霊能力
青木さんが出て行ってしまったため、霊能力者会談は延期となった。何より三浦さんの手当てをしなくてはならない。
物置小屋から大量の水と氷を運び(大麦さんは中には入れてくれなかったので、外で受け取った)、三浦さんの介抱をする。
かなり派手に燃えているように思えたが、トレンチコートがかなりぶ厚かったためか、それほどやけどはひどくなかった。とはいえ、火だるまになりかけた事実は変わらない。
体に負った傷よりも、心に負った傷の方が大きいようだ。
案内された部屋で体を震わせながら、三浦さんは僕らの看病を受けている。
因みに今現在彼の看病をしているのは、僕と大麦さんと須藤さんの三人だけ。
大山祁さんは険しい表情をして家の外へ。
クラーラさんと宜保さん達、それに師匠はさっさと自分の部屋に戻ってしまった。
美智雄さんはというと、恐るべきことに会談中ずっと寝ていたらしく(というか今も寝てる)、瞑想の間で正座した状態で眠りこけている。
そんなわけで、今は弟子・助手チームで三浦さんのやけど部位を冷やすなどの看病中であった。
ある程度の処置が終わり、しばらくは安静にしてもらうしかないという段になった頃。いまだ苦しそうにしている三浦さんを眺めていた須藤さんが、不意に大きくため息をついた。
「こいつなんかのために力を使うのは嫌だったが、やっぱり苦しんでる奴を放っては置けないか」
唐突に腕まくりを始めた須藤さんは、両手を合わせ、気合を入れるかのように「ふー」と息を吐く。それから三浦さんの体の上に両の手のひらを乗せると、静かに目を閉じた。
一体全体彼が何をしようとしているのか分からず、困惑を分かち合おうと大麦さんに顔を向ける。しかし彼女はこれから何が起こるか理解しているらしく、「見ていれば分かります」と小声で返してきた。
見ていれば分かると言われても、そもそも何を見ればいいのか。
取り敢えず須藤さんに視線を向けていると、不意に彼の手元が青く光り出した。
まるで無数のホタルが突如現れたような、淡く美しい青い輝き。
何が起きているか分からず、僕は目を瞬く。
その間にも発光は勢いを増していき――数秒後には何事もなかったかのように収まった。
「えと、今の光って一体?」
服を元に戻した須藤さんが、「ま、見てみろよ」と三浦さんの体を指さした。
困惑したまま、言われた通り視線を向けると――
「……まじか」
先ほどまで赤く腫れていた部分が、綺麗な肌色に戻っていた。
須藤さんは胸を反らし、自慢げに顎を撫でる。
「どうよ恭一郎。これが俺の霊能力だ。霊子療法つってな、傷とか病とか、大抵のものは一瞬で治せちまうのさ」
「えと、その、なんていうか……普通に激凄いです」
目の前で起きた信じがたい光景に、僕はただただ絶句する。
つい数秒前まで、間違いなく三浦さんはやけどを負っていた。なのに須藤さんが手を当て、青色の発光が起きた後、やけどは完全になくなっていた。
信じがたい、奇跡と呼ぶしかない現象。
さっき青木さんの起こした(?)発火現象を含め、次々と起こる超常現象。
霊能力の有無に関して中立な位置にあったはずの僕の心は、確実に「有り」へと傾いてしまった。
一応まだ、青木さん、三浦さん、須藤さんの三人がグルだった可能性も残ってはいるけれど……そこまでして僕一人を騙す理由が見当たらない。
これまでの常識が揺らぎ、頭がふらふらする。
そんな僕の頭に、「痛く、ない?」という三浦さんの声がとどめを刺した。
* * *
まだ精神的に立ち直れていない三浦さんのサポートをすると言い、大麦さんは部屋に残った。須藤さんは力を使った後はしばらく休まないといけないとのことで、こちらもすぐに自室へと戻っていった。
そして、一人余った僕はといえば。廊下に佇み、動けないでいた。
霊能力。別に嘘だとは思っていなかった。師匠のことは純粋に超人だと思っていたし、昔から超常的な現象の報告自体は多数あるのだ。『奇跡』を起こすことのできる本物の霊能力者がいたとしても、不思議ではないと考えていた。
だけどやっぱり、思っていただけだったのだろう。
いてもおかしくない、けど、やっぱりいない。実在したとしても、まさか自分が出会うわけがない。だって僕の周りには誰一人として、そしてテレビでさえ、超常現象を起こせる人は見たことがなかったのだから。
自分の目で見たことがなくて、一般的にはいないとされている者を、心の底から信じられるはずもない。
だけど、こうして一度本物をしっかりと見てしまったのなら。価値観なんてあっさりと覆ってしまう。
でも、それでも、本当に。さっきのあれらは、『奇術』でなく『奇跡』だったのだろうか?
深く息を吐き、壁にもたれかかる。予想もしていなかった事態に巻き込まれ、体はともかく心は大分疲弊してしまった。
少しでいいから、気持ちを落ち着けよう。
敢えて何も考えず、ぼんやりと無心を心掛ける。
すると、瞑想の間の扉が開き、美智雄さんが顔を見せた。
「やあ恭一郎君。気づいたら皆がいなくなっていたのだが、会談はどうなったのかい?」
「あー、その、色々ありまして……」
寝ていたのはふりではなく完全に本気だったらしい。
くらくらしていた頭に活を入れる意図も込めて、僕はこれまでの経緯を簡潔に美智雄さんに語っていった。
美智雄さんは話を聞き終えると、
「ふーむ、霊能力というのは凄いんだな!」
と、僕と同レベルの安易な感想を口にした。
少しばかり拍子抜けして、「それだけですか?」とつい聞き返してしまう。美智雄さんはすぐに、「それだけとは?」と上腕二頭筋を見せつけてきた。
なぜポージングを取られたのか分からず困惑するも、「いや、その」と尋ねてみる。
「美智雄さんもこの会談に呼ばれたんですから、霊能力者のはずですよね。だったらそれぐらい普通のことだ、みたいな反応とか、逆にいくら霊能力でもそんなことはできるはずない、みたいな反応を返されるものかと」
「ふむ。確かにそれはそうかもしれないな。しかし恭一郎君。前提として間違っていることが一つあるぞ。まず私は霊能力者ではない」
「え? でもだったら……」
「まあ待て恭一郎君。正確には私自身が、自分のことを霊能力者だとは考えていないということだ。大山祁さんや他の霊能力者がどう考えているかとは関係なくね」
今度は両腕を腰の位置に当て、胸を強調するかのようなポーズに変わった。
「それこそ先の話で恭一郎君は頻繁に『奇跡』という言葉を使っていたね。その所謂『奇跡』を、私は鍛え上げたこの筋肉によって起こすことが可能だ。例えばこんなのとか――」
美智雄さんは徐に拳を引いたかと思うと、次の瞬間に勢いよく前に突き出した。
衝撃波のようなものが体を駆け抜けた直後、「バン!」と大きな音がして玄関の引き戸が吹き飛んでいく。
まるで漫画のような一場面に、僕は口を半開きにしてただただ唖然とする。
美智雄さんは再び上腕二頭筋を見せつけながら、白い歯をきらりと光らせた。
「こうした力を見せていたら、いつしか霊能力じゃないかと言われ始めてね。それがまわりまわって大山祁さんの耳に届いたのか、こうして招待を受けたわけなんだよ。ま、私としては、これは筋トレの賜物であり、霊能力のつもりなど一ミリもないのだけどね」