☞マリアードの試練③
何か全然話が進まない。今週中にはヒロイン出したいんですけどね。
あ。マリアードの試練は取り敢えずこの話までです。次回は新キャラ回(多い…)
マリアードの試練は尚も続いた。
「いやはや、ストロー様が自らこの宿を御建てに? 素晴らしい造形ですね。見たことがない雰囲気を纏った造りですが、…これは何れの大陸にて学ばれたのでしょうか?」
「いやあ~照れるなぁ。う~ん俺も詳しくはないんだよなあ。なんせ森の中に急に降ろされたもんでね。この世界のことは余り知らない事ばかりでさ? 人間や獣人と会うのも最近のことなんだ」
ストローの言葉に司祭マリアードの笑みが一瞬消える。
(…この世界のことを知らない? 森に降ろされた? ブルガに顕現した事を否定しないどころか、自身が精霊であることを隠す気もない、ということですか。なるほど、精霊は人の心などお見通し、余計な嘘偽りを口にする必要すらないでしょう。平凡な人間の姿も恐らくは単なる酔狂か、それとも皮肉なのか…)
マリアードは無心でストローに笑みを浮かべた。その背後の現在失神中の二人は意識を取り戻しつつあったが未だ金縛りにあったかのように身動きが取れないでいる。
「そうでしたか。僭越ながら私は未熟者ではありますが司祭などという身の丈に合わぬ身です。しかし、今後はこのケフィアでストロー様にお教え出来る事もあるかと思います」
「そりゃあ助かるよ!ハハハ。そうだな聞きたい事なら沢山あるんだ。このケフィアの他にはどんな場所があった、どんな種族がすんでいるとか、どんな美味いものがあるとか、何が流行ってるのとか、…ああ、後はそうだな。 日を改めてでも良いんだが、アデクって連中の事とか…」
宿屋のドアを開いて振り向いたストローの言葉と一瞬のひずみがマリアードの表情を凍らせ、心の臓すら見えざる何者かの手で鷲掴みにされてしまう。マリアードですら表情を保てないのだから、背後の二人は既にまた意識を手放していた。
「あ。長老たちは早く村の皆にもう安全だと伝えてきた方が良いんじゃあないか? 俺は司祭様達を宿で持て成すからさ。色々と聞きたい話もあるから…」
マリアードはゴクリと唾を呑み込むと、懇親の気合いで笑顔を作ると長老達へと向けた。
「…ええ。では有難くお邪魔させて頂きましょう。長老様、既に聖堂の結界は解除しています。早く村の皆さん安心させてあげて下さい。デスルーラさんもエイさんもよろしくお願いしますね。…それと、ストロー様。私のことは呼び捨てで構いません」
「そうか? じゃあそうさせてもらうな。堅苦しい言葉は苦手なんでね。ホラ、デスも長老を連れて早く行ってこいよ! …じゃあ俺は中に居るから」
そう言ってストローが最も危険なダンジョンすら生温い、宿屋のドアを閉めた。
長老たちは少しの間躊躇ったが、マリアードの笑顔に促されて村人達のいる聖堂へと足早に向かった。しかし、入り口から引き返してきたデスルーラがマリアードに耳打ちする。
「…司祭様。気を付けろよ。あの旦那は悪い奴じゃあないのは俺が保証する。…するが、同時に恐ろしい…! なあ、司祭様。 あの旦那は、あの御方は一体何者だってんだよ…あのワイバーン共を俺達の目の前で一瞬で消し去った…俺の左腕すら難無く生やしたんだぞ…! 俺は…俺は…感謝の念に潰されそうだ。でも正直言って、それでも…怖いんだ…!」
「……存じていますとも。それに恐れる事など何もありません。あの御方は…人間の振りをなさっていますが、…貴方の思う通り、いいえ。それ以上の存在です。…無理強いはしませんが、今後もあの御方とは親しい付き合いをして頂きたい…」
「…………」
デスルーラは村の聖堂へと去っていった。それと同時にマリアードの背後にいた二人が地面にドシャリと倒れた。呼吸が尋常ではないほどに荒い。
「ブラザー・ダース。シスター・ベス…良くぞ耐えましたね。意識を失いながら立ち続けるのは苦しかったでしょう? …ですが、ガイアの徒たる我々の試練はまだ終わりではありません。息を整えなさい。精霊様をこれ以上お待たせする訳にはいきません!精霊様があくまで人間の姿で対話をなさる内は、いくらあの神威に当てられても地に這いつくばって赦しを請うことは叶いません…さあ、行きますよ!」
何とか立ち上がった覆面装束のブラザー・ダースとシスター・ベスを引き連れ、マリアードは意を決して宿屋のドアを開いた。
(カランカランカラン♪カラン…♪)
「お。来なすったな! いらっしゃい。俺の宿へようこそ」
そこには宿の主ストローが笑みを浮かべて立っていた。
しかし、マリアードは無言…ただ静かに泣いていた。
スピリットを知る者だけがわかる。その空間にスピリットの乱れが一切ないのだ。まるで静寂の地。約束された安息地。精霊信仰者の誰しも夢見るあらゆる調和がなされた場所だった。
「……此処が、此れこそが我らの旅の終着点。偉大なる先人達よ…兄弟姉妹達よ…全てのガイアの徒よ。貴方達の苦行が今まさに報われる時が来た…!ガイアに寄り添う者に安寧を…!ガイアの仔らに祝福あれ…! 遂に、我らは精霊の御許に辿り着いたぞ…!!」
マリアードは両手を広げ、背後の二人は溢れる涙に嗚咽しながら膝を付き壊れるほど強く両手を握り合わせた。
◆◆◆◆
◤ストロー◢
「………おい、大丈夫か?」
え。急にどうしたんだコイツら? イキナリ俺の宿へ入るなり泣き出したぞ? 何か知らんが偉く感動してるようだが。 ま、まあ。そこまで喜ばれると流石の俺でも恥ずいんだがなあ~。
「も、申し訳ありません!取り乱してしまいました!…その、我らが夢見た場所…余りの素晴らしさに、つい、我を忘れてしまいまして…」
「え。ああ、そうなんだ? ハハハ…いやぁ~そこまで言われちまうとなあ。まあ、なんだな取り敢えず、これから世話になる連中には最初だけ好きに飲み食いさせてるんだ。ホラ、座った座った」
俺はこの余りににも腰の低すぎる連中を席に着かせようとしたが、「恐れ多いっ!」とか言ってなかなかテーブルに座ってくれない。困ったなあ。それにしても、もしかしてコイツら極度の宿マニアなのか? やたらと宿の中を伺っているじゃないか。…その宿マニア達を泣かせてしまうとは俺の宿屋かなり良い線いってるかもしれないな。
説得の末、何とか奥のミニテーブルに腰を落ち着けて貰った。覆面の二人はまだ調子が悪いようだが、大丈夫かな? あ。なんなら泊めればいいか。きっと、風邪くらいどうにかなるだろう。
◆◆◆◆
「よし、じゅあ何か今腹に入れるもの持ってくるから待っててな」
「どうかお気遣いなく!」
「ど、どうか!」
「…ゴクリ」
余りにも必死なマリアード達にストローは首を傾げる。
「…ああ! そうかそうか失念していたよ。酒とか肉とか、やっぱり厳しいのかね? なら水とかジュースなら平気だろう? いいからいいから、遠慮すんなってば」
「い、いえ!別にそういう意図では…!?」
無慈悲にもあまり人の話を聞かない宿の主はスタスタとカウンターの裏へと歩いていってしまう。
それを見たマリアード達は特殊な発声術で密やかにやり取りする。
(よいですか。この世とも思えぬものが供されても、決して求めすぎてはいけません! 恐らく、口にするのを躊躇っても精霊様の機嫌が損なわれるでしょう。少し話をしてこの場を去ります。良いですね?)
((は、はいぃ…))
何とか冷静さを保つマリアードと異なり、ブラザー・ダースとシスター・ベスは傍目から見ても可哀相なほど震えていた。無理もない、自らの信仰対象そのものと同じ空間にいるのだから。
しかし、ストローがカウンター奥のドアを開けた時だった。ブラザー・ダースが余りの恐怖からか白目を剥いてテーブルに頭を打ち付けてしまった。
((ッ!? ブラザー・ダース!!))
マリアードは咄嗟にストローの方を伺うも、既にドアの先に姿を消した後だった。
「…もう声を出しても良いでしょう。シスター・ベス、彼を」
「は、はい」
シスター・ベスがテーブルに乗せられたブラザー・ダースの頭に手をかざすと僅かに光が溢れる。
「はっ!?」
ガバリとブラザー・ダースがその場に立ち上がる。
「落ち着きなさい。精霊様は今はこの場にはおられません。ブラザー・ダース、貴方は耳が良い。…あのドア、光の先から何を聞いたのですか?」
ワナワナと震えながら、定まらない視線をマリアードに巨躯のブラザー・ダースが向ける。
「……し、信じられないんですが、僕もまだ信じられないんです。ですが、あの御方があのドアを開け放った時、聞こえてしまったんです…!数えきれない無数の声が!大勢の歌い声!戦の最中の兵達の怒声が、悲鳴が!子供も!若い娘も!老人の声も!…そして…先程のワイバーンに似た鳴き声も…!」
そう言ったブラザー・ダースがガタガタと身を震わせる。
「そうですか。それは辛かったですね…」
そう言ったマリアードが笑みを消した青い顔でそのドアを見やる。
「…そうですか。あのドアの先が…異界なのでしょう」
3人はジッっとストローが出ていったドアを凝視し続けた。
◆◆◆◆
空のワゴンを遊ばせながら客をほったらかして、宿の主人であるストローがソファに寝転がり休憩していた。なにせこのPゾーンと呼ぶ空間では外の60分の1以下の時間しか経過しないのだ。少しくらい、いや仕事中に食ったり寝たりと好きにできる場所なのである。
そのリビングでストローがテレビジョンを見て独り言ちる。
「イヤ~画面を4分割できるから、昨日から好きな映画を同時に流してみたんだけど…オペラに戦争モノとホームドラマ、最後に〇〇〇シック・〇ーク。…カオスだなあ。面白いんだけど見てて疲れるわ。…やっぱりワイバーンっても恐竜映画に出るアレと大して変わらないよなあ~実物見た時は流石にビビったけどさ。まあ、あの巨体でどうやって空を飛んでるんだか? その辺も聞いてみようかね。…よし、そろそろ行こうか、ヨッコイショ」
ソファから立ち上がったストローはリモコンを拾い、そのバラエティな画面を消した。