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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第一部~精霊の宿
24/103

 はじめてのワイバーン

連休前に消耗した体力を回復させるのに1日半掛かった筆者でした。

◤ストロー◢


「あふうぁ~っ!よう寝たわいっ!」

「おはようさん」


 長老のラズゥが起きたようだ。俺はドアを閉めて宿屋の中に戻る。


「にしてもアレじゃな!こんなに良い寝台で寝たからかのう、儂の身体の調子すこぶる良いんじゃけど!? イヤ、絶好調じゃぞい! 今ならワイバーン相手でもなんとか勝てそうだわい!」

「そうかい。そりゃあ良かったなあ。とりあえず長老、この宿帳に記帳しといてくれないか」

「お、そうだの。……はて? そういえば儂、宿代払った記憶ないのう。まさかエイの奴が立て替えてくれたのかのう?」

「ん? いいや、デスの奴が払ってくれたぞ」


 宿帳に自身の名前をスラスラと書いていた長老の手がピタリと止まる。


「…デスルーラめ、見栄を張り追って。儂の分の宿代は後で必ず持ってくるからの、次の機会にその立て替えた代金をデスルーラに返してやって欲しいんじゃが。まったく、銀貨といえどもほとんどの獣人にとっては手に入れることが難しいからのう。大方、その金子もストロー、おぬしがこのケフィアまでの道案内にと、デスルーラ達に渡したものなんじゃろ?」

「正解。わかったそうしよう…」


(カランカランカラン♪カラン…♪)


 そんなやり取りを交わしていると勢いよく宿屋のドアが開かれて、村娘のエイが飛び込んで来た。長老の世話役の娘だったはずだが寝坊でもしたのか髪が乱れに乱れている。


「ハァハァ…長老…!」

「なんじゃあエイよ、その姿は? さては寝坊でもしたんだの。仕方ない奴じゃ」


 長老はそう言ってエイから自分の杖を引っ手繰るとまるで棒術の演武をするかのようにクルクルと回し始めた。ホントに元気な爺さんだな。


「……長老様!違いますよ!?…というか、外で騒ぎが…ルーラ、さんが…ハァハァ…!」

「ん。ルーラ、とはデスルーラの事か? そう言えばもう宿を出てっておったの。あ、そうだ聞いたぞエイ!昨晩、デスルーラに儂の宿代を出させたそうではないか!よくもそんな恥…」

「そんな事なぞどうでも良いんですッ!」

「!? そ、そんなことってお前…」


 エイの怒鳴り声に長老がショックを受けたようで、若干泣き顔になってるぞ。大丈夫か?


「外でルーラさんが腕が生えた!って叫んで走り回ってるんですよ!?」

「はあ? エイ、お主…まさかその乱れた様子といい、寝ぼけておるのかの?」

「私だって今も信じられませんよ!でもルーラさんが村中で"常世は本当にあった!?"とか"死者の門が開いた!?"とか叫んで皆で大騒ぎになってるんですよ!長老様、どうにかして下さい!」

「えぇ~? 草木でもあるまいし、そう簡単に腕が生えるわけなかろうが」

「あ。デスの奴の腕ならちゃんと生えたぞ?」


 俺がそう答えるとふたりしてコチラをギョっとした目で見てきた。…何だ? 何がそんなにおかしい? 宿屋で一晩寝てHPが全快するんだから、腕くらい元通りなるだろう? 常識的に…ああ違った、ファンタジー的に考えて。


「…ムムム。兎に角、儂もデスルーラの腕を目で見て確かめてみるとしよう。…とても信じられんがの」


 何か異様なものを見るかのような視線をふたりから浴びながら、俺は外へのドアを開けようとしたその時だった。


(カランカランカラン♪カラン…♪)


 バン!と勢いよくドアが開かれる。危うく俺の顔面にヒットするところだったぞ。


「あっぶね!?」

「おおっ!すまねえ!」

 

 なんと相手は件のデスの野郎だった。ドアを押し開けたのはその左腕だった。うん、問題は無さそうで良し。


「えええええぇぇッ!? ホントに腕生えてんじゃん!? キモオオオオイ!なんなのお前!? 実は腕がニョキニョキ生える獣人じゃったとか? そんなのもう詐欺じゃの。獣人詐欺案件じゃ!」

「んなわけねえだろ!イヤ、俺の腕が生えたとかそんな事はどうでもいいんだよッ!それよりも大変なんだよ!」

「そ、そんなことってお前…! 一晩で腕が生え変わるようなことよりも大変なことなんてある?」


 長老は呆れた顔を浮かべるが、次のデスの声で腰を抜かしそうになってたぞ。


「ワイバーンだッ!森の方からワイバーンがこの村に攻めて来やがったんだ!それも6頭はいるぜ!」

「な、なんじゃとおおおお!?」

「…そ、そんな!」


 デスがもたらした情報はどうやらふたり達にとっては死刑宣告にも等しい言葉だったみたいだ。顔面蒼白ってこのことなんだなあ。


「…おかげで俺も正気に戻っちまったぜ。村はこれ以上ない混乱状態だ」

「なあ、聞いてもいいか? そのワイバーンってヤバイのか?」

「ばっ!? ワイバーンも知らねえのかよ!」

「知らんな。…あ、名前だけは知ってるぞ? ホラ」


 俺はカウンターの棚からボーゲンから譲ってもらったワイバーンの牙を見せる。


「…え。わ、藁の旦那よお。コイツは何だ? 誰かの名前が彫ってあるようだが…」

「だから。そのワイバーンの牙だっつーの。このケフィアに来る前に手に入れたもんだ」


 三人は俺の手にする牙を、目を皿のように丸くして見つめたあと、ジト目で俺を見やる。おいやめろ。笑けちまうだろが。


「……旦那がワイバーンを連れてきたんじゃあないだろうな」

「ええ?」


 デス達の話を聞くとワイバーンとは翼のある竜種(なんか知らんがでかいトカゲ)でかなり危険度の高いヤツらしい。知性は低いがなんでも成竜でなくとも2階建て建物くらいあるらしく、さらには尾の毒針がとても厄介で数えきれないほど多くの者がその猛毒の犠牲になっているのだとか。と言ってもそんなヤツがどこにでもポンポンいる訳じゃあなくて、この辺だとブルガの森深くに生息してるらしい。


「…基本ワイバーンの成竜は群れずに単独であることが多いんじゃ。しかし、此度はまだ若い幼竜なのだろうの。と言っても数が多い分、脅威なんじゃが…これは大変なことになってしもうたぞ」

「ふうん。って騒ぐって事は、もう近くまで来てるんだろう? どれ、外へ見に行ってみようか」


 俺は宿屋の外、広場へと出ていく。すると頭上の空、もう1キロは離れていない場所に確かに複数の物体が不規則に空中を移動していた。アレがワイバーンね。想像以上にデカイ、まあ牙があの大きさなんだからそんなもんか。村の方からも叫び声やらが聞こえてくる。


「こりゃあ、コッチに真っ直ぐ来てくれそうだ…俺的には帰って欲しいが。長老はとりあえず帰った方がいいなあ。村の連中を落ち着かせた方がいいぞ?」

「げぇ!? ホントに戦えるとか言ったら来ちゃったぞい!? …だがしかし、一宿一飯の恩のあるおぬしを置いて逃げては、我がオーディン家の名折れじゃのう!」


 そう言って長老は杖を頭上でクルクルと回して槍の様に構える。微かに杖の表面に白い光のような電流が迸ったように見えるが…ってオイオイ爺さん、無理すんなだろお?


「長老様、いけません!」

「そうだな。俺達、スナネコ獣人はアンタ達には恩がある。生憎、獣人は俺しか居ないが、村人たちが避難するくらいの時間なら稼いでやる」

 

 そう言ってデスの奴が腕を組んでワイバーンを眺める俺の隣に来ると、左手で腰からサーベルを抜き放ち、右手には背中から槍を取り出して構える。


「…藁の旦那は逃げなくていいのか? 不思議とアンタは大丈夫な気がしてならんが」

「ハハハ。俺はもうここで宿を構える腹積もりだったしなあ。まあ、何とかなるさ。ってことだ長老、アンタ達は村人達を守ってくれ」


 どうやら、デスの奴はワイバーンと戦ってくれるようだ。まあ、戦わせなんてしないがな。


「グヌぬぬぬっ…!儂があと百は若ければのう…!」

「…ルーラ、さん…!」


 長老は歯噛みし、エイは涙目でデスの右手を握りしめる。…イチャつくんじゃあないよ。


 しかい、そんなふたりに業を煮やしたのか、ワイバーンの群れが突撃してきやがった。所詮はトカゲか、空気のよめない連中だ…イヤ、読んだのか?


「クソ!やはりここを目掛けて飛んでくるぞッ! エイ!長老を連れて聖堂に村人達と一緒に隠れろ!」


 デスが長老に泣きつくエイを押し付けると、槍をまだ数百メートルは離れたワイバーンへと投擲する。よくあんな距離まで投げられるなあ。だが、槍は1頭のワイバーンの肩に当たるも貫けず、バラバラになってしまったようだ。


「「GYAAAAAAASU!!」」


 とてもうるさい連中だ。あのゴリラ共以上にコミュニケーションを取れる自信が湧かないな。…仕方ないな。


「デス、盛り上がってるところに悪いが俺の前に出ないでくれるか?」

「はあ!?旦那何言ってや」


 俺は空中から襲いかかってくる6頭のワイバーンに意識を集中する。もはやその距離は数十メートルもないだろうところまで肉薄している。うん、確かにでかいなあ、戦闘機?くらいはあるんじゃあなかろうか。実物なんて見たことねーけど。


「帰れ」


 ビリリッという何かが奔ったような感覚と共にまたあの金属質な音が山々に響き渡る。


 ワイバーン達はもうどこにもいなくなっていた。


「はあ~朝から大変だったなあ? おいおい、どうした。ワイバーン達ならもう帰って(・・・)貰ったから。長老達は村人達にもう大丈夫だって伝えてきた方がいいぞ?」


 俺が手を振りながら近づくも呆然とする面々。どうしたんだ?


「なあ!? まさかワイバーンを魔術で撃ち落としたのか! え!? まさか穴に落っことしたのかの!?」

「ンやぁ。だってその穴に物を投げ込んだりしたら怒られるってチクア達が言ってたし。迷惑な連中(・・・・・)は俺の宿には近づけないんだよ」


 ダッシュで穴を覗き込んだ長老に俺はワイバーン達を締め出した事を伝えるも、どうにも納得したいない様子だ。てか魔術なんて使えね~よ。むしろ使ってみたいくらいだわ。ところが、デスの奴がヘナヘナとその場に尻もちをついちまった。ははぁ~?内心、相当ビビってたんだんなあ。まあ気持ちはわかるぞ。俺だって結構ガチで怖かったしな!


「ち、違う…魔術なんかじゃねえ!お、俺には見えたぞ…だ、旦那ぁ。アンタ、ワイバーン達を一瞬で別の場所に消し去っちまったんだろう? …やっぱり、夢じゃあなかったんだ。本当に常世が…精霊なんてもんが…ああ、父者(ととじゃ)…!」


 ガタガタと震え出すデスの奴を心配してかエイが近寄る。まったくオーバーだなあ~。この世界はファンタジーの癖して意外とビビリが多い。テンポが悪くて少し困るぞ。


「貴方が、ストロー様ですか?」

「あ! 司祭様!?」


 エイが悲鳴にも似た声を上げて広場の出入り口を見ると、そこには某RPGでよく見掛ける聖職者スタイルの出で立ちの男とその背後に黒装束にも似た謎の覆面がふたり立っている。しかし、どちらも司祭様と呼ばれた男と違って、目に見えてガタガタと可哀相なくらい震えている。…もしかして、風邪か? 特に左の悠に2メートル半はありそうな大男は白目をむいているようで無理矢理に直立不動の姿勢を保っているようだ。右は恐らくエイと同じくらいの女性だろう。こちらも視線が定まっておらずとても心配になる。


「…失礼。ふたりはガイアの神殿戦士なのですが、まだまだ若く、修行中の身でして。お見苦しいかとは思いますがお許しを。…どうやら緊張が解けないようでして、時期に落ち着くかと思います」

「ああ、なんだそうなのか。心配しちまったぞ…ところで司祭様と?」

「申し遅れました。(ワタクシ)の名はマリアード。このケフィアの地にてガイアの徒として働かせていただいております。しがない修行中の身ではありますが、…精霊様の忠実な下僕(・・)にございます。以後、どうぞお見知りおきを…」


 そう言って、マリアードは俺にニッコリと微笑んだ。その後、取り留めも無い会話をしていたが、俺の宿をベタ褒めしてくれた。腰が超低い上に物分りの良い好人物だった。


 なんだ、司祭様って聞いたからもっと堅苦しい人かと思ったけど柔軟な人で良かったよ!ワイバーンの経緯もざっと話したら「左様でしたか」の一言で済ましてくれて礼を言うくらいだった。ホント、他の連中もこれくらい話が早いと助かるんだがなあ。


 俺は宿の中に案内して奥のミニテーブルへと3人を座らせる。丁度椅子が3脚に増えてて良かった。俺も気分がいいし、何か適当なウエルカムドリンクでも飲ませてやろうか。…あのふたり、まだ震えているどころか今度は泣いてるぞ。マリアードから説教されてるみたいだし、あの人も大変だなあ。部下の面倒を見るのも…そういやあ、スキルのレベルが上がれば、また宿が大きくなるだろーしなあ。俺もその内に誰か手伝いを雇わなきゃいけないかも。他人事じゃあないぞ…。


 俺はボンヤリとそんな事を考えながらカウンター裏のドアを開く、後ろから…マリアードの方からガタリと物音が聞こえてきた気がするが。まあ、大したことじゃあないだろ。さて、飲み物、飲み物…。



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