暖かい色彩②
書いてたら肉料理が食べたくなってきました。
そういえばスペアリブ、最近食ってねえなあ~
あ。食ったこと無かったかも(手遅れ)
「「がっはっはっはっは!」」
ブドウ色の髪の斧使いのワインと巨大な鉄球棍棒の使い手のキャロットが笑い声を上げながら互いにレモンサワーが並々と注がれたグラスをガチンとぶつけ合った。どうやらすっかり出来上がってしまっている様だ。
「ほら、ローズ。コチラの干し肉などはまるで香辛料の効いたカエルのような味がしますよ? 貴方の好物でしょう」
「あ、ありがとうございます。サンド様…」
こちらでは神官のサンドが甲斐甲斐しくローズの世話を焼いている。ローズはこの冒険者パーティ"暖かい色彩"のメンバーで唯一の亜人だ。爬虫類に酷似した鱗と尾を持っているスケイルフォークという種族である。そして彼女は奴隷であった。故にこうしてテーブルで食事を共にとることすら始めてに近い経験であり、当初は我慢できずに何度も席から立ち上がって宿の隅に逃げてしまったほどだ。
「ハハハッ!それにしてもこんな美味い肴と酒が食い飲み放題で銀貨1枚? どうかしてるぜあの藁男はよぉ~」
「明らかに破産する」
「失礼ですよ? ローズを同席させて頂いた上でここまでの持て成しを受けているというのに…それにこれからメインディッシュを出して下さるそうですしね。何でも凄く美味なるお肉料理らしいですよ?ローズ」
「…お、お肉 (ジュルリ) は!ス、スイマセン!? はしたない真似を…」
恥ずかしがるローズをテーブルの面々はニヨニヨしながら眺めている。
「な、なんですか? キャロットさん…」
「フフフ。やっとパーティで一緒に同じ屋根の下で食事したり泊まれるのが嬉しいだけ」
やや酔眼となったキャロットの言葉に「あ…」とローズがポロリと涙を落とし、彼女よりも頭ふたつは背が低いキャロットが伸びあがって頭をポンポンと撫でてやる。
無言となり、その少し湿っぽい幸せな沈黙が続いた後、カウンター奥のドアが勢いよく開いた。
「待たせたな!さあ、たっぷり食って飲んでくれ」
「うひゃあ~!メッチャ良い匂いがするぞ!?」
「この匂いだけでパン十個は食べれる!」
ストローがワゴンに乗せてきた料理にワイン達が歓喜する。
「こりゃあ最近開発できたレシピでな。知り合いの獣人が狩ってきてくれたマッドボア?だったかそんな名前の獣肉に、長老が寄越したワインを合わせた料理なんだ」
「…ワイン?」
ストローの説明にこの冒険者パーティのリーダーである男、ワインが反応した。
「ん? どうかしたか?」
「あ、いやいや下らない事なんですが。私達のリーダーはワインに少し思い入れがありまして…」
「そうなのか? あ~でもワインはあくまで臭い消しと風味付けの意味合いが強いかもだな。そも長老がくれたワインは不味かったしなぁ。この料理は獣肉をワインで煮込んで香辛料で味を調えたものなんだ(らしい)」
ストローの説明は言わずもがな適当である。この、謎の肉のワイン煮というレシピは数日前に偶然に無限フードプロセッサーで作成可能になったものなのだ。ワイバーンの件以降、デスルーラが数日置きにストローの下に狩った獣を置いてくようになったのだが、ストローは自分では肉を捌けなかった。仕方ないので村の住民に頼んで解体して貰うのだが、ストローは肉だけではなく、物々交換も可能な毛皮や骨も全て村人達と分け合ったのだった。この行為に村人は全員感謝し、マリアード達に至っては涙すら流したほどである。そして特に感激した長老ラズゥは隠し持っていたなけなしのワインをストローに寄越したのである。しかし、ストローは肉を調理できないわ、貰ったワインの味が良くなかったわでどちらも無限フードプロセッサーに放り込んでいた。その結果、誕生したレシピなのである。ちなみにストローも何度も味見したがレシピ自体は大変美味だった。残念ながらワイン自体は追加されることはなかったが。
「「肉をワインで煮る!?」」
「おお…なんと贅沢な…! 本当に銀貨1枚などでよろしいのですか…?」
「ああ問題ないよ。というかお代わり自由だからな?」
ストローは涼しい顔で皆の前に湯気を立てる肉料理の皿を並べていく。
「いただきます!」
「あ!狡いぞキャロット!? よっしゃ俺も食うぞ!」
「…ワインを使った料理のようですが、良いのですか?(ジト目)」
「ああ!?これは肉料理だからそんなもん関係ない!(ガツガツムシャムシャ)ブフゥッ!?」
「ど、どうしたのですか!」
ワインが突然噴き出し、先に口をつけたキャロットも目を見開いて沈黙している。
「わ、私もいただきましょう」
サンドもまたナイフとフォークで香しい肉を切り分けて口に運んだ。そして動きが止まる。
「どうした? 口に合わなk」
「「美味いッ!!?!」」
ストローの不安を打ち消すような叫びは宿屋自体を揺らしたかのようだった。
「「ガツガツムシャムシャ(一心不乱)」」
「…これは、この料理は信じられないほど美味ですね。生涯でこれほどの料理を口にできるとは…!」
やや過剰な反応であったが、ストローは胸を撫でおろす。ふと3人以外のローズが大人しいと様子を伺えば何故かコチラを見てモジモジしている。見れば彼女の前の皿は既に空だった。ストローの顔が思わずほころぶ。
「ハハッ!美味かったかい? それじゃあお代わりを持ってくるから少し待っててくれるか」
「…い、いえ!そんな」
「「お代わり!!」」
恥じらうローズの声に重なるようにしてワインとキャロットの叫びが上がる。それを見てサンドが口を隠して笑い声を殺していた。
「ハイハイ。ジャンジャン持ってくるから…勿論アンタの分もな。ここじゃ遠慮なんかしないでくれよ。腹一杯食って、好きなだけ飲んで楽しんでくれればそれでいいんだよ…」
そう言ってストローは空のグラスや皿を乗せたワゴンを押してカウンター奥へと消えて行った。
そのどこまでも優し気な言葉に感極まったローズが顔を手で覆ってしまったが、それをキャロットが優しく慰めている。ワインは腕を組んでそれを満足そうに眺めている。そして、サンドは静かに立ち上がるとストローが出て行ったドアに向かって深く頭を下げた。
◆◆◆◆
数時間後、腹を満たして美味い酒で喉を潤した"暖かい色彩"はストローをテーブルに招いていた。そして出された料理や酒の素晴らしさや、いかに驚いたなどを矢の如くストローに向って吐き出していた。特に、ローズを宿に受け入れたくれた感謝の言葉を多く占めた。
「ガハハ!ヒック。それにしても藁男は良い奴過ぎるぜぇ~。他の宿屋の連中もアンタみたいのばっかなら何の問題もないのによぉ」
「無理無理。藁男の宿屋が普通の街にあったら人気過ぎて入れない」
「…それもそうか。がっはっは!」
ワインとキャロットはストローを藁男と呼ぶのは、最初の挨拶で例の如く「藁? 変な名前だなあ」という一連の流れがあってストロー本人が好きに呼んでくれと言った為である。
「まあ俺も暇だから一緒させて貰ってるがな。そういえば、最初から引っ掛かってたんだがな。他の宿ではローズ、彼女みたいなのは泊めてくれないという話は本当なのか?」
ワイン達はストローの言葉にピクリと眉間に皺を寄せる。グラスで口を隠したワインに代わってサンドが答える。
「ええ、残念ながら」
「それは、奴隷…だからか?」
「それもありますが…まあ、目下の問題の起こりは全てアデクの存在にあるようなものでしょう。奴隷は多岐に渡ります。それこそ犯罪奴隷や借金奴隷の他に労働・娼婦…そして彼女、ローズのような十分な戦闘力を持ち、冒険者パーティに随行する冒険奴隷などです。しかし、奴隷とて共に食事や宿泊する事自体は許されています。…実際のところは同じテーブルで食事を取ったり、寝台で寝かせて貰えることなど無いに等しいのでしょうが」
「…じゃあ、種族か?」
「…はい。愚かなアデクの広めた見解によって多くの人々が獣人・亜人に対して偏見や差別的な思想を抱く傾向が強くなっています。そして、スケイルフォーク族…亜人と見なされる彼女もまたその対象として扇動された民衆には映ってしまうのです」
サンドがそっとローズの手に自身の掌を重ねる。彼女もまた顔を下げてしまった。
「ふうん。嫌な感じだな? そいで、そのアデク…とやらにアンタも属しているのかい?」
その言葉にストローとサンド以外の面々が一様に怒りの表情を浮かべ、椅子をひっくり返す勢いで立ち上がって怒鳴る。
「藁男!俺のパーティにアデクのろくでなし共はいねえ!」
「サンドをアデクの連中と一緒にしないで!」
「サンド様は…サンド様達はそんな非道な人間達とは違います!」
サンドはどこか悲し気に笑った。その目の端には光るものが滲む。
「まあそうだわな。どう見たってそんな酷い連中とは同じには見えねよ。だって、そんな連中にこんな真似はできないはずだろう?」
そう言ってストローが指さす先には、ローズがサンドの手を固く握りしめていた。それに気付いた彼女が慌ててサンドの手を離し謝っている。
「色々と聞いちゃ拙かったかな。俺は下界、ていうか世の中のことをあまり知らないんでね。悪かったな」
ストロー座ったまま頭を軽く下げると、ワイン達も席に着いた。
「……ストロー様。確かに私はアデク教、特にアデクの総本山がある西方王都のアデクの冒険神官です。ですが、まだ聞いて頂きたい事があるのですが、あと少しばかり付き合って頂けますか?」
「うん?」
「お、おい!サンド!?」
慌てるワインを手で制するとサンドは自身のスカルキャップを外し静かに佇まいを正す、その瞳には一切の揺らぎや迷いが無かった。
「…ワイン。この方ほど、この北ルディアで私の仲間以上に信頼できる方はいないでしょう。大丈夫ですよ。ストロー様には知っておいて頂きたいのです。…私のような者の事を」
サンドがスカルキャップの内側に隠していたであろう小さな首飾りのようなものをストローの前にシャラリと垂らした。それは細長い"アルファベットのH"に似ていた。
「私は、アンチアデクの人間です」