未来のテクノロジー
殺戮の、嵐……。
比喩表現だとわかっているが、それにしてもあまりに物騒な言葉。
僕だけでなく他の人もこの発言には驚いたのか、彼への悪感情を忘れた様子で目を見開いていた。
これまでとは少し異なった、緊迫感漂う沈黙。
その沈黙を破ったのは、意外なことに深瀬師匠だった。
「記者――いや、三浦楠春さん。私からも一つ質問しても宜しいか」
「おっと、ここであなたからのご質問ですか。未来予知の深瀬さん。さっき質問していいのは浅草だけって言った手前、了承するのもあれですが、それを理解しての発言でしょうしねえ――まあ言うだけ言ってみてくださいな」
軽薄な口調に変わりはないものの、須藤さんに対するときに比べるとまだ丁寧な話し方。
大山祁さんほどではないにしても、師匠は人を超越した独特な雰囲気を醸し出している。外見は大麦さんなこともありいまいちわからないが、三浦さんも多少は緊張しているのかもしれない。
師匠は三浦さんの瞳をまっすぐ見つめ、静かに、端的な質問を口にした。
「聞きたいことは一つだけです。あなたは、自身が殺されたことに納得していますか?」
「っ……」
全く意図していない質問に、三浦さんは完全に虚を突かれたような、素直な驚きの色を浮かべる。
僕は束の間二人の顔を交互に見つめ、僅かに首を傾げた。
まるで死ぬ気のなかった人が、唐突に、それもあんな凄惨な殺され方をしたのだ。殺されたことに納得しているわけがない――と思うのだが、それにしては三浦さんの反応が少しおかしい。「あんたは突然殺されて納得なんてできるのか?」と、皮肉った言い回しで返してきそうなところなのに、明らかにどこか戸惑っている。
師匠は三浦さんがこの反応をするだろうことを見越して、今の質問をしたのだろうか? だとしたらそれは、師匠の霊能力と関係したものに……?
三浦さんが答えに窮していると、がくんと一度体が大きく揺らいだ。
ついに大麦さんの降霊術の効果が切れてきたようだ。
そんな中、三浦さんは額に手を当て、少し疲れた表情を浮かべながら小さく息を漏らした。
「そろそろ制限時間っぽいが……その質問には答えておいた方が、俺自身にとっていいことかもな」
独り言のようにそう呟いた後、三浦さんは僕らを見渡し、にっと口角を上げた。
「ああ、納得してるぜ。俺が殺されたってことには、十分な意義があった」
* * *
「正直、さっきまでより面倒な事になったわね」
大麦さんの降霊術の効果が切れ、三浦さんが天(?)に帰った後、誰もかれもが険しい表情を浮かべて部屋を出て行った。
三浦さんをその身に憑依させていた大麦さんも、かなり体力を使ったようで、「少し……休んできます」とふらりとどこかへ行ってしまった。
結果部屋に残されたのは僕と京子さんの二人だけ。
皆がいなくなったからか彼女は髪をかき上げ、宜保とよではなく天上院京子として話し出した。
「記者を殺したのが誰で、どんな方法だったのかも分からずじまい。殺された場所すら不明のまま。それどころかこれからも殺人が起きるとか、殺されたことに意義があったとか、むしろ謎を増やすような発言までしてくれて。単純に嫌がらせされただけなんじゃないの?」
「いやあ、流石にそんなことはないと思いますけど……」
「本当に断言できる? 途中本人が言ってたけど、あいつに私たちを助ける義理なんてないんだから。嘘八百を並べて私たちの反応を楽しんでただけだとしても何も驚かないけど」
あくまでも辛辣な京子さんに苦笑いを浮かべつつ、「でも、全部が全部嘘には思えませんでしたよ」と、三浦さんの態度を思い返し僕は言った。
「多少は楽しんでる雰囲気もありましたけど、僕や師匠の質問には真剣に答えていたように思えましたし。それに嘘八百というには、三浦さんの性格を考えると大人しすぎた感じもします」
「そうかしら。清明様の名前を出した時点で十分やり過ぎなくらいだと思うけれど」
「ああ、京子さんからしてもその名前はかなり大事なんですね……」
須藤さんの話から凄い人なのは何となく理解していたが、京子さんからしても同じ感想らしい。となると、三浦さんがどこまでそのことを理解して大山祁清明という名を告げたのかが気になるところだ。というか、どうして三浦さんがその名前を知っていたのかが最初の疑問になるだろうか。
そこまで考えたところで、ふと僕は彼とのある会話を思い出した。
「そういえば、三浦さんの『自分の死に意義があった』って発言の意味は、少しわかるかもしれません」
「どういうこと?」
残された祭壇を観察していた京子さんが、こちらを振り返る。
「昨日三浦さんから、どうして彼がこの集まりにやって来たかの理由を聞かせてもらったんです。それで三浦さんが言っていたのは、霊能力の『真実』を知るためだと」
「それって要するに、私たちがインチキだってことを暴きたいってだけの話じゃないの?」
「いえ、そうではなくて。三浦さんは、霊能力がSF――つまり未来のテクノロジーだと考えていたみたいなんです」
「未来のテクノロジー?」
京子さんが、まるで一般人が霊能力者を見るような目で僕のことを見つめてくる。
まあ訝しがるのも無理はない。
霊を視ることができる彼女からしたら、自分の力が科学技術の手助けをされていないことは自明なこと。何を的外れなことを考えているんだと思うのは当然だ。だけど霊能力者じゃない僕のような一般人からすれば、どっちもどっちなところである。
過去の三浦さんの話を思い出しながら、彼の目的を代弁していく。
「今の時代、世界中のほとんどの人が霊能力なんて信じていない。だけどその一方で、奇跡や超常現象を完全に否定する人もいない。その証拠に、クラーラさんが教祖をしている『奇跡の門』のような宗教団体に、たくさんの信者が在籍し、多額の寄付金を集めている。つまり超常的な力を持つ存在は、大きなビジネスになる」
「ビジネスになるのなら出資をする人もいるだろうし、なんなら宗教団体を立ち上げるために超常的な力を持つ教祖を作り出そうとするかもしれない。どうやって作るかと言えば、世間には秘密の新しいテクノロジーを開発しているのだ、みたいな話?」
「えと、その通りです」
「はん。くだらない与太話ね。あの記者はそんなくだらない目的のために、この大事な会談を邪魔しに来たってこと?」
「ま、まあ本人の発言を信じるならそうなります」
京子さんは肩をすくめ、だるそうに首を横に振った。
「それで、その話が事実として、どうして記者の死に意義があったことになるのよ」
「たぶんですけど、その目的を果たせたんじゃないかなって」
「目的を果たせたって……それどういう意味?」
ただ訝しんでいただけの瞳に、純粋な疑問の色が浮かび上がる。
僕は少し緊張しながら、考えていたことを告げた。
「三浦さんは、霊能力なんかじゃなくて、現代では実現不可能とされているような科学の力で殺された。少なくとも彼自身がそう思えるような何かを見たんじゃないでしょうか」