動機は怨恨?
中央にこんもり積もったパーツの数々。
当然というべきか、血の香りも最も濃く、いるだけで意識がくらくらしそうになる。
けれど京子さんはまるで匂いを感じていないかのように死体を見下ろすと、先の質問に答え始めた。
「まず結論から言うけど、この場に三浦って記者の霊はいないから犯人は特定できないわ」
髪を耳にかけ、つぶさに各パーツに視線を送る。
僕も彼女に負けじとパーツに目を向けながら聞き返す。
「霊がいないってことは、もう成仏したってことですか?」
「さあ、それは分かんない。私の知る限り霊は死んだ場所に留まってるか、もうこの世界にはいないかのどっちか。だから考えられることとしては、純粋に消えたか消されたか、もしくは殺された場所がここじゃないかのどれかでしょうね」
京子さんは髪に血がつかないよう手で持ち上げながら、顔を床すれすれまで近づける。それから空いているほうの手を使い、パーツの一つを軽く持ち上げた。
「ちょっ! さすがに触れちゃまずいんじゃないですか!」
「ちゃんと手袋してるから大丈夫よ」
「そ、そういう問題じゃあ!」
慌てふためく僕を鬱陶しく感じたのか、彼女は大げさにため息をつきながらもパーツを床に下した。そしてもう用は済んだとばかりに、透明な手袋を外し、ポケットにしまった。
「警察を呼ばない以上、今更現場保存なんて関係ないんだから気にするほどのことじゃなくない? それよりあなたはどうするの。無意味に死体を見るだけで、ここの調査は終わりなの?」
「それは……」
師匠から依頼されて勢い込んで調査に来たものの、具体的に何をすればいいかは全く考えていなかった。そもそも僕に法医学の知識なんかあるわけないし、死体を調べたところで何か分かることがあるとも思えない。
そうだ、現場のスケッチとか役に立つんじゃなかろうか。そう考えペンを構えるも、「死体の写真は撮ってあるからスケッチをする必要はないわよ」と、京子さんがスマホを見せつけてきた。
「……京子さん、連絡手段持ってたんですね。言ってくれればよかったのに」
「警察を呼ばないって結果は一緒だし、わざわざ言う必要は感じなかったから。因みにここは圏外で、電話もメールも使えないし」
「だとしても……いや、もういいです」
口で彼女に勝つのは無理そうな気がして、僕は話を切り上げる。スケッチも意味ないなら、せめてパーツの数でも数えて記録しておくかと、吐き気をこらえつつカウントを始めた。
手や足は関節ごとに切り離されて三分割に。胴体はおおよそ三等分になるよう横に綺麗に切断されていた。要するに、三浦さんの体は計十五のパーツへと解体されていた。
ただ殺すのではなくここまで執拗にばらすとは、犯人はどれだけの恨みを彼に抱いていたというのか。
他にいくつか気になることをメモしたところで、僕はついに耐え切れなくなって部屋の隅に移動した。でも隅に移動するだけでは血の匂いから解放されず、全く気分がよくならない。
そんな僕の姿を見かねたのか、京子さんが指で扉をさし、「ちょっと外で休憩しましょう」と声をかけてくれた。
僕は素直に彼女の言葉に応じ、血を踏まないようにしつつも急ぎ足で部屋の外に出た。すると、ほぼ同時に別の部屋の扉も開き、須藤さんが廊下に顔を出した。
お互い同時に扉を開けたことに驚き、ちょっと戸惑った表情で互いに軽く頭を下げる。
須藤さんは次にどうするか迷った様子を見せたが、元の目的を中断し、僕に話しかけてきた。
「あーと、恭一郎は死体の調査でもしてたのか? なんか新しい発見はあったか?」
「いやそれがあんまりです。単に死体を見て気分悪くしただけな気がします。でも、事件とは関係ないですけど、京――」
「須藤さん、こんにちは」
僕の言葉を遮るように、急に京子さんが背後から声を上げた。しかしその声はさっきまでの自信に満ちた声ではなく、ぼそぼそとした聞き取りにくい声音。いったいどうしたのかと振り返ろうとすると、背中に鋭い痛みが走り、ひゃっとその場で飛び上がってしまった。
須藤さんは驚いた様子でこちらを見るが、僕が何かを言う前に、眼鏡をかけた京子さんが割り込んできた。
「すみません。あとで須藤さんにも、事件前後の行動をお聞きしに行くと思います。あくまで形式的なものですので、お気を悪くなされないでいただけると助かります」
「ま、まあ協力は惜しみませんよ。それよか――」
「有難うございます。まだ私たちは調査がありますので、一度失礼します」
「は、はあ」
決して語気は強くない、どころか弱いくらいなのに、妙な勢いがある。
京子さんは僕の手を引いて、須藤さんの横を通り抜けていく。
僕も須藤さんもいまいち状況が理解できず、戸惑った視線を投げあいながら、別れの言葉を告げた。
京子さんはそのまま玄関にたどり着くと、靴を履いて外に出ていく。僕もあわてて靴を履き、彼女のあとを追いかけた。
僕がついてきているのを確認するためか、彼女は一瞬後ろを振り返る。いるのを確認すると、何も言わずにすたすたと森のほうへ歩いて行った。
てっきり外に出たから、崖側に行って三浦さんの首を調べるのかと思っていたため、少し驚きながら彼女の後を追う。家が視界から入らなくなるぐらいまで進んだところで、ようやく彼女は足を止めた。
しかし足を止めたものの、顔を俯けるばかりで何も言ってこない。もしや先ほど、京子さんの正体を須藤さんに言いかけたことに怒っているのではないかと思い至り、僕は「すいません」と謝罪の言葉を口にした。
「そういえば正体隠してたんですもんね。口止めされなかったからつい話しちゃってもいいかと勘違いして――」
「随分と、余裕なんですね」
眼鏡をはずした京子さんが、微笑みを浮かべながらこちらを見つめてくる。
自信と慈愛に満ち溢れた、金色に輝く優美な瞳。
その瞳に見とれて一瞬固まった直後、彼女は僕の手をつかみ、いともたやすく地面の上に組み敷いた。
「本当、そんなんじゃ殺されても文句は言えませんよ?」




