☞帰ってきたヨッパライ
◤ケフィア開拓の祖、ラズゥ◢
いきなりじゃが儂、長老。北ルディアを3つに仕切る大山脈、偉大なるヨーグのいと高き峠の小さな村、ケフィアを構える長老様じゃよ。名をラズゥ。ラズゥ・オーディンというんじゃ。ひとつよろしくの。
今でこそ老いさらばえてこんな姿じゃが、儂はあの悪しき竜マッドロードを倒したドラゴンスレイヤーの血を引く者なんじゃよ?ホントにマジで。最近の村人はすっかり儂を舐め腐って信じやしないんじゃがのう。困ったもんじゃ、孫以降の身内も恐らく似たような者ばかりなってしもうたわ。
今年で儂も137歳を迎えた。…イヤ140、150以上いってたかもしらんが。まあ、もう身内も孫の代以降しか残っとらんし、いくらでも誤魔化せちゃうじゃけどね。まあ、儂が長寿なのは仕方ないことじゃの。なんせあの超人であるドラゴンスレイヤーの一族であるオーディン家の生き残りなんじゃもん。まあ、儂の子供からは血が薄くなったのかそこまで長生きはせなんだ。その純血の超人である儂はまだまだ元気なんじゃけどね。多分カケッコしたら今でも村人で儂に勝てる奴がいない自身があるんじゃもん。
まあ、ひとりだけ長生きしたところでの…いいや儂には悪竜と刺し違えた家族の御霊を慰める使命があるんじゃ。ケフィアの村もそもそも地上に残された儂と従者達とで、あの大穴を見張る為に作った村じゃし。だから冬になったら村人が麓に下りちゃうのも寂しくなんかないし。
儂の父、雷鳴の通り名を持つ最強のドラゴンスレイヤー、ディコン。そして儂の母もまた一族で最恐の魔術師として知られた、モーガン。そして、儂と十以上歳が離れた兄、ハンペリオン。兄は最強の戦士と魔術師の血を引いた優れた魔法戦士だったんじゃよ。それに引き換え、儂は幼いこともあったが戦闘能力に欠けていたんじゃ。…儂をひとり残して、父と母と兄はあの大穴の底へと出向かれたのじゃ。
「長老様。もうそろそろ村が見えますよ。何か考え事を?」
儂はその声に現実の世界へと引き戻された。儂の世話役の娘のエイだ。優し気な娘だがどこか頼りなくもある。しかし、儂には孫…じゃあ無理があるから孫の孫のような存在じゃ。チクアに姉がおればこんな感じかの…思えば、こやつも妹と共に麓の村近くで奴隷商に捨てられておったのを拾ってからもう十年にはなるんじゃの。時が過ぎ去るのは早いもんじゃの。
「いいや、エイ。大したことではないのだ、気にする…はて? アーチ門に見張りが立っておらぬようだが、どうしたんじゃ? まだ昼前だというのに。……いくら暇だからといって自分に与えらえた仕事をサボるとはのう…ええ度胸じゃ!とっつかまえて説教してから広場を清めさせてからさらに儂のありがたいドラゴンスレイヤーの伝説をじっくりコトコト伝承してくれる!」
儂はスタイルだけで持ち歩く邪魔な杖をエイに押し付けると、まだ急勾配の山道をダッシュで駆け上がる。門に門番がいないなどと、村の者がたるんでる証拠じゃ。ここで一発気合いをいれてやるんじゃぞい!
「あ!長老様!? 待ってください!走ったら危ないですよお」
後ろからエイの声が聞こえたがこれも村の未来の為なんじゃ!
儂がアーチ門を砂埃を巻き上げながら突破すると村の石造りの聖堂前で村人たちが集まっているではないか!まさか、誰か怪我…死におったのではあるまいな!?
…イヤ何かを皆で楽しそうに食っておるだけじゃ。……儂に内緒で?長老たるこの儂を、ハブって?
儂の心に村を思う気持ちとは違うベクトルの怒りが沸き起こる。
「あ。長老様、お帰りなさい」
「相変わらずの足の速さですね。アレ?エイは置いてきたんですか。酷いな…」
「…ハアハア、コリャ!門番の!お主、いくら人通りが無いからといって堂々とサボるなあ! …というか反対側の門番までおるではないか!なんじゃお前ら!アレか!儂がいないからといってそんなあからさまに好き勝手しおって!ストか!ストなんじゃな!こんなか弱い年寄りである儂をイジメて楽しいのか!? ええ!どうなんじゃ!?」
村人達にはそんな儂の嘆きが届かぬのか、何食わぬ顔をしておるわ。マジでコイツら儂の愛する村人なの?
「長老…もういい歳なんですから、そう興奮しないで下さいよ。ぶっ倒れちまいますよ? まだ司祭様もお戻りなってないんですから勘弁して下さいよお」
「そうだ、長老様もどうぞどうぞ」
「へえ? お。スパイスベリーもあるとは珍しいのう。うむうむ、美味なりッ!…してこの品はどうしたのだ?」
この黄色いスパイスベリーはブルガ側の山道で稀にしか採れないはずじゃ。まさか、村の誰かがモンスターが出るところに降りて採ってきたのか? いや、ないの。儂に許可なくそんな真似をすることは許してないし、そんな蛮勇を冒す者もおらんじゃろ。ということは山の獣人が分けてくれたんじゃろうか?
「ああ、長老様が不在の間にこの村にやってきた若旦那がくれたんですよ」
「そうそう。欲の無さそうな坊やでねえ。そういや獣人のデスさん達も一緒だったわ」
「ほう、やはりか。デスルーラ達であったのか…ん?若旦那とは山の獣人ではなく人間ではないのか?…それも冒険者のようなナリでもないのに危険なモンスターが跋扈するブルガからこの山に上がってきたんじゃないのかの!?」
村人達はベリーを頬張りながら呑気に首を傾げる。そしてブルガ側のアーチ門のなんとものんびりした顔の門番が答えたんじゃ。
「…ゴクン。はあ、そういやそうですねえ。麓の方か北の尾根側からならわかるんですが、森が広がるブルガの方からの来た人間も珍しいですなあ…モグモグ」
「…ば、馬っ鹿者ぉ~!あのブルガの森からホイホイ単なる人間如きが山を登ってこれる訳がなかろうが!いくら獣人達と共にあったからといって、ただ者であるはずがないわ!その者は今どこにおるのだ。儂はすれ違わんかったから、北の方へ抜けたのかのう」
「…いいえ? あ。確か"ドラゴンホール"を見たいだの酔狂な方だったなあ。村の子供達が案内していきましたけど…」
「んばッ!?」
儂は身を翻して広場へと通じる道へと駆けていく。背後から「ああ!また…」というエイの声が聞こえたが、今はそれどころではないんじゃ!外から来た只者では無き者…いったい何が目的であの大穴に近づくんじゃ? ま、まさか…強大なモンスターを復活させるという噂の闇魔術結社ではあるまいな!もし!もしそうだとしたら、今度こそ北ルディアは滅ぶかもしれん。なにせもうあの偉大な父と母と兄はもうこの世界にはおらぬのじゃ。年老いた儂はもう戦えぬッ!させるものか!我が家族が命を賭して守った地上の和を乱させる事はこの儂。最後のドラゴンスレイヤー、ラズゥが許さないんじゃ!
大穴を望む広場へと辿り着いた儂が目にしたもは何と…宿屋?じゃった。
「……ど、どおいう事なんじゃ? というかこんなに立派な木造の建物をいつの間に建ておったんじゃ。…まさか村の連中が儂の眼を盗んでか? た、確かにこの広場での唯一の催し物は年に1度の鎮魂の祈祷だけじゃ。村の者も何か思うところがあったのやも…しれんが、何故に宿屋なんじゃ? 確かに忘れた頃にくる商人や冒険者が毎度生意気な事を言い捨ててくれおるがの…ウムム…!」
儂が腕を組んで唸っておると、件の建物横の広場へと通じる道からヨロヨロと儂の杖をついたエイが儂を追ってきた。相変わらず体力がないのう。
「ゼエ…ゼエ…長、長老様。足が速すぎますよぅ……ってアレ? 広場にこんな建物ありましたっけ?」
「大丈夫か、エイ? ある訳がなかろうが!」
儂はまだフラフラしたエイを叱りつけると、ズンズンとその建物の前へと歩を進める。予想外過ぎて混乱が勝ってはおったが、儂の心には純然たる想いが怒りの炎となって再燃しておるわ。
「(このふざけた建物は一体)なあんじゃあああああ!? 誰だッ!? 儂の許可も無くこの神聖な場所に勝手にこんなものを建ておったのは! ここは我がオーディン家の鎮魂の場所なのだぞ!ゆ、ゆるさんぞおおお!(場合によっては暴力も辞さない)」
「ちょ、長老様!?落ち着いて下さいッ!?」
止めてくれるなエイ!儂には、このケフィアの長たる儂にはたとえ無理でもやらねばならぬ事があるんじゃ! いざぁ!
(カランカランカラン♪カラン…♪)
頭上からいきなり鐘の音の強襲を受けて儂はたたらを踏んでしまったが、建物の中は市街の高級宿並みに上等な造りであったんじゃ。儂マジでびっくり。目の前にある見事な造りのテーブルには、席に着いて夢中で飲み食いする子供達と獣人がおった。獣人はやはりデスルーラであったが、何故に泣いておるんじゃ。というか儂、百年以上生きてきて、あそこまで泣いてる獣人を初めて見たかもしらん。ちょっと引くんじゃ。というか子供らの中に儂の孫の孫であるチクアの姿もあるではないか!何してんのお前!
「チクア!?こんなところで何をしとるか!」
「あ。ジジ様おかえり~早かったんだね」
「「長老様、おかえりなさ~い」」
儂の登場に動じなさ過ぎるぞ!てか何喰ってんださっきから。長老たる儂を無視するでないわ!
「いらっしゃい。あなたが、この村の長老かな?」
そこへカウンター奥からどこか変わった雰囲気の男がやってきおった。…こやつか!? 単なる人間の若い男にしか見えぬが、それもまた怪しいんじゃ!
「急な来訪と非礼をお詫び申し上げる。俺の名はストロー、この宿屋の主だ。俺はこの場所が大層気に入ってね。この場所を借りて宿屋を開きたいんだが、まあそんな難しい話は今日は無しにしよう!さあさあ、コッチの席に座ってくれ。ホラ遠慮しなさんな」
「ちょ、待つんじゃ!」
儂は成すがままにテーブルの中央の席に座らせられてしまう。隣のデスルーラは相変わらず泣きながら干し肉のようなものを喰っておる。マジで恐いんじゃけど。何を喰ったらそんなに泣くことあるんじゃ?
「まだ出せるものは少ないんだが、今日は好きに食って飲んでくれ。さあどうぞ」
「え…儂はチョット干し肉は固すぎて…んぅ? ンまっ!? え?え?なにこれメチャ美味いんじゃけど!? 干し肉を単に切ったものじゃないのか!?」
男が差し出した細く板状に切った干し肉のようなものはまるで肉ではなく旨味が詰め込まれた根菜のよう味じゃった。
「お、ゴボウみたいな味もあるんだなあ~面白い。あ、長老もイケる口だろ? ささ、先ずは一杯!」
「え…儂はチョット良くわからん酒は…ってその器、硝子じゃあないの大丈夫なの?…プハァ! ンまっ!? え?え?なにこの酒メチャ美味いんじゃけど!? シュワっとして爽やか!幾らでも飲めちゃうぞい!?」
男が差し出した透明な泡立つ酒はこの世のものとは思えぬ美味なる酒であった。街の土産の馬鹿高いワインなぞもはや発酵した果実の汁でしかないのう。
「…ワハハハッ!これは愉快じゃあ!そんなはした値でこんなに良いものを好きなだけ喰わせるというのか!え。この素晴らしい眺めのここで宿がやりたい? いいよ。全然オーケー!」
男は話せば何とも物わかりの良い男だった。しかも感心な事に、儂からケフィアの村の歴史や、ドラゴンスレイヤーの話を聞きたいと願い出たのだ。なんと熱心な若者じゃ!今宵はとことん語ってやらねばなるまいぞ。ああ!愉快だ。実に爽快だ。こんな気分の良い日は初めてかもしれん。横を伺えば、デスルーラの奴は目を乱暴に拭いながらエイに干し肉のボウルを差し出している。エイもどこかはにかみながらソレを受け取って口に運んでおるわ。
「えーと、お嬢さんは…ミックスジュースの方がいいかな? デスと長老はレモンサワーお代わりだな。ええと…ソッチはどうだ?」
「ああ!貰うよ。いやあ~このレモン、沢?ってヤツは美味い酒だなぁ!」
「この、じゃあきいってのも色んなのがあってすげえぞ!?」
「しかし、風に当たりながら飲もうと思ったら手から酒が消えちまったよ…相当、酔ってるな俺。今日はもうやめとくよ、その、ジュースとやらをもう1杯貰えないか?」
いつの間にか駆け付けた村の連中で宿の中はすし詰めになっていた。
「悪いが食べ物と食い物は外には持っていけないんだ。外の連中とは交代で飲み食いしてくれよ?」
そう笑いながら男はカウンターの奥へと消えて行った。
「……はて? 儂はなにをしにここに来たんじゃったかの? おお、そうだ。あの感心な若者にこの村の歴史と我が家の伝説を伝えねば…」
儂は、初めて味わうような幸せな気持ちとフワフワとした浮遊感に包まれて意識を徐々に手放していくのじゃった。