第21話:虎之介の切り札~特務秘書 住崎麗香(すみざきれいか)~
雄一さんと虎之介と俺の三人は、今後どうするかについて話し合っていた。
「竜作君、これまで話したことについて質問はないかね?」
「あの、王位継承権を放棄することはできないんでしょうか?」
「王位継承権を放棄することは可能だが、第六王子を国王にさせたくない国王補佐官としては君に次の国王になってもらいたいと切望している」
「……、そんな……。そんなこと言われたって俺には俺の今の生活があるし……」
「無理な話だとはわかっているが、第六王子が国王になることはどうしても避けたいんだ」
「…………」
俺はたばこを吸いながら考え事を始めた。
「どうすりゃいいんだよ? しばらく恭子には仕事を休んでもらおうかな……」
俺は煙草の煙を吐き出しながらつぶやいた。
「いや、これまで通り普段の生活を送った方がいいだろう。その代わりに明日からお前達夫婦の警護人員をツーマンセル|(二人一組)を四班ずつに増員する」
俺のつぶやきに対して虎之介が答えた。
「……、厳重な警護だね。俺達夫婦に十六人もの人員を当てて大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。我が社ピースメーカーは会社の規模こそ中堅どころの警備会社だが、社員は優秀なのが多数揃っている」
「そうなんだ……」
「それと竜作には特別にもう一人、俺の秘書の住崎を付ける」
「ケーキとコーヒーを持って来てくれた虎之介の秘書さんをか? あんな小柄な女性を俺に付けても警護の足しになりそうにないぞ」
「いや、ああ見えて我が社ではトップの警護能力を誇る奴だ。奴は俺の『切り札』だ」
「そ、そうなのか?」
「ああ」
すると、虎之介は内線電話でどこかの部署に電話をかけた。
『剣崎だ。住崎に第零会議室に来るように伝えてくれ』
虎之介が電話を切ってからしばらくすると、会議室のドアがノックされた。
「おう、入ってくれ」
虎之介がノックの音に応えた。
住崎さんが会議室のドアを開け、物静かに会議室の中に入って来た。
「……、失礼いたします。剣崎主任、お呼びでしょうか?」
「住崎、今日からこちらにいる竹田竜作氏の警護に付いて彼の指示に従ってくれ」
「……、了解しました。竹田様、私、住崎麗香と申します。以後、よろしくお願いいたします……」
「はあ……、こちらこそよろしくお願いします……」
小柄な体格をした住崎さん。どちらかと言えば彼女に守られるより、守りたくなるような女性だ。
「住崎はこう見えて元傭兵だ。傭兵時代のコードネームは『キャサリン』。こいつは一人で某国の一個連隊を壊滅させるほどの凄腕だ。なおかつ、IQ二百を誇る天才で百カ国語をマスターしている。もちろんガルジヤ語もだ」
一個連隊とは、指揮官に大佐を要した千人から三千人規模の兵隊数を意味する。
「剣崎主任、先程も申しましたが私をコードネームで呼ぶのはお止めください……」
「あ、ああ。すまない、住崎……」
俺の目の前にいる小柄な女性社員が元傭兵だって? 虎之介のいう言葉を俺は信じられずにいた。
「竜作、住崎が付いていれば百人力、いや、千人力だ。竜作の身の安全は俺が保証する!」
「そうかい? そう言ってもらえるとありがたいね……」
俺は半信半疑だったが虎之介の自信に満ちた言葉を聞き、住崎さんの腕前を信じることにした。
「それじゃ、住崎。秘書室に戻って至急竹田竜作氏の自宅近辺にアジトを確保してくれ」
「……、了解しました。それでは失礼いたします……」
住崎さんは会議室に入って来た時と同様に物静かに会議室から去っていった。
「竜作、いざという時は住崎のことを『キャサリン』と呼べ。奴はコードネームで呼ばれると『戦闘モード』にスイッチが切り替わる」
「ああ、わかった。『キャサリン』ね、覚えておくよ……」
住崎さんが第零会議室を去ってからおよそ十分後、虎之介の携帯電話が鳴った。電話の主は住崎さんで、俺の自宅付近にアジトを確保し、これからアジトに向かうとのことだった。
それにしても手際が良い。虎之介の言う通り住崎さんは優秀な人物のようだ。
「今後の警護体制も決まったことだし、私に対する質問が無ければお開きにしようか?」
虎之介と俺のやり取りを黙って聞いていた雄一さんが口を開いた。
「はい、今日はお忙しいところ、お時間を割いていただきありがとうございました」
俺は雄一さんにお礼を述べた。
「いや、構わんよ。もっと早く君に真実を話すべきだったと後悔している。申し訳ない」
「いえ、今日ことの真相がわかって少しホッとしています。しかし、内心は動揺しまくってますけどね……」
「そうか、まあ動揺するなと言うのが無理な話だ。それじゃお開きにしよう! お疲れ様。竜作君、くれぐれも気をつけろよ!」
「はい!」
会議室の壁掛け時計を見ると時計の針は午後五時を過ぎていた。約二時間に及ぶ雄一さんとの話し合いが終わった。
地下四階の第零会議室を後にし、エレベーターに乗り一階のエントランスに戻ると、俺の携帯電話に着信があった。電話の主は玄さんからだった。
『はい、竹田です』
『もしもし、岩田だ。竜ちゃん、今電話大丈夫かい?』
『ああ、大丈夫だよ』
『先日話した金型加工会社の面接をクリアして採用されたよ! 竜ちゃん、約束通り飲みに行こうや!』
『そうかい、やったね玄さん! おめでとう!』
俺は既に雄一さんから玄さんが採用された旨を聞いていたが、さも初めて聞いたかのように少し大袈裟に返事をした。
『それで飲みに行く日はいつにする? 竜ちゃんの都合に合わせるよ』
『それじゃ、早速だけど明日にしよう。俺もちょっとこれから忙しくなりそうでね。明日の土曜日の午後六時に駅の改札口付近で待ち合わせしようよ。俺のカミさんも連れて行くよ。三人でお祝いしよう!』
『ああ、わかった。明日の午後六時に駅の改札口だな。遅れずに行くよ』
『じゃあね、玄さん。また明日』
『おう、明日竜ちゃんの嫁さんに会えるのを楽しみにしてるぞ! それじゃあな!』
俺は玄さんからの電話を切った。
「竜作、今の電話、岩田さんからの祝勝会の誘いか?」
「ああ、飲み会は明日の土曜日午後六時からになった。先ほど話した通り、玄さんにも警護を頼む」
「わかった」
「それじゃ、虎之介。申し訳ないが引き続き俺達夫婦の警護を頼む」
「ああ、わかった。気をつけて帰れよ。安全運転でな!」
「ああ、気をつけるよ。じゃあな」
虎之介と俺はビルの入口で別れ、俺は家路についた。
「ああ~、たばこ吸いてえ……」
自宅に戻るとそう独りごちりながら玄関で無造作にリングブーツを脱ぎ、自室にヘルメットを置くと携帯灰皿を持ちたばこを吸いにベランダに向かった。
外壁にもたれながらたばこを吸っていると、携帯電話に知らない携帯電話の電話番号からの着信があった。俺はおそるおそる電話に出た。
『はい、竹田です……』
『株式会社ピースメーカーの住崎麗香です。竹田様、おかえりなさいませ……』
『住崎さんですか。俺が帰って来たのよくわかりましたね』
『……、竹田様から見て正面に見えるアパートの三階のベランダをご覧ください……』
俺は住崎さんに言われた通り、ベランダの正面に見えるアパートの三階のベランダを見やった。するとそこには、俺の方に小さく手を振る住崎さんの姿があった。
俺は住崎さんに対して小さく会釈をした。すると住崎さんは小さな素振りで会釈を返してくれた。
俺の元相棒、剣崎虎之介の秘書、住崎麗香。小柄な体格ながら頼りがいのある存在のようだ。




