一輪の首
* * *
――この中には、私を含め霊能力者でない者が二人いる。
瞑想の間に集った一同を見渡し、私はそう断じた。
今回集まった霊能力者たちは、今の日本において別格の霊能力を持つ――とされている。しかしその実態はどうだろうか? 確かに彼らは霊能力を持っている。それは間違いない。だが私が望むほどの霊能力を持つ者がこの中にいるのか。それは甚だ怪しいところだ。
今の時代にちょっとした、奇術程度の霊能力は必要ない。それ自体に価値がないとは言わないが、ここまで科学が進んでしまった世界で、今更霊能力を取り入れ一から推し進める企業がどれだけあるというのか。
科学を推し進めるために行った、神秘の力の弾圧。もはや人々は霊能力に期待などしておらず、そこに金を落とそうとはしないだろう――それが圧倒的な力でない限り。
残念ながら、残された時間はほとんどない。これまでのように悠長に事態を静観してはいられなくなった。
歴史は繰り返す。されど全く同じ歴史ではない。その進みは、私という人間の介入によって、大いに早まることになったのだから。
もはやなりふり構ってなどいられない。かなりの博打を打つことになるが、この計画はどんな犠牲を払ってでも遂行しなければならない。
* * *
「すいません、お待たせしました!」
僕は慌ただしく、皆が待つ瞑想の間に駆け込んだ。
つい数分前。先のとよさんの発言から、三浦さんと思われる崖下の死体については放置して、霊能力者会談を再開することが決まった。
一般人である僕としては、たとえ演技だったとしても万一を考えて救急隊を呼んだ方がいいのではと思ったが、とよさんは「仮に死んでいた場合、全責任は私が取ります」とまで宣言してしまった。正直死んでいたら責任なんて取れないだろうとは思うが、これにプラスして大山祁さんまで死んでいないと断定してしまった。
そうなれば僕なぞに逆らう術はない。
結果、大山祁さんの鶴の一声で三浦さんは放置することに決定。美智雄さんだけはどこか納得しかねた顔をしていたが、他の人は皆当然のように大山祁さんに従った。
皆が会談を進めるため瞑想の間に向かう中、突如尿意を催した僕は簡易トイレへと駆けこんだ。用を足してほっとしたのも束の間、一番下っ端である僕なんかが皆を待たせているのはまずいと気づき、全速力で瞑想の間までダッシュし――今に至る。
ぺこぺこと頭を下げつつ、定位置である師匠の背後に腰を下ろす。
しかしどうやら僕だけでなく、大麦さんもまだここには来ていないようで、会談がすぐに開始されることはなかった。
僕に遅れること約五分。大麦さんは静々と瞑想のままでやって来ると、皆に小さく頭を下げ、こちらもまた定位置である大山祁さんの背後に腰を下ろした。
さて再びの霊能力者会談。
今度は三浦さんという邪魔者がいないため、よほどのことでもない限り中断にはならないだろう。青木さんも三浦さんの不在を受けてか、昨日のことなどなかったかのように澄ました表情で床に座している。
「それでは、本日も霊能力者会談を始めたいと思う」
大山祁さんの荘厳な声を皮切りに、二日目の会談がスタートした。
* * *
「恭一郎君。よければ少しついてきてくれないかな」
大きくノックの音が響いた直後、扉が開きお誘いの声が飛んできた。
二回目の霊能力者会談は恙なく、しかし大した進展もなく終わり、話に混ざれる立場ではない僕としてはかなり退屈な時間を過ごした。ずっと正座をしていたため、途中からは足の痺れで話を聞くどころじゃなかったのが善かったのか悪かったのか。
足の痺れから解放され、ようやく部屋でゆっくりできると思ったのも束の間。こうして訪問者――美智雄さんが僕らの部屋を尋ねてきた。
今日は三浦さんの件があるからか、昨日よりもかなり真剣な表情をしている。事実そのことに思い悩んでいたらしく、「三浦という記者が本当に死んでいなかったのか気になってるんだ」と悩みを打ち明けてきた。
はてさて、なぜ僕にそんなことを言うのかはよく分からないが、そう言われたら頷くしかない。
美智雄さんは視線を師匠にスライドさせ、「恭一郎君をしばらく借りていくよ」と宣言する。
師匠は壁に背を預けた状態で無関心に一度頷き、「どうぞ、お貸しします」と気軽に承諾した。
物のように貸し借りされるとは、この場に僕の人権はないのかと愚痴を言いたくなる。けど今の僕の立場を考えればさもありなんと勝手に納得。それに何より、三浦さんの生死に関しては僕も気になっていた。調べるというのなら、それにお供するのは望むところである。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
師匠に軽く頭を下げ、美智雄さんの後をついていくことに。
予想通りというか、当然と言えば当然に。美智雄さんが真っ先に向かったのは三浦さんの死体を発見した崖上だった。
到着するや否や美智雄さんはストレッチを開始する。
その様子を見て、やはりと思いあきれ顔を向けた。
「やっぱり、僕を連れてきたってことは、この崖を降りるつもりなんですね」
美智雄さんはストレッチを続けたまま、笑顔を返してくる。
「勿論! 恭一郎君以外は私が崖を降りるのに反対みたいだったからね。君以外に頼める人がいなかったんだよ」
「うーん、正直僕も、わざわざ降りる必要性は感じないですけどね。もし本当に事故で落ちたなら死んじゃってると思いますし」
「だとしてもこのまま放置というのは忍びないじゃないか。それにここは山だからね。放置していたら獣に死体を荒らされてしまうかもしれない」
「まあ確かに……。でもそもそも、とよさんも大山祁さんも生きてるって断言してましたから、普通に演技なんじゃないですか? 降りても徒労に終わるかもですよ」
「いやいや、生きているならそれこそ危険じゃないか。もし熊やイノシシに襲われたら大変だ。どちらにしても、一刻も早く助けてあげるに越したことはないはずだよ」
「まあ、それはそうかもしれませんけど……。というか、助けるだけなら僕不要じゃないですか? あ、万一怪我した時に皆を呼んでくるのが役目ですか?」
「いや、違うよ。この程度の崖から落ちても私に傷一つつかないだろうからね。そうじゃなくて恭一郎君の役割は証人だよ。仮に彼が死んでいた場合、私が殺したと疑われるかもしれないからね。隣で見ていて、既に死んでいたことを証言してくれる人が欲しかったんだよ」
「いやいや、それは考えすぎじゃないですか。そんな単純に美智雄さんのことを疑う人は……って、隣?」
ふと嫌な思考が頭をよぎり、額から冷や汗が流れる。
――いやいやまさか、そんなわけない。たぶん僕の考えすぎだ。だって、うん、そんなことをするのは危険だし……
僕はやや距離を取ってから、恐る恐る尋ねた。
「あの、まさか僕も一緒に崖を降りさせられたりしませんよね? いくら美智雄さんでも二人を担いで崖を上るのは大変でしょうし……」
美智雄さんは満面の笑みと共に、僕の腰に腕を回す。
「なあに、一人も二人も関係ないさ! さあ、勢いよく一緒に行こうじゃないか!」
「え! えっ!! えっっっっっ!!! まさかここから飛び降りたりしませんよね!?」
「大丈夫! ほら、この程度の高さなら――」
僕の腰をがっちり固定して持ち上げると、ずんずん崖際まで歩いていく。
――これは死ぬ! 美智雄さんは無事でも僕は死ぬ!
全力で抵抗を試みるも、巨大な岩石を相手にしているかの如くびくともしない。そしてそのまま崖下を見下ろせるところまできてしまい――その直後、僕らは互いに動きを止めた。
美智雄さんに抱え上げられたまま、ちらりと見えた崖下の光景。
そこには数時間前に見えた、三浦さんと思しき死体は影も形もなくなっていた。
その代わり。
崖のちょうど中腹に、にょっきり生えた不思議な木の枝がぽつんと一つ。その先端は赤く染まり、葉や花の代わりに、人の頭を咲かせていた。