警察ではなく
「――と、それがついさっき、私と恭一郎君が目撃したものだ。それから家に戻る最中、香弥子さんの悲鳴が聞こえて、後は皆も知っての通りの事態に直面したわけだ」
美智雄さんの話が終わると同時に、方々からうめき声が聞こえてきた。
ところ変わって美智雄さんの部屋の中。物がないのとそれなりの広さゆえに、全員が集まってもそこまで窮屈には感じない。
けれどバラバラ死体を見た衝撃と、僕らの見た三浦さんの生首についての話により、今すぐ逃げ出したくなるような重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
崖での話が終わっても、それに対して質問してくる人はおろか、今後の方針に関して声を上げる人も現れない。皆この予想だにしていなかった状況に、ただただ苦悶するばかりだった。
僕自身、果たして何から話せばいいのかは分からない。けれどこの生産性のない時間を終わらせるには、何でもいいから話題を提供せねばと、口を開いた。
「と、取り敢えず警察を呼びませんか? いろいろと話し合わなきゃいけないことはあると思うのですけど、警察に連絡することに変わりはないでしょうし」
「否。警察は呼ばない」
「は?」
まさかの否定の声に驚き、声の主である大山祁さんをまじまじと見つめる。
狙ったかのようなタイミングで外に出て、そして帰ってきたこの家の主。自身が先ほどまでいた場所にバラバラ死体があると聞いても、眉一つ動かさずに「そうか」とだけ呟いてみせた霊能力者。
ここら辺の出来事から、現状彼に対する心証は大きく揺らいでいた。それがここに来てさらにこの発言。疑いを通り越して嫌悪感すら湧き上がってきた。
僕は自分がおかしなことを言っていないことを確かめるように、周りを見渡す。
しかし驚くべきことに、積極的に賛同する人こそいないけれど、強く否定しようとする人もいなさそうだった。まるでそうする他に有効な手段はないとでもいうように、困惑した表情を浮かべつつも、どこか納得した顔をしていた。
さすがにこれには付き合っていられない。
人格はともかく、人一人が殺されたのだ。
霊能力者だろうがなんだろうが、警察を呼ばないなんて選択肢は存在しない。
辛抱できずに立ち上がり、瞑想の間を出ようとする。けれど――
「浅草、座れ」
師匠の声が僕を引き留めた。
今もなお、涼しい顔をして落ち着き払っている師匠に腹が立ち、声を荒げて聞き返す。
「なぜですか。今やるべきことは分かり切ってます。こんなとこで話し合うことなんてないと思います」
「ここに電話に類する物はない。どうやって警察を呼ぶつもりだ」
「そ、それは……」
「山を下りて警察を呼ぶというのなら、お前ではなく美智雄さんにやってもらうのが最善だ。だからひとまず、頭を冷やしてそこに座れ」
「……」
反論のしようもないことを言われ、僕は再び床に正座する。
師匠が発する言葉は基本的に正論ばかりなので、いつもあっさり言いくるめられてしまう。
僕が渋々床に座ったのを確認した後、師匠は他の霊能力者に向けて深く頭を下げた。
「皆さま、申し訳ありません。私の指導不足ゆえ、彼は霊能力者と警察との相性の悪さを理解していないのです。今後このように身勝手な行動をしないよう、きつく言って聞かせますので、どうかご容赦ください」
「な、師匠!」
僕からすれば至極当然のことをしようとしただけなのに、こんな風に勝手に謝罪されるのは納得いかない。人死にが出たのだから警察に通報する。それのどこに問題があるというのか。
腰を浮かせ睨み続けていると、師匠は微かに顔を僕の方に向け、冷めた視線を返してきた。
「浅草。お前は今回の事件、霊能力が使われたと思っているんじゃないか」
「それは……分かりません。だけど霊能力でも使わないと説明のできない、奇妙な事件だとは思っています」
「そうか。なら仮に、これが霊能力を使って行われた殺人だとしたら、警察を呼んでどうなると思う」
「どうなるって……犯行方法が分からずに迷宮入りになる、とか?」
「違う。霊能力を使わずとも犯行可能な者が消去法で選ばれ、無理やり犯人に仕立て上げられるんだ」
「そ、そんなことって……!」
いくら何でも警察はそこまで無能じゃない。そう叫ぼうとして、しかし僕の頭は驚くほどすんなりと師匠の言葉を理解してしまい、結局何も言えなかった。
今の世の中では、霊能力の存在は認められていない。警察は端から霊能力など無視して事件の捜査を行うだろう。そしてもしそれにより、特定の誰か一人だけが犯行を行える状況にあったことが分かれば、強力な証拠がなくとも犯人だと断じられてしまう気がする。
それこそもし仮に、殺人犯の真の目的がこの中の誰かをはめることだったとすれば。警察の捜査により、特定のだれか一人が怪しくなるよう仕向けられているかもしれない。そうなれば無実の人間が捕まってしまうことになる。それだけは絶対に避けなければならない。
しかしじゃあ、警察を呼ばずにどうすればいいというのか。まさかこのまま死体を放置し、何事もなかったかのように下山なんてできるはずもない。
どうするのが正しいのか分からず、俯ききつく拳を握りしめる。つい口からは「でも、このままにしておくわけにもいかないし……」と心の声が漏れる。
すると、顔を正面に戻したらしい師匠から、目から鱗の解決策が飛び出した。
「さて、浅草が言う通り、このまま事件を放置しておくわけにもいきません。霊能力で起こされた事件には、霊能力で対応するのが常道。大麦さん、ここはあなたの降霊術で、三浦さん本人から直接犯人を聞くのはどうでしょうか」