アーリエのアトリエ
王都に帰還した。
王都の塀にある門を、荷を運んできている二台の馬車を引き連れながら潜ると、民衆達が歓呼の声を上げて出迎えてくれた。俺たちが神国から持ち帰ってきた様々な褒美の品、土産物などの山を見て、どよめいていた。
そのまま、まっすぐに市街地の通りを突っ切り城まで行くと(もうすでにこの国に帰ってきている事は使者を出して伝えている)、王様はすぐ様、面会してくれた。王様に献上する為のいくつかの土産物と、皇ノ命と将軍家から預かっている感謝の書状を自ら手渡す。面会が終わると、俺たちは城に宛がわれた自分の部屋に落ち着いた。疲れていたのでベッドで一眠りしていると、しばらくしてから使用人が、部屋まで俺を起こしにきた。それから、その使用人達に貴族が着るようなお洒落な服に着替えさせられ、城の一階の広間へと連れて行かれる。そこには、すでにアーリエやプロヴダもいた。二人とも、今までに見た事がないドレス姿でいた。アーリエのドレスは水色で、化粧や装飾具まで付けているので、まるで輝かんまでの美しさだ。プロヴダは黄色いドレスを着ており、意外と着こなしている感じかしたので驚いた(プロヴダは戦士の国の戦士長の娘なので、案外ドレスなどは着慣れているのかもしれない)。
広間では、俺が知らない間にパーティーが始まっている様だった。俺たちが入ってくると、みんなが盛大な拍手で迎えてくれた。俺は使用人から手渡された、薄金色の飲み物が入ったグラスを片手に、王様たちと乾杯をした。それから、そのグラスの中の液体を一気に飲み干す。それは、どうやらシャンパンの様だった。
城の大臣や貴族などが、順番に挨拶をしにくる。俺は横に立つアーリエのサポートを受けながら、しどろもどろで挨拶を返していった。緊張のせいか、時折使用人が継ぎにくるワインを、グイグイと飲み過ぎてしまい、酔いがかなり早く回ってしまい、早々に自分の部屋へ引き揚げる事になっていた。
それから数日して、お城のパーティーと平行して行われていた、市街地の民衆達の祭りも終わり、王都にはまた平穏な日々が訪れていた。
市街地の芝居小屋では、また俺たちのスメラギ神国での活躍が舞台で演じられている様だった(ある事ない事語ったような話だが)。
そして、アーリエが到頭自分の店をオープンする事になった。店は王都のメインストリートに面した、二階建てのそこそこの間取りもある、なかなかの物件だった。
アーリエが店の奥にある薄暗い部屋で、商品として売り出す為の品を、自分で錬成するというので、俺とプロヴダも一緒に立ち会った。
アーリエは、俺と最初に出会った例の村の離れの家に住む前に、各地を旅して廻っていたらしく、希少な錬成素材などをいくつか収集していたらしい。前に一度村に戻った際、それらの品をこちらまで持ってきていたので、それらとまた王都などで集めた素材を使い、錬成を行うようだった。
アーリエが、錬成窯の中のよくわらない色をした液体を、ちょっと長めの棒でグルグルと掻き混ぜている。液体の表面からは泡が、ポコポコと湧き出ていた。
錬成窯は、アーリエの腰ぐらいまでの高さがある、丸い壺状の物だ。窯の口は大鍋ぐらいの大きさがあり、側面には縄文土器にも似たような、何をモチーフにしたのかよくわからない紋様が刻まれていた。底には鼎が付いており、設置は安定している。
アーリエはこれから万能の霊薬である、『エリクシャ』を錬成すると言い、その為の素材を壺の口の中に放り入れた。ユニコーンの角の削り粉、不死鳥の尾羽、マンドラゴラの干物といった、貴重な素材を放り込みながら、魔法陣が表紙に描かれてある分厚い本を片手に持ち、そこに書かれているのであろう呪文を唱えつつ、窯の中の液体を棒で掻き混ぜていた。
アーリエが呪文を唱え終わると、窯の中の液体が強い光を発し始めた。
眩いくらいに発しだした光が急速に収まると、光と共に発生していたモクモクとした灰色の煙の中から、デカい頭をした凶悪そうな目付きのおっさんが、窯の口の縁から頭を半分だけ出してこちらを覗いていた。本当にデカい頭で、窯の口いっぱいぐらいあった(窯の口の直径は80センチぐらいあるので、頭はそれよりも10センチ小さいぐらいだ)。
そのおっさんの肌の色はダークグレーで、眼球の白目に当たる部分も、黒目に当たる部分も真っ赤だった。
「あの……。ワシ、地獄の魔王なんだけど呼んだ?」
おっさんが第一声でそう喋った。アーリエは全力で首を横に振っていた。
「そう……」
地獄の魔王を名乗ったおっさんはそれだけ言い残すと、窯の中に頭を沈めてどこかへと消えた。
なんで地獄の魔王ともあろう者が、錬成窯の中から出現したりしたんだろう?「おかしい、おかしい」と言いながらアーリエが、例の魔法陣が表紙に描かれた錬成の書のページをペラペラと捲りながら慌てている。やがて、
「あっ!さっき使った素材は男性の性的不能を治す薬を作る為の素材だったようです!」
どうやらアーリエが使っている錬成の書の中のページが破かれており、呪文と錬成に使った素材が、一致していなかったらしい。今、使用している本は古本屋で買った物らしく、そういう事があるのも致し方ない。錬成はまた一からやり直しになった。
今度もまた、本に書かれている呪文を唱えながら、窯に中へカエルのヘソ、ハゲネズミの毛、ペンギンの歯などといった素材を放り込んだ。
すると、先程と同じように窯の中の液体が光を放ちだし、モクモクとした煙も溢れだし始めた。
そして、ついに釜の中から現れたモノは、さっき出会ったばっかりの地獄の魔王のデカい頭だった……。
今度も何故か、錬成の仕方が間違っていたようだ。
地獄の魔王も、
「いい加減にしないと、こっちの世界滅ぼしちゃうよ?」
と、少しご立腹気味だ。
俺たちは全員で地面に這いつくばって謝り、魔王様に地獄へ帰っていただいた。
アーリエが、「あれ〜?あれ〜?」と言いながらまた錬成の書のページを捲っている。そして、
「そうか!使っている本が間違ってたんですよ!これはケルベロスの飼い方について本でした!さっき使った素材はケルベロスの餌のようです……」
流石にそれは気付くだろう……。表紙が似ていたので勘違いしてしまったらしい。何故、錬成を間違うと地獄の魔王が現れるのかは謎だが、錬成はまた再度やり直しとなった。
今度は間違いなく錬成の書を手に取り、ページの内容も確認してから、錬成素材である枝についた豆、イカの足、泡の出る不思議なアルコール水を、錬成釜の中に放り込んだ。
アーリエが、錬成の為の最後の呪文の一文を唱え終わると、窯の中の液体がまたまた光り出し、煙もやはりモクモクと溢れ出してきた。だが、それからは何も起こらないようだった……。
「どうしたんだろうか?」とみんなが訝しんだ次の瞬間、錬成窯が大爆発した。
錬成窯は店を見事にフッ飛ばし、後には店の残骸だけが残っていた。俺たちには不思議とたいした怪我もなかったが、無事とはいえない恰好でその場で立ち尽くしていた。服は焼け焦げ肌も炭でまっ黒になり、頭もチリチリのパーマになってしまっていた。
アーリエが、またこれも何故か無事だった錬成の書の最後のページを開いてみると、そこには、『この書物に書かれた内容は、すべてフィクションです』という、注意書きがなされているようだった。
アーリエは錬成の書(偽)を地面に思いっ切り叩きつけていた。




