三浦さんとの会話
一方的に僕にそう言い渡すと、卑弥呼さんはクラーラさんをきつく一瞥し、家の中に入っていった。とよさんもその後ろをおどおどと付いていく。
残された僕は、さてどうしたものかと頭をかいた。
今の話を聞いた直後だと、このままクラーラさんと話を続けるのはちょっと気が引けた。別に卑弥呼さんの言葉を全面的に信じるわけではないが、かなりの部分今の僕の状態を的確に表しているように思えた。クラーラさんが以前から僕にやったのと似たような手――といってもただ普通に会話するだけだけど――を使って信頼を稼いできたのは間違いないのだろう。
ちらりとクラーラさんの方を見ると、彼も少し気まずそうにてかり輝く不毛の大地をかいていた。
「全くあの人は、相変わらず誹謗中傷好きで困りますね。彼女の方こそ嘘つきもいいところですが、さりとて恭一郎君としては、このまま私と話すことに躊躇いもあるでしょう。まあ図らずも、私が知っている今会談の参加者に関してはお教えできましたからね。あと一人、今年の会談には参加者がいますが、残念ながら私もその方については詳しく知りませんので」
「あと一人……」
まだ誰か紹介されていない参加者がいるのかと、これまでの会話を思い返す。そしてその人物がマッスル美智雄さんのことだなと思い辺り、少し頬を緩めた。
やっぱり美智雄さんは、霊能力者として有名なわけではないようだ。
「それでは、一度私も部屋に戻るとします。恭一郎君とまたお話しできるのを楽しみにしていますよ」
「あ、はい。どうも……」
こちらこそ楽しみにしている。そう言いかけたものの、卑弥呼さんの言葉がちらつき中途半端に声が途切れる。
クラーラさんは一瞬眉をピクリと反応させるも、笑顔で家の中に戻っていった。
さて、改めて一人玄関前に取り残される。
腕時計を見て時間を確認。いろいろと予想外の出会いがあったおかげか、散策を始めてから一時間近くが経過しようとしていた。
それなりに時間を潰すことはできたし、僕もいったん師匠の下に戻ろうか。
クラーラさんの言っていたことが真実であれば、僕は今回の参加者全員と既に面識を持つことに成功しているはず。暇を持て余して始めた散歩だったけれど、意外と有意義な時間になったと言えそうだ。
でも、部屋に戻る前に、もう一度山頂の空気を味わおう。
僕はここに来るまでに通った、木々が生い茂る山側に歩いていく。
そういえば、さっき家の裏手に回ってみたが、結局物置を外から見るだけで戻ってきてしまった。あのまま裏手を直進したらどんな景色が見えたのだろうか。まさか崖になっていて、先に進めない……なんてことは流石にないよね?
この場所が崖の上に位置するのを想像して背筋が凍るのを感じる。
真相は後で確認するとして、今は取り敢えず新鮮な空気を体に取り込もう。
僕は雑念を振り払い木陰に移動。大きく手を広げ深呼吸を行った。
先ほどまでの剣呑とした空気を吐き出し、マイナスイオン豊富な山の空気を取り入れる。
何度か深呼吸を繰り返すうちに、心がどんどん晴れやかになってきた。
かなり癖の強い霊能力者たちと数日共にする気力もこれなら保てそうだ。
そんなポジティブな心持になった僕の視界に、ふと見知らぬ男性が映りこんだ。
黒いユニットキャップに、首から下げた一眼レフが印象的な目付きの鋭い男。このクソ暑いなかにも関わらず、長袖の灰色トレンチコートを着込んでいる。山を登ってきたためか荒い息を吐いており、とても疲れた様子だが、なぜか口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
クラーラさんとはまた一味違った胡散臭さを醸し出したその男は、僕の姿を目に留めると、額の汗をぬぐいながら小走りで近寄ってきた。
「なあ君。ここが大山祁なんとかって自称霊能力者が住む山で間違いないよな?」
挨拶も何もなしに、興奮気味に語りかけてくる。
どうにも怪しい。
ここに集まってきた霊能力者の皆は、胡散臭い人や筋肉ムキムキの人はいたけれど、皆大山祁さんのことを尊敬しているように見えた。少なくとも自称霊能力者などと呼ぶような人はいなかった。
なのにこの男は、そもそも霊能力を信じていないような口ぶりに思える。
クラーラさんが間違えていなければ、今回の霊能力者会談のメンバー全員に僕は会えているはず。一体この男は何なのか?
僕は訝し気に、男に質問を返した。
「そうですけど……あなたはどなたですか? 霊能力者、には見えませんけど」
男はおどけた様子で体を仰け反らせると、「そりゃそうだ」と薄笑いを浮かべた。
「俺は三浦楠春っていう、しがないただのフリーライターだよ。霊能力なんて大層な力使えやしないさ。そういう君こそどうなんだい? ここでは今日から霊能力者による霊能力者のための霊能力者会談が行われるんだろ。ここにいるってことは、君こそ霊能力者なんじゃないのかい?」
見るからに嘲りを含んだ声色。
僕自身、まだそこまで霊能力を信じているわけではないが、だとしてもこうも馬鹿にした態度を取られると腹が立ってくる。
しかし沸き立つ怒りの感情とは裏腹に、ある違和感を覚え、頭は静けさを保ってくれた。
「僕は霊能力者じゃないですよ。深瀬師匠の弟子として付き添わせていただいている、ただの一般人です。それより、なんで三浦さんは今日ここで霊能力者会談があるって知ってるんですか?」
霊能力者会談は、霊能力者の今後を見据える大事な話し合いの場だと聞いている。一般人には会談の存在自体が極秘であり、一部の霊能力者のみに秘かに伝えられているのだとか。
そんな重要な会談の場に、明らかに霊能力を見下しているフリーライターがやって来る。どう考えたって普通じゃない。
三浦さんは皮肉気に口を歪ませ、ピョーと下手な口笛を吹いた。
「なあんだ。君は霊能力者じゃないのか。そいつは残念だよ。それで俺がどうして霊能力会談を知ってるかって? そりゃあ聞いたからに決まってるだろ。とある自称霊能力者にさ」
くいっと、意味ありげに顎で家の方を示す。
僕はつられて家の方に顔を向けた後――クラーラさんの顔を思い出した。
いや、特に大した意味があるわけじゃない。ただ今日僕があったメンバーの中で、彼のような人物を呼びそうなのがクラーラさんしか思い浮かばなかっただけなのだ。別に本当に他意はない。
僕は軽く首を振って妄想を打ち消し、少し自分の頭を整理した。そしてやはり、あの中に三浦さんを呼ぶような人物はいないという考えに至った。何せ彼ら全員が自分を霊能力者として売り出している人たち。こんな霊能力者をこけ降ろしそうなライターを呼ぶ理由など存在しないはずだからだ。
「そのとある自称霊能力者が誰か知りませんけど、少なくともここに集まった全員が、あなたのことをお呼びじゃないと思いますよ。悪いことは言わないので、今すぐ山を下りた方がいいんじゃないですか?」
「おいおい、そんな釣れないことを言うなよ。さっきから君は俺が霊能力者を誹謗中傷する記事を書きに来たと考えているみたいだが、それは誤解もいいとこだ。俺は単に真実を調べに来たんだよ。嘘の記事を書いて、霊能力者を貶めるようなことをする気はこれっぽちもないさ」
今すぐに唾を吐きかけたくなるような、憎らしい笑み。
霊能力なんかなくとも、彼が嘘をついていることは分かる。
とはいえ、今回の会談において師匠のおまけとしてついてきた僕に、彼を追い返すような権力はない。それに僕がやらずとも、大山祁さんにすぐさま山を下りるよう言われるだろうし、あまり気にする必要はないようにも思えた。
面倒事は人に押し付けてしまえという小市民的な考えのもと、「取り敢えず大山祁さんに挨拶に行ったらどうですか?」と話を切り上げにかかる。
しかし三浦さんはにやにやとした笑顔を張り付かせ、「君が案内してくれんじゃないのかい」などとぬかしてきた。
腹立たしいし無視して立ち去ってしまおうか。そう思うも、どうせ勝手についてこられるだろうと考え、肩を落とす。
面倒だけれど仕方がない。真っ先に出会ってしまったのが運の尽きだ。
僕は渋々ながら、彼を大山祁さんのもとまで案内することにした。