第5話:しょっぱい誘惑~おやつの時間~
ハローワークから戻るとまた腹が減ってしまった。
昼食が卵かけご飯一杯だったのだから仕方ない。
俺はダイニングへ向かった。
ダイニングテーブルの上にはのり塩味のポテトチップスが三袋置かれている。
誰にも一つや二つはこだわりの品があると思う。
かの有名な小説家、アーネスト・ヘミングウェイは「モヒート」というカクテルを愛飲していたことで知られている。
俺も酒、特にウオツカにはこだわりを持っている。
ウオツカの中でも瓶の中にズブロッカ草の茎が入っている香り豊かな「ズブロッカ」が俺の一番のお気に入りだ。
のり塩味のポテトチップスはボスの大好物で、こだわりの品と言っても過言ではない。
俺一人で食べることは決して許されない。
もし俺一人で食べてしまえば、待っているのは延々と続くボスのお小言だ。
決してポテトチップスに手を出してはいけない……。
それにしても喉が渇いた。ハローワークでの検索結果が芳しくなかったことで落ち込んでもいる。
俺は冷蔵庫から第三のビールを取り出し喉を潤した。
「く~っ!」
平日の午後に飲む酒は実に美味い! 専業主夫だからこそ味わえる役得かもしれない。
第三のビールを飲んで一息ついた後、俺はダメだとわかっていながらも無意識のうちにポテトチップスの袋の封を開け食べ始めてしまった。
口の中に広がるのり塩味のポテトチップスの食感と同時に薄れていく酔い心地……。
俺は瞬く間に青ざめていくのがわかった。
「俺はなんてことをしてしまったんだ!」
俺は大声で独りごちた。
やっちまった、やっちまった! 俺は取り返しの付かないことをやっちまった!
いや待て、竜作。俺はまだ一口しか食っていない。今ならまだ笑って済ませられるレベルだ。落ち着け……。
落ち着きを取り戻すためにまた第三のビールで喉を潤す。またポテトチップスを一口頬張る。
声にならない悲鳴が上がる。
ダメだ、竜作。おとなしくポテトチップスの袋を手放すんだ。今ならまだ間に合う。今なら「ポテトチップス少し食べちゃった。てへっ!」で済ませられるかもしれない。
俺は食べかけのポテトチップスの袋に洗濯バサミで封をして、何事もなかったかのようにダイニングテーブルの上の残り二袋のポテトチップスの隣に置いた。
危なかった。もう少しで「一袋全部食っちまえよ!」という悪魔の囁きに耳を傾けるところだった。
俺は第三のビールを一缶飲み干してたばこを吸いにベランダへと向かった。
ふと手元を見るとたばこを持つ左手とライターを持つ右手が小刻みに震えていた。