じっとしてるのって辛いよね
師匠の提案に対し、大麦さんは特に気負った様子もなく頷いた。
ただ降霊術を行うには多少の準備が必要だそうで、実際に降霊術を行うのは夜の七時頃ということになった。
また三浦さんのバラバラ死体に関しては、取り敢えず瞑想の間に放置しておくことに。一応腐敗の進行を妨げるため、物置小屋から持ってきた氷の入った缶を近くに並べて置いた(相変わらず物置小屋に入ったのは大麦さんだけだったけど)。
崖の中腹にある首も下手に動かすのは良くないのではということになり、やっぱり放置。
ほとんど対処をしないことに対し、僕の中では罪悪感が芽生えてくる。けれど大麦さんの降霊術が行われれば全て分かるはずだと開き直り、大人しく師匠と一緒に部屋に引き籠って過ごすことにした――わけだけれど。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「……………………師匠?」
「どうした」
またも何かの本を読みながら壁に背を預けている師匠。今の状況に対する不安や困惑は一切ない様子で、本に目を落としたまま返事が返ってくる。
僕はそわそわと体を揺らしながら、扉の外に目を向けた。
「本当に、大麦さんの降霊術で事件は解決するんでしょうか? 犯人が彼女の霊能力を知らなかったとは思えませんし、そんなにすんなりと進むとは思えないんですけど」
「そうだな」
「そうだなって……師匠も降霊術が失敗すると考えてるんですか?」
「いや、大麦さんの霊能力は本物だ。降霊術が失敗することは万に一つもないだろう」
「じゃ、じゃあ犯人は見つけられると?」
「それも違う。単純な話、殺された記者自身が犯人の姿を見ていなかったのだとすれば、一発で犯人特定には繋がらないだろうという話だ」
「ああ、それは確かに……」
現状三浦さんの死亡原因は全く分かっていない。殺されたのとバラバラにされたのが同時という可能性は低そうだし、取り敢えず何らかの方法で殺された後、バラバラにされたと考えるのが妥当な気がする。
その殺害方法が崖から突き落とすとか、遠距離から銃や霊能力を持って殺すというものであれば、三浦さん自身も犯人が誰か分かっていないだろう。
「でもそれじゃあ、降霊術ってあんまりやる意味がなくなりそうな気がしますけど」
「そんなことはない。記者が犯人の姿を見ていた可能性も零ではないし、死ぬ直前の情報が得られればそれだけでも事件に対する正しい見方が生まれてくる」
「まあそれはそうですね……。でも、その結果犯人の特定が難しそうだったらどうするんですか? あくまでも警察には頼れないんですよね?」
「その時は、大山祁先生に真相を視てもらうしかないだろうな」
「大山祁さんに……」
僕は複雑な気持ちで師匠の言葉を反芻する。
この霊能力者の集う場において、唯一神のような立ち位置に君臨し続ける人物。しかしこの場にいる中で、はっきり言って僕が最も信頼できていない人物でもある。
あえて不信感を前面に出して、僕は師匠に尋ねた。
「大山祁さんに真相を見抜く力があるのなら、最初から見てもらったほうが早いんじゃないですか? というか失礼を承知で言いますけど、皆が言うほど彼にすごい力があるようには思えません。皆ちょっと騙されているというか、持ち上げすぎてたりしませんか?」
「……」
普段なら淀みなく返ってくる言葉が、ここにきて途切れる。
もしや言い過ぎて怒らせてしまったかと内心で焦りが募る。しかし師匠は怒っていたわけではないらしく、しばらくした後、「お前がそう思うなら、無理に信じる必要はない」と言ってきた。それから続けて、「じっとしていられないなら、一つ頼みがある」と僕に視線をよこした。
「頼み、ですか?」
「ああ。今回の事件、仮に霊能力が使われていたとすれば、犯人を特定できただけでは終われない」
「それはなぜ……って、そうですよね。警察は霊能力を信じてないんですから、真相をありのままには話せませんもんね」
「そうだ。だから事件解決後、警察向けの回答を提示しやすいよう、情報を集めてもらいたい」
「……というと、犯行現場をもう一度調べてこい的な感じでしょうか?」
「そういうことになるな」
「うへー……」
まさかまたあの凄惨な現場を見に行かないといけないとは。
とはいえこのまま霊能力だけに任せていていいものかと思っていたのは事実。それにじっと成り行きを見守るだけというのは、僕にとってはかなり精神力を削られる行為でもある。
僕は腹筋に力を籠めると、勢いよくその場で立ち上がった。
「それじゃあ、皆さんの邪魔をしない程度にちょっくら調査してきます! 因みに、特に詳しく調べてきてほしいこととかはありますか?」
「いや、特にはないな。ただ、お前以外にも調査を行っている人がいるはずだ。彼女とは敵対せず、協力関係を結ぶといい」
「彼女ってことは、女性の方? そうすると宜保親子のどちらかってことですか?」
「会えばわかる」
「あ、はい、それもそうですね……」
あまりそれ以上話すつもりがなさそうな師匠を見て、僕は話を切り上げる。
よくよく考えてみれば、僕以外にこの役割を担う人がいてもおかしくはない。それにも関わらず調査を依頼してくれたのは、じっとしていられなさそうな僕に対する、師匠なりの思いやりなのだろう。
心の中で密かに感謝の言葉をつぶやいた後、調査で分かったことを記すためのメモ帳とペンを求めてリュックを漁る。無事目的のものを見つけると、「では、行ってきます」と声をかけ、僕は部屋を後にした。