暖かい色彩④
やっとこさ涼しくなってきた(涙)
あと、マウスをトラックボールに変えてみました。楽しい。
◤ストロー◢
「ハハハハ!! いやぁ~参った参った!最の高ってヤツじゃあないか」
最高だ。まるで理想の冒険者像…と言えるんじゃあないか? なんと言ってもパーティを構成するメンバーが最高だ。男女比もだが、総合力には多少欠ける事があるかもしれないが情熱的で粗野だが実直な裏表のないリーダーの男、ワイン。前衛であろうケモハーフの怪力少女、キャロット。そして、この世界じゃあ悪役っぽい組織に属していながらも内心はその勢力に反発し、虐げられる者達を守ろとうとする神官、サンド。そして世間からは冷遇される立場でありながら、パーティと強い絆で結ばれている見た目も魅力的な亜人の女性、ローズ。 …申し分ないな。まあ、ゲームっぽい考えなら魔法職や遠距離担当とかもうひとりかもう二人欲しいかもだが。
だがこの青春してます冒険者野郎といったチームを俺は実に気に入った。
「いや何、単純に俺がアンタ達を気に入ったってだけさ。冒険者…というよりも冒険者パーティが俺の宿に来たのは初めてなんでな。どんなもんだと思ってたんだ。…まあ、なんだな。明日の朝に改めて話すが、世間を旅する冒険者であるアンタ達にちょいとお願いがあるんだよ。…っと、割かしもう時間も遅いな。もっと色々な話をアンタ達から聞きたかったが、流石にもう寝せた方がいいな!」
面白い連中だからもっと話を聞きたかったけどな。このままテーブルで突っ伏させる訳にはいかんしなぁ~。 ん? サンドが小声で「良かった…常世に連れて行かれてしまうかと思った」とか言ってたけどどういう意味だ? ま、そんな事は良いや!とにかく宿屋として俺の最も責任重大な仕事をせねばな…。
「よっしゃ。じゃあ適当に持ち物をその辺に置くか俺に預けてさっさとベッドで寝てくれ」
「え゛。本当にこの御貴族様の使うような寝台を使っちまって良いのかよ?」
すっかり酔いが醒めた様子のワインが革鎧を外しながら俺に訪ねてきた。
「そんな事言ってもアンタ達の宿代はバッチシ貰ってるからな。嫌だと言っても寝て貰うぞ? …というかアンタんとこの怪力嬢ちゃんはもう既に潜り込んでるんだが?」
「あ!? このバカチビ。いつの間に!」
気付いたワインが隣の寝台の上で既に寝ているキャロットへと近づく。
「おいチビ!いくら何でも迷いが無さ過ぎるだろうが… おい。 キャ、キャロット? どうした!? おいってば!? なに笑い取ろうとして上品に寝てやがんだよ!」
ワインがキャロットの肩を掴んでユサユサと揺らすが彼女は静かに寝息を立てているだけだ。まあ、一度寝ちまったらもう無理だ。朝まで起きることはないぜ。そうだ…俺が起こせるか、誰かで悪いが後でテストさせて貰うとするか。
「なあに酔いつぶれちまったのかもしれんぜ。さあ、アンタも遠慮しなさんな」
「お、おお…わかったよ。イヤ、コイツいつもはひでえ寝相なもんだからよ」
どこか納得しない顔でワインの奴も恐る恐るベッドに身を横たえる。
「すげえぜ…!この寝台、まるでハーピィの羽毛みたいに柔らk」
「「ッ!?」」
即座に眠りの世界へと旅立ってしまったワインを見て残りの二人が驚愕する。
「まあ俺の宿のベッドは世界をとれるベッドなんでな…(ドヤ顔)さあさあ、残りのお二人さんも遠慮せずにどうぞ。あ、見張りの心配はいらんぞ。まあ、この村にそも盗みを働く奴なんていないどろうが、俺がカウンターでずっと番をしてるから」
「さ、左様ですか…。では、ローズ。私達もお言葉に甘えて今日はもう休ませて頂くとしましょう」
「い、いえ! 私がサンド様の御隣で横になるなど! 私は床で寝ます!」
そんなやり取りが10分以上続き、遂にローズが床に座り込んでしまった。俺は正直このバカップルのイチャコラを見ててイライラしていたので、さっさと彼女を担ぐとベッドに転がした。ちっちゃな悲鳴が可愛かった。最初は心配していたサンドもローズの寝顔を見て安心したのか、カウンターにいる俺に向って頭を深く下げた後に自身もベッドに身を横たえた。
◆◆◆◆
「…ふあぁあ~。さてもういい頃合いかねぇ」
俺は宿屋のドアを開くと眼前の大穴に丁度遠くに朝日が昇る光が差し込むところだった。夕焼けともまた違う、とても雄大で美しい眺めだった。
「皆が起きるまで後1時間ちょっとくらいかな。んじゃ…」
俺は彼女の肩を叩いた。
「よお。おはようさん。悪いがちょっと外に出て俺の話に付き合ってくれないか?」
宿屋のドアを開けて外へと彼女が出てきた。
「………あの、宿主様。私に話とはなんでしょうか?」
「いや、話はついでってやつでな。早く起こしちまって悪かったなぁ、なに心配しなさんな。何も俺は怒ってないし、アンタ達に何か酷い事をしようともしないさ。他の連中に時期に揃って目を覚ますはずだ…」
ローズは黙って朝日を浴びるストローの隣に黙って並ぶ。だが、ストローの死角となる尻尾の付け根に片手をそっと添えている。
「………あんた達は本当に良いパーティだな。ワインやキャロットはアンタの事を本当に大事に思ってるのが分かったしなぁ」
「…………」
ストローは腰から藁を一本抜くと口に咥えた。
「…ローズ。アンタ、アデクの奴隷なのは確かだが、…サンドの奴を前もって始末するように寄越されたアデク教の暗部が放った刺客だな?」
「ッ!?」
ローズは隠していた暗器を尾から引き抜くと空中に飛び上がって身を躍らせ、一瞬でストローから十数メートル距離を取った。
「……いつわかったのですか? いえ、最初からお見通しなのでしょう」
「ああ。(鑑定でだけど)…でもアンタにはサンドを殺す気なんて更々無いのも知ってるぜ。意識しないと標的であるサンドを攻撃しようとする呪印を仕組まれていたこともな」
ローズはハッとした表情で昨晩サンドの腕を掴んでしまった腕を見る。腕に巻いたバンテージの隙間からうっすらとアデクの刻印が刻まれているのが見えた。やり切れない悔しさで彼女の視界が滲む。彼女はアデクの奴隷魔術師から首の奴隷紋に加えて標的であるサンドを半自動的に攻撃する呪いを上書きされていたのだ。昨夜のサンドの腕を掴んだのも、肩を抱いたのも彼女の感情が揺さぶられて制御が緩んでしまい、完全に正気を失っていればサンドの首を絞めて殺してしまっていたことだろう。
「ええ、そうです。私が気を抜けば、近くに居るあの方を自身の手で殺してしまう! …だけど、だけどサンド様は! そんな私にもあんなにも優しく…! お願いします。私は夜のうちに逃げ出した、という事にして頂けませんか。もし、許しを得られるのならば…その大穴に身を投げる事を見逃していただけないでしょうか? そこならば私の死体が見つかることもないでしょう…」
「悪いがそれは無理だ。この穴には物を投げ込まないって約束なんでな。…ところで、お前さんも心配事ならもう杞憂だよ。…もうローズ、アンタは奴隷なんかじゃあない」
ローズは手の武器を投げ捨てると両手で自身の首を摩る。そして見る見る内に表情が驚愕へと変わる。
「ま、魔力の流れが…!奴隷の首輪の紋が消えて!?」
ローズは思わず膝を付く。そんな彼女を残して「さて、コーヒーでも飲むかい?」と宿に戻ろうとしたストローに彼女が一瞬で間を詰めると縋り付き、土下座をする。
「偉大なる精霊様!どうか私の願いを聞いて下さい!叶うなら私の命を差し上げます!!」
「ちょ! …俺は精霊じゃあないんだが? それに命なんていらんぞ」
まだ頭を下げ続けるローズは涙を流しながらストローに懇願する。
「お願いです、ストロー様。近日、北方に出向いていた労働奴隷達がこの近くを通ります。そこに囚われている私の仲間を救って頂きたいのです。友はケンタウルス族とミノタウロス族です。かつては私と同じ境遇の冒険奴隷でしたが、無残にも使い捨てられて大怪我を負ってしまいました。アデクの奴隷商は使い潰す為に労働奴隷として北方の銀山送りにされてしまいました。…もはや虫の息でしょう。お願いします!精霊様の御力で奴隷達を救って頂けないでしょうか!」
「ふうん。そんな非道なことまでするのかい…アデクってのは」
ローズは何度も宿前の地面に額をぶつける。
「そこまでにしなさい」
声のした広場の入り口を伺えば、背後に覆面装束のブラザー・ダースとシスター・ベスを引き連れた司祭マリアードが厳しい表情でそこに立っていた。
「哀れなアデクの奴隷であった者よ、奇跡をその身に受けておきながら、身勝手にも更なる願いを望むとは何事ですか。貴方の他者を心配する心を理解できぬ訳ではありません。しかし、救う・救わぬはその御方の意思次第であり、救われるべき者達の資質であり、試練そのものなのです。ここは冷静になり、己が身をわきまえなさい」
「精霊信仰者の司祭…!」
ローズは立ち上がると再度ストローに頭を下げてから静かに宿屋の中へと引き返していった。ストローはいつの間にかローズが置いて行った隠し武器を回収し終わっていたマリアード達に声を掛ける。
「…まあ、俺は助けると思うぞ?」
その言葉に振り向いた男はとても穏やかな笑みを浮かべる。
「先ほども申しましたが、貴方様の望むように為されば良いのです。それがこの世界のあまねく者達にとって正義となることでしょう。では出直して参りますので、後ほど…」
そう言ってマリアード達は姿を消した。
ストローが宿に戻ると、ローズはサンドの寝顔を間近に眺めていた。愛おしそうに彼の頬を優しく撫でている。もうそこに悲しそうな表情は伺えなかった。
そこから数時間、起き上がったワイン達は自身の体調が絶好調になってる事に騒ぎ。キャロットが最初にローズの首の奴隷紋が消えた事に気付きさらに大騒ぎとなった。
◆◆◆◆
「「毒消しよりも苦い…」」
「まあ、そういう飲み物だからな?」
朝食で始めてのコーヒーを口に運んだワインとキャロットがこの世の終わりのような顔をして漆黒色の湯気を上げる水溜まりを見下ろしている。朝から酒はないだろうと、お試しで出したコーヒーであったが、その存在を知っていたのはサンドだけだった。
「ホラ、これをこう剥いてさ。中身を入れてみなよ」
「なんだコレ? (クンクン)…獣の乳みたいだが臭いが変だな。それにこの透明なのは何だ?」
ワインとキャロットはストローに促されてコーヒーにミルクとガムシロップをドバドバ入れてかき混ぜる。
「「あっまぁ~い」」
「そりゃあ良かったな」
「それにしても南の黒い薬湯まで飲めるとは…信じられません。確か原料の実は同じ重さの金貨で取引されていたはずですし…しかも、透明ですが恐らく貴重な糖蜜まで…。下手をするとこの一杯で新品の剣を2、3本は買えてしまうかもしれませんよ?」
サンドの言葉にワインが噴き出す。
「へえ、南にはコーヒーがあるのかい。(異世界のコーヒーか。興味はあるな) そうだったアンタ達に頼みたいのは他でもない。俺の宿を宣伝してくれないか?」
「「え?」」
ストローの頼みがそんな事かと一同が目を丸くしてしまう。
「なんだよなんだよ、そんな事かよ! 頼まれなくたって自慢して回っちまうよ、こんな良い宿なんて他にねえしなぁ。なんたって飯は美味いし、寝台で寝て起きれば絶好調だし。オマケに奴隷紋まで消しさっちまうなんてよお!」
「この馬鹿は呑気過ぎる。でもいいの? 一杯いろんな人が来ちゃうと思うよ」
「ええ。キャロットの懸念は正しいでしょう。呪いまで、というのは慎重に考えた方が良いですね。特にアデク教にその事が知られるのは避けなばなりません。…まあ、ローズが自由の身になれたのは感謝しかありませんが。兎に角、道中では首は隠して帰りましょう。ギルドを通じてアデクに彼女の詳細がバレると拙いですからね。西方の王都に到着したら私の仲間のところに彼女を匿って貰うので、大丈夫ですよキャロット」
「…すみません。サンド様、ワイン様にキャロットさん」
色々とあったが、最後にはストローと冒険者パーティ"暖かい色彩"の面々は笑顔で別れた。ストローの宿を方々で宣伝すると約束して。
ケフィアを後にする彼らの表情はとても明るかった。中央には心優しき神官、サンド。その肩に腕を回して大声で笑う男、リーダーのワイン。そのワインの横腹を小突く少女キャロット。そしてそっとサンドに寄り添い、幸せそうに腕を抱く亜人の冒険者、ローズの姿があった。
◆◆◆◆
それから数日後のヨーグの山道からやや離れた斜面に複数の人影がゾロゾロと見えていた。
だが、その一行の足取りはフラフラと力なくておぼつかず、何度も崩れる斜面に脚を取られて転ぶ。
「オラァ!!なにタラタラとやってんだよ! お前ら小汚い奴隷を連れてるからって尾根の道が使えないんだぞ? お陰でこんあガラガラ崩れる斜面を進んでかなきゃあならねんだぞ!休んでねえでさっさと歩きやがれ! 付いてこれなくなった奴から崖に向って叩き落とすぞ!!」
毛皮のブーツに鉄の板金鎧。まるで山賊のような見た目の男が怒鳴り声を上げながら一行の者達を殴り、蹴とばしていく。
その一行から遅れ、やや離れたところをまるでゾンビのようにお互いを支えながら歩く二人の姿があった。
一行は次の目的地に向かって歩を進めていた。その先にこの山々の中間地点であるケフィアの存在すら知らずにまた一歩、一歩と尖った岩の上を裸足で進んでいくのだった。