ミックスジュースとレモンサワー
一度でいいから、昼間っから酒が飲みたい(小心)
◤ストロー◢
「お~結構良い感じじゃあないのよ。さあ、入ろうぜ?」
俺は村の広場に出した、新たな宿屋のドアを開いて振り向いた。しかし、テンションが上がっている子供達は兎も角、デスの奴が何故か俺の顔を目を丸くして見ながら後ずさっていく。オイオイ、その調子で後ろに下がると穴に落っこっちまうぞ? どうしたってんだ、デスの奴。ははぁ~?さては宿屋を初めて見たのか? 何か偉そうな事言ってたがとんだオノボリサンじゃあないのよ。まあ、普段は山暮らしだもんなあ。…それとも単にこの建物の様式が珍しい可能性も否定できない、か。はて? でも、あの冒険者は特に何も追及してこなかったような…それに、スキルのレベルも上がって外見も見違えたし文句も無いはずだが。
「寄ってけよ。世話になったついでだ、なんか食い物と飲み物も出してやるからよ?」
「え!? ホントかあんちゃん!やったぜ今日は昼飯ない日だったから助かるぜ!
「「わーい!」」
「チョット待て!お前ら…あ」
子供達は嬉しそうに俺の開けたドアから中へと入っていく。だのに、デスの奴はまだ踏ん切りがつかんのか。だらしのない奴だ…。
「オイオイ、もう子供達は入ったぞ? サッサとデスも入れよ」
「…うう。旦那、頼むから変な事はするんじゃあねえぜ」
隻腕のオッサンアンソロにこの俺が一体何をするというのか?
デスは尻尾を丸めながら恐る恐るドアを抜ける。
「すげー!すげー!? あんな一瞬で建った家なのに中は広くて綺麗だぞ!」
「なにこれ?綺麗な布を被せた箱みたいなのが置いてあるよ?」
「馬鹿だなあ~そりゃあ"しんだい"ってヤツだよ。長老様の家にあるじゃんか。…もっとボロボロでペチャンコだったけど」
「…本当に建物の中だ…しかし、こりゃあ一体? しかもあんな高そうな寝台がなんでいくつも並べられてんだ」
おーおーそういう反応も新鮮でいいねえ。そうか、子供らだけでなく、村の人間はあまりベッドに馴染みがないようだな。しかし、デスの奴が知ってるっぽいから普通にベッド自体はあるんだろうな。
俺は静かに内側からドアを閉めたが、ドアの上にあるベルがカランカランと鳴る。どうやら入り口のドアの開け閉めで鳴る仕組みらしいな。今の音に驚いて子供達とデスがコチラに振り向いた。デスの奴なんて軽く飛び跳ねてやがるぜ。
「…さて、いらっしゃい。君達がこのケフィアでは俺の宿屋を訪れた初めての客となるってわけだ」
「あ。食い物!?」
現金なガキ共は思い出したかのように俺の前で飛び跳ねやがる。まあ、仕方ない約束しちまったからなあ。
それに、前までは狭すぎてひとっこ一人で一杯になるような空間だったが、今は前の4倍は広い。追加されたのはベッドだけじゃあなくてカウンター前の大きなテーブルだ。デフォルトの椅子は6脚だけど頑張れば8人くらいは座れそうだな。
「よしよし、じゃあそこのテーブルに座って待ってな。ホラ、デスも座って待ってろよ」
俺は子供達とデスを席に着かせるとカウンター奥のPゾーンへと向かう。
「ふむ。リビングに特に変化は無いな…厨房に行こう」
俺はリビング通り抜け厨房へと入る。
さて、先ずはここまでの道中で宿屋を出せるタイミングが無かったからなあ。無限フードプロセッサーに材料を解析させてレシピを増やせるか試そう。俺は肩から掛けていたカバンから中身を取り出して蓋を開けた無限フードプロセッサーの中に放り込んでいく。数種類の木の実や果実、それにレミラーオが分けてくれた干し肉…などだが無限フードプロセッサーは特に抵抗することもなく解析を開始する。
(チーン♪)
お!成功だ。ん?飲み物が別で増えてるな。
(:スキルのレベルアップにともない、無限ドリンクサーバーがアンロックされました。おめでとうございます。)
(:無限フードプロセッサー。解析完了。新レシピ・謎のジャーキーがアンロックされました。※材料の提示解析とスキルレベルによってレシピが増加します。現在可能なレシピ………豆腐のようなもの/温or冷。ブラウニーモドキ/生クリームor業務用。謎のジャーキー/ランダム盛り合わせ。)
(:無限ドリンクサーバー。解析完了。新レシピ・ストロー特製ミックスジュースがアンロックされました。※材料の提示解析とスキルレベルによってレシピが増加します。現在可能なレシピ………レモンサワー。おコーヒー(砂糖ミルク付き)/鬼のように熱いor冷やし。ストロー特製ミックスジュース。)
…無限ドリンクサーバー。っと無限フードプロセッサーの横のスペースに新しいブースがいつの間にか出来ている。操作画面のついたサーバーだ。どうやら入れ物は勝手にセットされて中身が注がれるようだな。
しかし…デフォの飲み物にコーヒーはわかるぞ? 恐らくアルコール担当なんだろうが、なんでレモンサワーなんだよ? 別に不満はないけども。なんかこうビールとかあるじゃんねえ? まあ、単純に材料かレベルの問題なのかもしれん。というかアンロックしたレシピに勝手に俺の名前を使うなよ。
「まあ、いいや。取り敢えず一杯飲んでみよ」
俺が画面を操作するとドリンクサーバーにグラスがセットされ、あの何とも言えない優しい色合いの飲み物が注がれていく。
「お~いいじゃないの。どれ…(ゴクゴクゴク)…プハァ!うまいッ!何故だかしらんが桃やリンゴの味がするが突っ込まんどこ。…もう一杯おかわりすとこ」
俺はドリンクが注ぎ終わるのを待つ間に今度は無限フードプロセッサーの新レシピ、謎のジャーキーを注文する。
(チーン♪)
出てきたのは木のボウルにこんもりと盛られた細長い短冊状のあのジャーキーだった。…かなりの種類があるようだが? 俺はそれを摘まむと口に放り込む。
「ムグムグ…うん。ビーフジャーキーだなあ。コッチは……スルメか?そんでコレはトバ(鮭のジャーキー)か? 半透明なのは香辛料の効いた鶏肉かな?…初めて食べる味だ。それにしてもジャーキーじゃあ酒の肴だなあ。まあ、酒が出せるようになったからありがたいが」
かなりバラエティに富んでいる。が、所詮は乾き物だ。やはりステーキとまではいかないか。つまり生の材料が必要となるか、それともスキルのレベル上げか…喉が渇いたので新たなミックスジュースを口に含む。
「…ん!? 味が全然違うぞ? …今度はバナナスムージーみたいな味だ。…色は全く変わらないのにミックスにも程があるだろう。面白いけど、ハズレとか出なきゃあいいけどなあ…クレームになりそうだし」
(チーン♪)
「試しでジャーキーも改めて出したが、正解だったな。全然種類が違うぞ。…なんだよこの紫色したおぞましいジャーキーはよお…。黒緑色もあるんだが…」
恐る恐る口に運び咀嚼するも、紫色は見た目はアレだが干し芋のような素朴で優しい味がして美味かった。それに緑色は海苔というか昆布みたいな海藻の味がして程よい塩気が気に入った。
「結局は全部美味いということで、何も問題はなかった!」
俺はひとりそう断言すると、これまたいつの間にか置いてあった丁度良い大きさのワゴンに食い物と食べ物を乗せる。子供達にはミックスジュースとブラウニー。デスはオッサンだから俺と一緒にジャーキーとレモンサワーでいいだろう。
「お待たせ」
俺はテーブルでソワソワしている連中の下へとワゴンを押していく。デスは兎も角、子供達は椅子から立ってみたり座ったりと本当に落ち着きがない。
「仕方ないぜ、旦那。普通、家の中にテーブルも椅子もないもんなんだ。この村でも長老の家くらいだろ? そうだろチクア?」
「うん。俺もジジ様と麓の集会所くらいでしか見たことないもん」
どうやら長老代理殿の名前はチクア君というらしいな。
「へえ、そうなんだ。っとまあそんなことよりもだな…」
俺は子供達の前にクリームが乗ったブラウニーとミックスジュースを置いてやる。
「飲み物は果物を絞ったもの…のような味のする飲み物だ。それでコッチの黒いのは甘いお菓子だぞ」
「甘いお菓子だとぅ!?」
「「わあい!」」
子供らは俺がフォークを渡す前に手づかみで貪り始めた。案の定チクアが咽た。
「オイオイ…焦って食うんじゃあない。ホラ飲み物だ」
「コホコホッ…ありがとな、あんちゃん。(ゴクリ)…!?んなんだあコリャ!?」
「黒いのも信じられないほど甘くて美味しかったけど、この飲み物は色んな味がするよ!?すごく甘い!」
「…甘い?僕のは酸っぱいんだけどなあ、美味しいけど…」
子供達はミックスジュースの味の違いにもう気付いたのか、お互いに回し飲みを始めやがった。どこのヴァイキングなんだよお前らは。
「…絞った果実の汁を混ぜたものなのか? なんて酔狂な…ん? ギ、硝子細工!? その汁が入ってるのはまさか硝子か!? お、おい。ガキ共それを落としたりぶつけたりすんなよ?…その硝子1個は金貨よりも高ぇんだからな…割るなよ…割るなよ…」
デスの奴が震えながら子供達の回し飲みを阻止しようとする。ビビリだなあ…っと思いもしたが、この世界じゃあガラスは高価なものなのかもな? あ。単純に割れたら危ないからかも。
「大丈夫だぞ? そいつは床に落としても割れないから安全だぞ。俺もうっかり落としちまったことがあるけどヒビひとつ入らなかったよ。強化ガラスかなんかかもな?」
「…強化がらすう? 旦那、そりゃあ何だよ。割れない硝子細工なんてあるはずがないだろう?」
あ、ガラスってのはあっても強化ガラスはないのかもな。まあ、実際にこのグラスがガラス製なのかすら怪しいが。
「そんなことよりも、ホラ俺達も摘まもうぜ? 乾き物で悪いが」
「…こりゃあ細かくした干し肉か?……いや獣の肉だけじゃあないな、しかもこんなに沢山…ッ!?」
フンフンと匂いを嗅いでいたデスが急にその一本を掴むと口に放り込んだぞ? …しかも、泣いていやがる。泣く獣人とはシュールだなあ、こうなると単に毛深いオッサンにしか見えない。
「ウッ…ウッ…!」
「…おい、美味すぎて泣くのは構わないが。お前がソレをやると子供達がドン引くだろ?」
デスは咀嚼していたジャーキー…多分、魚介系のヤツを何とか飲み込むと次のジャーキーを掴む。
「…俺達のスナネコ獣人は、もともとは海の近くに住んでいたんだ。だがアデク共の獣人狩りに遭って、そこから焼け出されて、この山に逃げ込んでからも、故郷の…魚なんて口にしたことがなかったからよお…」
デスは次のジャーキーを噛みしめながらボロボロと涙を零してやがる。まあ、コイツだって片腕を失くすほど苦労してるんだよなあ。こんなもんじゃあ慰めにもならんだろうが…飲ましてやるか!
「まあ元気出せよ。な? ホラ!コイツでも飲んでさあ」
「……旦那。なんだこのシュワシュワした水は? まさか…酸か何かじゃあないだろうな…」
「そうだよ。(炭)酸だ」
「なッ!? なんてあぶねえ事をしやがる!ひっかかったら毛皮が溶けちまうぜ!」
俺は笑いながら自身の手に持ったレモンサワーをグイと煽る。デスの「げっ!?」という悲鳴が聞こえる。
「プハア!…美味い!冗談だよ。コレは酒だよ、ちょいとばかし舌先に刺激のあるな。悪いが出せる酒は今はこれくらいしかなくてね」
「…酒?まあ、泡の出るワインは何度か口にしたことがある…不味かったがな」
デスは少し躊躇ったがレモンサワーを口に含む、とそのまま勢いよく一気飲みしてしまった。
「………ブハァッ!? んなんだコレは!? 滅茶苦茶に冷えてる上に喉を通るあの爽やかさ! 味は俺には品が良過ぎてならんがコレは凄いぞ!」
俺は笑いながら空いたグラスを受け取るとお代わりも取りにカウンター奥へと向かった。
だが、そこに外から叫び声が聞こえた。
「なあんじゃあああああ!? 誰だッ!? 儂の許可も無くこの神聖な場所に勝手にこんなものを建ておったのは! ここは我がオーディン家の鎮魂の場所なのだぞ!ゆ、ゆるさんぞおおお!」
「ちょ、長老様!?落ち着いて下さいッ!?」
お? 件の長老様とやらかな?
じゃあ丁度いいや。お代わりは長老様の分も取ってこよう。