☞とある冒険者と精霊の宿
ちょっとボーゲン君の話が続きます。
◤ボーゲン◢
俺は死んだのだろう。そう思うっちまうのは仕方ないと誰もがいってくれる自信があった。
俺はたった一人でワイバーンとやり合って、…我ながら本当に馬鹿な事をしちまったが。それでも何とか刺し違えてワイバーンを倒せはしたが、俺もかなりのダメージと毒を喰らって…どう考えても助からない状態だったはずだろ!?
それが、どうした!? たった一晩寝ただけで体は何ともなかったかのように全快…イヤ、むしろこんな完璧なコンディションでいられる事自体初めての経験だ。この状態であればワイバーン相手にでも後れをとらないだろうさ。…しかも、何でだ? 何で、ワイバーンに砕かれて切り裂かれた俺の鎧まで完璧に修復されてやがるんだよっ!? もう、訳がわからねえよ…これなら死者の門に来ちまったほうが納得できるってもんだろう。俺はカウンターに肘をついてニヤける男に思わず怒鳴るように声を上げちまった。
「おい!アンタ!俺はなんで無事なんだ!? それどころか調子はむしろ最高だし鎧までなんで治ってやがるんだぁ!?おかしいだろ!? それにあのゴリラ共はどこに消えた!一体、俺はどうなっちまったんだあ?…此処は、な、なんなんだよ…」
男はニヤニヤしていたがカウンターの開き戸を上げて出てくると特に何ともなさそうな口ぶりでこう言ったんだ。
「ここは宿屋、だ。モンスターだか何だかしらんが心配すんな、ここは絶対安全なんだ。俺の客以外は入ってこれないんだよ。なんたって宿屋なんだからな。それに、1泊すりゃあHPも当然、鎧は…まあ演出上仕方ないのかもだけど、得したろう? …ファンタジーなんだから、それくらい当たり前だろ? まったく、何を言ってるんだ?」
「え、えいちぴぃ…?」
何を言ってるのか理解できない…!なんで一晩寝るだけで怪我が全部治っちまうってんだよ? しかもあの厄介なワイバーンの毒も完全に俺の身体から取り除かれているのがわかる。こんな、こんな事は…王都の最高位神官の奇跡の技とやらでも出来やしないぞ? 俺は恐る恐る先程まで寝ていた寝台を振り返って見る。あの寝台も今思えば大概おかしいだろ? 俺は特に着替えさせることもなくあの寝台の上に寝かされていたはずだ。なのに…シーツには血の一滴、シミひとつもない。それに生まれてこの方、俺は掃除の類なんてしたことなんてない。だから無意識に俺がやるわけがないのに、寝台のベッドメイキングはいつの間にか完璧に済まされていた。この部屋に置かれている寝台はひとつ…間違っても他の寝台や床で寝転がっていた訳じゃあない。もう、訳がわからなくなってきた…。
「そうだ!そんなことよりも腹減ってないか? いま何か持ってきてやるよ。そこに座っててくれ、すぐ戻るからよ?」
「そんなこと…」
藁男は無理矢理に俺を部屋の隅にあるテーブルの椅子に座らせると、カウンターのドアの奥へと消えていった。しかし、確かに腹が減ったな…もうマトモに何日も飯を食ってなかったしなぁ。それに食糧も水も手元に殆ど無いようなもんだったから有難く頂戴する事にした。
俺の目の前に出されたのは、湯気を上げる四角い白い石…まさか拷問で食わせられるというあの焼いた石ころか? だがスプーンで突くとプルンとスライムのように揺れて不気味…しかし石ではないようだった。それに、一緒に持ってきてくれた水がこれまた上等な澄んだ水だった。…微かに果実水ような匂いがする? 金は…まあ欲の無い男のようで財布を返してくれたから、払えねえことはないかと俺はその白いものを掬って口に入れる。
気付けば、俺の前には十杯以上の木のボウルが積み重ねられていた。…信じられないほど美味かったのだ。はじめて口にする薄いが力強い味だった。しかも食べれば食べるほど五体に力が漲るようで我を忘れて貪り喰らい、それをよく冷えた極上の果実水で胃に流し込んだ。…はあ、夢のような時間だった。本当に、プフルにも食わしてやりたかったな。それにしても、こんな代物は貴族、王族ですら口に出来やしないんじゃあないのか? まるで、精霊の……!せ、精霊の…!?
俺は氷の生霊にでも抱きかかえられたように背筋を凍らせる。カウンター奥のドアをチラリと見る。…この小屋は崖を背にして建っていたはずだ。あのドアの向こうは一体どこに繋がっているんだ? まさか外にこの料理を取りに行く訳がないだろう。
…ハハハ、間違いないぜ。こりゃあ、宿だ。…ガキの頃に聞いたあの話、"精霊の宿"だ。
…これならワイバーンに食い殺された方がまだマシだった。俺が身震いしていると食器を下げると言って藁男が食器を片手に持ってそのドアの向こうへと消えていく。…光だ、ドアの向こうは光だけの世界だった。さらに隙間から何かの楽器の音や歌、人間の声すら聞こえた。ああ拙い!俺は慌てて目を伏せた。アレを覗いた事が奴にバレると連れていかれちまうっ!?
俺は目を瞑り、必死にガキの頃、院で習った護身の呪文を呟いた…。
―もう10年前の記憶だ。俺はまだハナタレのクソガキで妹のプフルは赤ん坊だった。俺の両親はウエンディの王都で行き倒れて、俺と妹は孤児院に預けられていた。
「エーン!シスターまたボーゲンがウチをぶったぁ~」
「コレ、ボーゲン!クロカンを叩いてはいけません!そんな事をしていては精霊様に連れていかれてしまいますよ?」
ハン!精霊様だあ~? そんなの大人が子供をしつける為の作り話だろう?
「いいえ。精霊様は女神よりも私達の近くに存在し、私達を常に見ている女神の御使いなのですよ?」
「そうだそうだ!ひねくれ者のボーゲンは常世に連れて行かれればいいんだい!」
生意気な事を言う女だ!俺はまたクロカンの頭をポカンとやってやるとまた泣き出しやがった。
「おやめなさい!…まったく、では今日は精霊様のお話、"精霊の宿"のお話をしてあげますからね? 静かにお話を聞くのですよ」
要するに精霊とは女神と違って、地上にいる俺達人間に直接干渉できる女神の手下みたいな連中だってことだ。だが、精霊のほとんどが悪戯好きで人間を助けることもあるが大概は酷い目に合わせたり、最悪の場合は"常世"って場所に連れてかれるらしい。その常世ってのは恐ろしい場所だってよく大人達の話にも使われているけど…どんなとこなんだろう。
「精霊様は何故かは知り得ませんが私達人間に興味があり、まるで人間のような振りをして私達の前に現れるといいます。そして何故か人里離れた場所、森や高い山や洞窟に家を作り人間を招き入れるのです。…そこではこの世のものとは思えないような美味なる食べ物や酒が出され、持て成されるのですが…良いですか? その料理には決して無下に手をつけてはなりませんよ?」
「え~? 美味しい食べ物を好きなだけくれるんでしょ。なんで好きに貰っちゃだめなの?」
クロカンが意地汚い事をシスターに聞くが俺も同感だった。タダで食い物をくれるっていう酔狂な奴からは食い物を全部貰って帰ればいいんだ。
「なりません。っと言っても硬くなに拒むと精霊様の機嫌が悪くなるとも聞いていますがね。…精霊様は悪戯好きですが人間の心を常に見透かしています。特に強欲であったり悪意を持った者には容赦がありません。施しを受けても金がないと礼を渋る者、その食べ物や家の持ち物を外へ持ち逃げしようとする者、また精霊様の頼み事を疎んで逃げ帰ろうとする者、他にも愚かな行動をとった話も多いですが…精霊様を怒らせたものは皆、常世へと連れて行かれてしまうのです。…常世とあなた達の親が眠る死者の門の先でもなく。裁きを受ける者が囚われている冥獄でもありません。そこは精霊様だけが自由にできる別の世界です。そこに入り込んだ人間は生きることも死ぬことも、そして元の世界に帰ることも叶いません。精霊様を怒らせた者は精霊様が飽きるまでその世界に囚われることになるのです。仮に悪人であればそこは終わることのない冥獄以上の場所となるでしょう…良いですか? 精霊様は常に私達の様子を見ておられます。…ボーゲンも、もうクロカンの頭を叩いたりしてはなりませんよ?」
だが、別の老修道女…たしかその精霊を信仰してる確かガイアとかいったかな? 女神の母親のような存在を信じる連中らしいがよくは知らない。そういや神官見習いのモグもその教えを信じてたっけなあ。まあいいや、その人が俺に聞かせてくれた話はまた違った。
「ボーゲン…我らが精霊は、それこそ畏れ敬う存在ですが…偉大な存在である精霊は我ら人間の傷を癒し、時には知恵を授けてくれる事もあるのです。そして、人間達を救済する為に行動を起こされた事すらあるのですよ。東ルディアに伝わる"笛吹き男"などの伝説が有名ですが、かつて東ルディアが飢饉に襲われた時、国に見捨てられた民の前に笛の音を連れて不思議な道化姿の男が現れたのです。その男は笛を吹きながら飢えた民を引き連れ深い森に入っていくと、そこに素晴らしい楽園があったのです。あらゆる種族、獣ですらが輪になって踊る理想郷がね。民は涙を流しながらその輪に加わっていきましたが、密かにその後をつけていた城の兵士が、その場所を褒美欲しさに王と城の者にそれを教えたのです。城の者達はその場所を奪おうと森に入っていったのですが、不思議な笛の音に惑わされ誰も森からら出ることも叶わずに強欲な王共々飢え死んだそうです。そして、その森からは城の兵士も笛吹き男に導かれた民達も戻ってくることはなかった…という話が大陸各地に伝わっています。精霊は確かに我ら人間の理解を超えた領域に住まう存在ではあります。しかし、善なる者には施しを。悪しき者には罰を与える。女神の代行者でもあるのです。ボーゲン、ゆめゆめ忘れてはいけませんよ? 精霊は人間を試しているのです。気に入られて常世に連れていかれても堪りませんが、悪意を持って接しては決してなりません。恐らく、死など何ぬるい災いがお前に降りかかることとなるでしょう…」
老修道女は暫く後に、ガイアの連中と共に院を旅立った。なんでも死に場所としてその常世を探すという終わりなき旅だということだった。…モグの奴もいつかその旅に出てしまうのだろうか?
俺は成人したら冒険者になると決めていた。…妹にマトモな生活を送らせてやりたいからだ。他人は信用できねえ、頼れるのは自分の力のみ!それを知っている俺は冒険者の下積みとして街外れの土木場に出入りしていた。この話はそこの木こり達から聞いたんだ。
「おい、ボーゲン。お前、また南の森で勝手に毛皮を売るためだって狼を狩っただろう?」
「ああ? 南のぁ~そいつはボーゲン、イカンぞ? あの辺の茶色狼は精霊のモンだろう」
酔っぱらった二人組が俺に絡んできやがった。ったくそんなオークみたいななりして信心深い連中だぜ。最近、俺はモンスター討伐の訓練に時間を割いていた。その狼も小遣い程度に狩ったに過ぎない。まったく、それがどうしたんだって? っと思わず聞いてやったんだ。
「……ボーゲン、いいか? お前の為を言ってるんだぜ。俺ら木こりだって精霊の怒りに巻き込まれて常世に連れてかれるなんて真っ平ゴメンだぜ!」
いい年のオッサン達が一様に頷くのを見て面白くなった俺は"本当に常世なんて、精霊になんているのか?"と聞いてやったのさ。どうだ、ぐうの音も出な…その瞬間、周囲の喧噪がピタリと止んだ。
「…ボーゲン、お前は確かに他所の土地から来たガキだが、この土地の精霊はそんなことなんて構いやしないんだ。いいか、今から話す事を忘れるんじゃあねえぞ…」
ジョッキをガンとテーブルに叩きつけた古株の木こりが口を重々しく開いて話した。
この土木場の南は鬱蒼とした森が広がっているが、昔は結構大きな村があったそうだ。そこは猟業で財をなしていたそうで、下手をすれば街になるかもしれないという話もあったくらいだそうだ。そこには北ルディア一を豪語する狩人の一族がおり、その地の有力者でもあった。その名をハーフィンガルといった。しかし、その所業は目に余るものがり、特に森の獣を必要以上に殺すことが多く見られた。ある日、ハーフィンガルの男が酔って村中に言いふらした。
「昨日、森で精霊に出くわした!もう、いたずらに森の獣を殺さないでくれ、だとよ!ハハハ!だから約束してやった!もう月に百の獣は狩らん、とな!精霊の気に入る茶色狼にも手を出すまいと!」
だが、ハーフィンガルの者達は次の日にも森に出かけていき、帰りには嬉しそうに数十頭の茶色狼を吊っていた。
「コイツ等、何故か俺達が近づいても逃げやしなかった!まったく、まさか精霊にもう襲われることはないなどと吹き込まれたわけではあるまいか!」
馬鹿笑いを続ける狩人達はその足でまた森へと入って行ったが、何日経っても誰も帰ってこない。
ある暗い夜に焚火を囲んでいた村人の前にひょっこりと野兎が顔をだした。
「…この場所は時期に森に飲まれる。精霊は寛大にもあの者共を一度は許したというのに、…あの愚か者共は約束を違えた。もう二度と戻ること叶わぬ」
なんと野兎が人間の言葉を恐ろしい声で喋り出したのだ。怯えた村人が恐る恐る狩人はどうなった?と野兎に尋ねると…
「あの愚か者共なら精霊の昏い庭におる。首から下を自ら殺した獣に変えられて、射殺すことも出来ぬ玩具の如き弓の的になっておるわ。あまりにも滑稽なのでその内、わざと何匹かは外に逃がすかもしらぬ。…そうであった、これは奴らが約束を違えた百匹目の獲物だ。受け取れ」
そう言って野兎が焚火の中に突っ込んだ。嗤う野兎の背中には矢が1本刺さっていた。
村人達は悲鳴を上げて、その村から逃げ出した。その次の朝に様子を見に来ると、既に村は森に飲まれて消え去っていた。そして、暫く後にその周辺で人間の頭を持った奇怪な獣のモンスターの姿が見られるようになったという話だった。
「…そういや、お前は確かハーフィンガルの出身だったか…」
連れの木こりがそう言うよりも早く、この話を聞かせた大柄の木こりが立ち上がってその場を去って行った。
その後も似たような話をアチコチで嫌でも聞かされた。山の小屋の美しい娘に魅了され、3日間も持て成しを受けて意気揚々と麓に下りた木こりだったが、外は既に何十年と時が過ぎ去っており絶望して膝をつく話。また、洞窟の中の老人に瀕死の傷を癒された冒険者達の話…その老人に感謝し、対価を快く支払った冒険者は土産まで貰って無事に帰されたが、他の欲の強い者や無礼な態度を取った者達がその洞窟から出てくることはなかったという話…数には事欠かない。
―そして、俺は冒険者となった。そんな話なんて今までまったくもって記憶にすら無かったというのに、運が悪いことに全て思い出してしまったのだ。
俺はふと先の空いた木のボウルと目の前のコップに注がれていた水を思い出した。
「あ…ああ!食っちまった。それも我を忘れてあんなに…」
俺は頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
「やばい、ヤバイヤバイヤバイ…!連れていかれちまうっ!常世に…ううっ、もう戻ってこれないんなら死んだ方が死者の門で親と妹に会えるだろうに…」
今思えば、あの藁男の良くわからない言葉は常世で使われいている言葉なのでは? と思うと恐怖と後悔で涙が滲むほどだった。…俺は、どうすれば良いんだ? どうやったらここから助かる?
無情にも例のドアが開いて男が出てきた。俺は焦って席を立つ。先ず、そうだ礼をしよう!精霊を怒らせないのが第一だ!兎に角有り金全部渡そう!
「素晴らしい料理だった!頼む!足りないかもしれないが受け取ってくれ!」
「え? 気にするなサービスだから。よっぽど気に入ったのかあ…そりゃあ良かった…」
何故か男、いやもう正体はわかっているんだ。もう精霊でいいだろう。俺の心の中までお見通しのはずだ、余計な事はむしろ考えるな俺!
それにしても、精霊は頑なに金を受け取ってくれない。まさか…試してるんだな!ここは意地でも受け取ってもらうぞ俺の感謝の気持ちを!
「…そこまで言うなら仕方ない、チップとして受け取っておこう。でもホントにサービスなんだから料金はいいんだぞ?」
何とか無理矢理精霊に金を渡すことができた。よし!後はワイバーンの素材を回収したいと言ってここを出よう!これは本心で嘘じゃない。半年分の稼ぎも渡しちまったし、まだワイバーンの素材は十分に回収できるはずだ。
俺は慌てて身支度して頭を下げると、目に見えないような動きで出口を塞がれた。
「ちょ!? ちょっと待ってくれないか? もっとゆっくりしてきなって、なあ。客も暫くあんた以外は来なそうだし、それに料金はさっき貰ったアレで前払いってことでいい。そうだな、とりあえず後9泊くらいどうだ? あの豆腐のようなものも気に入ったんだろう? いくらでも食わしてやるぞ、うん?」
しまった!精霊に気に入られた!? しかも、何故に具体的な日数を指定してきたんだ!?
もうダメだ!おしまいだあ! …でも、でも俺には妹が、プフルが待っているんだ。
俺は精霊にお願いしますからここから帰してくれ!と泣きつく。…もう、なりふり構わずに。
「お、おい…俺は精霊じゃあないんだけど? ………んー、そんなに帰りたいのか?」
「お゛願いじま゛ず…!せ、精霊ざまあ…ごれ゛がらは心をい゛れかえ゛ま゛すぅ…ど、どうがお゛許じお゛…」
精霊はどこか諦めた笑みを浮かべると、床に這いつくばっていた俺を立たせてくれた。
「仕方ない、あんたにも予定があるんだろうからこれ以上無理強いする訳にはいかねえなあ~」
俺を…か、帰してくれるのか…!?
「ん、ちょっと待ってくれよ…」
精霊の声色に俺の血の気がみるみる引いていく。
「その腰にあるのが、そのワイバーンとやらの、ヤツか?」
「は、はい!そうですそうデスッ!」
俺は無理矢理に腰に括っていたワイバーンの牙を毟ると精霊に差し出す。どうやら、精霊はワイバーンの牙に興味があるようなので、命が惜しい俺は精霊にその牙を献上する。
「お、おお…そう、くれるの? 悪いなぁ。あ、そうだコレは記念にアンタの名を刻んで宿に飾らして貰うよ。記念品としてな…あー"ボーゲン"でいいよな?」
俺はその言葉に一瞬呆けたが、何度も壊れたように首を縦に振って感謝の意を示す。…そりゃあそうだろう。精霊が単なる人間からの贈り物を受け取ってくれたんだぞ? 下手すりゃあ、末代まで自慢できる偉業だ。…精霊信仰者のモグあたりにこの件がバレると大変な事になりそうだな。
俺は何度も頭を下げると逃げるようにその場から走り去った。振り返ると、あの宿屋の前で男が笑顔で手を振ってくれていた。
道中、俺の身体は快調そのもので前の倍の動きすら出来そうなほどだった。なんとワイバーンの亡骸の下までたったの半日で辿り着いてしまったほどだ。…恐らくは精霊が与えてくれた力のなせるものだ。
ワイバーンの素材を十分に剝ぎ取った俺は、どうしてもまた礼が言いたくてあの宿屋を探したが、その小屋があったであろう場所には、小高い丘にそこにある緩い崖、そして苔むした地面だけだった。
「………やはり、精霊様が俺を助けてくれ、たのか。…こんなにも、愚かな、俺、なんかを…」
苔むした地面に俺の涙が落ちる。俺は背に背負っていたワイバーンの柱ほどの大きさがある背の骨をその場に深く突き立てた。またこの場所に戻る標とする為に…!
俺は地に膝を付き、ガキの頃に院で見た祈りの作法を見様見真似でやる。周囲の空気が変わった気がする…。
「…精霊様。俺はこのワイバーンを持って妹の下へと帰ります。ですが、精霊様に貰ったこの命。俺がこの戴いた命で成せることを終えたならば、必ずこの地へ戻り礼を尽くします!この御恩、決して忘れは致しません!」
俺は地面から立ち上がると、妹の待つ王都ウエンディを目指して歩き出した。木々の枝葉の隙間から、遥か遠くにヨーグの山々が見えていた。
次回、ボーゲン、妹にビンタされる上に彼氏を紹介される(嘘)
ご期待ください。




