奇術と奇跡は紙一重
「科学が霊能力の真似事でなく、真に霊能力自体を解明し再現できるようになるその日まで。我々は歩みを止めてはならない。姿を消してはならない。それが我々、力を持つ者の責務であると考える。そのために今やるべきこと。それを今回、皆と語り合うことで決められたらと考えている。私からの話は、以上だ」
長いような短いような、とにかく心に強い何かを与えてくれた大山祁さんの演説が終わる。
霊能力者会談の始まりを告げるにはこれ以上ないというほどの演説。
霊能力者ではない、ただの一般人である僕でさえも、大いに心を震わせられた。
皆ひたすら感銘を受けているのか、中々口を開こうとする者はいない。
しかし勿論、これは始まりに過ぎない。ここからが霊能力者会談の始まりである。
しばらく森閑とした時間が流れた後、ようやく皆を代表してか、クラーラさんが陶酔した表情を浮かべたまま口を開いた。
「大山祁大先生。大変素晴らしいお話し、有難うございました。私たちも霊能力者としての責務を果たすため、これからも挫けることなく精進し続けたいと思わせられる――」
「ちょっと質問宜しいっすか」
クラーラさんの話を遮り、この場にはそぐわない、ひどく不遜な声が響く。
声の主――三浦さんは、笑いを堪えている様子で皆を見回した。
「大山祁さんのありがたーいお話し、興味深く聞かせてもらいました。でもですよ、やっぱり気になることがあるんですよね」
「……気になることとは一体何です?」
昂っていた心に冷や水を掛けるような言葉に、クラーラさんが苛立ちを滲ませ聞き返す。
三浦さんはカメラを手で弄びながら言う。
「いやね。どうにも根本的なところで疑問がありまして。えーと、大山祁さんの話をざっくりまとめますと、科学は霊能力で起こせることをほとんどできるようにはなった。でも霊能力を解明できてはいない。つまりまだまだ発展の余地がある。ゆえに今後の科学の発展のためにも霊能力者を途絶えさせてはいけない――みたいな話だったと思うんですよ。でもこれおかしくないですかね?」
カメラから手を離し、挑発するようにトントンと、眉間を叩く。
「そもそも霊能力が本当に科学の進む先にあるっていうなら、こんなこそこそしてないで民衆の目の前でその力を見せつければいい。そうすればここで話し合いなんかせずとも霊能力を無視できなくなり、科学は霊能力解明に全力を注ぐことでしょう。それで大山祁さんの考えるハッピーな世界が到来するはずだ。にも関わらずあなた方はこんな山奥でひっそりと対談をしている――そこら辺、あなた方はどうお考えなんでしょうね?」
皮肉った笑みから飛び出したのは、霊能力否定派がする定番の質問の一つ。
三浦さんの空気の読まない態度は嫌いだが、彼同様ただの一般人である僕としても、実はその点はちょっと気になっていたところ。
固唾をのんで見守っていると、真っ先に卑弥呼さんが口を開いた。
「その答えなら簡単です。確かに私たちは大衆の前で力を見せることはできます。けれど、それが霊能力による力だと、科学者が納得するような形で証明することは困難だからです。例えば私には霊を見て、対話する力がある。フレンドリーな霊であれば多少のお手伝いをしてもらって、所謂奇跡は起こせるでしょう。けれど彼らは常に私のそばにいてくれるわけではないから、科学が求める再現性を提供することはできません」
さらにクラーラさんが、彼女の言葉に続く。
「加えて霊能力は、目に見える道具を必要としないだけで制限がないわけではありませんからね。周囲の環境や自身の体調によって大きく能力が左右されます。しかし霊能力がない方々はそうした点を理解しないため、できないとなれば途端にインチキだと騒ぎ立ててしまう。そんな状況下ゆえ、私たち霊能力者が隅に追いやられてしまうのは当然のことではないでしょうか?」
さらにさらに、クラーラさんの後ろに控えていた須藤さんも口添えする。
「つうか俺たちは普通に大衆の前で力を使ってるんだけどな。宜保先生はテレビに出て全国放送される中で能力を使用してる。クラーラ様も百万の信者の前で何度も何度も霊能力を使って所謂『奇跡』を起こしている。にも関わらず霊能力が認められないのは、あんたみたいな奴らが悪意を持って俺らを紹介してるからに他ならないだろ。正直よくそんな質問ができるもんだと感心しちまうよ」
これは中々に強烈な皮肉返し。
こうも一気に反論が返ってくる――それも筋の通ってるものばかり――となれば、三浦さんも苦々し気に黙り込むしかないのでは。
そう思い彼に顔を向けると、予想に反しその憎々しい笑顔に一点の陰りもできてはいなかった。
何度か手をプラプラと揺らした後、今も着こんでいる灰色トレンチコートのポケットに手を突っ込む。そこからオレンジ色のピンポン玉を一つ、人差し指と親指で摘まむようにして取り出し、僕達に見えるように顔の正面に持ってきた。
一体何をするつもりなのか。
ピリピリした空気が漂う中、三浦さんはピョーと気の抜けるような口笛を吹く。
と、次の瞬間。
一つしかなかったピンポン玉が二つに分裂した。もう一度ピョーと口笛を吹くと、ピンポン玉は三つに。さらにもう一度吹くと四つに。また吹くと五つに……。
三浦さんが下手な口笛を吹くごとに、指でつまむピンポン玉の数が増えていく。
そしてひときわ高く「ピョイー!」と口笛を吹いたかと思うと、三浦さんは腕を下に降ろし、その手の中から無数のピンポン玉を吐き出し始めた。
あっという間に、十、二十、三十と、数え切れないほどのピンポン玉が床の上を跳ね、転がり、埋め尽くしていく。
優に百は超えるであろう程吐き出されて後、ようやくピンポン玉ラッシュが終わる。
束の間の静寂。
呆気にとられる僕たちを前に、三浦さんは「ぷっ」と吹きだした。
「ちょっとちょっと! 奇跡を起こせる霊能力者の皆様がなんて顔で見つめてくるんですか! こんなの簡単な手品ですよ。もともとトレンチコートの中に大量のピンポン玉を隠し持ってただけ。あとは手から湧き出て見えるようにちょっと工夫しただけのことです」
指をさしてこそこないものの、一人一人の顔を見回しては愉快そうに腹を抱えて笑い声を上げる。
対して僕たちは、まだ何が起こったのか理解できず、誰一人として口を開く者はいない。
しばらくして笑いを収めた三浦さんは、「あ、片づけはすぐ終わるのでご心配なく」と、宙を手繰るような動作をし始めた。動きに合わせてするすると部屋中のピンポン玉が三浦さんに向かって転がり始める。
ピンポン玉が三浦さんのコートの中に吸い込まれていくのを見て、ようやく僕は、全てのピンポン玉に糸が取り付けられていたことに気づいた。
糸を手繰り寄せることでピンポン球を回収し終えた三浦さんは、改めてにやけた顔を僕らに向けた。
「今のはまあ、ちょっと練習すりゃあ小学生でもできる超初歩的な手品です。勿論ここにいらっしゃる超一流の霊能力者の皆さんであれば、こんなのに驚いたりはしないと思いますが……世の人は案外こんなものでも、超能力や霊能力なんじゃないかと誤解するんですよ。いわんやそこにもしサクラがいて、やれ奇跡だ神の御業だと騒げば集団心理によってあっさりと信じ込んでしまう」
いまだ呆けた表情をしている僕らに向け、三浦さんはカメラを構えパシャリと撮影する。
いい画が取れたのか満足げな笑顔を浮かべると、
「ちょっとした『奇術』で一見不可能な『奇跡』なんていくらでも起こせるんですよ。それにさっき大山祁さん自身が言っていたように、道具を使えば霊能力と同じ現象は引き起こせてしまう。そんないくらでも奇跡を『演じられる』世界でですよ。逆に聞きますけど、どうやって霊能力なんてものを信じろと仰るんでしょうね? それも再現性のない、環境や体調によってあっさり使えなくなる不完全な代物を」
そう言って、彼は挑戦的な視線を飛ばしてきた。