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第22話:殉職~電子レンジの「レンジマン」朝焼けに逝く~

 七月二十六日土曜日。昨晩はなかなか寝付けず、睡眠も浅く今朝は日の出前に起きてしまった。

 自室のデスクトップパソコンでネットサーフィンをしながら日の出前の時間を過ごす。

 しばらくネットサーフィンしていると、自室の東側の窓の向こうが白んできた。

 たばことライターと携帯灰皿を持ち、西側のベランダではなく東側の玄関を出て、玄関脇の花台に携帯灰皿を置いてたばこを吸い始める。朝焼けが目に染みる……。

 たばこを吸っていたら腹が鳴った。俺は朝食時にはかなり早いが朝飯を食べることにした。

 キッチンで目玉焼きを作り、昨晩炊飯ジャーで炊いた後冷蔵庫に保管しておいた飯を丼によそい、丼を電子レンジに入れ電子レンジの電源ボタンを押して飯を温める……。

 ん? おかしい? 電子レンジの電源が入らない……。

 コンセントには電子レンジのプラグが差し込まれている。電子レンジの電源ボタンを何度も押してみたが電源が入らない……。

「嘘だろ? 『レンジマン』壊れちまったのか? おい?」

 俺はもの言わぬ電子レンジに向かって声をかけた。「レンジマン」とは、俺が勝手に付けた電子レンジの愛称だ。

「レンジマン……」

 レンジマンは全自動洗濯機の「うずしおくん」とともに、俺が一人暮らしをしていた頃から、かれこれ十年以上使っている愛着のある家電品の一つだ。

 俺はレンジマンが壊れたことを悟った。俺は一言だけ愛称を呼ぶとレンジマンの中から丼を取り出し、丼と目玉焼きをよそった皿と箸を持ちダイニングテーブルについた。

 冷えた飯で目玉焼きをおかずに食う。やれやれ、侘しい朝食になっちまった……。

 朝食を食べ終えると、食べ終えた食器をキッチンで洗った後、食後の一服を済ませてリビングでテレビを見ながらボスが目覚めるのを待った。




 午前九時過ぎ。ボスが目覚めて寝室から出てきた。

「おはよう、竜作。今朝は珍しく早いお目覚めね」

 ボスは伸びをしながらリビングダイニングに通じる廊下を歩いてやって来た。

「おはよう、恭子……」

「あら、元気ないわね? どうかしたの?」

「恭子、落ち着いて聞いてくれ。レンジマンが今朝壊れた……」

「えーっ! レンジマン壊れちゃったの?」

「ああ、電源ボタンを何度押しても電源が入らない。完全に壊れてる……」

「あらそう、困ったわね……。……、よし! 朝食を食べたら新しい電子レンジを買いに行きましょう!」

「へっ?」

「前々から新しい電子レンジが欲しかったのよね。新しいのを買いに行きましょう!」

「う、うん、わかった」

 正直言うとなるべくなら外出は控えたいのだが、断る理由が見つからなかった。それに電子レンジの無い生活は非常に不便だ……。

 ボスは自分で朝食を作り食べ始めた。ボスの朝食はいつものトーストとハムエッグだ。

 朝食を食べ終えたボスは一旦寝室に戻り、銀行の封筒を持ってリビングダイニングに戻って来た。

「はい、これ! 竜作に特別ボーナス!」

「えっ? 俺にボーナスくれるの?」

 ボスから現金の入った銀行の封筒を手渡された。封筒の中身を確認してみると十五万円も入っていた。

「恭子、こんなにもらっちゃっていいの?」

「ボーナスが出たし、今度私チーフデザイナーに昇進したの。竜作に専業主夫をやってもらってるおかげで随分助かってるわ。それに対するご褒美よ」

 ボスは表参道にある一流アパレル会社のデザイナーとして勤務している。チーフデザイナーと言えば、一般的な企業での主任の役職に相当するのだろうか? 何はともあれボスの昇進はめでたいことだ。

「チーフデザイナーへの昇進おめでとう! 特別ボーナスは大切に使うよ」

「私からの特別ボーナス無駄遣いしないでね。無駄遣いしたらお小遣いカットするからね!」

「う、うん……」

 ボスはアメとムチの使い方が上手い。俺はボスの手のひらの上で踊らされている……。




 ボスと俺は寝間着から普段着に着替えると、俺の愛車、スズキの軽自動車「ラパン」で、新しい電子レンジを買いにJR川崎駅に隣接する大型家電量販店へと向かった。自宅から出かける前、ボスがトイレに入っているのを見計らって、俺の警護にあたっている住崎さんに携帯電話で連絡を取り、今日のボスと俺の行動予定を伝えた。

「『ピーターくん』でのドライブは久しぶりね」

「そうだな」

 俺の愛車の愛称は「ピーターくん」。元々付いている車名の「ラパン」の由来となっているウサギから、イギリスの絵本作家のビアトリクス・ポターが書いた児童書に登場する「ピーターラビット」を連想して命名した。

 愛車、ピーターくんに乗り込み自宅マンションを出発すると、昨日と同様にネクタイゴリラ達が乗っていると思われる外交官ナンバーの黒のミニバンが、一台俺達の後をつけてきた。今日は黒のミニバンとともに、住崎さんがアメリカンタイプのバイクに乗り俺達の後に付いて来ていた。

 バックミラーには、ライダースジャケットに身を包みアメリカンタイプのバイクを運転する住崎さんが映っている。なかなか様になっている……。

「竜作、今夜の岩田さんとの飲み会、私も同席しちゃっていいの? 男同士二人で飲む方が良いんじゃないかな?」

「いや、玄さんには恭子も一緒に連れて行くと伝えてある。玄さんは恭子に会えるのを楽しみにしているよ」

「あらそう、私も岩田さんに会うの楽しみだわ」

 俺達夫婦にネクタイゴリラ達が張り付いてる中での特別な外出はなるべく控えたい。かと言って、妙に自宅に引きこもっているわけにもいかない。俺は玄さんとの飲み会にボスも同席させることを得策と考えた。ボスを一人で自宅に残すわけにはいかない……。




 愛車を走らせることおよそ二十分、JR川崎駅に隣接する大型家電量販店に到着した。駐車場に車を預けた後ボスと俺は、四階の生活家電・寝具売り場に向かった。

 エスカレーターで四階に向かう途中、住崎さんから携帯電話に連絡が入った。

 住崎さんの話によると、ボスと俺にツーマンセル|(二人一組)を四班付けているそうだ。残りのツーマンセル四班は、自宅の警備にあたっていると言う。自宅付近には三人のネクタイゴリラ達が張り付いてるそうだ。「外出時は特に危険なゆえ、お早めにご自宅にお戻りください」と忠告された。住崎さん、ご忠告はありがたいが、そんなことは百も承知だ。バッキャロウ……。

 四階の生活家電・寝具売り場に着いた。ボスは早速電子レンジコーナーに向かい、近くにいた店員に声をかけてお勧めの商品を聞き始めた。俺は一足遅れてボスのもとに近寄った。

 ボスの買い物は長い。これからボスの入念な商品の吟味が始まる。二年前に買い替えた掃除機も、約一時間に及ぶボスの商品の吟味により選びに選んだ商品だ。俺はボスの隣で一時間立ちっぱなしになることを覚悟した……。

 今ボスと俺に張り付いているネクタイゴリラ達の人数は二人。いつも俺に張り付いている奴らだ。残りの一人はおそらくミニバンの中で待機しているんだろう。それにしても休日の家電量販店の生活家電・寝具売り場に佇むネクタイゴリラ達は、かなり場違いな存在だ。

 ネクタイゴリラ達の顔色を伺ったところ、どうやら奴らは疲れているようだ。連日朝の六時から深夜二時まで、ほとんど休憩を取らずに二十時間という長い時間俺に張り付いている。疲れるのも無理もない……。

 住崎さんは俺達の近くで気配を殺してガードにあたってくれている。住崎さんは、まるでそこに存在していないかのように気配を殺している……。ボスは俺の隣で店員に商品説明を聞きながら入念な商品の吟味を続けていた。




「よし! これに決めたわ! これください!」

 およそ三十分に及ぶ商品の吟味の末に、ボスは一台のオーブンレンジを選んだ。今朝壊れたレンジマンより二回りほど大きいオーブンレンジだ。商品名は「らくらくクッカー」だ。いつもボスが買い物に要する時間と比べると、今日は比較的早く商品を選んだ方だ。

 さらばレンジマン、ありがとうレンジマン。お前の電子レンジ魂は、新しいオーブンレンジ、「らくらくクッカー」に引き継がれることだろう。

 レジで会計を済ませると購入したオーブンレンジを、ボスの商品の吟味に付き合ってくれた店員が、駐車場に停めてある車の所まで台車に乗せて運んでくれた。途中、ボスは「予想外の出費だったけど一番良い商品を選んだと思うわ」と、自分の商品選びに自画自賛していた。俺は「そうだね」と相槌(あいづち)を打った。

「新しく買ったオーブンレンジに付ける愛称はもう決まっているの?」

 愛車「ピーターくん」に乗って自宅に帰る道すがらボスが俺に聞いてきた。

「ああ、もう既に決めてある。新しく買ったオーブンレンジの愛称は、『レンジマン二号』だ!」

 ボスに愛称を告げると、ボスは「相変わらずのネーミングセンスね……」と言いながら苦笑していた。

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