美智雄さんとの会話
さて、大した時間つぶしもできず戻ってきてしまったわけだが、幸いにもすぐ暇になることはなかった。
というのも、僕が家の前に戻ると同時に、新たな参加者がやってきたからだ。
筋骨隆々。威風堂々。
そんな言葉を具現化したかの如き、筋肉溢れるがたいの良い男。全体的に彫が深く、『ザ・男の理想』と言わんばかりのオーラが溢れ出ている。
なぜかつい最近見たような気がするも、こんな濃い人に会った記憶はない。ではこの既視感は何だろうと、じっと男を観察してみる。するとこちらの視線に気づいた筋肉男は、両腕を広げ鍛え抜かれた上腕二頭筋を見せつけながら近づいてきた。
「やあ! 君も今回の会談に参加する霊能力者かい! 確かここでの会談に参加できるのは超有能な霊能力者だけだと聞いていたのだが、まさか君のような若者も参加しているとは! 相当優秀なのだろうね! ただ……うん。筋肉はまだまだ未熟の様だね。いくら強力な霊能力を使えるとは言っても、筋肉がなければいつか身を滅ぼしてしまうだろう。よし! 君には私からダンベルをプレゼントしよう。なーに遠慮することはない。これは同じ霊能力者としての友好の証だ。是非使って君の筋肉に呼びかけてくれたまへ」
僕の反応などお構いなし。筋肉男は一方的にそう話すと、背負っていたバカでかいリュックサックを地面に下し、中からダンベルを一つ取り出して見せた。
ちらりと中をのぞいてみると、他にも複数のダンベルや、筋トレ用のアイテムが入っている。
こんなものを持ちながら山を上がって来るなんて、一体どんな筋肉お化けなのか。本当にこんな筋肉ムキムキの人が霊能力者なのか。
そんな失礼なことを考えていた所、不意に僕はこの男をどこで見たのかを思い出し、声を上げた。
「も、もしかして、あなたはマッスル美智雄さんですか! あの、『筋肉は世界を救う』を書かれている!」
筋肉男――もといマッスル美智雄は、ダンベルを僕に渡してからファインティングポーズを取りつつ言った。
「いかにも! 私の名前はマッスル美智雄だ! まさか君が私の本を読んでくれている読者だったとはね! するとそのダンベルはもしかして不要だったかな? 今ちょうど絶賛筋トレ中で、これから私のようなマッスルボディに生まれ変わろうとしている最中だったかな?」
僕は慌てて手を振りながら、美智雄さんの言葉を否定する。
「あ、いえ、僕の知り合いがあなたの本を読んでいただけで、僕は読んだことはないんです」
「ふむ。それはすまない。早とちりしてしまったようだ。だが、それなら是非そのダンベルを使って今日から筋トレを始めてみてくれ。筋肉は万物に通ずるこの世で最も高貴な力だ。霊能力も当然筋肉と比例関係にある。必ずこのダンベルは君を高みに導くことだろう」
そう言って美智雄さんは新たにダンベルを取り出し(僕に渡してくれたのより五倍近く大きい)、その場で筋トレをし始めた。
これはまずい。このままだと有無を言わせぬ筋トレ地獄に巻き込まれてしまう。
本能的に危機を感じた僕は、話題を変えようと自己紹介を行うことにした。
「えと、僕の自己紹介がまだでしたね。僕は浅草恭一郎と言って、師匠――深瀬一刀さんの助手として今回の霊能力者会談に参加しに来ました。師匠や美智雄さんたちとは違って霊能力が一切使えない非能力者なんですけど、仲良くしていただけると嬉しいです」
美智雄さんは筋トレを続けながら、笑顔で頷く。
「勿論だ。私も実際霊能力者に会うのはこれが初めてのことだからね。むしろ霊能力を持っていない人の方が話しやすいさ。こちらこそ、是非仲良くしてほしい」
ダンベルを持っていない方の手を突き出し、握手を求められる。
僕の二倍以上あるごつい手を前に一瞬しりごむも、流石に拒否するわけにはいかない。
おずおずと手を出し、握手を交わした。
しかし――
「………………そのう、もうそろそろ離してもらえませんか?」
握手を交わして早三十秒。いまだ手は繋がれたまま。食材を吟味する料理人のような目つきで、美智雄さんは僕の手をにぎにぎし続けている。
集中し過ぎて僕の声が聞こえていないのか、手を放してくれる気配はない。どころかもう手だけにとどまらず腕まで触られ始めた。
カップラーメンが出来上がる時間が経った頃ようやくぼくの手(及び腕)を解放し、「ふうむ」と唸り声を一つ。
「素材は悪くいないと思うのだが。しかしこの筋肉のつき方、あまり触れたことがないタイプだな。いや、そもそも骨格から――」
今度はぶつぶつと診断結果について呟きだす美智雄さん。
なんだかこのまま彼と一緒にいることが怖くなった僕は、会談の舞台となる家を指さして言った。
「あの、いつまでもここで立ち話をしていてもあれですし、一度家の中に入りませんか? まずは大山祁さんに挨拶した方がいいと思いますし」
「む、それもそうだな。既に山頂まで付いたというのに、主催者への挨拶がまだだったか。では恭一郎君。また後でゆっくり話をしようではないか。君の筋肉について是非語り合いたいからね。それでは!」
リュックを軽々と持ち上げると、右手でダンベルを上下させながら颯爽と歩いて行く。
僕は彼の背を黙って見送った後、再び自分が手持無沙汰になったことに気づいた。そして手元に残されたダンベルを見て――筋トレを開始した。