須藤さんとの会話
わずか五分で疲れを感じ、僕は筋トレを止め部屋に戻ることにした。
今更ではあるが、師匠がどうしてあんな本を読んでいたのか、最近になって本を買い始めたのかが分かった。
師匠が買った本は、全てこの会談に参加する霊能力者たちが書いた、もしくは取り上げられた本だったのだろう。事前調査というほど大げさなものではないかもしれないが、同じく霊能力者の将来を語る仲間について、多少の知識は必要だと考えたのではないか。
美智雄さんが書いた『筋肉は世界を救う』以外で買った本といえば、『奇跡の門が教える人類の正しい歩み方』、『樹海に眠る精霊たち』、『あなたの背後にもいる、守護霊との対話法』とかそんな感じのだった気がする。
作者名を見れば今回の会談に集う参加者が分かるのではないか。この暇な時間を潰す方法を思いつき、やや気分よく家に戻る。扉を開け、中に入った瞬間、
「うおっと!」
「うわ、すいません!」
外に出ようとしていた人物と見事にぶつかった。
お互いに尻餅をつき、冷えた床の感触を味わう。
完全に僕の不注意だったため、慌てて謝罪の言葉を述べ、手を差し伸べた。
「すいません。ちょっと考えごとしてて前方不注意を」
「いや、俺の方こそ悪い。まさかここに一般人がいるとは思ってなかったんでな。ちょい油断した」
手を握り、一緒に立ち上がる。
ぶつかった相手は二十代前半くらいの男性。身長は百七十くらい。髪を茶髪に染め、耳には金色のイヤリングをつけている。少しちゃらめの大学生みたいな印象だ。
きっと彼も霊能力者なのだろう。この若さで呼ばれるとはかなり凄い人なのだろうか? それとも僕と同じで誰かの助手かな?
どちらにしろ、比較的年齢の近い参加者がいたことでちょっとだけ気分が楽になった。しかも彼は美智雄さんや師匠に比べればかなりまともな人に見える。ここは是非仲良くしておきたいところだ。
僕は彼の手を離すと、軽く自己紹介を試みた。
「えと、僕は浅草恭一郎って言います。師匠である深瀬一刀さんの助手として今日はやってきました。あなたは――」
「俺は須藤守平。ホセ・クラーラ様の助手として付き添わせてもらってんだ。まあお互い助手どうし仲良くしようぜ」
「はい、喜んで」
挨拶もとってもまとも。
ここに来てようやく人間と話せた気分になってくる。
だけどやっぱり、彼も僕のような一般人ではないのだろう。
ぶつかった際の須藤さんの言動を思い出し、尋ねてみる。
「ところで須藤さんも霊能力者ですよね? さっきぶつかった時、まさかここに一般人が、みたいなこと言ってましたし。一瞬で僕が霊能力者じゃないって見抜いたのは、須藤さんの霊能力と関係が?」
須藤さんは少し驚いた表情を浮かべて頷いた。
「恭一郎って結構抜け目ないんだな。ぶつかった直後に俺が何言ったか覚えてるなんて。まあ恭一郎の予想通り、俺も霊能力者でな。霊能力使えない恭一郎じゃ胡散臭く思えるだろうが、人が持つ霊力ってのを見ることができるんだ。そいつを利用してとある能力が使えるんだが、口で言うより見てもらった方が早いからな。ここで使う機会があった時のお楽しみってことにしといてくれ」
「は、はあ。分かりました」
師匠を始めとし、ここには自称霊能力者の方がたくさんいらっしゃる。霊力が見えるなどと言われても今更驚いたりはしない。むしろ今の言い方だと、他の霊能力者は霊力を見たりできないのかと不思議ですらある――美智雄さんは見れなそうだけど。
それより僕が驚いているのは、会ってすぐに僕のことを名字でなく名前で呼んできたこと。今時の若い人は積極的だなあと、場違いな感慨を抱いていた。
僕の反応が薄すぎたせいか、須藤さんはどこか物足りなそうな顔をしている。もしかしたらどんな霊能力を持っているのか積極的に聞かれると考えていたのかも。
少し悪いことをしたなと思いつつも、僕は話題を変えた。
「そう言えば須藤さんはどこに行こうとしてたんですか? 中にいるのが退屈になって散歩でも?」
「ん、まあそんなところだ。クラーラ様と二人っきりってのは結構疲れるからよ。ここは空気もうまいし、本格的に会談が始まるまで外の空気でも吸おうと思ってな。でもま、こうして俺同様暇を持て余している奴に会えたから、ちょっと予定変更だ」
なぜだか悪い笑みを浮かべ、じっと僕のことを見つめてくる。
ふと、記憶の中でいくつかの単語が線を結んで繋がり合う。ホセ・クラーラという名前。確か『奇跡の門が教える人類の正しい歩み方』の著者名だった。そして『奇跡の門』は時折テレビやネットで目にしたことがある。悪徳宗教団体として一部では有名で……。
改めて須藤さんの笑みを見つめる。なんだか、数秒前までより彼のことが悪人に見えてくるから不思議だ。いい話し相手が見つかったなどと喜んでいたが、彼からしたらいいカモが見つかったと考えてるかも。
及び腰になり、僕はじりじりと後退する。
だが須藤さんはそんな僕の動きをいち早く察し、がっちりと腕を掴んできた。
「どうせ恭一郎も暇してる口だろ。だったら俺の部屋来いよ。こうしてぶつかったのも何かの縁だし、クラーラ様にいろいろ相談させてやるよ」
「いや、ちょうど今用事を思い出して――」
「クラーラ様のお話をマンツーマンで聞ける機会なんて滅多にないんだぜ。信者によっては数千万って金を寄付してようやく会えるってぐらい貴重なことだ。霊能力もないのに霊能者の助手をやってるってことは、色々とわけがあるんだろ。クラーラ様ならきっと正しい道を示してくれる。ほら、善は急げだぜ」
「え、ちょ」
圧倒的な押しの強さ。善意で言っているというタイプはとにかく反論するのが難しくて、気の弱い人ならあっさりと押し負けてしまう。かくいう僕もこうした勧誘には慣れていないから断り方なんて分からなくて……あれ、これってまずい?
そんな風にピンチを感じた直後。
不意に僕と須藤さんの間を冷たい風が吹き抜けた。
勿論それはただの風。何もおかしなところなんてなかったはずなのだけれど、得体の知れない生命力(?)を感じ、僕と須藤さんはとっさに距離を取った。
僕からしてみればそれはちょっとした違和感。されど霊能力者である須藤さんにしてみれば、それはただの違和感ではなかったらしい。
険しい顔をして、風が吹いてきた方向を見つめる。僕も彼に釣られてそちらを見つめると、異様な静けさを漂わせた一人の男が立っていた。