大山祁清明
三浦さんの口から発された犯人の名前。一瞬はこの家の主である大山祁さんかと思ったが、名前が微妙に違っていた。
大山祁黎明、ではなく、大山祁清明。
まさかこの場面で名前を間違えるとは思えない。ふざけているのかとも思ったが、周りの反応を見てみると、適当な名前だったわけではないらしい。特にクラーラさんや卑弥呼さんは、ひどく驚いた表情を浮かべていた。
誰かに聞きたい思いが強くなるものの、ここは雰囲気的に駄目だとわかる。
取り敢えず三浦さんの話を聞こうと、彼の言葉の続きを待った。
しかし――
「……」
にやにやとした笑みを浮かべるばかりで一向に口を開こうとしない。
そんな彼の態度にしびれを切らした須藤さんが、苛立たし気に続きを促した。
「それで、どういうことなんだよ」
「どういうことってのは? お前らが聞きたがってた犯人の名前はしっかり教えたぜ。これで十分だろ」
「十分なわけねえだろ! ここでその名前を出すなんて、お前の狙いはいったい何なんだよ!」
へらへらとした三浦さんの態度に、須藤さんが声を荒げて怒鳴りつける。だがすぐに怒鳴っても意味がないと察したのか、軽く息を整えると、冷静に再度問いかけた。
「お前だって、俺たちがその名前を聞いて満足するとは思ってないだろ。もしおちょくってるなら次は真面目に答えてくれ。おちょくってるわけじゃないって言うなら、俺たちにも分かるように説明してくれ。既に死んでるはずの清明様がどうして、どうやってお前を殺したのかをな」
「いやいや、おちょっくてるわけじゃなくて事実だぜ。動機はおそらく霊能力者の復権のため。殺害法は、俺にも分からん」
「だから俺はそんな言葉を聞きたいんじゃ――」
あくまでもおちゃらけた態度を崩さない三浦さんに、再び須藤さんのボルテージが上がっていく。
しかし僕はそんな二人のやり取りよりも、須藤さんがさらりと放った一言に意識を持っていかれていた。
大山祁清明は実在の人物だが、既に死んでいる。確かにそれが事実だとしたら、驚くのも無理はない……こともないのではないか?
ここにいる皆は霊能力者。人が死んだら霊になることを知っているわけで、場合によっては霊が人を殺すことだってあると考えていてもおかしくはない気がする。
となるとやっぱり、大山祁清明という人物自体に問題があるのか。いや、そうじゃなくても故人の名前を出されればやはり簡単には納得できない気も……。
二人のやり取りをよそに一人首をひねる。すると不意に、三浦さんと僕の視線が交差した。それと同時に彼のおちゃらけた表情が僅かに崩れ、どこか同情するかのようなまなざしへと変わっていった。
「と、そういやこの中には一人だけ非霊能力者がいたな。おい、さっきから突っかかってくる霊能力者さんよ。彼のためにも大山祁清明について説明してやってくれ」
「な、今はそんなことに時間を使ってる余裕は――」
「説明してくれなきゃ俺はこれ以上何も話さない。だが説明してくれるなら、さらに追加で一つ質問に答えてやるよ」
「いや何を勝手にお前が決めてんだよ! 立場分かってんのか!?」
「立場ねえ……。てか、こんなくだらない言い争いの方が時間の無駄だろ。憑依してる俺の感覚としては、どんなに粘ってもあと十分しないで俺はこの女の体から出ちまうぞ」
「だ、だったらなおさら……」
「もういい守平君。腹立たしいことは間違いないが、彼の言う通りここで言い争っている時間の方が勿体ない。清明様について簡単に説明してあげなさい」
「……承知しました」
クラーラさんの説得を受け、須藤さんは不平そうに一度きつく三浦さんを睨みつける。そしてその苛立ちを保ったまま、僕に視線を移した。
あからさまに邪魔者扱いされている気がするが、これに関しては僕に非は無い……はず。参加するなとは言われなかったし、こんな風に質問の時間を削ってしまうことになるなんて予想外だ。
しかしだからと言って、逆恨みするなと文句を言えるはずもなく。僕は須藤さんに睨まれながら大山祁清明についての話を聞くことになった。
「んじゃ恭一郎。サクッと説明するが、大山祁清明様は大山祁黎明様の御先祖。約四百年前にこの世に生を受けた、大山祁家最初の霊能力者だと言われる人物だ」
「始祖の霊能力者ってことですか? それって――」
「悪いが質問は後にしてくれ。今はさっさと説明を済ませたい」
「あ、はい……」
質問を封じられ、僕は自分の口にチャックをする。
須藤さんは、早口で大山祁清明についての話を再開した。
「大山祁家は黎明様を含め皆尋常でない霊能力をもって生まれる。幼少期から誰もかれもが多くの奇跡を起こし、数多の逸話を残している。だが中でも初代である清明様の霊能力は次元が違うものであり、今でも伝説として語り継がれる逸話がいくつもある。ここではその逸話の中身については関係ないから割愛する。
重要なのは、清明様が日ごろから言っていたとされるある言葉だ。それは、『私は未来を変えるためにやってきた』というもの。さらに死ぬ間際に残した、『未来の分岐が悪い方に決定づけられた時、私は再びこの世に現れ、世界を正しい道に導くだろう』って言葉だ。
そして今年。この会談で語られたように霊能力者は窮地に立たされている。場合によっては科学によって完全にその地位を駆逐され、世界から霊能力は消滅するかもしれない――そんな大きな分岐の只中にあるんだ」
そこで一度言葉を切ると、須藤さんは三浦さんへと視線を移した。
「そしてそんなやばい状況下において、この男は自分を殺した犯人が大山祁清明だと口にした。それが俺たち霊能力者にとってどれほど大きな意味を持つのか、ここまで言えば十分伝わるよな。もし本当に清明様が復活したんだってなら、それは俺たちにとって何より大事な話だ。一方でそれが嘘だって言うんなら、俺たち霊能力者をとことん馬鹿にした最低の行いってことになる。
おい三流記者。お前本気で、何が目的だ。本当に清明様が蘇って、お前を殺害したのか!」
最後は力強く床を拳で叩き、三浦さんを威嚇する。
もはや僕のことなど眼中にないといった様子の須藤さん。
けれどそんな彼の気持ちも、今の話を聞いた後であればわからなくはない。三浦さんの発言が事実か嘘かによって、彼ら霊能力者の今後の行動に大きな変化をもたらすのだから。
でも、僕としては今一番気になるのは……。
怒鳴りつけられた三浦さんは、相も変わらず余裕の笑みを絶やさない。まあ既に死んでいる以上、今更恐れることなんて何もないのだから当然かもしれないが。
「さて、そっちが約束守ってくれたんだし、俺も約束を守らなくちゃな」
「そうだ。今の俺の問いに――」
「ただし、質問するのは浅草だ。それ以外の奴の質問には答えるつもりはない」
「てめえ! 嫌がらせも大概にしろ! こっちはガチで尋ねてるんだよ!」
またも須藤さんが床を拳で叩く。叩く瞬間、三浦さんだけでなく僕の方も睨んでいた気がしたが……たぶん気のせいじゃないんだろうなあ。
できれば余計なことは言わないでほしいと思いつつ、三浦さんを見る。そんな僕の非難めいた視線をどう勘違いしたのか、彼は笑顔で手を振り返してきた。
それからふと真剣な顔つきになり、ぐるりと周りを見回した。
「言っておくが、俺にはお前らを手助けする義理なんてない。むしろ俺が死んだのは、お前ら霊能力者のせいだ。本音を言えば報復してやりたいぐらいだな」
「……だからこんな嫌がらせをしてると」
「別に嫌がらせのつもりはねえよ。わざわざ霊能力使ってもう一度現世まで呼び戻してくれたんだ。だからちゃんと最初の質問には答えただろ? それ以上答えてやるのはサービスし過ぎかと思って口を噤もうとしただけだ。ただ、浅草だけは巻き込まれてここにいるようなもんだからな。そいつにだけはもう一つぐらいサービスしてやろうと思っただけの話だよ」
「ああ、そういう理由で僕なのか……」
霊能力者である師匠のお付としてきたものの、霊能力について知っていることはほとんどない。この会談のことだって必要最低限しか知らされていなかった。そういう意味では確かに、巻き込まれただけと言えなくもないのかもしれない。
でも、師匠に付いて行ってるのは僕の意思なわけで、ただ巻き込まれただけというのはやはり過言な気もするけれど。
そう一人うだうだ悩んでいた僕は、ふと全員の視線が僕に向いていることに気付いた。
一体なんだと困惑したのも束の間、僕が三浦さんにどんな質問をするのか待っているのだと察する。
須藤さんやクラーラさん、卑弥呼さんからは清明様の件について具体的に聞けと言った感じの圧をひしひしと感じる。
師匠や青木さん、黎明さんからは無関心な視線。
美智雄さんととよさん――もとい京子さんからは、何かを期待するような視線が飛んできていた。
正直こんな状況下で質問するとかご免被りたい。何を質問しても後で文句を言われる気がするから。
でも……これは間違いなくチャンス。ここで質問しないという選択肢はないように思えた。
三浦さんが大麦さんの体に憑依してられる時間も残りわずかなはず。
僕は素早く頭の中を整理すると、一つ、これは聞いておきたいという質問を選び出した。
「じゃあ三浦さん、質問してもいいですか?」
「ああ、構わないぜ」
もはやすっかりなじんだのか、大麦さんの体であることを忘れて片膝座りをしている。巫女装束ゆえに下着が見えたりはしなさそうだが……と、流石にこれは今どうでもいい。
僕は軽く深呼吸して緊張を抑えてから、口を開いた。
「これは三浦さんにも答えられない質問かもしれないので、もし分からないならはっきりそう言って下さい。三浦さんを殺した犯人が清明さんなのかどうかはこの際おいておきます。それよりも、三浦さんを殺したその犯人は、まだ誰かを殺す気でいると思いますか?」
僕が一番聞きたかった質問。
清明さんの蘇り問題や、霊能力者の今後に関することではなく、今、僕たちはどんな状況に置かれているのかということ。
京子さんは三浦さん殺害の動機を霊能力者に対する挑戦だと言っていた。仮にそれが事実だったとして、犯人からの挑戦はこれで終わりなのか。それとも、これが始まりなのか。
そんなことは犯人にしか分からないかもしれない。でも、今の三浦さんの態度。これから起きることについてもある程度のことを知っているのではないかという気がして、この質問を選択した。
分からない。そう答えられるのを予想しつつ、三浦さんの答えを待つ。
彼は数秒真剣な表情を浮かべた後、うっすら口元に笑みを湛え、言った。
「思う。これからこの山では、殺戮の嵐が吹き荒れるな」