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第25話:男の涙

 七月二十八日月曜日午前七時、天気は晴れ。俺はレンジマン二号を使ってのトーストとハムエッグ作りに挑戦していた。

 挑戦と言ってもほとんど手間はかからなかった。鉄板の上にアルミホイルを敷きその上に生卵を割り入れ、鉄板の余ったスペースに食パンを置いてレンジマン二号のスタートボタンを押す。たったこれだけ。コーヒーメーカーでコーヒーを作りながら待つことおよそ十三分でできあがりだ。

 七時十五分、ボスをそっと起こす。ボスの今朝の目覚めは良いようだ。

 二人揃ってダイニングテーブルにつき朝飯のトーストとハムエッグを食べながら爽やかな朝食のひと時を楽しむ。

 八時十五分、ボスが出かける時間だ。

「それじゃ竜作、行ってきます!」

 慌ただしくボスが玄関から出て行く。

「行ってらっしゃい、気をつけてね」

 聞こえたかはわからないが俺は挨拶を返す。

 ボスが自宅から出かけた後、俺は「うずしおくん」を使って洗濯を始めた。洗濯が終わるまでの時間をリビングでテレビを見ながら過ごした。洗濯を始めてから約四十分後、洗濯が終わり洗いたての洗濯物をベランダに干した。




 午前十時。俺は散歩に出かけた。いつものハローワークに行く途中にある公園のベンチに座りコーラを飲んでいた。大事な作戦決行の前にアルコールは飲まない。

 俺が計画を練った作戦とは、三人のネクタイゴリラ達を取り押さえて尋問するという少々荒っぽい作戦だ。あわよくば俺達夫婦の監視を止めさせたいと考えていた。

 今日も相変わらず距離を置いて三人のネクタイゴリラ達が俺の周りに張り付いている。

 午前十時十五分。俺は携帯電話で住崎さんに連絡を入れた。

『もしもし、竹田です。これより作戦を決行します。ネクタイゴリラ達を取り押さえて住崎さんのアジトに連行しちゃってください』

『……、了解しました。作戦を決行します……』

 しばらくするとネクタイゴリラ達は虎之介の部下に取り押さえられ、俺の周りから姿を消した。俺は住崎さんからの連絡を待った。

 午前十時半過ぎ。携帯電話に住崎さんから連絡が入った。

『はい、竹田です』

『住崎です。不審者三名を(わたくし)のアジトに連行しました……』

『はい、ありがとうございます。これからそちらに向かいます』

『……、了解しました。お気をつけていらしてください……』

 俺は電話を切ると急いで住崎さんのアジトに向かった。




 住崎さんのアジトに入ると、広さ八畳ほどのワンルームの中に住崎さん、三人のネクタイゴリラ、その他虎之介の部下と思われる者六人、総勢十人が揃っていた。虎之介の部下と思われる者達は、よく俺の自宅周辺を仲良くジョギングしていた若い夫婦と思しき者達や、ハローワークに行く途中の公園でよく日向ぼっこをしていたおっさんなど、見覚えのある顔の者達が含まれていた。

 ネクタイゴリラ達は、床に座らされて手を後ろ手(うしろで)に回され指錠をかけられて、口には粘着テープが貼られている。彼らは身を震わせてうめき声を上げていた。

「住崎さん、ガルジヤ語で彼らに静かにするように伝えて」

「……、了解しました……」

『お前達、おとなしくしろ! さもなくば殺すぞ!』

 住崎さんの言葉を聞くとネクタイゴリラ達はおとなしくなった。

「日本語は通じるのかな?」

 俺の問いかけに対して、三人のネクタイゴリラはそれぞれこくりと頷いた。

 俺はネクタイゴリラ達の中でも一際でかい短髪頭の奴の口の粘着テープを外した。

「俺は竹田竜作だ。お前達、俺のことは知っているよな?」

「アア、知ッテイル。我ガガルジヤ王国ノ次期国王候補ダ……」

「お前達は誰の差し金(さしがね)で動いている? お前達のボスは誰だ?」

「オレ達ノボスハ、ガルジヤ王国ノ第六王子、イブリース・ガルジヤ王子ダ」

「お前達が俺達夫婦の命を狙っているのは本当か?」

「……、本当です。その証拠に彼らはサイレンサー付きの拳銃を所持していました……」

 俺のネクタイゴリラに対する問いかけに対して、住崎さんが答えを述べた。

「アア、イブリース王子カラ君達夫婦ヲ殺スヨウニ命ジラレテイル。シカシ、オレ達ハ君達夫婦ヲ殺ス気ハナイ……」

 短髪頭のネクタイゴリラの言葉に他の二人のネクタイゴリラも頷いていた。

「イブリース王子ガ国王ニナルヨリ、竜作、アナタガ国王ニナッタ方ガ遥カニ良イニ決マッテイル! 頼ム! オレ達ヲ助ケテクレ!」

「俺がお前達を助ける? 一体どういうことだ?」

「オレ達ハ、イブリース王子ニ家族ヲ人質ニトラレテ、仕方ナク任務ニツカサレテイルンダ……」

「……、そりゃあ許せねえな……」

 ネクタイゴリラの言葉を聞いて俺の心の中に怒りがこみ上げてきた。

「頼ム、竜作! オレ達ノ家族ヲ助ケテクレ!」

 短髪頭のネクタイゴリラは俺に涙を流しながら訴えた。他の二人のネクタイゴリラも涙を流しながらうめき声をあげた。

「……、竹田様、いかがいたしましょうか……」

「どうしたもんかな? 正直困っているよ……」

 しばらく考えあぐねていると、長髪のネクタイゴリラの腹が鳴った。腕時計を見ると午前十一時二十分を過ぎていた。

「……、昼飯時だ。腹減ってるんだろう? 昼飯を食いに行こう」

「……、竹田様、よろしいのですか?」

「うん、これからのことは昼飯食いながら考える!」

「……、しかし、彼らが抵抗したら……」

「モウ抵抗ハシナイ。伝説ノ傭兵『ブラッディ・キャサリン』ノ前デハ、オレ達ハ赤子モ同然ダカラナ……」

「『ブラッディ・キャサリン』って、住崎さんのことか?」

「アア、ソウダ」

「……、そう呼ばれていたのは過去の話です……」

「そっか……。俺も腹減った! とにかく昼飯を食いに行こう!」

 ネクタイゴリラ達の拘束を解き、俺、住崎さん、三人のネクタイゴリラ、その他虎之介の部下六名の総勢十一人で駅前のファミレス「トミーズキッチン」に昼飯を食いに行った。ネクタイゴリラ達は虎之介の部下六人に囲まれながら俺の後をとぼとぼと付いて来た。




 トミーズキッチンに入ると、俺達は喫煙席の六人掛けのテーブル席を二つ陣取った。

二つのテーブル席には、俺と住崎さんとネクタイゴリラ達の五人と、虎之介の部下六人とに分かれて座った。

「腹減ってんだろ? ここは俺の奢りだ。ジャンジャン食え! あっ、でも虎之介の部下の方々は自腹でお願いしますね。住崎さんの分は俺が払いますよ」

「……、ありがとうございます。ご馳走になります……」

「この店の一番のお勧めはジューシーハンバーグだ! 美味いぞ!」

「ハンバーグヲ食ウナンテ久シブリダ……」

 長髪のネクタイゴリラが言った。

「オレモ……」

「オレモ……」

 残りの二人のネクタイゴリラもハンバーグを食うのは久しぶりのことらしい。

「……、(わたくし)もジューシーハンバーグが食べたいです……」

「それじゃ決まりだな!」

 俺は呼び出しボタンを押して店員を呼び、五人分のジューシーハンバーグを注文した。

「この店はランチタイムはサラダバー、ライスが食べ放題だ。好きなだけ食ってくれ!」

 注文して待つことおよそ十五分。五人分のジューシーハンバーグが運ばれてきた。

 ネクタイゴリラ達はジューシーハンバーグが運ばれて来るやいなや、ガツガツと食べ始めた。三人ともよほど腹を空かせていたらしい……。かたや、住崎さんは物静かに食べ始めた。




「……、あの、竹田様……」

 ジューシーハンバーグを食べ終えた住崎さんが俺に声をかけてきた。

「はい、なんでしょうか?」

「……、ジューシーハンバーグおかわりしてもよろしいでしょうか?」

「へっ?」

「オレモ!」

「オレモ!」

「オレモ!」

「へっ?」

 俺は呆気にとられながらも四人分のジューシーハンバーグを追加注文した。その後、住崎さんとネクタイゴリラ達は、もう一度ジューシーハンバーグをおかわりし、結局四人はそれぞれ三人前のジューシーハンバーグをたいらげた……。

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