第27話:懇親パーティーの夜
八月一日金曜日午前七時五十六分。ボスは会社に行く身支度を整えながら俺に言った。
「今日は懇親パーティーで帰りが遅くなるから夕飯は適当に食べてね」
ボスの勤める会社では、毎年八月の第一週の金曜日に暑気払いを兼ねて懇親パーティーが開催される。
「今日はなるべく早く帰って来てもらいたんだけど、懇親パーティーは欠席できないのか?」
「今回の懇親パーティーは私の昇進祝いのパーティーでもあるの。主役が欠席するわけにはいかないわ」
「……、そっか、それじゃ仕方ないか……」
「懇親パーティーは八時半には終わるから。終わったら寄り道しないでまっすぐ帰ってくるわ。竜作は家でおとなしく留守番しててね。それじゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
ボスはお気に入りのレディススーツに身を包み出かけて行った。
午後八時半過ぎ。携帯電話にボスからのメールが届いた。
『少し飲み過ぎました。今から帰ります。』
『気をつけて帰って来てね。』
俺はすぐに返信メールを送った。
返信メールを送った後、俺は自室のデスクトップパソコンでココデースの位置情報表示ソフトを起動させ、ボスの現在の位置情報を調べた。すると、ボスの現在位置を示すマーカーは会社の最寄り駅とは逆方向に高速で移動していた。
俺がボスの位置情報を確認していたところで携帯電話に虎之介から連絡が入った。
『剣崎だ! 竜作、すまん! 恭子さんが奴らに連れ去られた!』
『なんだって?』
『今奴らの乗っているミニバンの後を追っている! 奴らはガルジヤ王国の大使館に向かっているようだ!』
『わかった! 俺も大使館に向かう!』
『恭子さんのことは俺の命に代えても救い出す! 大使館で落ち合おう!』
『ああ!』
俺は虎之介との電話を切ると、住崎さんに連絡した。
『竹田です! 恭子がネクタイゴリラ達に連れ去られた! 奴ら大使館に向かっているようだ! 住崎さん、いや、『キャサリン』、恭子の救出を手伝ってくれ!』
『了解しました! 作戦準備をして竹田様のご自宅前でお待ちしております!』
『わかった、俺もすぐ準備する!』
住崎さんとの電話を切り、急いで出かける準備をしている最中に、携帯電話に知らない電話番号からの着信があった。俺はすぐさま電話に出た。
『はい、竹田です!』
『お前の妻を預かった。使いの車に乗ってガルジヤ王国の大使館まで来い』
『恭子は無事なのか? 声を聞かせろ!』
『お前の妻は今のところ無事だ。しかし、お前が抵抗すれば命の保証はしない』
俺が返事をしようとしたところで電話の主は一方的に電話を切った。
自宅を出て自宅マンションの入口に着くと、一台の黒のミニバンが自宅マンション前の道路に停車しており、エドガー、シュウゴ、ロウの三人と住崎さんが、俺が来るのを待っていた。
「竜作、乗ッテクレ」
エドガーに促されてシュウゴに続いて俺はミニバンの後部座席に乗り込んだ。俺の後に住崎さんも乗り込んだ。俺と住崎さんとシュウゴがミニバンの後部座席に乗り込むと、エドガーが運転席、ロウが助手席に乗り込み、間髪入れずにミニバンを急発進させた。
ミニバンの車内で俺はシュウゴに両手を後ろ手に回されロープで縛られた。
「悪イガ我慢シテクレ。ロープハ簡単に解ケルヨウニ縛ッテアル」
「竜作、スマン。イブリース王子カラB班ニ恭子王女ヲ拉致スルヨウニトノ命令ガ下ッタ。オレ達ノ家族ガ無事救出サレルマデハ、イブリース王子ノ言イナリニナルシカナイ……」
エドガーがミニバンを運転しながら言った。
「恭子は無事なのか? とにかく大使館に急いでくれ!」
「アア、ワカッタ!」
「住崎さん、人質救出作戦の決行を早めることはできないか?」
「少々お待ちください。あと作戦実行中は私のことは『キャサリン』とお呼びください」
そう言うと、住崎さんは腰からぶら下げていたスマートフォンよりも一回り大きい携帯電話でどこかに電話をかけ始めた。
「その携帯電話は?」
「衛星電話です。これでガルジヤ王国の人質救出部隊と連絡が取れます」
『こちらキャサリンです。竹田様の奥様が拉致されてしまいました。事態は急を要します。人質救出作戦の開始を早めてください!』
『…………』
『よろしくお願いします』
短いやり取りで住崎さんは衛星電話を切った。
「人質救出部隊の人は何て言ってました?」
「人質救出部隊のリーダーは、ただ一言、『善処する』と言っておりました」
頼む。今は人質救出部隊の「善処する」という言葉に期待するしか無い。イブリース王子にネクタイゴリラ達の家族が人質に取られ、ボスも拉致された今の状態では下手に手を出すことができない……。
住崎さんが衛星電話で人質救出部隊に連絡を取っている間に気づいたのだが、住崎さんは夜間戦闘用の戦闘服と戦闘防弾チョッキを着用し、手にはサブマシンガンを、腰には二丁の拳銃を携えていた。
「住崎さん、いやキャサリン、あなたが持っている銃はもしかして本物?」
「はい、本物です。私は政府から有事の際には銃火器を所持、使用することを特別に許可されています」
住崎さんはあたかもそれが至極当然であるかのようにあっさりと答えた。
「こんな状況になって言うのも何だが、死傷者はなるべく出したくない。キャサリン、銃を使うのは最終手段にしてほしい……」
「……、了解しました……」
「竜作、君ハ優シイ男ダナ……」
助手席に座るロウがぽつりと言った。
大使館に向かう途中で携帯電話に虎之介から連絡が入った。住崎さんにジーンズの左後ろポケットから携帯電話を取り出してもらい、俺の左耳にあててもらった。
『剣崎だ。すまない、大使館に向かう途中で恭子さんを救出できなかった。奴ら恭子さんを大使館の中に連れて行った』
『恭子は無事なのか?』
『竜作、お前が大使館に着くまではおそらく恭子さんに手出しはしないだろう』
『虎之介、恭子を助けるのに協力してくれ!』
『ああ、恭子さんが連れ去られたのは俺達のミスだ。もう国際問題云々なんて言ってられねえ!』
『ところで虎之介、お前達武器は持っているのか?』
『……、俺達が装備しているのは、おもちゃのエアソフトガンだ……。しかし、使いようによってはれっきとした武器になる!』
『その言葉、信用するぞ! 俺は両手を縛られて身動きができない。住崎さんと虎之介、お前達が頼りだ!』
『住崎はお前と一緒に行動しているのか?』
『ああ、キャサリンは完全武装で俺と一緒だ!』
『お前が大使館に入ったら五分後に住崎とともに大使館制圧作戦を開始する。それまで我慢してくれ』
『……、ああ、わかった』
虎之介が電話を切ると、俺は住崎さんに俺が大使館に入ってから五分後に大使館制圧作戦を開始する旨と、その作戦に参加するように伝えた。
「竹田様、お耳を拝借します」
そう言うと住崎さんは俺の左耳の穴に何かを差し込んだ。
「これは?」
「小型のイヤホンです。ぱっと見では付けていることはわかりません。このイヤホンで剣崎主任と私の通信を聞くことができます」
「わかった。状況は逐一報告してください」
「了解しました」
車を走らせることおよそ四十分、俺達の乗るミニバンはガルジヤ王国の大使館に着いた。




