青木樹海の登場
髪は須藤さんと同じく茶色。しかしこちらは染めているのではなく元々その髪色なのだと分かるほど、違和感なく調和している。まつ毛がとても長く、伏し目がちなため瞳の色は分からない。ただ何となく、透き通った青色なんじゃないかと思えた。白磁のような肌は傷一つなく輝き、服から覗く手足もしみ一つなく美しい。体の隅から隅、その動きの一つ一つが洗練され、一言で云い表すなら地上に舞い降りた天使の様だった。
凛とした男の姿に僕が目を奪われている横で、須藤さんが「青木……」と呟く。見れば彼は拳を震わせ、仇敵を前にしたかのように天使さんを睨み付けていた。
どうやら須藤さんと天使さんはお知り合いらしい。それもあまり仲良くない方の。
天使さんは僕らのことなど眼中にないらしく、僕と須藤さんの間を通り抜けそのまま家の中に入っていく。
あまりにも自然な動きだったため、声をかける暇もなかった。
挨拶をしそびれたことに若干気を落とすも、隣にいる須藤さんを見て、どちらにしろ今挨拶するのは危険だったなと思い直す。
本音を言えばあまり彼と一緒にいたくはないが、いまだ顔が強張ったままの彼をおいていくのも忍びない。天使さん(青木さん?)とも知り合いの様だったし、少しばかり話を聞いてみようと声をかけた。
「あの、今の天使みたいな人とはお知り合いですか? 青木、とか呟いてましたけど」
僕の問いに対し、須藤さんは口元を歪ませ「あいつが天使? 随分気の利いた洒落じゃねえか」と吐き捨てた。
なんだかこの話題は凄く地雷臭がする。やっぱり聞くのやめようかと思い始めるも、須藤さんは勝手に天使さんについて話し始めてしまった。
「あいつは青木樹海。ふざけた名前だし、おそらく本名じゃねえ。だけど本人はそう名乗ってるからそう呼ぶしかねえんだが……あいつは俺たち宗教家にとっての天敵みたいなやつだ。ふらりと集会に現れては、訳の分からないいちゃもんをつけて信者を惑わし、そのままふらりと去っていく。あいつのせいでどれだけの宗教団体が潰されたことか。俺らのところもあいつが現れた場所ではごっそりと信者が抜けやがる」
「それって、別に悪いことじゃ……」
むしろ悪徳宗教団体から抜けさせてくれるのならいい人なのでは? と、そんな僕の思いは須藤さんにあっさりと見抜かれる。そして見抜いたうえで、須藤さんは「お前が考えてるほど生易しい話じゃねえぞ」と言ってきた。
「あいつが単に信者を抜けさせるなら、まあ別に大した話じゃない。うちみたいにちゃんとした宗教ならまた人は戻って来るからな。だがあいつは信者をただ抜けさせるわけじゃねえんだよ。あいつの影響を受けて宗教を抜けた奴は、次々と自殺したり事故に遭って死んじまうんだ」
「いや、それは偶然なんじゃあ……」
天使さん、もとい青木さんによって宗教を抜けさせられた人は死んでしまう。いくら何でも超能力とか飛び越えて都市伝説のように聞こえてしまう。
須藤さんは僕が信じていないのを見て、より拳を強く握る。いい加減爪が食い込み過ぎて血が出てきそうだから止めたいところだけど、そう言える雰囲気じゃないので黙っておく。
須藤さんは声を震わせ、血を吐くように否定の言葉を口にした。
「偶然なんかじゃない。どうせ信じてなんざもらえないだろうが、日本で起こってる事故・自殺の過半数の原因はあいつなんだよ。興信所や探偵にも調べさせたし、俺自身もあいつをストーキングして徹底的に調査したから間違いねえ。俺の姉貴だってあいつに会ったせいで……そうじゃなけりゃ誰が今こんな……」
ついに感情に抑えがきかなくなったのか、須藤さんは顔を俯けて黙り込む。
そんな彼の姿を見ていると、言っていることの全てがでたらめだとは思えなくなる。それに非能力者の僕でも、青木さんが普通の人とは違う特殊な人間であることは分かる。師匠や大山祁さんと同じく、どこか人間を超越した雰囲気。彼ならば、手を触れずに人を殺すことができても何ら不思議ではないように思えた。
ただ、彼が須藤さんの言うような、人を死に追いやる悪人には、やはり見えなかったのだけれど。
須藤さんは顔をごしごしと腕で拭ってから顔を上げる。それからやや赤くなった目を僕に向けて、「悪い。やっぱ一旦一人にさせてくれ」と言いふらふらとどこかへ歩いていった。
どうにも今回の会談、ただ話し合いをしてはい終わりとはならなそうな予感がしてくる。霊能力者が集まるだけでも個人的にはなんか危険な気がするのに。因縁ありきのメンバーが集まるなんて、やばさ百二十パーセントである。
僕はしばらくの間、雲行きの怪しくなってきた会談に思いを馳せた。すると後ろから唐突に、
「やはり青木君も来てしまいましたか」
と声が聞こえてきた。
ついさっきまでなかったはずの人の気配に、慌てて背後を振り返る。
後ろには、光り輝く不毛の大地を持った男の姿が。大山祁さんとは正反対とも言える、やや小太りな体をした背の低いおじさん。小太りな体を隠すように、首元に光り輝く宝石を拵えた純白のローブを着て全身を覆っている。正直、大山祁さんのような迫力は全然ない。代わりに、テレビに映る芸能人のような別種のオーラに溢れていた。
つい先ほど記憶から掘り起こした人物と完全に一致したその姿。
思わず口を半開きにしてその名前を呼ぶと、男は仏のような穏やかな笑みを浮かべ頷いた。
「おや、これは光栄なことですね。私のことを知っていてくださるとは。しかしせっかくですから、挨拶はしておきましょうか。
初めまして浅草恭一郎君。私は『奇跡の門』の現教祖、ホセ・クラーラです。これから末永く宜しくお願いしますね」




