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大山祁霊能力者会談  作者: 天草一樹
二日目
27/30

降霊術と犯人の名前

 十分に崖を調べた僕らは、家に戻ることにした。

 道中、京子さんが言っていた言葉を何度も頭の中で反芻しては、結局何も思い浮かばず首を傾げる。

 犯人の目的や三浦さんの計画なんかも気になるけれど、一番は大山祁さんの能力について。現状一度もその力を体験していない僕と美智雄さんはともかく、他の人は大山祁さんの力を心底信じている。だからこそ皆この集まりにきていると思っていたし、事実ほとんどの人がそのはずだ。

 でも、この中には大山祁さんの力を――今の大山祁さんの力を疑っている人がいる。

 表面上はそんな素振りを見せる人はいないようだけど、内心では……。

「……はあ、しんど」

 誰をも疑わないといけない状況というのは、とにかく疲れる。そう、誰をも疑うべき状況なのは本当に……。

 僕はちらりと隣を歩く京子さんに目を向けた。

 彼女の言葉がどこまで正しいのか、まずはそこから慎重に判断する必要がある。

 彼女曰く十年前から大山祁さんはまともに霊能力を使っていないらしい。だけど大麦さんが彼と出会ったのは三年前だったはずだ。大麦さんが大山祁さんに心酔しているのは間違いなさそうだから、出会ってから今に至るまでに大山祁さんの霊能力を見ているのも間違いないはず。つまり大山祁さんは霊能力を少なくとも三年前までは失っておらず、普段から使っていたと考えられる。

 ここの矛盾はどう説明できるのか。単に京子さんの情報網不足で、大山祁さんが霊能力を使ったという話を入手できていないだけなのか。それとも大麦さんに見せる以外で霊能力を行使しなかったということなのか。

 今ここで京子さんに聞いてみるのもありだが、情報源が偏るのもよくない気がする。四年前の会談にも参加しているクラーラさんや卑弥呼さんにも話を聞いてみて、大山祁さんが最近霊能力を使っていないのかどうか聞くのが最善ではなかろうか。

 そんなわけで、帰りは特に何かを話すこともなく家に戻ってきた。

「それじゃ、また何か進展があったらよろしく」

 玄関の前にて、京子さんは眼鏡をかけ、髪が少し前にかかる程度に俯いた。これでびっくりするぐらい雰囲気が変わる。

 あっという間に京子さんからとよさんへとチェンジした彼女は、軽く頭を下げるとそそくさと家の中に消えていった。

 何とはなしに、ちょっと時間をおいてから僕も家に上がる。

 早速クラーラさんか卑弥呼さんに質問してこようかと足を向ける。だけどちょっと立ち止まった後、今度でいいかと考え直した。

 あと一、二時間もすれば大麦さんによる降霊会が始まる。京子さんとの会話的に、降霊術が成功したとしてもそれで犯人が分かる可能性はかなり低いようだ。けれどうまく質問をすれば、一気に犯人に近づくヒントを得られることになるとも思う。

 果たして僕に質問のチャンスが訪れるのかは微妙だけれど、せっかくだから有効な質問を考えておきたい。残りの時間は部屋でじっくり質問を練ろうと思い、僕は師匠のいる自室に戻っていった。



  *  *  *



 時刻は午後七時。

 予定通り準備ができたらしく、大麦さんから招集がかけられた。

 場所はもともと三浦さんが使っていた部屋。窓の真下には祭壇みたいなものが建てられており、その前には巫女装束を着た大麦さんが座っている。また祭壇上には三浦さんが身に着けていたと思われる衣服が一着、畳まれて置かれていた。

 僕らは大麦さんを中心に扇状に座り込む。全員が部屋に入ったのを確認すると、大麦さんは祭壇に向き直り、静々と頭を下げた。

 電気のない一室。祭壇に並べられている蠟燭の光と、窓から微かに注ぎ込む月明りだけがほんのりと部屋を照らし出す。

 祭壇の効果なのか、絶妙な光源のせいなのか、部屋全体が神秘的な輝きに満ち溢れているように見えた。

 降霊術。師匠は信じているようだったけど、僕としては本当にできるかどうか疑問だった。でも、今なら確信してしまう。彼女なら、大麦さんなら降霊術を絶対に成功させると。

 第六感なんて言うと嘘くさい。本能という言葉なら少しは近づくか。いずれにしろ、理屈ではない何かが訴えかけてくる。これから科学では説明できないような、不可思議なことが起こると。そう思わせるだけの力が、この場に確かに存在していると。

 ごくりと生唾を飲み込む僕らの前で、大麦さんは掌を合わせ何かを呟き始めた。

 それはひどく小さい声ではあるけれど、部屋が静謐であるがゆえに耳にわずかに届いてくる。

 言葉の意味は分からない。おそらくこちらではなくあちらで使われる言語なのだろう。

 長く聞いていると今自分がどこにいるのか、そもそも自分が何なのか分からなくなりそうな、そんな不思議な言葉の羅列。

 眠気とは一味違う、ぼんやりとした気分に陥った時――唐突に大麦さんの体が祭壇にもたれかかった。

 何が起きたのかと驚き、ぼやけていた意識が一気に覚醒する。と、次の瞬間には彼女は姿勢を立て直し、それから寝違えを治すかのように、首に手を当てポキポキと首を鳴らした。

 それは普段の彼女のイメージとはまるで違う動き。まるで男のような、荒々しさを感じさせるものだった。

 その突然の変化に違和感を覚えたのも束の間、続いて発されたその声に、僕は我が耳を疑った。

「あー、なんか気分悪う。つうかここどこだ?」

 体全体を回転させ、大麦さんが僕らへと振り向く。いや、それは大麦さんではないのだろう。どこか人を小馬鹿にしたような薄笑いに、鷹を彷彿とさせるような鋭い瞳。

 顔は間違いなく大麦さんのものではあるけれど、この表情は明らかに彼女のものではない。加えて今しがた彼女が発した声。

 疑う余地もない。僕は大麦さんの降霊術が成功したことを理解した。

 僕らを視界にとらえた大麦さん――もとい三浦さんは、一瞬驚いた様子で目を見開いた。しかしすぐさま部屋全体へと視線を移し、さらに自分の体に視線を向けた後――楽しげに顎を撫でながら、「へえ、霊能力って実在したのか」と憎たらしい笑みを浮かべてみせた。

「……霊能力を否定していた割には、今の状況を理解できてるんだな」

 困惑もせず、暴れだす様子もない三浦さんの姿を見て、須藤さんが皮肉気に声をかける。

 三浦さんはおどけた様子で両手を上げた。

「そりゃまあなあ。俺の直前の記憶はここじゃなかったし、この体は明らかに俺の体じゃねえからな。いわゆる降霊術ってやつで俺の魂だか心だかを呼び戻したってところだろ。ここに至りゃあさすがの俺も霊能力を信じますとも」

「ようやく信じてもらえたようで嬉しいが、こっちとしては今あんたに聞きたいことがいっぱいあってな。あんまり時間かけると大麦さんの負担になるし、手短に質問させてもらうぜ」

「構わないとも。それ以外に俺のやれることなんてないしな」

 ぴょいぴょいと口笛を吹き、死んだとは思えない明るい素振りで応じる三浦さん。

 あまりにおちゃらけた態度ゆえに、もしかして今を夢だと勘違いしてるんじゃないかって思えてくる。もしそうだとすると、これからの質問に対してもまともな受け答えをしてくれない気がするけれど……須藤さんの言う通りあまり時間はない。たぶん。

 よくは分からないが、死者の魂をその身に宿す降霊術。ノーリスクで使えるほど安易なものではないだろう。

 三浦さんがふざけず正直に話してくれることを祈りつつ、僕は彼らのやり取りを見守ることにした。

 須藤さんは隣に座るクラーラさんに目を向ける。その視線を受けたクラーラさんは鷹揚に頷くと、早速一番重要な問いを投げかけた。

「もうお察しかもしれませんが、私たちがあなたをこの世に呼び戻した理由は一つです。というのも、あなたを殺害した者が誰か、今もって不明なままなのです。霊能者を取材していたあなたなら分かると思いますが、私たちはできるだけ警察の手を借りずに事件を解決したいと思っています。そこで他でもない、被害者であるあなた自身に、犯人が誰かを聞こうと思い、こうして呼び戻させてもらいました。

 それで、あなたはご自身を殺害した犯人を覚えておりますか?」

 場の緊張感が一気に高まるのを感じる。

 張り詰めた空気の中、当の三浦さんは特に動じた様子もなく、下手な口笛を鳴らしながらしばし彼方を見つめる。それから不意に口笛をやめると、三日月形に口を歪め、ある人物にすらりとした指を向けた。

 皆の視線がその指の差す人物へと向かう中、三浦さんはゆっくりと、犯人の名を告げた。

「俺を殺した犯人は、大山祁――」

 指を向けられ、名前を呼ばれたのは、この会談の主催者。

 周りがざわつき始める中、瞼を閉じてじっと坐したままの主。

 僕はどこかやはりという思いを抱きつつ、嫌悪に満ちた視線を彼に向ける。けれど、僕の意識は、三浦さんの次なる一言によってあっさり霧散してしまった。

「大山祁――清明だ」

 ………………誰だ、それ?


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