恩知らずの旅人
見知らぬ美しい緑色の眼をした少年は何故かこちらを見つめていた
曇りなき眼でこちらを
恥ずかしいくらい真っ直ぐと、互いに固まっていると少年が先に口を開いた
「会いたかったですよ!命の恩人さん‼︎」
何を言っているのか分からない
彼は今なんと言ったか、命の恩人?私が?あり得ない話ではないが…
困惑しているとさらに
「忘れちゃったんですか!?獣に襲われてた僕を助けてくれたじゃ無いですか!」
涙目で悲しそうにこちらを見つめている少年
おそらく彼が言っていることは間違いではないだろう
「君が言っている事はおそらく間違いではないだろうが、君を助けたのは私ではない」
「そんな!私ははっきり覚えています!猪に追いかけられていた僕をあなたは颯爽と助けてくれた!忘れるはずもありません!」
「すまない、私は忘れてしまっている、これまでの私の過去と共に君の事も。」
「え?それって…記憶喪失…って事ですか…?」
あぁ、私は間違いなく記憶喪失だ。
「最初から話そうー」
冷たい風が、頬を撫でるように吹いていた
私はとある森で眠りから覚めた、それまでの記憶は一切無い、名前から自分が何者なのか、故郷はどこか、覚えているのは言語と魔術の使い方だけ
呆然としているとふとそばに置いてあった一冊の本に気がついた
『君の為に』そんな事が表紙に書いてあり誰かの日記帳を使っているようだった
中にはこの世界の生き物から自分のジョブやジョブの種類に至るまで多くのことが書いてあった、しかし残念なことに私に関する情報は無かった、しかし気になることもあった。
手書きの本の文は終わりに近づくにつれ薄く弱々しい文字に変わっていった、最後の一文は、
「君の名は君が付けたまえ、そして自らを知りたければ旅をすれば良い、私の名は…」
ここで手記は途切れている、力尽きたか或いは名を捨てたか、どちらにしろ自分が何者でどうして記憶を失ったか、その問いの答えを探す為旅人として放浪している
「ーこれで全てだ」
「そんな…記憶喪失だなんて…あ!、旅人さん、あなた自分の名前自分で決めれるんでしょ?何にしたんですか?」
「そんな事よりも、君は私に命を救われたと言ったね、しかし何故あんなところにこんな早くに居たんだ?」
「え?言ったじゃないですか、あなたに会う為だけに魔法使いになって旅人さんを探してたんです!ここにいたのはテント持ってないから野宿してただけで完全に偶然なんですけどね」
テントも持たずに野宿…しかも近くには魔物の棲む森もあるというのに…彼には警戒心という概念は無さそうだ。
「で、名前は何にしたんですか?」
「え…いや…実は…決めてないんだ」
「なんでですか?」
「いやぁ…私に見合った名前が思いつかなくてね、ほら私って天才じゃないか、だから私に相応しい名前が思い当たらなくてね」
少年はなぜか少し困惑したような顔をして
「は…はぁ…そうですか。あ!なら私がつけてあげますよ!」
何故?
「何故?」
「だって自分で決められないんですよね?なら他人に決めてもらうほか無いでしょ?」
「一理あるな、どんな名前だ?」
まぁ、一理ある、私は彼にとって命の恩人らしいからな、まぁ変な名前はつけないだろう
「シュルドラです!」
「ほう、して由来は?」
「傲慢と自信の神さまの名前からとりました!ほら、旅人さんって自信家じゃ無いですか、そこから」
「すぐに考え直してくれないか」
「えー、なんでですか!ピッタリなのに」
どうやら私は馬鹿にされてるらしい
「ふざけんな、傲慢の神の名前が由来なんて単なる恥でしか無いだろ、もっと他にあるだろ、獅子神とか武神とか、なんでよりにもよって傲慢の神なんだ、今のところ馬鹿にする以外の意図しか読み取れんわ!」
私が力を込めて抗議をするとやれやれと言った表情で
「わかりましたヨォ、じゃあ知識の神ブレスティフからとって『ブレット』てのはどうですか?」
「それならまぁ、良いだろう」
許容範囲内だ
「ていう事で、これからよろしくお願いしますね!ブレットさん!」
???
「これからって、何がだ?」
「いやだなぁ、僕のような子供を放って行ってしまうんですか?冗談やめてくださいよ、アハハ、まあ拒否されてもついていくのですが」
また一つ頭を悩ませる事象が増えてしまった
多分彼は言ってもついてくるだろうしいうだけ無駄だ。
「コケコッコー」
鶏の朝鳴きはまるで私を馬鹿にしているかのように感じてしまう朝だった