痛みの中で
「ふぅ〜、疲れました、もうヘトヘトです〜」
「何言ってるんだ、この程度で根を上げられては困るぞ?仮にも私の旅の同行者だからな」
川の畔を歩きながらそんな会話をしていると傍の木々の間から何者かが倒れ込んできた
「大丈夫ですか!?」
倒れ込んできた人間に駆け寄り顔色を伺う
健康な人間とはとても思えないほどに真っ青の女性はどうやら気を失い倒れたようだ
「近くに小屋は無いか?早く休ませないと」
「あ、ありました!あそこに一軒」
サクラが指している方向を見ると、小さい小屋があり、急いで家主に休ませてもらえないか訪ねてみる事にした
戸を叩く
「すみませーん、この小屋の家主の方はいらっしゃいますか?」
そう戸の前で尋ねると
「ええ、今戸を開けますね」
そう言って戸が開き家主と思われる優しそうな男性が出てきた
急いで女性を小屋に運び入れようとすると、男性は目を見開き驚いた表情で
「シルフィ!」と女性に叫ぶとすぐに女性をベットに横たわらせた
「ありがとうございます、ところで家主さんはこの女性とお知り合いなのですか?」
家主に聞くと
「ええ、私とシルフィは夫婦でして、共にここで暮らしているんです、シルフィは身体が弱く、本当に助かりました。」
「いえ、大した事無いですよ!あ、家主さんのお名前は?」
そうドヤ顔しながら家主の名前を尋ねるサクラ
「ああ、名乗り遅れました、私はファルスと申します」
「…んん…あ…れ…」
他愛もない会話をしていると、眠っていた女性が目を覚ました
「あ…なたたちは?あ、ファルスさん、なんで私はベットで寝ているのですか?」
どうやら自分が倒れた事に気づいてなかったらしい
「おお、シルフィ!目が覚めたか、どこか悪いところは無いか?気分はどうだ?」
矢継ぎ早に質問しているファルス、平静を装っていたがとても心配していたようだった
シルフィさんに経緯を話すと肩を下ろし
「申し訳ございません、見ず知らずの方に助けていただくとは、ファルスさんにも迷惑をかけてしまいました…」
「いえ、とんでもない、困っている時に助け合うのが人間です、しかし何故外へ出ていたのですか?」
「少し山菜を採りに出かけていたのですが、まさか気を失うとは思いませんでした」
「でもなんで唐突に気を失っちゃったんですかね?」
たしかに妙だ、普通気を失うほど体調が悪いのなら山菜を採り行こうなど考えないはず
「私、身体が弱いのでこう言う事よくあるんです」
よくある事、か
「そうですか、お身体に気をつけて下さいね」
「そうだ、シルフィを助けてもらったんだ、お礼にお茶でもどうですか?丁度、美味しいお菓子もあるんですよ」
「いえいえ、せっかくのご厚意感謝しますが…」
「え!良いんですか?!ありがとうございます、いや〜人助けってのは良いもんですね〜」
全く、遠慮という概念を知らないのかコイツは
仕方がない、美味しいお菓子を食べるだけなら損も無いし
「シルフィはこの方達のお相手でも、私がお茶を淹れてくるから」
「はい、わかりました」
そう言うと寝室の扉を開け、台所へ向かっていった、部屋に残されたシルフィさんと私たちに会話は無く、沈黙が場を支配していた
私はおしゃべりな方ではないし見たところシルフィさんとやらも無口な方のよう、しかもお相手と言っても世間話くらいしか話題が無い。
「シルフィさんってファルスさんとどこで出会ったんですか?」
おぉ、流石私の同行者だ、遠慮の無さに感謝する日が来るとは思わなかったがよくやった
「ファルスさんとは、村で出会いました
私が18になる頃、ファルスさんは私の住む村に移住してきて、そこで話していくうちに親しくなって、ファルスさんから想いを告げられました、私も同じ想いでしたから受け入れてここに住み始めたんです」
「へぇ〜、案外普通なんですね、てっきり村を飛び出して駆け落ちとか、もっとドラマチックなの想像して、痛!ちょっとなにするですか」
最悪だ、コイツ他人の恋愛に遠慮なく悪口言いやがった
「すみません、ほんとコイツがすみません」
なんで私が保護者みたいに謝らなくちゃならんのだ
「フフ、いえいえ大丈夫ですよ、」
ガチャリ
「お茶と茶菓子です
にしても騒がしいが、何かありましたかな?」
「いえいえ、特には」
「んー、おいひいですよこの菓子!」
ズズズ
「プハッ」
「おぉ、たしかに美味だなぁ」
「お口にあって何よりですよ」
その後お茶と茶菓子を堪能し、手洗いへ行くためサクラが席を外すと、私は疑問となっていたことを少し聞いてみる事にした
「そういえば、村を出たと仰っていましたが何故村を出たんですか?村に住んでいた方が良いと思いますが」
「それには少し事情がありまして」
「そうですか、まぁお二人の事情は私が無理に聞くこともないですし、ただひとつだけお聞かせ願えますか?」
「ええ、なんでしょう」
「おふたりは、何故別々に生きるよりも共に死ぬ事を選んだのでしょう?」
少しドキッとしている様子のファルスとは対照的に堂々としたシルフィが答える
「私は、ファルスさんを、主人を愛していますから
この魂を捧げる覚悟ですよ、すぐ傍に最期の時まで居れるなら、身勝手なのはわかっていますけどね」
「そうですか、ありがとうございました」
お手洗いから帰ってきたサクラ
「なになに、どうしたんですか?ブレットさん、なに聞いてたんですか?」
「秘密だよ、さてそろそろ良い時間ですし、私は旅の者、そろそろお暇します。」
「ええ〜、もう行くんですか〜?
もう少しくらいいいじゃないですか〜」
「ほら、駄々こねてないでさっさと行きますよ、置いてかれたいですか?サクラさん」
「!待ってくださいよ〜、ブレットさ〜ん」
「あ、お二人方
貴方達の長寿を願っています、では」
我々を見送る二人にせめてもの手向けとしてその言葉を送り、また川の畔を進む
「ちょっと!なにカッコつけてるんですか、それに僕抜きにしてなに話してたんですか!仲間はずれはひどいですよ!」
不貞腐れるサクラを尻目に
「ファントムって知ってるか?」
「ファントム、知ってますよ
確か稀に生まれてくる人間で人の魂を吸い取っちゃうんですよね」
確かに、ファントムは人間の魂を吸い取るが厳密にいえば吸い取るのではなく魂がファントムへ自然に集まってしまうのだ、
「ファントムは、悲恋に終わる事が多いんだ、愛する人の魂が徐々になくなってしまうから、周囲に拒絶されることも多い
だから多くのファントムは、人として生きている、自分を偽り生きているんだ、人間は一人では孤独に耐え切れないからね」
「そうなんですか、なんだか哀しいですね」
「あぁ、それに恋が叶っても愛する人は早くに亡くなり必ず一人孤独に遺される、哀しい運命を持っているんだ、それゆえにファントムは生涯を孤独に生きる事が多い
しかし、その運命を知りながらなおファントムと結ばれようとする人間もいる、愛ゆえに共に居たい、そう想い夫婦になるんだろう」
「…急にこんな話、まさか…」
「この話をどう捉えても結構だよ、ただこんな哀しい運命が決まりきっているからこそ
せめて二人が長く居れるように祈りたいのかもしれない」
「そんな…いや、二人が決めた事です
私も、祈っておきましょう」
青い空へ想いを馳せ、また旅を続ける
「さて、次の街へ向かおう」
「はい!」
再び、歩みを始める
いつかの日
優しく微笑んでいる
「あなた、最期までともに居れなくてごめんなさい、私の身勝手に付き合わせてごめんね」
今にも消え入りそうなか細い、しかし芯のある声で女性はそばに座る男性に話す
「いや、君のその身勝手な願いに付き合うことが私が生まれた意味なのだよ、
意味を与えてくれてありがとう、だからせめて安らかに、死が近づく恐怖から解放されてくれ」
男は、涙を流しながら女性へ返す
「ふふ、あなたは…本当に優しい…私があなたに与える事になったのは…孤独の痛みだけだというのに…またいつか…今度は共に最期を過ごせることを…願って…います…」
それっきり、女性はなにも返さずただ安らかに微笑むのみだった
「あぁ、いつかまたどこかで…必ず」