夕日に向かって叫ぶ
はっきり言って、美智雄さんに話をする前より頭は混乱してしまったわけだけれど。どこかこの状況に対する諦めの念も生じてきた。
いまだポージングを取っている美智雄さんを置いて、僕はふらふらと玄関に向かう。
こうも何度も霊能力(?)を見せられては、疑っている方が馬鹿らしくなる。
とにかく一度、落ち着くために誰もいない所に行きたかった。
扉のなくなった玄関から家の外に出ると、柔らかい、赤い光に包まれた。
頭上で人々を焼き尽くさんばかりだった太陽も、気づけば艶やかな夕焼けに変わっている。
僕はその光に心打たれると同時に、うすら寒い思いも感じ、身を震わせた。
せっかくだから先ほど見なかった家の反対側に行こう。
不安定な足場を、転ばないよう気を付けながらとぼとぼ歩いていく。
しかし今日の神様はとことん僕に冷たいらしい。家の裏側まで回り込んだところで、ばったりと青木さんに出くわしてしまった。
てっきり自室に戻ったのかと思っていたが違っていたようだ。
声をかけるべきか悩むも、軽く頭を下げるだけにする。
青木さんは僕のような一般人のことは好きではなさそうである。挨拶をした所で反応してもらえるかすら怪しいところだ。
軽く頭を下げたまま黙って通り過ぎる。ところが意外にも、青木さんの方から「君はどう考えている」と声を掛けられた。
「え! その、何がでしょうか?」
声をかけられたという事実に驚き、体がかなり強張る。
青木さんはそんな僕の反応を気にかけることなく、透明感のある声で言った。
「霊能力者という存在だよ。実在していると思うかい」
「それはまあ、います、よね? 現に青木さんは、さっき霊能力で火を起こしてましたし」
自称霊能力者の目の前でまさか「いないと思う」とは言えない。三浦さんのように燃やされてしまっては困るし。
すると青木さんは、伏し目がちだった目をしっかり見開き、美しい、シルバーの瞳を向けてきた。
「それはつまり、あの現象を見るまでは、霊能力というものを信じていなかったということかい」
「いや、そういうわけでは……」
「違うというなら、逆に霊能力を信じるきっかけとなった出来事を教えてくれ」
「それは、その……」
全てを見透かすような、神々しい瞳に見つめられ、僕は反応に窮する。その瞳に見つめられていると、嘘や冗談で誤魔化してはいけないという気になり、気づけば本心が口を衝いて出ていた。
「信じていないと言えば、嘘になります。でもそのきっかけって言われると、これと言ったものはなくて。ただ何となく、日々の生活の中でまだよくわかんないことに遭遇するから、きっと霊能力とかもあるんだろうなと思ってて」
「つまり、そこに明確な理由はないと」
「まあ、そうです。だから周りの人の意見によって、あるともないとも、簡単に揺らぐと思います」
「……」
僕の答えに納得したのか、それとも怒りを覚えたのか。
再び瞳を伏せ、青木さんは小さな声で何かを呟く。そして白磁のような指を伸ばして、僕の服をそっとなぞった。
一瞬、火に包まれた三浦さんの姿がフラッシュバックし、僕は反射的に大きく飛び退いた。
先の答えに不満を抱かれ、これから燃やされてしまうのではないか。
恐怖心が体中を駆け巡るも、予想に反して発火する気配はない。
恐る恐る青木さんの顔を見上げると、彼はどこか寂し気な瞳で僕を見つめていた。
その表情を見て何か言わなくてはと思うも、まだ恐怖が残っているのか舌は思うように回ってくれない。その間にも三浦さんは元の伏し目がちな姿に戻り、別れの挨拶をすることもなく歩き去ってしまった。
――おそらく僕は、選択を間違えた。
去っていく青木さんの背を見つめながら、僕の心はずきりと痛む。
人間離れした霊能力者であろうとも、まさか感情がないわけはない。人に怯えられるという状態に対し、何も感じないはずがなかった。
――それなのに僕は……。
より頭がくらくらしてきたなと思いつつ、当初の予定通り家の反対側を目指し歩みを進める。物置小屋やかまどを通り過ぎ、そのまま直進すること約一分。
僕は目の前に広がる光景を見て、「うわあ……」と間の抜けた声を上げた。
視界に映るのは突如として足元の岩場が消えうせた崖っぷち。地面は数十メートル下にあり、落ちればまず間違いなく助からないだろうという危険な高さを誇っていた。
どうやら以前ちらりと思い浮かべた、この場所が崖の上にあるという想像は当たってしまっていたらしい。
今度は高所にいるという恐怖から、足ががくがくと震え始める。
ついつい飛び降りたくなってしまう衝動を振り払うべくすぐさま後ずさる。
取り敢えず簡単には落ちれない場所まで移動すると、僕はそこでぺたりと腰を下ろした。
ようやく完全な一人きり。
夕日が目に直撃し少しばかり眩しいのがあれだが、目を閉じてしまえばそれも関係なくなる。
音もない、暗闇に包まれた世界で、まずは一度完全に頭を空っぽにする。
何も考えない。何も感じない。ただリラックスすることだけを心掛け、頭の中のもやもやを取っ払う。
完全に霧が晴れた所でいったん目を開け、夕日の光を視界いっぱいに取り込む。それから先ほど取っ払ったもやもやを再び頭の中に集め、今度はカオスを形成するようにとにかく手当たり次第に考える。
もうこれ以上何も考えられないところまで達したら、最後にまた目を閉じて、頭の中を空っぽに。
困ったことや辛いことがあった際に行う僕のルーティン。これをすると、気持ちがいい感じに落ち着いてくれる。
それが終わると僕はその場で立ち上がり、
「よし、復活! 本物かどうかはやっぱりわかんないけど、もう霊能力を見ても一々動じません! 残り四日間余裕で乗り切って見せる!」
夕日に向かって大きな声で叫んだのだった。




