ブラウニーとの別れ、宿屋はまたひとり
書いてから自分で読んで修整するスタイル(悪)
ストローは数時間後、やや傾斜のある雑木林の中に居た。隣にはブラウニー達の姿がある。
宿屋で一泊したブラウニー達に盛大な誤解を与え、思わぬ恐怖を与えてしまった失態を冒したストローであったが、現金な彼らは背に隠していたブラウニーモドキを見て態度を一変させる。彼らにとって年に1度口に出来るかどうかの貴重な魅惑の黒い食べ物を食べきれぬほど目の前に出されてしまっては無理もない。特に、"なまくりいむ"なる白い泡をたっぷりとよそられた黒い宝石の味の素晴らしさは、彼らブラウニーの一族で後に末孫まで語り継がれることになるだろう。残念な事だったのはストローが無限フードプロセッサーで無尽蔵に生成できるものは屋外に持ち出すと消え去ってしまうことが判明した件である。業務用サイズのブラウニーモドキをまるで神から授かった食物のように崇め敬うブラウニー達を再度絶望が襲ったが、それならばと存分に食いだめして床に転がる彼らの姿を見てストローは腹を抱えて笑ったのだった。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎる。ストローは構わなかったが、予想外にブラウニー達はその性格の割には義理堅い者達であった。床からムクリと起き上がったブラウニー達は、彼らの長たるチーピィ姫を筆頭にして深い感謝の言葉を述べ、頭を下げた。そして、彼らはこれ以上の世話は受けられないとストローに別れを告げるのであった。
「いやあ~、ホントにあったのな? これが、その入り口なのか」
「はいです乃。この闇の渦こそがガイアの細道。私達妖精を御山の地下へ、大地の精霊たるノームまで導いてくれるです乃」
地面に這いつくばって小さなブラックホールのようなソレを見て尋ねるストローにブラウニー族の姫が答える。
ストローも次の目的地の当ては無い。それならと、ブラウニー達一行にフラフラとついてきたのである。
「この入り口は妖精種族専用です乃…。残念ながら、精霊様には小さ過ぎて通れません乃」
「ああ、排水口くらいの大きさしかないし流石に無理だわ。下手に俺が吸い込まれでもしたらミンチか絞り雑巾みたいになっちまうぜ。…俺もそのノーム様とやらには会ってみたかったが。俺の知らないこの世界のこと色々聞いてみたかったし」
ストローは地面からムクリと起き上がって起きると腰に挿していた藁を一本口に咥える。
「申し訳ないです乃。あんなにも貴重な黒い宝石を供して頂きながら碌なお礼もできず…"オピの木"が育ったら必ずその実を届けに行きます乃!」
「ああ。まあ無理はしなさんな、何事も上手くいく保証はないんだかんな。それに宿代はちゃあんと貰ってる」
ストローはニヤニヤしながら懐から昨日渡された茶褐色の水晶を出して見せる。そして、チーピィ姫が言ったオピの木とは黒い宝石、チョコレート菓子のようなあの食べ物の原材料であるとブラウニー達がストローに教えてた植物である。それも妖精にしか育てられず、特殊な環境…例えば陽の光が届かない地下奥深くでしか育たない難物でもあるという話だった。
「いいえです乃。精霊様の温情が無ければ私達ブラウニーの一族はあの草むらで消耗した力を癒すことは叶わず、ここまで辿り着けなかったです乃。恐らく私の命も危うかったです乃…そのお渡ししたものでは到底お返しできるものではありません乃!せめて、その恩を少しでも返させて下さい…アレを。です乃」
チーピィ姫が目配せすると、彼女の侍女とその護衛であろうブラウニーが何かを抱きかかえてくる。それは10センチほどの金属で、恐らく何かの胸像のようなものだった。ストローはしゃがんでそれを受け取るとしげしげと眺める。どうやら女性…女神のようだが、ストローの出会った女神ではない。それにその胸像の材質は見たことも無い金属だ。白銀のようだが光によって鈍いオレンジを見せる不思議な金属だった。何故か温かい感じすら感じる。
「コレは?」
「それは地母神ガイアの像です乃。かつて私達の祖となるものがガイアの抱擁する聖地から離れる際に、ガイアと離れて寂しくないないようにと女神様から下賜されたものです乃」
「へえ~ガイア? ……ってそんな貴重なモン受け取れるか!アンタらの家宝みたいなもんだろう。たかが食い物の礼に差し出すのには度が過ぎる。返すよ」
ストローが慌ててしゃがんだ姿勢のまま胸像を持った手をブラウニー達に突き出すが、一様にブラウニー達は受け取ろうとはしない。
「いいえ、です乃。確かにそれは家宝とも呼べるもの…神の金属オリハルコンで造られたものと聞き及んでおります乃。ですが、私達ブラウニーが滅んでしまえばそれは山野に埋もれる事になるです乃。…それに、私達がこれから向かう先はガイアそのものです乃。故にもはや、私達には過ぎたる長物。それにこの地に新たに顕れた精霊様に手渡す事をきっとお許し下さいます乃」
ストローは困った顔をしたが、ブラウニー達は一向に譲らない。ストローには物欲と言うものがないわけではない。しかし、変に欲の無い男でもあった。結局は飛び跳ね出すブラウニー達にストローは苦笑いを浮かべて折れた。
「わかったわかった。そこまで俺に感謝してくれてんのに突っぱねるわけには、いかんよなあ。…じゃあ、チーピィ姫。コレは俺とアンタ達、ブラウニーの友情の証として受け取っておこう。ありがとう」
ストローは立ち上がると、力強く頷きながら大事そうにそのガイアの像を胸の前にかざした。
その後、ブラウニー達と取り留めも無い会話を交わすと、ついに別れの時を迎えた。
「精霊、じゃあ乃!」
「また黒い宝石を腹いっぱい食わせてくれ乃!」
「バイバイな乃!」
ひとりひとりブラウニー達がストローに声を掛けてから地面の渦へと飛び込んでいく。終始、ニヤケ顔のストローにも寂しい表情が隠し切れなくなってきた。
「精霊様、改めてありがとうございます乃。…そんなに寂しそうな顔をなさらないで欲しい乃。今はまだ精霊様の旅に同行する事は叶いません乃、本来は妖精である私達はひとつ場所から遠く離れては生きてはいきません乃。慰めにはなりませんが、この北ルディアの大地を分けるこの御山の峠には人間の村があると聞きました乃。貴方は…他の精霊と違ってどうやら独りでいるのは苦手なようです乃、きっとノーム様とは気が合ったと思います乃。もし、精霊様が行く当てのない旅を続けるのであれば、まずはそこを目指されてはいかがです乃? …では、皆を待たせております乃。私は長である身ですから、皆を放ってひとり精霊様について参る訳には残念ながら叶いません乃…また、お会いする時を心から願っております乃」
そう言ってチーピィ姫は頭を再度下げた後、静かに地下世界へと続く闇の中へと消えて行った。その後を最後、ストローにペコリと頭を下げた侍女の女の子と護衛が続く。そして、ブラウニーが消えて行った、ガイアの細道も地面に沁み込むように霧散した。
◆◆◆◆
◤ストロー◢
「あ~やっぱり寂しいなあ~。そりゃあ少しうるさかったけど、もうちょっと一緒にいたかったなあ」
鼻をすすりながら、ひとりトボトボと山道を登っていく。はあ、何と言うか花火が終わった後のような気分だな。
「……オマケになんか大層なモンも貰ってしまったし。オリハルコン? なんか伝説の金属とかのノリじゃあなかったっけ? まあ、大事にしまっとこ」
手に握った胸像を見てると、不思議と元気になった気がする、よし…今日はもうちょっと頑張って進むか…おっ。
暫く進むと木々が少なくなる。段々と山の中腹へと近づいているのだろうか、岩肌が目立つようになってきたな。うん、心なしか空気が澄んできている気がするぞ!
テンションを若干無理矢理上げた俺はズンズンと山道を進んで行く。まあ、舗装なんてされてない歩いていけるところを登っているだけだから村までの道かは定かではない。…看板とか立ってないのかね?
道中で何度か宿屋(Pゾーン)で休憩を取り…といっても飯食って、風呂入って、寝てと普通に1日2日休んでるがな。外に出てもほんの数十分しか経ってないからホントに便利だ。景色を楽しむ余裕すらあるぜ。
「……ハァハァ、景色がだいぶ変わってきたな。しかもちょっと気温も下がってる気がする。さっきまではクソ暑かったからなあ、そういやこの世界の地理どころか季節すらなんも知らんよなあ~俺…もう、日が傾いてきてるし、適当なところで宿屋を出してキャンプ?するか」
俺は体力の限界をうっすら感じ始めたので、今日はこの辺にしとこうと思い。スキル・やどやのウインドウ画面を出そうと眼前に手をかざした時だった。
ヒュンッ ドスッ。
「へ?」
俺の足元に細長い木の棒がビィーン、という音を立てて突き刺さって震えている。なんか尻に羽根が付いているなあ…どこかから鋭利な植物の枝がたまたま俺の近くに降ってきたわけじゃあないだろう。まあ、ファンタジーなんだからそういう攻撃的な植物がいてもおかしくはないだろう。むしろおっかないから俺はいて欲しくないが。…うん。こりゃあ、あからさまに人工物だ。ズバリ、矢。だな!…人類の代表的な武器だ。…ちう事はだよ? 俺、今現在、まさにだが、攻撃されてね?
「動くなッ!」
俺の側の岩場から3人の人影が飛び出して来た。どうやら弓矢をつがえてコチラに向けていらっしゃるようだぞ? 威嚇射撃ってヤツかね。穏やかじゃあないなあ~まさか、山賊かあ?野蛮だわ~。
「ははは…やっぱり妖精がいるくらいだもんな。そりゃあいるか、流石…ファンタジー…!」
ソイツらは布切れのような上着と半ズボンしか身に着けていなかったが、その全身を黄金にも似たやや赤みががった毛皮で覆われていた。長く細長い尾を後ろで揺らし、頭の上にはクルクルを動くネコのような耳が乗っていやがる。どう見ても本物だ。
「…獣人ってヤツかい」
俺はケモナーだったら弓で射抜かれても突撃してくだろうなあ~。などとどこか呑気な事を考えながら口元を歪めた。