英・雄・爆・誕!
『まだゴブリン達と戦う』という選択肢は、俺たちの頭の中からは、すでに消え失せていた。
あれから、ボスゴブリンと話し合いをした後、洞窟を出て村へと帰っていった。
村に帰り着いた頃には、もう夕暮れ近くになっていた。
その日は、村長の家に泊めてもらえる事になったので、俺は家の裏庭で木のバケツに水を入れてもらい、その水で借りた布を使って体を拭いた後(少し肌寒かったが)、家の中で夕食をご馳走になった。
その後、すぐに就寝する事になった訳だが、アーリエは家の中、俺は家の外にある牛小屋で、そこに飼われている村長のロバと一緒に眠る事になった。村長の家には年頃の孫娘がいるので、そういう事になってしまった(確かに食事の時に、アーリエと同じぐらいの年の娘がいたが)。できれば、他の人の家に泊まらせてもらえるようにお願いしてもらいたいのだが、素性の知れない人間を泊めるのは、みんな嫌がるのかもしれない(俺もコミュ障だから、知らない人の家に泊まるのは嫌ではあるんだけど)。
流石に牛小屋でロバと一緒では、簡単には寝付けないと思っていたが、かなり疲れていたのもあり、目を瞑るとすぐに、ロバの体温を感じながら、深い眠りの底に落ちていた……。
次の日、朝っぱらから村の中央の井戸がある場所に、村人達が集まっていた。昨日、村に帰り着いてからすぐにアーリエが、村人達に朝からここに集まってもらえるよう知らせるようにと、村長に頼んでおいたからだ。そこには、村人達が全員集まれそうな、十分な広さもあった(村長の家からも近い)。
アーリエは、今回あった出来事についての詳しい説明を、集まった村人達の前で話した(俺はそれをアーリエのすぐ側で聞いていた。彼女は若者がゴブリン達にマグワイされてしまった話は伏せて話をしていた)。
アーリエの話を聞いた村人達の間で、どよめきが広がる。ゴブリンに襲われたというあの若者も、母親に付き添われてその場に来ていたのだが、話を聞いて声を荒げだした。
「俺の方が先にゴブリン共に襲われたんだ!奴等が嘘をついてるに決まってんだろ!」
「……ゴブリンの話によれば、最初に襲われたというゴブリン以外に、怪我をしたゴブリンはいないという事でした。ワタシたちも確認しましたが、確かに見当たりませんでした。アナタは昨日、『護身の為に一応剣も持っていたから、いくらか奴等を斬り伏せてやった』と話していましたよね?少しおかしくありませんか?」
「そ、そんなのゴブリン共が隠してるだけかもしれねぇじゃねぇか!」
「そのゴブリン達は希少種で、数が少ないんです。だから、ワタシたちが見た以上の数がいるとは考えにくいんですが……。しかし、確かに若者さんが言うように、ゴブリン達が隠している可能性も否定できません」
「だ、だろぉ?ゴブリン共の方が嘘をついてんだよ!」
確かに確かめる事が難しい事柄なので、若者の言い分も否定はできない気がする。
「……そういやぁ、オメェ。『伝説の勇者様』に憧れて、よく森の中で剣を振り回してたよなぁ?『今ならゴブリンぐらい、余裕で倒せそうだ!』とかも言ってたし」
回りで話を聞いていた年配の男性が、そう証言した。
「そうだねぇ……。アンタよくウチの仕事をサボって、森で一人でなんかしてたわねぇ……」
若者の母親も、そう発言した。
「べ、別にいいじゃねぇか!今!そんな事っ!」
俺もなんとなくだが事情が読めてきた。ゴブリンの話が本当で、若者が嘘を突いているとするならば、『伝説の勇者様』なるものに憧れていた若者は、家の仕事をサボり森の中でよく剣の練習をしていた。そこに一匹で近くを彷徨いているゴブリンを見掛けたので、腕試しにと襲いかかったのだ。しかし、ゴブリンの仲間達にそれが見付かり、逆に返り打ちにされたあげく、遂にはマグワイまでされてしまうという事態に陥っていたのだ。
それから何故かアーリエが、足元に置いてあった自分の鞄の中からあの金の杖を取り出し、それを若者の方に向けていた。
「ウワアアアアアアアアアアッ!!」
若者はまた例の如く叫び出した後、後ろを向いて屈んでいた。
「な、何してんだよ!早くそいつをしまってくれよ!」
「確かにどうでもいい事ですよねぇ……。アナタがゴブリン達にアレをされた事も……」
若者の肩がビクッとした。
「記憶違いという物は誰にでもある物ですよ。もしかして、アナタも記憶違いなされてるんじゃないですか?」
アーリエが金の杖を持ちながら、若者を少しずつ近寄っていく。若者は背を向けたまま、無言で震えていた。しかし、アーリエが若者から後少しの距離まで近付いた所で若者は、
「わ、わかったよ!た、確かにあの時は俺も興奮してから、先に俺の方から攻撃した可能性もあるよ!」
若者の主張が変わった。変わったというか変えさせられた訳だが……。若者が何故意見を変えたのか、俺にはまだよくわかっていなかった。
「そ~ですよね!記憶違いは誰にでもある事ですから!」
アーリエが強引に話をまとめる。
「あのゴブリン達は希少種で、人を襲ったりはあまりしないタイプのゴブリンでした。しかし、絶対に襲わないとは当然言い切れません。……ですが、ご安心ください!こちらにいるこの方は、あのゴブリン達から『王』と呼ばれる程の存在だからです!」
アーリエが手で、俺を差し示した。
村人達の間でまたどよめきが広がる。俺もまさか、アーリエにこんな紹介のされ方をするとは思っていなかったので、キョドキョドしている。
アーリエがみんなに向かって、俺の活躍についてある事ない事を語り始めた。やれ、俺がゴブリンの方に手を翳すと、ゴブリンが洞窟の壁の方に吹っ飛んだだとか、俺がちょっと力みだすと身体から眩い光が出て、ゴブリン達が恐れおののいて土下座をし始めただとか、そんな内容の事を話している。村人達はその話を素直に信じているようだった。
村の御婦人方はその話を聞いて、「確かにあの方、よく見れば勇ましい顔していらっしゃる気がするわ」だとか、「私は一目見たときから、なんとなく胸が騒ぐような素晴らしい方だと思っていたわ」だとか、口々にしている。
女性陣からは、艶のある賞賛の声を浴び、男性陣からは軽い嫉妬を受けていた。
ゴブリンに襲われたあの若者も、俺を見る目が少し変わり、俺とちょっと目が合っただけで、頬を赤らめて顔を反らしていた。なんだか嫌な予感がする……。
そんなザワつく村人達の中から、村長が俺たちの前へと歩み出てきた。
「そこの方が、それ程の人だとは思いませんでしたじゃ。今までの数々の御無礼をお許しください……。できれば、その力をお貸し頂いて、村の平和の為にも、ゴブリン達を退治しておいた方がよいのではないですかな?」
悪魔でゴブリンを退治してもらう事を希望している。確かに、その方が後腐れはないだろう。
「確かにそうですが……。この方は心がお優しいので例えモンスターでも、生き物を殺したりは出来ないお方ですし、ワタシの魔法でもゴブリン達を全て退治するのは厳しい。もしそれでもなんとかしたいなら、村の男性達が総出で行くか、他の手段を取るしかありません。ゴブリン達は出来れば村の方々とは、仲良くしたいと言っていたので、しばらくは様子を見てから判断してもいいのではないでしょうか?もし、本当に何か起これば、今度こそワタシ達がなんとかします!」
「むぅ……。アナタがそれ程までに仰るのであれば、これ以上は何も言えませんな……」
そんな訳で、今回のゴブリン騒動は、これで一端終わりという事になった。俺はほとんど何もしていなかったのに、この村では『英雄』という事になった様だった。