? まあ、いいや。早くこの二人を宿屋に連れて行かねえと。


 種族はお互い違うようだが、多分女だろう。裸で傷だらけ…痩せてまるで生ミイラみたいだ。良くこれで生きてたな。酷い真似をしやがる。こんな事が普段から起こってんならデス達やサンド達の怒りは至極全うだろうな。


「よっこらしょっと」


 俺はその二人を両肩に担ぎ上げる。どちらも身体が大きかったが骨と皮だけのような状態なのだろう、とても軽かった。…それにまた感情の怒りが湧かないわけでもなかったがな。ところで周りの何ヶ所か焦げてるんだが、何でだ? それに、長老達はまだ腰を抜かしてるようだ。まさか雷でもおちたのだろうか? なんてな。


 俺はアーチ門の前で膝を折っていたマリアード達とすれ違う。俺が斜面の方を伺うと、取り残された奴隷達がまだ震えながらコチラを伺っていた。まさか俺じゃあないような? あ、そうか。この二人の心配をしてんのね。


「マリアード。この二人は俺が預かるぞ? 残りの獣人達の面倒は頼めるか? 何なら、落ち着いたら俺の宿に連れてきてもいい。飯も出してやるし、ベッドは足りないが寝る場所も貸してやるから」

「ははぁ!このマリアードめにお任せ下さい」

「お、おう…じゃあ、お願いします」


 何かマリアード達の様子がおかしかったが、今はこの二人が心配だな。片方はもう息をしてるかも怪しい。急ぐか。



 ◆◆◆◆



 マリアード達がアーチ門に到着した時には既に手遅れであった。何故か先に動いたマリアード達よりもストローが先に現場にいたからである。まるで広場からこの麓への山道に一瞬で移動したかのようだった。


 マリアード達は焦るが、ふと頭上を見上げる。そこには霧散していた膨大なスピリットが、天高くまるで巨大な雲のように渦巻きながらストロー目掛けてまるで一本の柱のように集まっていたからである。


 しかも、愚かなアデクの奴隷使いは山道近くの崖から虫の息となった奴隷を、仲間の奴隷達に命令して殺させようとしていた。それを知ってか、目に見えてスピリットに怒気を帯びるストローにさらに激昂させるような下種な事を持ちかけてきたのだ。傷付き倒れた奴隷であろう亜人女性の頭を踏んで見せたのだ。


 もはや限界と奴隷使い達を仕留めようかとマリアードが思い動き出そうとするも、既に体は何かの力によって微動だにできないようになっていた。よく様子を伺えば、肉体の表面を青白い光に覆われている。それが地面や中空に根のように光が奔っていったのだ。足の裏もまるで地面に吸い付いたように動かせなかった。


 その時だった。ストローが叫び声と共に白い雷を纏ったかと思えば天上に一閃の光が上がる。そして数発の稲妻が彼の周囲に落ち、凄まじい衝撃と爆裂音を引き起こした。


「うわあああ!? 化け物だあぁ!!」

「ぎゃああああ!!」


 奴隷使い達は狂ったように背を向けて逃げ出すも、混乱の余り自ら斜面を転げ落ちて崖の下へと落ちて行った。


 思わず膝をついてしまったマリアード達の視線の先には、白く光る息を吐き、目はルビーのように赤く染め、顔や手足に青く光る縞模様を浮かべた自称宿屋の男の姿があった。


 その後、女性であり痩身ではあるが人間よりは大柄であろう亜人の二人を難なく担ぎ上げたストローがマリアード達とすれ違うと残された獣人達の事を頼み、宿屋へと去って行く。未だ瞳にルビーのような赤が射していたストローの表情にマリアード達は震えあがった。


「ブラザー・ダース。シスター・ベス。申し訳ないのですが、崖から落ちたあの愚か者達を確認してきてはもらえませんか? まず助からないでしょうが、もしまだ息があった場合は…」


 マリアードの言葉に蹲っていた覆面装束の二人が立ち上がると腕をクロスさせてから姿を消した。奴隷達に近づいたマリアードに恐る恐る獣人達のひとりが口を開いた。


「…司祭様とお見受けしますが、あ、あの方は一体…?」

「安心しなさい。ここケフィアに貴方達を虐げる者はいません。…それと、先の事は余り多くには語らないで頂きたい。彼は酔狂にも人間の姿をしていますが、精霊です。御尊名をストロー様と言います。貴方達が命を懸けて庇ったあのお二人の事なら心配はいりませんよ。何せあの御方が自らあの聖域にお連れになったのですからね。さあ、今は先ず体を休めねばならないでしょう。この村の聖堂にまで皆さんお越し頂けますか?」


 マリアードは一度アーチ門の方へと腕をクロスさせて頭を下げた後、奴隷達である彼らに笑顔で振り返った。


 

もう精霊でいいんじゃあないかな?

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