第23話:玄さんの祝勝会
午後五時五十分。ボスと俺は、玄さんとの待ち合わせ場所の自宅最寄り駅の改札口に向かった。
ボスと俺が駅に着くと、玄さんは既に駅の改札口付近でスマートフォンを右手で操作しながら俺達が来るのを待っていた。
「こんばんは、玄さん。待たせちゃったかな?」
「おう、竜ちゃん! 俺も今着いたばかりだよ!」
「そっか、玄さん。紹介するよ。俺のカミさんの恭子だ」
「はじめまして、竜作の妻で竹田恭子と申します。竜作がいつもお世話になっております」
ボスは玄さんに丁寧に挨拶をした。
「はじめまして、岩田玄三と申します。いつもお世話だなんて、俺は竜ちゃんにハローワークの求人検索機の使い方をちょっと教えただけだよ」
「あら、そうなんですか? 竜作にしては珍しいことだわ」
使い方がわからなかったわけじゃない。実は初めてのことでちょっとビビッてただけだ……。
「竜ちゃんの奥さんは外国人さんかい? 流暢な日本語を話すね?」
「いえ、みなさんによくそう言われますが、私、日本人の父とインド人の母から生まれたハーフなんです」
「へぇー、ハーフかい? 竜ちゃんの奥さんはべっぴんさんだねぇ」
「あら、お褒めいただき嬉しいですわ」
「さぁ、挨拶も済んだことだし、それじゃ飲みに行こうか!」
俺は玄さんとボスを促した。
「おう、行こう行こう! 今日はジャンジャン飲むぞ! ところで竜ちゃん、もう店は決めてあるのかい?」
「ああ、昨日予約しておいた」
「そりゃあ手際がいいね! ありがたい!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
玄さんとボスと俺の三人は、予約した居酒屋のある駅前の雑居ビルに向かった。
俺達の向かった先は、雑居ビルの三階にある全国にチェーン展開している焼き鳥居酒屋の「鳥政」だ。俺達夫婦は時たまこの店に飲みに来ている。
「竜作、岩田さんの再就職のお祝いよ。もっと良いお店の方が良かったんじゃないの?」
「いや、玄さんとは支払いは割り勘でと話していたんだ。昨日の時点では特別ボーナスはもらえてなかったし、小遣いの範囲内で支払える店を選んだんだ」
「恭子さん、俺らにとっちゃこういった居酒屋の方が気兼ねなく飲めるんだ」
「そうですか。それなら良いんですけど……」
「玄さん、割り勘でと言っていたが、今日はやっぱり俺に奢らせてくれよ」
「えっ? いいよ、竜ちゃん。割り勘にしようぜ」
「いえいえ、岩田さんの再就職のお祝いなんですから、今日は私達に払わせてください」
「そ、そうかい? 竜ちゃんありがとよ。ここは一つお言葉に甘えさせていただくよ」
「ああ、今日は俺の奢りだ。ジャンジャン飲もう!」
店に入ると威勢の良い店長が挨拶をし俺達を出迎えてくれた。俺達は店長に案内されて喫煙席のテーブル席に座った。嫌煙家のボスには申し訳ないが、主賓の玄さんがたばこを吸うので今日は喫煙席にさせてもらった。
「いらっしゃいませ! まずお飲み物は何にしましょう?」
「大ジョッキ二つとカシスウーロンを一つ」
ボスのお気に入りの酒はカシスウーロンと梅酒のロックだ。
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
しばらくすると店員が大ジョッキ二つとカシスウーロンを一つを運んできた。
「それでは、玄さんの再就職を祝して乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
俺の乾杯の音頭で玄さんとボスと俺は乾杯をした。二つの大ジョッキと一つのグラスがぶつかり合う音が一瞬店内に響いた。
酒のつまみに焼き鳥の盛り合わせ、枝豆、海鮮サラダ、若鶏の唐揚などを注文し、それらを食べながら俺達三人はハイピッチで酒を飲み進めた。ハイピッチで酒を飲みつつも俺はなるべく酔わないように終始大ジョッキを飲んでいた。
「竜ちゃんは酒が強いんだな? 俺なんかもうできあがっちまってるよ」
あまり酒に酔わない俺に玄さんが聞いてきた。俺は結構酒には強い方だ。玄さんは終始上機嫌で、再就職先の金型加工会社の好待遇ぶりを、何度もボスと俺に自慢気に話していた。
酒を飲みつまみを食べながら談笑をしていると、「夫婦とはなんぞや」という話題で盛り上がった。玄さんは独自の持論を展開したが、結局「旦那が嫁さんの尻に敷かれている方がうまくことが運ぶ」という結論に至った。その結論を聞いたボスは大笑いしていた。
「ところで、竜ちゃん。歳はいくつだ?」
「今年で三十五になる」
「失礼だが恭子さん、歳はおいくつだい?」
「私は今年で三十二歳になります」
「そうか、竜ちゃん達はまだ若い。これから苦労することもあると思うが、夫婦仲良けりゃ何とかなるもんだ! 頑張んなよ!」
ボスと俺は玄さんに励まされた。
玄さんの祝勝会は、三時間ほどに及んだ。祝勝会が終わる頃には玄さんは完全にできあがっていた。
玄さんをこのまま一人で帰らせるのは不安だと思い、玄さんにはタクシーで自宅まで帰ってもらうことにした。俺は会計を済ませる前にトイレに行き、トイレの中から携帯電話で虎之介と連絡を取り、玄さんの乗るタクシーが無事玄さんの自宅に着くまでの護衛を頼んだ。玄さんの護衛にはバイクが二台付くことになった。
俺は駅前のタクシー乗り場でタクシーを拾い、玄さんをタクシーに乗せた。
「竜ちゃん、恭子さんを泣かせるようなことしたら俺が許さねえからな!」
「ああ、肝に銘じておくよ」
いつのまにか玄さんは「竹田恭子ファンクラブ」の会長に就任していた……。
玄さんを乗せたタクシーが走りだすと、後を追って虎之介の部下が運転していると思われる二台のバイクが、タクシー乗り場で見送っていたボスと俺の前を走りすぎていった。
玄さんを乗せたタクシーを見送ると、ボスと俺は寄り道せずにまっすぐに家路についた。
相変わらずネクタイゴリラ達は俺達に張り付いている。どうにもこうにもうざったい……。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」、俺は自宅へと向かいながら一計を案じた。




