挑戦
「えと、全然、分かんないんですか?」
「そりゃ分かんないわよ。あんなところに生首付きの枝を刺す方法も、わざわざ刺す理由も」
「まあ、それはそうですよね……」
「でも、意味わかんないってのが分かったのは十分にプラスね。犯人の目的についてはなんとなくだけど分かってきたわ」
「え! それ本当ですか!」
思いがけない京子さんの発言に驚き、僕は目を瞬かせた。
京子さんは服についた汚れを払いながら、「まあね」と頷く。しかしすぐに分かったことについては話さず、話題を変えてきた。
「そういえばさっき答えそびれたけど、あなたは私が本当に記者が生きていると断定できたのか疑ってたわよね。例によって信じてもらえる根拠は示せないけど、あの時死んでないと判断したことに偽りはないわ」
犯人の目的が何なのか聞きたい気持ちをこらえ、理由を尋ねる。
「三浦さんの霊が見えなかったからですか?」
「ううん、そうじゃない。私の目はね、ただ霊が視えるだけじゃなくて、死者と生者を見分けられるのよ。そしてあの時、私の目は記者の姿を生者として捉えていた」
「それが事実なら生きてたことは疑いがないんでしょうけど……。何かの条件で見間違えたりってことは絶対にないんですか?」
僕の疑うような質問に対して、京子さんは特に苛立つ様子もなく首を横に振る。
「悪いけど、見間違えたりするようなものじゃないのよ。言えば言うほど胡散臭くなるから多くは語らないけど、所謂オーラ的なものが死者からは完全に消えるのよね。逆に生きている場合は必ずオーラが見える。断言していいわ。あの時、崖下にいた記者は確実に生きていたと」
自信満々なのはいつも通りだけれど、それはともかく今の彼女が嘘をついているようには見えない。
ここで疑っていても始まらないかと思い、僕は素直に信じることにした。
「……分かりました、信じます。それで、そのことと犯人の目的は何か関係性があるんですか?」
「あら、分からない? 崖下の時点で記者が生きていることが事実だとすれば、すぐに思い浮かぶことだと思うんだけど」
「三浦さんが死んでいなかったことと殺人犯の目的の関連性……?」
僕の頭が悪いのか、彼女の推理力が高いのかは分からないが、全然何も思い浮かばない。
ちょこっと思案した後、僕は両手を挙げて降参の意を示した。
「ちょっとよく分かんないです。教えてもらってもいいですか?」
「仕方ないわね。なら簡潔に説明するわ」
長く艶のある黒髪を風になびかせながら、京子さんは崖下を指でさした。
「もし朝の時点で記者が生きてた場合、その記者の目的は私たちが慌てふためくさまを見るためでしょう」
「確かに、その可能性は高いですよね」
「で、そんな慌てふためく姿を、彼が録画・録音しないはずもない」
「それも、そうだと思います」
「だけどここら一帯には録画・録音できる機械は全く見当たらなかった」
崖下から周囲の大地に目を転じ、京子さんは言う。
初耳情報にちょっと驚いて、「それ、本当ですか?」と僕は聞き返した。
「ええ、嘘じゃないわよ。ていうかもしかして知らないの? 死んだふりしてる記者を最初に発見したのは私よ。一目見て死んだふりしてるのは分かったから、たぶん周りにカメラでも仕掛けてあるんだろうと思ってここら一帯調べたわけ」
「そうだったんですか……って、じゃあ生きてるの知ってて他の人たちも呼んだんですか?」
「そうよ。周囲にカメラが仕掛けられてない以上、誰か撮影係がいると思ったから。それが誰か知ろうと思ってね」
「撮影係!? 僕たちの中に三浦さんの協力者がいるってことですか!」
「そりゃそうでしょ。記者に仲間がいなかったら、そもそもこの会談に参加できてるわけないんだから」
「そういえばそうでしたね……」
すっかり忘れていたけれど、三浦さんはこの会談に呼ばれてきた人ではなかった。
そんな彼がこの会談場所までやってこれた時点で、僕たちの中に彼の協力者がいることはほぼ間違いない。それが誰かなんてまるで気にしていなかったけれど、京子さんは死体(仮)発見を機に、その人物の特定をしようとしたわけだ。
「それで、誰が三浦さんの協力者なのか分かったんですか?」
「残念ながら分からなかったわ」
京子さんはあっさりと首を横に振る。
「動画を撮影している素振りの人なんて全然いなかった。服とかにカメラがついてたりしないかとも思って、ちらちら皆の服とかも確認してたけど完全に空振り。おそらくその協力者こそが記者を殺した犯人でもあるんでしょうね。もとから撮影なんてするつもりなかったから、そこでは発見できなかった」
「殺す気でいたならそりゃ撮影もしませんか。でもその協力者はなんで三浦さんを殺したんですかね? わざわざ呼んでおいて殺すなんて矛盾してませんか?」
「それに関しては殺すために呼んだとも考えられるけど。あなたも知っての通り、霊能力者が集まった場所で起きた事件では、警察が呼ばれないことがほとんど。そして犯人にとっては、霊能捜査よりも科学捜査のほうが恐ろしかった」
「なるほど……」
「でも今回に関しては違うわね」
「え、違うんですか?」
警察を呼ばれない場所での殺人。なかなかに筋が通っているように思えて、僕としては納得してしまいかけたけれど。
京子さんは家の方に目を向け頷いた。
「理由は殺害方法よ。いくら何でも手間をかけすぎてる上に、かなり挑発的。怨恨が理由だとすれば死体をバラバラにするのはギリ理解できるけど、死体を瞑想の間に運んだことに説明がつかない。それに、一見不可能犯罪にしてるのも意味不明。
つまり犯人の目的は記者の殺害じゃない、って結論付けられるわ。となれば、残す可能性なんてほぼ一つでしょ」
「えと、つまり?」
いまいち察しの良くない僕に対し呆れた視線を寄こしつつも、文句は言わずあっさり答えを言ってくれた。
「挑戦よ。挑戦。私たち霊能力者を試しに来てるのよ。本物の霊能力者なら、これぐらいの事件解決して見せろってね」
「そんな……」
そんなことのために三浦さんは殺されたのか? もしそれが事実だとすれば、あまりにもやりきれない。
大体そんなことをしていったい何になるというのか。こんな山奥で起きた殺人事件。世間一般の人は気づきすらしないだろうから、事件解決の有無にかかわらず、霊能力者の地位が変化することなんてないはずだ。いや、この事件が仮にネットを通じて全世界に伝えられたとしても、それは変わらない。そんなことはここに集まっている誰もが、僕以上に理解していることのはず。
それにも関わらず、なぜ? どうして?
まだ見ぬ犯人に対し、ふつふつと怒りがこみあげてくるのを感じる。
改めて犯人を見つけ出したいという思いを強くした僕は、疑問に思ったことを京子さんに尋ねてみた。
「犯人の目的が挑発だとすると、その人は大山祁さんの霊能力を信じていないってことになりませんか? この会談に集まった人の中で、そんなことを考えてる人がいるんですか?」
どんな経緯かは分からないが、師匠を始めとしてここにいる全員(僕と美智雄さんを除く)が大山祁さんの力を信じているように見える。おそらく皆、大山祁さんの霊能力の凄さを体験したことがあるということだろう。
そうでもなければ、ここまで心酔するとは思えない。
しかしそうすると、今回の犯人の目的とはそぐわない気がしてしまう。
それこそ彼のことを信じ切れていない僕と美智雄さんだけはこの条件には当てはまらない気がするが……うぬ、この考え方でも美智雄さんが怪しくなってしまうのか。
僕が勝手に悶えていると、京子さんが暑さを緩和するため手で軽く顔を扇ぎながら言った。
「大山祁さんの霊能力を信じてない人はいないと思うわよ。私も実際に彼が霊能力でしか説明できないような奇跡を見せてもらったことがあるし。それは他の霊能力者もみんな同じだと思う」
「やっぱり……でもそすると美智雄さんが――」
ああ、やはり美智雄さんが犯人なのだろうか?
なんとなく絶望した気持ちで天を仰いでいると、京子さんは驚きの発言をかましてきた。
「ただ、その霊能力を見せてもらったのはずっと昔の話。ここ十年、彼が霊能力を使ったという話はほとんど聞いたことはないわ」
「え! それって!」
京子さんはどこか遠くを見つめながら、はっきりと頷いた。
「今の大山祁さんは、もう霊能力が使えない可能性がある。少なくとも犯人はそう思っているんでしょうね」
就職やら引っ越しやらのせいで最近あまり執筆できていなかったこともあり、完全に文章の書き方が行方不明です。ああ、本来なら四月はいる前に完結させる予定だったのに……引っ越しはいろいろ面倒だ。
と、言い訳してても始まらないのでとにかく書きます。正直ミステリとして中途半端な作品になると思いますので、期待値低めでお付き合いくださると幸いです。