ストロー・ミーツ・ブラウニー
◤ストロー◢
「おお~見えてきた見えてきた!でっかい山だな~!…だよな? まだ結構距離あるからわからんけどな。なんて名前の山…繋がってるから山脈?」
俺は記念すべき最初の宿泊者であるボーゲンを見送った後、あの場所から営業場所を移動する事にした。うん、あんな自然の多すぎる場所じゃあモンスターはやってきても、肝心の客が来ないよ。だって自然が多い、ってよりも自然しかないもん!文明がないもんね!
…アイツ、俺も最初は生意気な奴だと思ったけど、最後はあんなに必死こいて敬語使ったり、ワイバーン?の牙もくれたしな。…きっと、怪我して心細かったんだろう。俺も今度の客にはもっと優しくするようにしなきゃな。
俺は腰のベルトに挿していたその牙を手に取って眺める。
「うん、文字は間違ってないはずだが…名前を彫るのに半日以上かかっちまったなあ~。かってぇんだもんこの牙よお!厨房のナイフが欠けたり折れたりして大変だったぜ。まあ、暇なら売るほどあるから良かったけども。何十本ダメにしたかわからんぜ…ヤバイなワイバーン。怖い怖い、戸締りすとこ」
まあ、ダメにしたナイフは厨房のシンクかゴミ箱に放り込めば一瞬で消えて、新しいのが即補充されちゃうんだけどね? …本当に大概は謎な空間だよなあ。ま、ファンタジーなんだし。そーいうモンなんだろうさ。
俺が元の場所から1日半ほどあてもなく歩いたところだろうか。まあ、ぶっちゃけ道も何も分かってないんだから遭難とさして変わらんがな。徐々に大きな美しい山々が見えはじめる。
「ふわぁ~!近づいてみれば何だよ凄い綺麗なモンだなあ!…何というか神聖なものを感じるなあ。そいや慰安旅行でどっかのハイキングコースとか行ったっけなあ。割としんどかったけど…楽しかったなあ~。あ!そうだ、次は登山なんていいんじゃあないか?」
俺は段々と近づいてくる麗峰にテンションが上がってくる。よっしゃあ!どーせ近くにゃあ誰もいやしないんだ…ちょっとスキップでもしちゃおうかな? …大人になったら人目があってできなくなったが、きっと誰しも本当はやりたい高等歩法術をなあ!
「(大きく息を吸い込む)…はああああッ!! (地面を蹴って空中を飛翔する)~フンフンフン♪ ランララ・ラン♪ ルンルン♪」
きっと傍から見ると相当危ない奴に見えるだろうが、俺は一向に構わんッ!
「きゃあ!」
「ランララ・ラん゛ッ!?」
俺は小さな悲鳴に気付き、高等歩法術で空中に浮いていた体を強張らせる。
み、見られたっ!? あ違った。別にスキップしてんのを見られたことは恥ずいが仕方ない事故だ。
…それよりも、さっきの悲鳴みたいな声は…足元の草むらからしたような? まさか小動物が俺の高等歩法術に驚いてあんな可愛い悲鳴を? まさに、ファンタジー。いや、メルヘンか? ま、いいやドッチでも。どれ…
(ガサゴソガサゴソ………んあ?)
なんと草むらの奥には15センチから30センチくらいまでしかない、キノコのような帽子を被った小人が十人くらいいてコッチを怯えた眼で見ていた。
「はうあっ!?」
「みげッ!この人間、ボク達の姿が見えてる乃!」
「みッ!本当な乃!」
「魔術師な乃!ボク達捕まる乃!」
「みッ!姫様、逃げる乃!」
小人達は俺に自分達の姿が見える事にえらい驚いているようで慌てているようだ。
「ちょい待ち!ちょい待ち!俺は魔術師とやらなんかじゃないぜ?」
「妖精が見える人間なんて普通じゃない乃!」
「人間は悪人な乃!さっきの変な動きも何かの呪術じゃない乃?怪しい奴な乃!」
「たかし」
俺は頷くしかなかった。確かにファーストコンタクトがスキップとは難易度高めだな。にしても妖精?なんているんだな。まあ、実際に目の前にいるわけだが。流石ファンタジー…なんでもござれだな。
「みッ!皆、静かにする乃です…。貴方は、精霊です乃ね?」
「ああ、アンタが姫様とやらなのかい? 精霊?なんだいそりゃって確かボーゲンの奴もそんな事言ってたような気もするが…多分、俺は精霊なんかじゃないぞ? 普通の人間、だと思うよ?スタンダードな奴で宜しく!名前はストローだ」
小人の中で異彩な存在を示す橙色のドレスを着飾った代表者的な立場の人物だろうか? その美しい小人が俺に話しかけてきた。精霊と言う言葉が出ると逃げ出そうとする小人はいなくはなったが…別の意味で騒がしくなっちまった。
「いいえ、それはあり得ません乃。魔力も通さずに普段姿を隠している私達妖精の姿をここまでハッキリと認識できる存在など女神か精霊しかいません乃!」
「いや、だから俺は精霊じゃなくてスタンダードな宿屋なんだが? まあ、もう面倒だから好きによんでくれて良いよ」
「そうです乃…しかし、何故こんなところに精霊が、いる乃か…申し遅れました乃。私の名はチーピィ。妖精のブラウニー族の姫でプリンセス・チーピィと呼ばれております乃」
…カラーリング的に桃よりは菊の方だと思ったんだが、ここで俺がツッコんでも誰も理解できやしないから黙っとこう。そんな事を思ってると急にチーピィ姫がフラリと倒れてしまった。
「みみげッ!姫様!?」
「姫様、大丈夫な乃!?」
「オイオイどうしちまったんだよ? 貧血か?」
「ち、違う乃!」
「ボク達はノーム様を頼ってヨーグの御山を目指してた乃ッ!」
「でも皆、疲れてボロボロな乃…アンタ、精霊ならボク達を助けてな乃!」
「助けてくれな乃!」
俺の足元にわっと小人…ブラウニーって種族の妖精か、そいつら集まってきて俺に助けを求める。
「ノーム様?そいつが精霊とやらなのか? てかなんだその微妙に難しい発音の乃って?ノ・ノ・ノっと煩い奴らだなぁ~。まあ、困ってるんなら宿屋である俺の出番ではあるな。(ドヤ顔)仕方ねってオイ!お前そんなとこ引っ張んじゃねーよ!脱げるだろーがワザとだろ! …ったく。ホラホラ、散れ散れ。そこに宿屋出すからさあ」
俺の言葉にチーピィ姫を含めたブラウニー全員が首を傾げる。
「…宿屋な乃? そんなのどこにもない乃」
「酷い乃!精霊は妖精の味方のはずな乃!人間みたいに嘘ついたらダメな乃!」
「あ~うるせえ!オラ!潰すぞ!危ないから近づくなよ!」
俺は体中に飛び掛かるブラウニー達を引き剥がしながら少し開けた場所にスキル・やどやで建物を召喚する。
「みみげッな乃!これが精霊の力な乃?」
「みげッ!いきなり目の前にショボイ小屋が召喚された乃!」
「ショボイゆーなや!耳毛耳毛言ってねーでサッサと姫様を宿屋の中に運んでくれ」
俺が宿屋のドアを開くと共に遠慮なくブラウニー達が雪崩込む。思わず苦笑いが出るぜ。
「………ここって建物の中だけど、常世な乃?」
「落ち着くの乃…」
「はあ? トコヨ?違うYADOYAだ。ところで姫様をベッドに運ぶ前にお前ら銀貨3枚寄越せよ」
俺の催促にブラウニー達がピョンピョンと跳ねる。
「みげッ!助けに代償を求めるなんて精霊のくせにケチな乃!」
「ノーム様みたいな乃!」
「他の精霊様とやらだってお礼寄越せって言ってんじゃあねーか!? はあ、あのなあ。お前らみたいなネイチャーな奴らは疎いかもしれんが、宿屋ってのは商売なんだよ。だから利用料が掛かるんだぞ。…まあ、金が無いっていうんなら別のモノでもいいぞ。なんか持ってないのか?」
「む~…じゃあコレあげる乃!その代わり姫様を助けて乃!」
そう言ってブラウニーのひとりが俺の手元にピョンと飛んで、手の平に何か置いていきやがった。…なんだろう茶褐色の水晶?何かの鉱物のようだが…まあ、コレでいいだろう。なに、俺にはこの世界のモノの価値なんてわかりっこないんだ。ようは宿代を支払う気概さえあればいいんだ。…って、なんかどこぞの天才外科医みたいだが、アレよりはきっとリーズナブルなはずだ。
「…毎度あり。なに、お前らだって狭いがこの中でゆっくりしていけばいい。食い物と水も出してやるよ」
俺はグッタリとしたチーピィ姫を両手でそっと抱き上げると、薄っすらと開いた彼女の目から涙が一筋零れる。俺は宝物を扱うようにそっと彼女をベッドの上に寝かせた。




