皆の能力と宜保さんとの会話
「ううむ。それなら分からなくも、ないです」
クラーラさんの説明を聞き、ぼんやりとながら師匠の能力を理解する。
あくまで、未来にこんな重大な選択を迫られるぞ、ということを知るだけの能力。その重大な選択の末にどうなるのか、どうすればより良い結果に繋がるのかは分からないまま。しかし、自身に訪れる最大の転機がどんなものかを知ることで、未来を知らない状態に比べ覚悟をもって望むことができるようになる。
事実そう言った能力なら、師匠のもとに日々人が訪れること、訪れた人がどこか納得したような、していないような微妙な表情をして帰っていくことにも説明がつく。
自身のその後を大きく左右するような話を聞いた後では、早々幸せな気持ちで帰ることはできないだろう。しかし勿論、その選択次第では一気に幸運を掴むこともできるかもしれないのだし、皆難しい顔つきで帰るのも納得である。
かなり胡散臭い人ながら、クラーラさんには嘘をついているそぶりが見られない。思ったほどやばい人じゃないかもしれないと、少しだけ警戒心が下がる。
僕はやや声のトーンを緩めて、他の参加者――大山祁さんについても説明をお願いした。
すると、またしてもクラーラさんは困った様子で眉間に皺を寄せた。
「大山祁大先生はですね……実は私もよくは分からないのですよ」
予想外の返答に、僕は驚きの声を上げる。
「え! この霊能力者会談の主催者ですし、能力とか皆さん知ってるんじゃないんですか? それに大麦さんが、大山祁さんは何でもできるとか言ってましたけど」
「確かに……大山祁大先生がいくつもの奇跡を起こしてきた、私などとは比べようもない絶対的な実力者であることは間違いありません。しかし……私にはあの方の能力の根源がいまだにわからないのです」
光輝く不毛の大地を撫でまわしながら、クラーラさんは虚空に険しい視線を向ける。そして僕のことなど忘れたように、ぶつぶつと小声で何かを呟き始めた。
「下級霊、などと言うことは間違いなくない。では上級霊……いや、神霊の類だろうか? しかしそれにしてはどこか……。まさか悪魔の力などと言うことはないだろうが、若しや冥界の扉を……いやいや、いくら何でも……」
時折聞こえてくる単語がかなり物騒というかぶっ飛んでいて、我知らず少し距離を取ってしまう。
そんな僕の動きに気づいたのか、クラーラさんは少し慌てた様子で口を閉じ、笑顔を差し向けてきた。
「おっと、少し思考に没頭してしまいました。まあ何といいますか、私には計り知れない力を持っている、大麦さんの言う通り『なんでもできるお方』だと考えてもらって間違いないでしょう。因みにですが、大山祁大先生の弟子である大麦さんの霊能力は降霊術です。死者を自身に降ろす有名な術ですが、実のところこれはかなりの霊力と精神力を持つ者にしかできない術でもあります。彼女自身もまた、私などとは比べ物にならない偉大な霊能力者だと言えるでしょう」
「降霊術ってそんなに凄い能力だったんですか。霊能力者と言ったら降霊術は使えるものかと思ってたんですけど、違うんですね」
まあ師匠が降霊術を行っている姿なんて見たことない。師匠が霊能力者のくくりに入っている時点で、このイメージは捨て去っておくべきだったように思う。
それに何より、どういうわけかこの会には美智雄さんという見るからに霊能力と無縁そうな人物も参加しているのだ。霊能力者のくくりが僕がイメージしているようなものでないことは明白ではないか。
せっかくだから、この後に行われる霊能力者会談についていけるよう、もう少し霊能力者について具体的なことを聞いておこうか。
そんな風に次は何を聞いてみようと思考を巡らせていると、不意にクラーラさんの視線が僕から外れた。そしてこれまで一度も見せてこなかった、嘲るような顔つきに変わった。
もしかしてまた新たな参加者がやってきたのか。それにしてもその表情は一体なんなのだろう?
彼の視線の先に目を向けようとするのと同時に、耳をつんざくかなぎり声が飛んできた。
「そこのあなた、今すぐその男から離れなさい!」
あまりの語気に身が竦むのを覚えつつ、僕は声の主へと振り返る。
予想通り新たな来訪者。それも女性の二人組だ。
一人は今警告(?)を飛ばしてきたと思われる中年の小柄な女性。やや昭和を彷彿とさせる短くまとめられた黒髪に、全体的に小さくまとまった目鼻立ち。美人とは言い難いが、年齢を感じさせない若々しさが保たれているように見える。服装もクラーラさんほど派手なものではなく、ややセンスが古めの赤いワンピースを着ている。ただ、彼女の顔は現在鬼の形相とでも呼ぶべき程険しくなっており、小さな目はこぼれんばかりに僕たちを凝視していた。
そしてもう一人は、その女性の背後に黒子の様に付き従っている、これまた小柄な女性。ただしこちらは非常に幼さが残る容貌で、僕よりも年下、高校生ぐらいに見えた。腰まで伸びるストレートの黒髪に、素顔を隠すかのような厚底の黒縁メガネを着けている。やや俯きがちなのも相まって、細かい顔の造形は分からない。だが、何となく美少女なのではないかと感じた。
僕が二人の観察を終えるとすぐ、中年の女性の方が再び舌鋒鋭く叫んできた。
「ホセ・クラーラ! 貴様、よくおめおめと私の前に姿を現せたな! この神聖なる会場においてまで貴様の顔を見なくてはならないとは……なぜ大山祁大先生程のお方が、貴様のような男をこの会談に呼んだのか、全く理解に苦しむわ!」
「そんなのは分かり切っていることでしょう。私もまた、大山祁大先生が認める優秀な霊能力者だからですよ」
穏やかな声は先ほどまでと変わらないながら、どことなく皮肉気な香りが漂っている。
一触即発の雰囲気を感じ取り、僕は二人の顔を交互に見回す。
するとクラーラさんが視線を中年女性に向けたまま、彼女らのことを紹介し始めた。
「恭一郎君。あそこで私を睨んでいるヒステリックなおばさんは、名前を宜保卑弥呼という、まあ昔はそこそこ実力のあった霊能力者です。今ではほとんど力を失い、霊を見ることができるただの小うるさい一般人へと変わり果ててしまいましたが」
「な、この狸爺が! 何をまた口から出まかせを!」
宜保さんは口から唾を飛ばしてクラーラさんに食って掛かる。しかしクラーラさんはまるで気にした様子もなく、その後ろに佇む女性の説明に移った。
「彼女の後ろにいる女性は、宜保とよさんと言います。そこのヒステリックおばさんの養女で、彼女同様霊と対話する力を持っています。力を失っているヒステリックおばさんに代わり、今ではとよさんがほとんどのご依頼に対応しています」
紹介されることが恥ずかしかったのか、宜保さん――だとかぶってしまうのでとよさん――は、より顔を俯けてヒステリックおばさんの背後に隠れた。
それにしても、宜保卑弥呼さんとは。ここにきてかなりの有名人の登場だ。
霊能力者について無知同然の僕でも顔と名前を知っている。最近こそやや見かけなくなったが、以前は頻繁にテレビの特番で見かけていた。日本を代表する霊能力者で、夏によくやる心霊番組では常連さん。霊についての解説役を担っていた。卑弥呼とは中々大それた名前を名乗っているなあと無意味に感心した記憶がある。
それから、とよさんに関してもどこか見覚えがある気がする。卑弥呼さんとは違って名前は全く聞き覚えがないけれど、彼女の顔。俯いているため確信は持てないが、テレビで何度か見たことがあるような。美少女だと感じたのも、以前見た彼女似の誰かを想起したためだと思われる。
もう少しじっくり顔を見てみたい。そう思いとよさんに近寄ろうとするも、卑弥呼さんがまた叫び出した。それも僕に向かって。
「あなた! その男に騙されてはいけませんよ! そいつは稀代の詐欺師です。言うこと為すこと全てに信念がなく、金儲けのことしか頭にない金の亡者。あなたはどのぐらいその詐欺師と話しましたか?」
唐突な質問に戸惑いつつ、僕はちょっとばかし記憶を辿る。
「えと、まだ数分だと思いますけど……」
「その数分の間にその男への印象はがらりと変わりませんでしたか? 最初はとにかく胡散臭く見えていたのに、今では多少なりとも気を許してはいませんか?」
「言われてみれば、最初ほどではないですね……」
クラーラさんを初めて見た瞬間は、それはもう何から何まで胡散臭く感じていた。けれど少し話した感じだと、こちらの質問にも嫌な顔一つせず真摯に答えてくれるし、言っていることにもそこまでおかしな話は含まれていなかった。
だから見た目ほどやばい人ではないなと、心を開きかけていたことは事実である。
卑弥呼さんは我が意を得たりといった感じで、大きく頷いた。
「そうでしょう。その男は持って生まれた胡散臭さを存分に活かし、ギャップから相手への信頼を得る技を習得しているのです。人は自身の直感を大切にする一方、直感だけに頼らず理性的に物事を判断しようと頭を働かせ対象を観察します。その結果下される理性的な判断が直感と異なっていた場合、人は理性的な判断に重きを置く。特に直感での評価が低ければ低いほど、そうした考えを抱いてしまった自分を恥じ、逆に相手の評価を高めてしまうのです。
いいですか。あなたのために改めて言っておきます。人生を棒に振りたくなければ、その男を決して信じてはいけません」