今度はバラバラ
再びの異常事態の予感を覚え、僕はびくりと体を震わせる。一方美智雄さんの方はスクワットをやめ、疾風の如く走りだした――いや本当に疾風の如く。
突如巻き起こった風に体を押され尻餅をついている間に、美智雄さんの姿は見えなくなっていた。
――美智雄さんなら、崖から降りても本当に無傷なんだろう
彼が踏み込んだと思われる岩場には、クレーターのような跡がぽっかりとできている。
他の霊能力者についてはまだ疑わしさが残っているけれど、こと美智雄さんに関してはもう信じるしかなさそうだ。
それはともかく、僕も早く家に向かわなければならない。
転ばないように気を付けながら走りだす。
結局走ると転びそうになったので、やや早歩きで家まで到着。
修理された引き戸を開け家の中に入ると、廊下の奥でうずくまっている大麦さんの姿が目に映った。その周囲には美智雄さんやクラーラさんが労わるように囲っている。
靴を脱いで廊下に上がると、駆け足で彼らの輪に加わった。
「何があったんですか? 悲鳴みたいなの聞こえてきましたけど」
「そのね……」
クラーラさんが口を開くも、中々次の言葉が続かない。
言いにくそうに口を開けては閉め、ちらちらと視線を瞑想の間に飛ばす。
瞑想の間で何かがあったのか。とすればその被害者は大山祁さんだろうか?
中を覗いてみようと、大麦さんの横を抜けて瞑想の間の前へ移動する。
しかし扉に手をかけた所で、クラーラさんに服を掴まれた。
辛そうに顔をしかめたまま、小さく首を横に振る。
入ってはだめだということを言いたいのだろうが、この状況で中を確認しないわけにもいかない。
彼の手を振りほどき無理やり中に入ろうとする。けど僕が中に入るより早く、扉が開き師匠が部屋から出てきた。
一瞥して状況を把握したらしい師匠は、「彼にも見せておいた方がいい。手を離してあげてください」とクラーラさんに言った。
それでも少し躊躇った風なクラーラさん。けれど結局は師匠の言を受け入れ、渋々ながら掴んでいた服を離してくれた。
師匠は体を端に寄せ、僕が通れるだけの隙間を作る。
その隙間から瞑想の間に入り込み、中を見渡す。その途端、目の前の光景、そして吐き気を催すほど濃い血の匂いを嗅ぎ取り「うっ!」と手で口を塞ぐことになった。
瞑想の間の四方に飛び散った真っ赤な血潮。そして部屋の中央に固まっておかれた、元は人間を構成していたであろうパーツの数々。
乾いた喉からすっぱいものがこみ上げてくる。
僕は口だけでなく喉も手で押さえ、必死に吐き気を我慢する。
――大丈夫。さっきは突然で驚いたけど、これぐらい見慣れてる。
呼吸を最小限にすることで、不快な匂いを遮断する。それからゆっくりとパーツの山に近づき、それらを一つ一つ観察していった。
両手、両腕、両足、胴体――だけで首から上はここにはない。
加えて肉付きも悪くなく、おぼろげながら最近見た体にかなり酷似している気がする。
まあ要するに、
「三浦さんの体か……」
見慣れているとはいえ、流石に長く見続けていても大丈夫なメンタルは僕にはない。
バラバラ死体から目を背け、瞑想の間を後にする。
廊下ではまだ大麦さんが座り込んでおり、美智雄さんらも残っていた。
僕は大麦さんに聞こえないよう美智雄さんの耳元に寄り、囁き声で尋ねた。
「あの、あれってやっぱり三浦さんの体ですよね。それと、僕達が崖で見たものについてはお話しとか……」
「うむ、そうだな……。そこら辺を含めてしっかり一度話し合いをしないとか」
美智雄さんはその場で立ち上がると、師匠やクラーラさんを見て、「皆にもう一つ話しておきたいことがある。一度私の部屋に集まってくれ」と、告げた。
師匠とクラーラさんは一瞬顔を見合わせた後、神妙な表情で頷く。
そしてすぐクラーラさんは他の部屋に視線を走らせた。
「では、私は宜保親子と守平君を呼んできましょう。大麦さんは少し休んでから聞かせた方がよい話ですかな?」
「そうですね。確かに少し刺激が強い――」
「私なら、大丈夫です」
うずくまっていた大麦さんが、唐突にすっと立ち上がった。
真っすぐ顔を上げてこそいるものの、顔色は青ざめており唇をきつく噛んでいる。
到底大丈夫には見えないけれど、本人が大丈夫と言う以上止めることもできない。
彼女は心配そうな僕らの視線を無視し、いち早く美智雄さんの部屋の中に入っていった。
やや唖然として彼女の動きを見送ったのち、クラーラさんも他のメンバーを呼びに部屋の中に消えていく。
僕は残った二人に目を移すと、先から気になっていたことを尋ねた。
「ところで、大山祁さんは今どこにいるんですか? というか大麦さんがあんなに取り乱していたのは、あの死体が大山祁さんだと勘違いしていたから?」
「大山祁先生の居場所は知らないが、別に彼女もあの死体が大山祁先生のものだと勘違いしたわけではないだろう。首無しとは言え、彼女にかぎって判別できないとは思えない」
どうやら師匠も死体が大山祁さんでないことは気づいていたらしい。けれど三浦さんの死体であることまで理解しているのだろうか?
それはそうと、大山祁さんは今どこにいるのだろう。
本来彼がいるべきはずの瞑想の間に、三浦さんのバラバラ死体が転がっている。これは色々と奇妙な話である。
そもそも三浦さんは、生死はよく分からないが崖下にいたはずである。もしあの時既に死んでいたのなら、改めてバラバラにした上でなぜ瞑想の間まで運んできたのか。逆に生きていたとしても、どうしてただ殺すだけでなく体をバラバラにしたのか。それもわざわざ瞑想の間まで運んだうえで。
仮に霊能力を使うことで難なく運べるとしても、大山祁さんが部屋を出るまで死体をどこかに隠しておかないといけないわけだし、かなり無駄が多い。
それについさっきまで、瞑想の間では霊能力者会談が行われており、皆が集まっていた。会談後は皆すぐ部屋に戻っていたと思うけれど、それでも部屋に死体を移動させられる時間はかなり限られていたはずだ。何より、大山祁さんはそのまま残っていたように思うし。
考えれば考える程、犯人の行動の意図が分からなくなってくる。
思考が迷宮に迷い込みかけた直後、玄関の扉が開き、大山祁さんが家に戻ってきた。