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大山祁霊能力者会談  作者: 天草一樹
二日目
30/30

大山祁清明は信仰対象

「……まあ、可能性は零じゃないわね」

 にべもなく否定されるかと考えていたため、受け入れられたことに安堵し胸を撫でおろす。

 一方京子さんは何か思い当たることがあるらしく、僕の存在を忘れたようにぼそぼそと独り言を呟きだした。

「あの記者、降霊術で呼び出された時真っ先に、『霊能力は実在したのか』って口走った。いくらなんでも起こされた直後から戯言を吐くとは思えないし、あの言葉は真実な可能性が高い。だとすれば記者は霊能力以外で殺されていたことになる。だけど、霊能力以外で殺されていたのなら、それこそ霊能力が事実だったことにもっと驚きを見せていてもおかしくなかったはず。なのにそこまで驚いた様子を見せなかったのは、霊能力ではないけれど、それと同等な何か――例えばSFチックな道具で殺されていたなんて可能性も考えられる。でも、本当にそんなものが……いや、それを私たちが言うのは――」

「あのー、京子さん?」

「うん? ああ悪いわね。ちょっと没頭しちゃってた」

 一度思考を中断するためか軽く首を振り、それから改めて僕に視線を向けてくる。

「現状あなたの考えを完全に肯定はできないけれど、切り捨てるには危ない考えね。ねえ、他には何か気になることは言ってなかった? 具体的に誰がそう言う道具を持っていそうだとか」

 僕は慌てて記憶を掘り起こしていく。

「ええと、特に怪しんでいるのは大山祁さんと青木さん、それにクラーラさんって言ってた気がします。霊が見えるとかではない超常的な能力の使い手だから、そこに何かトリックがあるんじゃないかって」

「まあ妥当な推測ね。私みたいに霊が視えるだけの霊能力者に科学の力なんて必要ないだろうし。個人的には深瀬さんも怪しいと思うけど」

「師匠もですか?」

「ええ。AIを使えばいつかは未来予知も可能になる、なんて俗説聞いたことないかしら。勿論信じてるわけじゃないけど、可能性の一つとしては十分ありだと思うのよね」

「うむむ」

 未来を予知できるような機械を師匠が所持していて、それを使って依頼者へのアドバイスを行っていた? それは……ちょっと信じられない。

 そもそも師匠は霊能力云々関係なく人間離れしているお方だ。僕が師匠の下にいるのだってそれが理由なのだから。

 まあ師匠の存在自体がSF的な科学の賜物だとすればそれは納得だけれど、いくら何でもあり得ないだろう。超常的な力を持った人間を作るような科学技術が実現しているなんて話が飛躍し過ぎてるし、仮に実現していたとしても監視もされず自由に動けるとは思えない。

 だからさっき上げた三人が本命……いや、もう一人思い浮かぶか。

「おっと、まだお前らここにいたのか」

「あ、須藤さん」

 ちょうど思い浮かべていた人物――須藤守平が部屋に入ってくる。

 彼が現れると同時に京子さんが俯き、宜保とよへと姿を変えた。その変わり身の早さに感嘆しつつ、これは僕が対応しないといけない流れかと須藤さんに向き直った。

「須藤さんこそどうしたんですか? 何か忘れものでも?」

「いや、そういうわけじゃなくてな。ただじっとしてられなくて、ふらりふらりっとって感じだ」

「はあ。じっとしてられないって言うのは、やっぱり三浦さんの言葉のせいですか?」

「だな。ないとは思うがあいつの話が事実なら、清明様が蘇ったことになる。じっとなんてしてられねえよ」

「あ、そっちですか……」

 てっきり殺戮の嵐発言を気にしているのかと思ったら、そっちではなく清明の行方が気がかりだったらしい。

 自分たちの生死以上に気にかかるというのは、本当にどれだけ影響力のある人物なのか。降霊術中の話はかなり端折ったものだったし、ここは一度詳細を聞いておくべきなのではないかと感じ、せっかくならと尋ねてみることに。

「えーと、まだ少しよく分かってないんですけど、清明様が蘇ってたとしたらどんな問題があるんですか? というか、本当に蘇りが起きていると考えてるんですか?」

「本当にって言われると困るんだがな……。なんせ三流記者の話が元なわけだから。だけど――」

 顎に手を当てて思案し始める須藤さん。

 その傍らを、さりげなくとよさんが横切り、廊下に出ていく。

 どうやら清明についての話には興味がないらしい。

 須藤さんもとよさんのことをちらりと見ただけで、特に声をかけたりはしない。元より彼女に用があったわけでもないのだから、当然と言えば当然かもしれないが。

 二人だけになった部屋の中で、沈黙の時間がしばらく続く。手持無沙汰に祭壇に目を向けていると、考えがまとまった須藤さんが口を開いた。

「ぶっちゃけた話、一信九疑ってのが本音だな。改めて説明するけど、清明様ってのは、俺たち霊能力者が先輩霊能力者と話す際に真っ先に教えられる名前なんだよ。自分やあなたのルーツはこの人物で、ほぼ全ての霊能力は彼から始まったってな」

「成る程……。あれ、でも確か清明様が生まれたのは今から四百年前でしたよね? 起源とするにはちょっと新しすぎませんか?」

 超常的な力の起源がどこかは知らないけれど、それでも四百年より前な気がする。宜保さんが自分の名前に使用している卑弥呼なんかは日本最古の霊能力者(超能力者?)な気もするが、彼女の登場は二千年近く前だったはずだ。

 須藤さんは頭を掻きつつ、困った表情を浮かべた。

「まあなんつうか、ここら辺はそう教わったからとしか言えないんだがな。清明様は、現在に至るまでのありとあらゆる霊能力を使うことができたらしい。そしてその力をいくらかの人に託し、それが代々引き継がれてるってのが現状だ――と教えられてきた」

「じゃあ特に清明様の力を見たり体験したことはないんですね」

「まあ流石にな。当たり前だが故人なわけだし。でも先輩の霊能力者が口を揃えて言ってることだから、はっきり言って疑いもしたことなかったぜ」

「うーん、それだけ聞くとちょっと怪しく思えますけど」

「そこは霊能力者である俺らと、非霊能力者である恭一郎の差だろうな。俺らからすると、清明様の存在は俺らの存在を肯定してくれる神様に近しいところがあるからよ。俺含め、少し神経過敏な奴もいるって話だ」

「はあ……」

 要するに、宗教における信仰対象に近しい感じだろうか。

 ニュアンスとしてはやや異なる気もするが、これ以上ここを掘り下げても特に有意義な答えは得られそうにない。

 僕は、「それで、一信九疑って言うのは結局どういう意味で?」と軌道修正を図った。

「まあ要するに、清明様は蘇ってないと思ってる」

「おお、ぶっちゃけますね。それはやっぱり三浦さんの言葉が信じられないからですか?」

「いや、あの記者の言葉は関係ないな。これはお前のもう一つの質問の答えにもなるんだが、清明様が蘇ってたら、記者の死なんてちんけな事件一つで済むわけがない。これまでに類のないような地震や、急な台風、津波、噴火――それぐらいのことは起きて然るべきなんだよ」

「お、おお?」

「というか、それぐらいのことをあっさり起こしてくれるようでもなければ、蘇ってもらっても意味がない。記者が言っていたように、トリックだ詐術だと馬鹿にされて終わっちまうからな。……まあそれはそうと、今の霊能力者の状況的に清明様が復活しても不思議じゃないって気持ちもあるんで、一信九疑ってわけだ」

「成る程……」

 やはり、信仰対象という捉え方で間違っていないのかもしれない。

 いざ自分たちが本当にピンチになったとき、颯爽と現れて救い上げてくれる救世主。大山祁清明という人物は、霊能力者にとってまさしく神のような存在なのだろう。そして、自分たちが霊能力者という、それこそ人によっては神と同一視されるような存在であることから、清明に期待する力も御伽噺じみた怪物となってしまう。

 この考えはきっと僕以外の全員で共通しているもの。となると気にかかるのはただ一つ。

「なら須藤さんは、三浦さんを殺した人物がこの中に――」

「あ」

「え?」

 突如、須藤さんが祭壇を見つめたまま動きを止める。

 一体何を見つめているのか。目は真ん丸に見開かれ、口は「あ」と発した形のまま固まっている。

何が起きているか分からず、「須藤さん?」と呼びかける。しかし彼はピクリとも動かず、その場に立ち続ける。

 流石に様子がおかしいと思い、彼の肩に手を伸ばし――


 プシュ


 空気の抜けるような軽い音と共に、生温かい何かが僕の顔に飛んでくる。

「え……」

 顔に付いた何かを手の甲で拭う。生温かい何かの正体は――真っ赤な血。

 呆然とする僕の目の前で、再度、「プシュ」と気の抜ける音が連続して響く。

 何が起きたか分からないのは、須藤さんも同じ。首を動かし、真ん丸に見開いた彼の目が僕の瞳を捉える。

 お互い何か言いかけた次の瞬間、ひときわ高い音と共に、須藤さんの全身が裂き乱れ、血の雨が噴き出した。


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