☞マリアードの試練②
暑過ぎて筆が進まねえぜ。どこかに新品のクーラーとクーラーを無償で取り付けたくて堪らない野生の業者が落ちてないかな(意識朦朧)
◤ケフィアの司祭、マリアード◢
私の名は、マリアード。未だ修行中の身ではありますが、霊峰ヨーグの頂にあるケフィアの村にてガイアの徒として有難くも身を置かせて頂いております。
村の人間の心は下界の荒みを感じさせないほど清み、人類の安寧の為とは言え両手を血で汚すこともままある私達ですら優しい気持ちにさせてくれます。
微力であれど、そんな村人達の助けになれればと私は日夜努めております。
私はかつて、罪深き者達と共にありました。それは女神の名を騙る悪の巣窟のような場所です。私は生まれながらスピリットに通じ、奇跡の力を手にしていた故に未熟が過ぎました。アデクの若き天才、枢機卿候補として祭り上げられた事もありましたが、私はアデクの真の姿を知る事となりました。
アデクには女神の慈悲も精霊の正義もありません。アデクという恐らく在りもしない聖人の名を使う背教者の集まりです。最も許せぬのは、罪も無い獣人を犠牲にして富を得る所業です。
人類たる我らに人間も獣人も亜人もありません。だのに一方的に獣人達を捕らえ、奴隷として働かせるアデクの名を好きなように使う連中で溢れています。実に愚かだ…私は恥じてアデクを去りました。そして、ガイアの徒を通じて真の信仰を知る事ができたのです。
…ただ、気掛かりなのは苦役を強いられる罪なき奴隷たちと、ほんの一握りの純粋なアデクに縋る者達の存在です。彼らは本当にアデク教が獣人達を救済すると信じているのです。特にかつて私の友であった、リヴァという男は愚かなまでに獣人を思う男です。それ故に枢機卿という位にまで昇り詰めましたが、アデクの実情に心を痛めていました。私がアデクを去ることを最後まで拒んでいた人物でもあります。
もしも、アデクの根幹が彼のような心根を持てているのならば…いいえ。そのような甘い期待はしてはいけません。最も懸念すべきなのは、アデクの名を使い悪行を重ねる者達の姿を見た精霊が、今度こそ"愚かな人類を見限るやもしれない"ということなのです。
そして、その兆しは既にあるのです。
私達は霊峰ヨーグの山道を駆け上っていました。そこはもはや普段、私が知るヨーグではありませんでした。まるで物質化したかのように蠢く虹色のスピリットの中を泳ぐように進んでいたのですから。
「……大丈夫ですか? ブラザー・ダース。シスター・ベス」
「「…………」」
私に何とかついてきている二人からの返事はありませんが、無理もないでしょう。この霧のような濃度のスピリットの中を進む事は並大抵のことではないのです。意思を持ったようにすら蠢くこの見えざる力は異物を寄せ付けないように働きます。麓からこのスピリット溜まりに進入するのは骨が折れましたが、こうしてケフィアに近づくにつれてスピリットが薄く澄んできているのがわかります。…新たに現れた精霊は村への悪意ある侵入者を拒んでいるのでしょうか? しかし、スピリットには鈍い者には特に効果は無く思えますが…。
私達はどうにかケフィアへとたどり着いたのですが、村の中から叫び声が聞こえます。
「常世は本当にあった!! 死者の門が開いちまったあぁ~!!」
そこには自身の左腕を掲げて走り回る獣人の姿がいました。村の皆がそれを心配そうに伺っています。…はて? あのスナネコの獣人はデスルーラでは? 彼はアデクから逃れる際に負った大怪我が原因で左腕を失っていたはずですが………どう見ても幻術の類ではないようですね。本当に彼の左腕が生えています。村人が私達に気付きました。
「あ。司祭様!」
「………あの獣人はどうしたのです? 一体、私が居ない間にこの村で何があったというのですか…!」
「じ、実は…」
村人が言うには昨日の昼にフラリと獣人達が人間の若い男を連れてきたと言うのです。その若い男じはストローと名乗り、とても親し気でこのケフィアで宿屋を開きたいという酔狂な人物だと。そして、どんな魔術を使ったのかは知らないが、あの大穴の広場にいつのまにか立派な宿屋を出したと言うのです。そして、長老や獣人、村の衆を招き入れると無償でこの世のものとは思えないような素晴らしい食べ物や美酒を好きなだけ振る舞ったという言うのです。
「マ、マリアード様…」
「ええ、わかっていますよ。…私達も広場へと向かいます」
…これは余りにも典型的な精霊伝説のソレと同じです。
人間の振りをする精霊。
全くと言って良いほど世間離れした様子で人々を自身の建物へと招く。
そして、悪意のない者達に好きなだけ貴重な食べ物や酒を振る舞い、持て成す…明らかに人間の本性を試す行為ですね。
端から人類を滅ぼしに地上へと訪れた訳ではないようですが、考えようによってはとても拙い…!精霊が悪意ある存在を知った時、どんな災害が起こり得るのでしょうか…? …急ぎましょう。
私達が広場へと通じる道に向おうとした時でした。急に村人達が悲鳴を上げたのです。
「ワイバーンだ!?」
「ワイバーンの群れが森の方から飛んで来たぞお!?」
「女と子供達を聖堂に避難させろお!」
空に数体のワイバーンの姿が見えます。まさか、このスピリットの中に突っ込んでくる気なのでしょうか!? 愚かな! いくら無知な幼竜の群れとはいえ…いいえ、むしろ余りの恐怖でおかしくなってしまったのでしょう。逃げ場の失くしたネズミが捕食者であるネコに狂って襲いかかるように。
私達がワイバーンに気を取られた瞬間に広場へと獣人が叫び声を上げながらひとり駆けていってしましました。迂闊でしたね。
「しまった!? まだ宿屋には、旦那や長老が!エイィィィィ!」
その宿屋には件の妖精と共に長老のラズゥと世話役のエイが居るようですね。シスター・ベスが動揺していますが仕方ないでしょう。私達も村人を結界を張った聖堂へと匿ったら、広場へ急ぐとしましょう。
私達が広場へと駆け付けた時には既にワイバーンの群れが広場へと突撃しているところでした。しまった!もうこの距離では激突は免れません…!
広場には武器を抜いた獣人のデスルーラと、その後ろに長老とエイが…そして、ああ…!あの先頭に立つあの御方が…!私はその後ろ姿に脚が竦み動けなくなってしまいました。
何時の間にか頬には涙が流れていました。
「デス、盛り上がってるところに悪いが俺の前に出ないでくれるか?」
「はあ!?旦那何言ってや」
叫ぶデスルーラを後ろへと下げると、フラリと彼が前に出ます。そして腕を振り上げると…
「帰れ」
その瞬間。ヨーグの山々を覆っていたあの膨大なスピリットが彼の肉体に凝結したのです。僅か数舜の間でしたが、そのスピリットの激流に巻き込まれた私達は五臓六腑どころか魂すら引きずり出されそうになり、私も気を失い掛けてしまいました。…いま思い出すだけでも、あれほど恐ろしい体験はないでしょうね。
そして気付けば、ワイバーン達は消え失せていました。間違いなく彼の所業でしょう。…これが、精霊の神通力ッ…!? もし、これが人類に振るわれれば…。仮にそうなったとしても、ガイアの徒である私が畏れることなどなにもありません。ただ、ガイアへと還るだけ…。
「貴方が、ストロー様ですか?」
私は恐れ多い気持ちで身が震えましたが声を振り絞りました。
「あ! 司祭様!?」
デスルーラを介抱していたエイが私達に気付き声を上げました。皆の視線が私に集まります。そして彼の視線も私に向きました。彼はどうやら私達の正体を伺っているようですね。まあ、人間の振りをする事を好むという経典は事実であったようですね。
私は彼の下に歩を進めようとするのですが、後ろの二人が震えて動く様子がありません。精霊を目の前にして無理はないでしょうが、気を失っているようですね。…黙っていると彼の不快を買いかねません。
「…失礼。ふたりはガイアの神殿戦士なのですが、まだまだ若く、修行中の身でして。お見苦しいかとは思いますがお許しを。…どうやら緊張が解けないようでして、時期に落ち着くかと思います」
「ああ、なんだそうなのか。心配しちまったぞ…ところで司祭様と?」
…まるで、変哲の無い人間の男と話しているかのような錯覚を覚えます。あの凄まじかったスピリットももはや何も感じられないほどのレベルにまで同調させているようです。流石は精霊ですね。
「申し遅れました。私の名はマリアード。このケフィアの地にてガイアの徒として働かせていただいております。しがない修行中の身ではありますが、…精霊様の忠実な下僕にございます。以後、どうぞお見知りおきを…」
私を不思議そうな顔で伺う、まるで無知な男を演じる精霊…しかし、精霊はあらゆる者の心を見透かす。私の正体など既に見通しているはず。私の本心を伝えねばなりません。
私はこれから仕えるべき主人である彼に向って心の底から微笑んだのです。