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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第一部~精霊の宿
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☞獣人は夢を見る

最近、夢を見ない(ノンレム)

◤?????◢


「……ここは? どこなんだ」


 気付けば俺は、真っ白な空間にひとりでいた。上を見上げるとただ青い。それが雲ひとつない空だと気づくのに暫く掛かった。俺は周囲を見渡すべく、体を傾けると違和感を感じた。


「……!? …ああ、そうか。俺は死んだのかい」


 そこには俺の失くしたはずの左腕があった。懐かしいが、特に違和感もなく動かせる。まるで実感が無い…。


「そういや、あんな極上の酒も、海から遠く離れた山の上で故郷の味を口にできる訳も無いか…はあ。しかし、どうやって死んだのか思い出せない。…ッ!…フウ、レミラーオとリレミッタの姿は見えないが…その内に死者の門でうっかり出くわすかもしれん。無事でいてくれよ、レミーには家族もいる。リレーはすっかりあの旦那に夢中になっていやがったしなあ~。となると、やはり旦那の宿には泊まったのか?駄目だ、やっぱり思い出せん。…レミー、リレー。悪いが、先に逝くぜ。…アデクの野郎どもが言ってる事が本当かどうか確かめてやる……ん?」


 特に歩を進めたわけではないのに、遠くに見え始めたものがどんどんと近づいてくる。


「……村か? …でもあの丸い平べったい屋根どこかで…」


 フラリと歩を進めた俺の足がザクッと何かに埋まる。…砂? しかもこの細やかさは海の砂だ…そういやあ、さっきから波の音や磯の香りさえ感じる。まるで失ったあの故郷の…!?


『……い …ーい ……おーい…』


 誰かが遠くで俺に手を振っている。あ、あれはアデクの連中に殺されたはずの仲間達だ!? その中心には死んだはず俺の家族の姿も見える。…皆、死者の門から俺を迎えに来てくれたんだ!?


(とと)者!? 母者!? デスクロー!?」


 俺は泣き出しながら走った。だが、足に砂が絡みついて上手く走れない。そのうちに皆の姿がまた遠ざかる。


「嫌だ!置いて行かないでくれ!」


 俺は手を前に伸ばすが家族達の姿は見えない。俺が地面に蹲ると今度は別の方から違う匂い…これは燃えた匂いと熱気!? それと悲鳴だ!? ガバリと体を起こすと目の先の距離で俺の生まれ故郷の村が襲われているところだった。仲間が!俺の家族が炎の中に包まれようとしている!兄弟のデスクローはあの戦いで俺を逃がそうと囮になって死んだんだっ!


「待ってろ!今助けるぞ!」


 俺は燃える村の中に飛び込んだ。しかし、行く手を武装した人間どもに遮られた。


「退けぇ!!このアデクに雇われた外道共がっ! ひとり残らず冥獄の炎で焼かれちまえェェ!!」


 俺は両手で武器を拾うと、そいつらに絶叫に近い雄叫びを上げながら飛び掛かった。






 どれだけの時間が経った? 俺は何もかも燃え尽きた暗闇の世界で地に伏していた。虚空を見つめるようにしてムクリと体を起こす。


「……左腕が戻ったところで…誰も救えなかった……ッ!チクショウ!!」


 俺は地面に左手の拳を叩きつけようとすると、そっと誰かが俺の肩を掴んだ。


「…はッ!? デ、デスクロー!? お前、無事だったのか……ッ!」


 優しく微笑む俺の兄弟の後ろには俺の家族や死んだ仲間達が立っていた。そして俺の父であるデスソードが母の肩を抱きながら口を開いた。


「…デスルーラ。我らは精霊様の御力によって死者の門をすり抜け、束の間だけお前と言葉を交わすことが許されたのだ。我らは卑劣なアデクの手先によって命を奪われてしまったが、死の狩人たる"デス"の名を継ぐ男であるお前が生き残ったスナネコの獣人達、仲間達を守り抜くのだ!」

「と、(とと)者…俺は…俺は…!」


 仲間達はひとり、またひとりと遠い光の先へと消えていく。


「い、嫌だ!頼むよ、俺も連れていってくれよお…」

「…デスルーラ。儂ら家族はお前のことをいつまでも死者の門の前で待っている。いずれまた、会える…だが、まだその時ではない。お前もわかっているはずだ。仲間を救え!そして自身の為に、愛する者の為に生きろ!…もう、目が覚める頃だ。さらばだ、息子よ!」


 俺は「待ってくれ!」と叫ぶが皆は振り向かずに光の彼方へと去って行く俺もまた光の中に呑み込まれた。



 ◆◆◆◆



(テテテテテテテ~ン♪)



「……なんという夢を見ちまったんだか、はあ」


 デスルーラはベッドからムクリと体を起こす。隣のベッドでは長老がまだ大口を開けてイビキをかいていた。


「おはようさん。昨夜は随分飲んじまったようだな? ほらよ、水だ」

「…ああ、旦那悪いな。随分と昔の頃を思い出す夢を見ちまってなあ…」


 デスルーラは右手(・・)で頭を掻きながらストローからレモン水の入ったグラスを受け取ると喉を鳴らして飲み干した。


「ハハハ、そりゃまたどんな夢を見たんだか。…ところで、お前さんは左利きだったんだな?」

「…はぁ? 旦那よお、アンタこそ寝ボケていやがるんじゃ……」


 デスルーラは自身のグラスを持つ左手(・・)を凝視するとピタリと息をするのすら止めてしまった。




「ああああああああああッ!!?! 俺の左腕が生えてるぅゥぅぅ!?」


 デスルーラは昨夜あれだけ触る事すら怖がったグラスを空中に放り投げると、絶叫を上げながら宿屋から逃げ出してしまったのだった。


「………お~い。まだ記帳して貰ってねえんだが…まあ、いいか。…あんなに喜んでた?んだから仕方ないか。フツーは喜ぶよな? 失くした腕が元に戻ったんだし…」


 半開きになった宿屋のドアからストローが絶叫を上げて走るデスルーラの後姿を眺めていた。



 その日、村は絶叫を上げる獣人の姿を見て騒ぎになることになった。


 そんな普段とは異なる喧噪に染まった村に、また別の人物達が戻ってきたのだった。


 「あ。司祭様!」

 「………あの獣人はどうしたのです? 一体、私が居ない間にこの村で何があったというのですか…!」



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