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大山祁霊能力者会談  作者: 天草一樹
一日目
16/30

充実し過ぎた一日でした

 行きとは正反対に、意気揚々と僕は家に向かって歩いていく。意気揚々とし過ぎてスキップしてたら思い切り転んだのだが、その程度のことで吹っ切れた僕は挫けない!

 膝の痛みから目に涙をためつつも、笑顔で家まで帰還した。

 そして帰還した先では、大麦さんと美智雄さんが壊れた引き戸の修理を行っていた。それもドライバーを使って地道にコツコツと。

 当たり前と言えば当たり前の光景ではあるのだが、霊能力者二人が揃ってそんな地味な作業をしている姿が違和感過ぎて、つい笑いがこみ上げてしまう。

 するとそんな僕の心を鋭く察知したのか、大麦さんが作業を続けたまま冷たい視線を飛ばしてきた。

「浅草様。もしお暇なようでしたら少しの間三浦様の看病をしていてもらえないでしょうか。傷が癒えたとはいえ、まだ心安らかではないでしょうから」

「りょ、了解です」

 実際には看病ではなく監視を求められているのだろうなと思いつつも、断る理由もないので素直に頷く。それに僕としても、三浦さんとはもう一度話してみたかった。

 霊能力を全く信じていなかった彼は、霊能力の力で火だるまにされかけ、さらにその傷を霊能力の力で癒されたのだ。今は一体どんな考えになっているのか凄く気になっていた。

 少し落ち込んだ様子で戸の修理を行っている美智雄さんを尻目に――たぶん大麦さんにこっぴどく叱られたのだろう――、僕は三浦さんの部屋に直行する。

 軽く扉を叩いてから「入っていいですか?」と声をかける。特に反応はなかったけれどまあいいかと思い扉を開けると、三浦さんは部屋の真ん中で燃やされたトレンチコートをいじっていた。

 彼は僕の姿を目に留めると、にやけ顔を浮かべながら「早く扉閉めてくれ」と言ってきた。

 何というか、既に大分復活しているように見える。

 憎たらしい薄笑いも戻ってきているし、こちらを見つめる瞳にも怯えや恐れの色は全く見えない。単に僕が霊能力者でないからかもしれないが、それにしてもこの落ち着きようはちょっと不可解なくらいだ。

 僕は言われた通り扉を閉めると、「何やってるんですか?」と近づきながら声をかけた。

 三浦さんは、「調査だよ。調査」と言って、再びトレンチコートをまさぐり出す。

 調査とは一体何の調査なのか。

 僕は三浦さんの正面に腰を下ろした。

「何かトレンチコートの中に入れてたから探してるとか? ピンポン玉以外にもマジックの道具を仕込んでたり?」

「馬鹿、違えよ。あの霊能力者がどうやって俺の服に火を点けたのか、その痕跡を探してるんだよ」

「はえー、まだ全然霊能力を信じてないんですね」

 無駄に逞しい三浦さんの姿にちょっとばかし感嘆する。

 殺されかけたにも関わらずまだ霊能力を疑っていられるなんて、その心の強さだけは見習いたいところだ。

「まあ火に関してはトリックの可能性も零じゃない気がしますけど……。でも、やけどを治してもらった件はどう考えてるんですか?」

「まだ具体的には何も考えてねえよ。だが自分に起きたこととはいえ、それを素直に霊能力の力だと認める程、俺は素直じゃないのさ」

 やはり逞しい。僕なんてあっさりと霊能力の力を信じかけているというのに。

 すると三浦さんは不意に手を止め、「一つ聞いていいか?」と尋ねてきた。

「お前は確か、俺のやけどが治った時ちょうどここにいたよな? 具体的に何が起きてたのか教えてくれないか」

「ええ、いいですけど。でも僕も正直何が起きたのか分かってませんし、あまり突っ込まれても答えられませんよ」

「別に構わない。取り敢えず見たことをそのまま話してくれ」

「はあ、分かりました」

 意外にも真剣な口調に押され、僕はあの時見たことを話していく。既に一度美智雄さんに説明していたこともあり、今回は比較的スムーズに説明を進めることができた。

 途中質問は一切挟まずに黙っていた三浦さんは、一通り説明が終わると同時に、「三つ確認させてくれ」と言ってきた。

「まず一つは、俺は本当にやけどを負っていたのかどうかだ。実は患部は直に見てない、なんてことはないんだよな」

「それは勿論、しっかりと見ましたよ。というかやけどの有無に関しては三浦さん自身が一番理解してるんじゃないですか? 燃やされた張本人ですし」

 聞かれた意味が分からずそう返すも、彼は無視して二つ目の質問を投げかけてくる。

「じゃあ二つ目だ。須藤って男の手から青い光が出た直前直後、何か変わった点はなかったか? 例えば部屋が暗くなったり、変な匂いがしたりとか」

「うーん、そういうのは特になかったと思いますけど……」

 記憶を掘り起こしてみるが、特にこれと言って変わったことは思い浮かばなかった。

 この家は電気が通っていないから、光も窓から注ぐ太陽光だけで元からかなり暗めになっている。匂いも古い家屋独特の匂いがするだけなので、もしここに人工的な匂いが混じろうものならすぐに気付いたはずだ。またよく分からない音がしたり、平衡感覚が狂った覚えもない。

 僕は改めて何も心当たりがないと、首を横に振った。

「たぶん三浦さんは、僕らが幻覚を見せられていた可能性を疑ってるんですよね? でもそれはないと思いますよ。僕ら全員が同じような幻覚を見るなんて、そんな都合のいいことは起こらないと思いますし」

「だがここは自称霊能力者共の巣窟だろ。皆に同じような幻覚を引き起こさせる薬の一つや二つあっても不思議じゃないぜ」

「いやいやいや、三浦さんは霊能力者をなんだと思ってるんですか。そんなやばい薬持ってないでしょう。それにそんなことを考えてたってことは、薬を盛られたり嗅がされたりすることに最大限注意を払ってたはずですよね。燃やされる直前までに、そうした心当たりはあるんですか」

「そんな向きになるなよ。別に俺だってそこまで本気で言ってるわけじゃねえさ。ただ洗脳と麻薬は切っても切り離せないものだからな。念のためだよ」

 特に悪びれた様子もなく、三浦さんはへらりとした笑顔を浮かべ、「最後に三つ目だ」と口を開く。

「お前は実際に霊能力でやけどが治癒される光景を見て、本物だと思ったかどうかを教えてくれ。理屈的な話じゃなく、直感的な話でだ」

「直感的に……」

 須藤さんが霊子療法でやけどを治した時、果たして僕はどう感じていただろうか?

 嘘っぽい? トッリクが用いられてる? 本物の霊能力? 神が起こした奇跡?

 いや、どれも違う。あの時に僕が感じたのは――

「ただ、治ったんだ、って思いました」

 言ってから、あまりに素直で馬鹿らし過ぎる発言かと、ちょっと慌てふためく。そもそもこれで質問の答えになっているのかどうかすら怪しい。

 しかし慌てる僕とは対照的に、三浦さんはどこか納得した表情で頷いている。

 それから突然僕のそばにすり寄ってくると、

「お前は信じられそうだし、俺がここに来た本当の理由を教えてやるよ。実は俺はな、最初に言った通り『真実』を調べに来たんだよ」

 またも頭を混乱させるような、驚くべき話を語り出した。



  *  *  *



 玄関扉を修理し終えた大麦さんが返ってきたため、三浦さんの看病という名の監視時間は終わりを告げた。

 気色の悪いアイコンタクトを飛ばしてくる三浦さんに辟易しながらも部屋を辞し、僕は師匠のいる自室へと向かう。

 自室の扉に手をかけた所で、勝手に扉が開き、宜保とよさんが出てきた。

 お互い驚いてまじまじと相手の顔を見つめる。黒縁のメガネをかけているためパッとしないように見えるが、かなり整った顔立ち。やはりどこかで見たことがあるなと感じ、今度こそ尋ねてみようと口を開く。

 だが僕が言葉を発するより早く、とよさんは顔を俯かせ、足早に自室へと戻っていってしまった。僕が避けられているのか、それとも単にシャイなだけなのか。

 前者だったら嫌だなと思いつつ部屋に入る。とよさんという訪問者がいたためか、師匠は本を床に置き、腕を組んで壁に背を預けていた。

 扉を閉めてから、だいぶ部屋が暗くなってきたなと思い、まずはリュックの中に手を伸ばす。驚異の七十二時間バッテリーを搭載した円柱状のスタンドライトを一つ取り出し――念のため二つ持ってきている。まあこのスタンドライトは高性能で、ソーラー充電可能なタイプな為二つ使うことはないだろうけど――部屋の中央に置く。光量をやや強めに設定しておくと、部屋の中を十二分に明るく照らし出してくれた。

 ライトの設置を完了し終えると、僕は正座して師匠の正面に座った。

「深瀬師匠。今日はなんだか大変な一日でしたね。結局霊能力者会談も全然行えてませんし。大山祁さんはこの後どうするつもりなんでしょうか?」

 師匠は身じろぎ一つせずに僕の問いに答える。

「分からない。だがこのまま話し合わないという選択肢はあり得ない。明日改めて会談を行う予定だろう。ただ――」

 師匠の眉間に微かにしわが刻まれる。

「このまま何事もなく、会談が終わることはないだろう」

 そう言って師匠は口を噤む。

 それはただの勘なのか。それとも霊能力を使って未来を垣間見たが故の言葉なのか。かなり気にはなったものの、師匠の態度からこれ以上話す気はなさそうだと感じ、話題を変えた。

 その後、夕飯として大麦さんが握り飯を持ってきてくれた。ついでに今後の報告として、今日はこれ以上会談の続きはやらないこと。明日の朝七時、会談を再開するため瞑想の間に来てほしいことを告げ去っていった。

 今日はこれ以上何もないと分かった途端、力が抜け、強い眠気が僕を襲った。

 初日からとても個性の強い人々や、これまでの常識を覆すような事態に遭い疲れ果てていたためだろう。

 どうせやることもないのだし、まだ数日はここでの生活が続くのだから、無理は禁物だ。

 僕はトイレを済ませ、軽く体を拭いてさっぱりすると、師匠に断りを入れ、寝た。

 就寝直前、腕時計を確認したところ、時刻は午後八時だった。


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