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宿屋をやりたかったが、精霊になってた。  作者: 佐の輔
本編 第一部~精霊の宿
17/103

 ストロー、ケフィアに立つ

やっと着いた★


「…なあ。デス、俺の後ろが怖いんだけど」

「………我慢しな。旦那が悪いんだぜ、多分よお」


 見張り小屋から出立したストローと獣人一行は、山頂の村ケフィアを目指して山道を進んでいた。


「…レミラーオさん、どうにか言ってくんない?」

「いやあ~俺には無理だなあ。あと俺の事は他のふたりと同じく呼び捨てでいいよ、藁の旦那…」


 ストローは既婚者であるレミラーオに敬意を表してなのか名前にさん付けである。しかし、そんな事よりも問題なのはストローの背後をピッタリくっついて歩く彼女、リレミッタの存在だった。もはや恐怖を感じたストローが思わず振り向くと…


「ニャ!」


 風のように姿を消して近くの岩場に身を隠してしまうのだ。それを見た一行は溜め息を吐く。


「……いやさあ、俺も彼女は可愛いと思ったけども…里に婚約者がいるんだろう、彼女? だから無体な真似はしてないんだけどなあ、チョットだけ体を触らして貰っただけなんだよなあ~」

「…旦那、ちなみにどこを触ったんだ?」


 ストローは脚を止めずに答える。


「…イヤ、俺ら人間にはないからさあ、つい、耳を…滅茶苦茶にしてやっただけなんだ」

「…ああ~。旦那、そりゃいけないよ!」


 先頭を斥候役として行くレミラーオが処置無しといった様子で額に手をやってみせる。


「え? 何か拙かったか。その、結婚前の女とかにしちゃあいけないとか…」

「まあ、そんなところかなあ。というか獣人は尻尾、特に女は耳を異性にゃあ滅多に触らせるもんじゃあないし。酔っぱらった男が掴みでもしたら半殺しにされちまうんだ、ホントさ。…俺だって嫁さんのを2、3回触らせて貰えたくらいだよ」

「問題なのは……リレーの奴が嫌がらずに旦那を受け入れちまったことだな。しかも相手が人間となりゃあ問題だぜ。おい!リレミッタ。殿は俺がやってんだからよお、お前はレミーと一緒に前に出ねえかッ!」


 後方のリーダー、隻腕のデスルーラが岩場から半分顔を覗かせているリレミッタに怒鳴るが…


「フーッ!嫌リャ!」

「……駄目だコリャ。悪いが旦那、リレーは村に着くまでは使い物にならんぜ」


 暗にその原因はアンタにあると言いたげな目でストローを見やるデスルーラ。


「ええ~…なんでえ~?」

「クククッ。旦那、きっとリレーは旦那に自分の背中を向けたくないんですよ?」


 ニヤニヤしたレミラーオが脚を止めて、ゲンナリした顔のストローに顔を寄せる。


「……俺らヤマネコの獣人の女はね。好きな相手に自分の尻尾を見せたがらないんですよお。恥ずかしいからってね!」


 そうボソボソとストローの横で囁いたレミラーオが笑い声を上げながら軽やかに傾斜を駆け上がり先を行く。


「いやあ~そんなこと言われ…うわぁ!?」


 いつの間にか自分の背後に戻ってきていたリレミッタにストローは叫び声を上げる。それを見ていた前後から笑い声が上がる。



 レミラーオの調べで村まで一番近いルートが崖崩れで危ないとのことで、少し遠回りだが安全なルートを進む。その為、村まではあと2合といったところだが、もう日が暮れるとのことでまたデスルーラ達が作った見張り小屋のひとつに立ち寄った。レミラーオはストローが来る事を一足先に伝えにこの場を離れていた。じきにここまで戻ってくるだろう。ストロー達は道中狩った野鳥を捌いて腹の足しにしていた。


「…なあ、デス。今日はテントの中じゃなくてもいいだろ? お、お願いだよぅ…俺を守ってくれよぉ…」

「…旦那ぁ、気色悪い声を出すなよ。毛が逆立っちまっただろ…。しっかし、リレーの奴。月が昇り切ったわけでもねえのに、まるで盛りのついた雌豹だ。あれでも戦士か…と言ったところで女盛りなのも確かだしなあ」


 焚火を囲うストロー達が背を向ける小さなテントの中からコチラ、むしろ疑いようなくストローを凝視するふたつの眼が爛々と光っている。恐る恐る勇気を振り絞ってストローが振り向くと、テントの闇からスルリと伸びた尻尾でおいでおいで、と誘っている。


「……無理だ。俺は外で寝るぞ!デス、あのプレデターを見張っといてくれよ!」


 悪寒に襲われたストローは焚火の前でゴロンと横になり、不動の姿勢をデスルーラに示した。隣のデスルーラも「確かに、あのテントはドラゴンの口の中と同じくらい危険かもしれんな」と苦笑いした。


 そこへ闇の中からレミラーオが駆けてきた。


「戻ったぞ…って、リレーの奴相当酷いな…。コレは渡さない方が良いだろうなぁ。…旦那に貰った前金で酒を買ってきたぞ。飲むだろ?」

「お!? ありがたいねえ!」


 不貞寝していたストローがガバリと起き上がり、レミラーオから瓢箪のような入れ物を受け取る。恐れも知らずに蓋を外すと中身を口に含み、嚥下する。


「…ふう。…うん、なんか果実の味か発酵臭が強いけどワインみたいだな…」

「ああ。運が良く何日か前に麓の行商人から仕入れたらしいぜ。いつもなら懐が寂しくて指を咥えて見てるだけだったがな!」

「…俺達も久しぶりにありつけたぜ。そうだ、レミー。村の連中はなんて?」


 酒精の息を吐きながらデスルーラが尋ねる。


「…プハァ。それなんだが、入れ違いで長老も司祭様も出掛けちまったらしいんだ。まあ、長老は麓の村の寄り合いらしいから明日の夕方までには戻るそうだ。司祭様についてはよくわからんかったよ」

「…そういやあ、デス達はケフィアの村とは付き合いがあるんだろう? どんな場所か教えてくれないか」

「別に構いやしないが、そこまで込み入ったことまでは知らんぞ?」


 ストローがまた一口、ワインを飲み込むと何ともなしに背後のテントを見やる。そこには、もう諦めたのかテントの中には闇しかなかった。


「俺達がこの山に入ってきたのはまだ十年ちょっとくらいだ。…俺達はアデクの奴隷商人、イヤ獣人を奴隷にして捕まえる糞共から逃げてきたんだ。まだろくに暮らしていけもしない時、アデクから逃げてきた獣人の俺らを追い払わずに一時匿ってくれた連中の村なんだ…他の人間の街では考えられねえな」

「…ホントに助かったよ。俺の嫁は逃げる途中にこの山で子供を産んでしまったからさあ、司祭様がいなかったら恐らく妻も子供も助からなかっただろうな」


 どうやらケフィアの村はこの獣人達にとって恩人であるらしい。人通りの殆どないヨーグの頂近くの寒村ケフィア。意外なことに百年以上の歴史のある場所で、村の広場の前にはポッカリと"ドラゴンホール"と呼ばれる山に囲まれた深い谷、というよりも巨大な穴がそびえているそうだ。住民は百人もいない、というよりももっと少ない。理由は冬が近づくと寒さが酷くなるので山の裏にある麓の小さな村々に移動するらしい。そのほとんどが長老を世話するものや家の管理をする者達らしい。


「その司祭様ってのは?」

「確か、名前はマリアード様だったはずだ。若い人間の男なんだが、かなりの治癒の力が使えるらしいぜ。流石に俺の腕を生やせるほどじゃあないらしいが…。なんでも元は王都のアデク教でも偉い人間だったらしいが、胸糞悪い連中に嫌気がさして自分からこんな辺境に来た変わり者だって話だ。…ってもよ、あんな人間の連中もいるから、俺達はまだ望みがあるんだろうがな…」


 複雑な顔をして夜空を眺めるデスルーラ。レミラーオもワインを飲む手を止めて無言で焚火の炎を見つめていた。ストローはもう聞く気もなくしてワインを煽った。



 早朝、朝日と共にその場を出立する。急がずとも昼前にはケフィアへと到着できるとのことだった。


 そして、前日通りの行進を経て、遂にストローは目的地であるケフィアの村へと到着した。村の入り口らしきアーチ門が見える。その側には村の住民、見張りらしき人物が立っている。足の速いレミラーオが先に行って話をつけるようだ。


「さて、旦那。ここがケフィアだ。…まあ、悪い人間はいないが…それだけに商売もマトモにできるような場所じゃあないと俺は思うがなあ。考え直さんか? 旦那が望むなら村を抜けて、裏の山道を下って麓の村近くまで案内してやってもいいぜ。追加の金も要らん」

「いや、割と気に入ったよ。空気も不思議と美味いしな!ほら。残りの十枚だ。受け取ってくれ」


 ストローは笑顔で銀貨を差し出すとデスルーラは渋々受け取った。ストローは今度はリレミッタの方を見やる。どうやら今回ばかりは逃げないでくれたようだ。一晩経って彼女も落ち着きを取り戻したのかもしれないとストローは安堵する。


「その、なんか悪かったな? 兎に角、ここまでありがとうなリレミッタ。ほらお前さんも受け取ってくれ(※小声で)…ついでに一昨日の夜のことも水に流してくれ(震え声)」


 ストローはそっと銀貨をもう5枚追加してリレミッタに渡そうとするも…リレミッタは目に見えないような動きでストローに肉薄すると肩を抱き、耳元で囁く。差し出した手をもう片方の手で優しく包み込み、腰に自身の尻尾をグルリと巻き付けてもいる事も記述しておく。


「…ニャア。支度金には足りないけどリャ、受け取っておくニャ~。アタイはこれから里に戻って話をつけてくるニャ、アンタにはアタイを雌にした責任をとってもらう…ニャ? 逃げてもいいけど、どこまでも追いかける…」


 蠱惑的な瞳でストローを見つめ、どこか甘い息すら吐く彼女は何を思ったかベロリと長い舌でストローの首筋を舐め上げる。ザリリという触感に思わず小さな悲鳴を上げ、身動きが止まる哀れな藁男。


「フフフッ……ニャア。これで、アンタの匂いは覚えたニャ!」


 そう言って彼女は身を翻すと山の中へと姿を消した。呆然と首をさするストローに門の方から歩いてきたレミラーオが呆れた笑い声を上げて近づく。


「ありゃぁ~。アレは完全に狙いを付けられたぜ旦那。まあ、リレーはあんなのでも里じゃあ一番のベッピンって言われ…おおっと、嫁さんには会っても言わないで下さいよ?ハハハ。…まあ、獣人の女は自分の男を逃がす事はないですからコリャ腹を括った方が良いよ。かく言う俺もその口なんですがね…。まあ、問題は里じゃリレーの奴が人間の男に寝取られた。と大騒ぎになるでしょうねえ」

「え!? ぇ、ええ~…」


 ストローは絶望した表情をしながら戻ってきたレミラーオに銀貨を手渡す。


「ありがたい。この金で食い物と薬を買って俺も里に一旦戻ることにするよ。なに、デスの奴が長老か司祭様が戻ってくるまで付き合うそうだ。まあ、人生諦めも必要、ってところだなぁ~ハハハ!」



 そう言って手を振って別れを告げたレミラーオが去って行く。


 その場には地面にうずくまる男と、そんな男を哀れな目で見る隻腕の獣人。それとあまり事情が分からずに困った表情を浮かべる村人だけが取り残されていた。



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