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大山祁霊能力者会談  作者: 天草一樹
一日目
11/30

大山祁霊能力者会談開始

 秒単位で発される鬱陶しい質問の数々を無視しながら、三浦さんを家の前まで連れていく。

 扉に手をかけた所で、ふとある考えが頭をよぎる。一瞬手の動きが止まるも、すぐに扉を横にスライドさせた。

 すると微かに思い描いた通りの光景が視界に飛び込んできた。

「三浦楠春様。あなたが来られるであろうことは、主より承っておりました。お部屋もご用意しておりますので、まずはそちらにご案内いたします」

 いつの間に家の中に戻っていたのやら。相も変わらず来訪者を察知していたらしい大麦さんは、三つ指ついて新たな来訪者を出迎えた。

 既に一度経験し耐性がついていた僕と違い、三浦さんは呆気にとられた様子で彼女のつむじに目を向ける。

 けれど彼もこの程度の事態は予想の範囲内だったのだろう。さほど動揺することなくにやけ顔を貼り直し、ピョーと口笛を吹いた。

「これはこれはご丁寧にどうも。すでに名前も知られてるみたいですしご挨拶の必要はないかもしれませんが、一応名乗っておきましょうか。フリーライターの三浦楠春です。以後お見知りおきを」

 空中で軽く手を振ったかと思うと、人差し指と中指の間に二枚の名刺が現れる。仰々しく腰を曲げながら一枚を大麦さんに。もう一枚を僕に渡してきた。

 大麦さんは能面じみた無表情を一切崩さず名刺を受け取ると、「それでは、こちらにどうぞ」と三浦さんを家の中に招き入れた。

 家に入る直前、彼は僕を見つめ小さくウインクを飛ばしてくる。

 何となく気色悪くて背筋をぞわっとした寒気が走る。

 二人が大山祁さんの座す修行の間に消えてから、僕はぽつりと呟いた。

「前職はマジシャン、だったりするのかな?」




 かくして大山祁山に集うことになった霊能力者とフリーライター御一行。僕は彼ら全員と面識を持ち、師匠の待つ客室に帰還した。

 師匠は相も変わらず壁にもたれて本を読んでいた。読んでいる本は『筋肉は世界を救う』から『青木ヶ原樹海にて』に変わっていたけれど。

 さて、散歩中に会った人たちのことを報告すべきだろうか。

 ちょこんとリュックのそばに腰を下ろしつつ思案する。

 基本的に師匠は用がないと喋らない。ちょっとしたスイッチが入ると急に長々喋り出すこともあるけれど、普段はかなり無口なお方である。

 そんなわけで、僕の方も不用意に声をかけたりすることは滅多にない。だからさっきまでのことを話すべきかどうか少し悩んでしまう。別に報告するほどの何かを得たわけではないし、このまま黙っていても問題ないようにも思う。でも全員集まったことくらいは言っておいた方が――

「どうやら全員集まったようだな」

 ぱたんと本を閉じ、師匠が唐突に声をかけてきた。

 さすがは人外師匠。まるで僕の心を読んだかのようなタイミングである。クラーラさん曰く、師匠の霊能力は『未来の分岐点を知る力』だったはずだけれど、それ以外にも秘めた力を数多く持っている気がする。

 まあそこら辺は、きっとこの会談中にはっきりしていくことだろう。

 僕はこくりと頷くと、師匠の前に移動した。

「でも、会談が始まるのは少し後になるかもしれません。三浦楠春っていうフリーライターが、どういうわけか呼ばれもしないのにここに来てるんです。たぶん彼の処遇をどうするかに時間がかかるんじゃないでしょうか?」

「それなら問題ない」

 僕の予想をばっさりと切り捨てて、師匠は音もなく立ち上がった。そしてリュックの中に本を戻すと、扉の前まで歩いていく。

「大山祁先生が来訪者を予測できていないはずがない。予定通りすぐにでも会談は始められるはずだ」

 そう言い終わると同時に扉がノックされ、大麦さんが部屋にやってきた。

 参加者が全員そろったため、瞑想の間まで来てほしいとのこと。

 師匠は軽く頷くと、すぐさま瞑想の間に向かって歩き出した。

 僕は慌てて師匠の背を追いつつ、やっぱり師匠は凄いなあと、幼稚な感想を抱いた。




 瞑想の間に到着すると、そこには大山祁さんはもとより、既に参加者全員が集まっていた。

 大麦さんもそうだけれど、須藤さんもいつの間にか家に戻っていたらしい。取り敢えず落ち着きは取り戻したようで、青木さんを睨むこともなく、黙って目を閉じている。

 皆がすでに集まっていたことに驚く僕と違い、師匠は動じた様子もなく空いている場所に腰を下ろした。

 今、霊能力者の皆さんは、円を描くように等間隔で座っている。

 並び順としては、時計の十二時の位置(部屋入って正面の奥側)に大山祁さん。二時の位置にクラーラさん。四時の位置に美智雄さん。六時の位置(部屋の出入り口辺り)に青木さん。八時の位置に深瀬師匠。十時の位置に卑弥呼さんと言った並びだ。

 また須藤さんやとよさんと言った助手・弟子ポジションの人は主の後ろにひっそりと控えている。三浦さんだけは円から外れ、部屋の隅(青木さんと師匠の間)でカメラを構えながら立っていた。

 僕も彼らに倣い、師匠の後ろに目立たぬよう座り込む。

 どこかにやけた顔をしている三浦さんを除き、皆真剣な面持ち。

 これから、令和の時代に生きる、霊能力者による、霊能力者のための、霊能力者会談が始まる。

 重々しい沈黙を破り、会談の口火を切ったのは、やはりこの人だった。

「皆の者。この度は我が招きに応じてくれたこと、感謝する」

 大山祁さんの、低く、腹に響く声が部屋を伝播する。

「時代も移ろいゆき、世を動かすのは霊力でも武力でもなく、科学へと移り変わった。ありとあらゆることが科学の力により可能となり、もはや霊能力に興味を持つ者など極僅か。胡散臭い。馬鹿らしい。あり得ない。我々霊能力者に投げかけられる言葉はどれも冷たいものだ。

 ならば、我々はこのまま時代の流れに沿い、姿を消すべきなのだろうか」

 一言一言に宿る重厚感が半端じゃなく、誰一人として口を挟むことができない。

 彼の言葉を遮ってはいけない。

 暗黙の了解が、全員に生まれていた。

「否。それは違う」

 大山祁さんの声が、僕らの心を呑み込んでいく。

「確かに、科学の力は偉大である。かつて霊能力でのみ起こすことができた奇跡。それらほぼ全てを、科学の力は可能にした。

 遠く離れた者と即座に連絡を取れる。

 一歩も動かずして世界中に視野を広げることができる。

 見た物を寸分たがわず映し出せる。

 空を飛ぶことも、海を歩くことすら可能となった」

 テレパシーの代替として電話が。

 千里眼の代替としてネットが。

 念写の代替としてカメラが。

 水上歩行、空中浮遊も機械の力を借りれば誰にでも、容易にできる。

 科学は霊能者の畑を奪ってしまったように思える。

 もう今の時代に霊能力なんて不要なのではないか。そんな思考が頭をよぎるも、

「だが、しかし」

 大山祁さんの圧倒的な声により、断ち切られる。

「科学と霊力では、その源があまりに違う。

 起こせる結果は同じなれど、その過程に必要となるものは全く別物。科学ではいくつもの手順を踏み、多様な器具を必要とする事象でも、霊力であれば即座に行うことができる。

 科学は霊力で為し得ることの多くを、誰もが使うことのできる技術に変えた。しかし霊力自体を科学で解明できたわけではなく、ここに科学の脆弱性が潜んでいる」

 一度目を瞑り、口を閉ざす。

 黙していても、びりびりと肌が震えるほどの威圧感が放たれており、全く気が休まらない。

 ――これが、霊能力者か。

 僕は自身の心に何か(・・)が湧き上がるのを、感じずにはいられなかった。


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