第20話:ボスの秘密
「竜作君、君達夫婦に付きまとっている輩が、ガルジヤ王国の大使館に出入りしているのは既に知っているかな?」
「はい、虎之介から報告を受けて知っています」
「それなら一ヶ月半ほど前に起きたガルジヤ国王一家の暗殺事件は知っているかな?」
「はい、ガルジヤ国王と王妃と第一王子から第五王子までもが殺害されたと、連日テレビのニュース番組で取り上げられていたのである程度は知っています」
ガルジヤ王国、東南アジアに位置する小さな島国。近年、ガルジヤ王国の海域の地下からレアアースが採掘できることがわかり、にわかに経済発展を遂げた新興国だ。
「その国王一家暗殺事件で唯一、第六王子だけが難を逃れた。未だ憶測の域を出ないが国王一家暗殺事件の首謀者は、第六王子のイブリース・ガルジヤ王子だと噂されている。自分が国王の座につきたいから起こした事件だと囁かれている」
「えっ! 自分が国王になりたいから自分の両親と兄達を殺したっていうんですか? そんなことありえない……」
「多分噂は本当だろう。今のところガルジヤ王国の王位は空席のままだ。第六王子はまだ国王に即位していない。今は国王補佐官が国王代理を務めて執務にあたっている」
「そんな王子が国王になったら、国民はたまったもんじゃない……。それにしても雄一さん、ガルジヤ王国の内政事情に詳しいですね」
「我が平沼一族とガルジヤ王国の歴代の国王補佐官とは昔から懇意にしていてね。それで色々と情報が入ってくるんだよ」
「そうなんですか」
「それでだ、第六王子は次の国王は自分だと思っていたが、他にもう一人王位継承権を持つ者の存在を知った。実はもう一人の王位継承権を持つ者とは竜作君、君のことだ。君達夫婦に付きまとっている輩は第六王子に仕える兵隊達なんだ。君達夫婦を暗殺しようと企んでいるらしい……」
「えっ? 雄一さん、お、俺がガルジヤ王国の国王候補だって言うんですか?」
「そうだ。竜作君、君が正式な第六番目のガルジヤ王国の国王候補だ。第六王子は正式には第七番目の国王候補だったんだ」
「えっ? えっ? なんでなんで? 俺の親父もおふくろも日本人ですよ! そんな俺がなんでガルジヤ王国の国王候補なんですか?」
「それには恭子ちゃんの出生に秘密がある。ここからはもう少しゆっくり話そう……」
「ゆ、雄一さん、たばこを吸いながらお話を伺ってもいいですか?」
「ああ、構わんよ。私も吸いながら話すよ」
雄一さんと俺はたばこに火をつけ吸い始めた。俺がガルジヤ王国の国王候補だって? にわかには信じられない話だ……。
「実は恭子ちゃんはガルジヤ王国の第一王女だ。ガルジヤ王国の法律では、王女の夫になった者にも王位継承権が与えられる。だから竜作君、君にも王位継承権が与えられたんだ」
「えっ? もしかして恭子のお母さんはインド人じゃないんですか?」
「ああ、私の叔母にあたる恭子ちゃんの母、アンジュ叔母さんがインド人だというのは嘘だ。実はアンジュ叔母さんはガルジヤ人だ。アンジュ・アナンダという名前も偽名で、本当の名はミナ・ドヌーブ・ガルジヤと言う。アンジュ叔母さんは先日暗殺されたガルジヤ国王の元第二王妃だった人だ」
「そ、その話本当ですか?」
「ああ、本当だ。アンジュ叔母さんは、毎日繰り返さえるガルジヤ国王のアンジュ叔母さんに対する理不尽な振る舞いに耐えかねて離婚した。ガルジヤ国王と離婚したアンジュ叔母さんは実家に戻れず、離婚後の生活は極貧状態に陥ったそうだ。それを見かねた当時の国王補佐官が私の祖父である平沼和雄に助けを求めたそうだ」
「……、雄一さんのお祖父さんはその助けの求めにどう応えたんですか?」
「私の父の弟でフリーカメラマンをしていた高雄叔父さんをガルジヤ王国に派遣した。ガルジヤ人の女性の容姿はインド人の一般女性の容姿とよく似ていてね、インド国籍の偽造パスポートを作りそれを使ってアンジュ叔母さんを日本に入国させた。そんな中で高雄叔父さんとアンジュ叔母さんは恋に落ちたそうだ」
「雄一さん、それって不法入国じゃないですか?」
「そうだ、その時祖父は、アンジュ叔母さんをガルジヤ王国より治安が良い日本に不法入国させる方法しか思い浮かばなかったそうだ。日本に入国後、高雄叔父さんとアンジュ叔母さんはすぐに婚姻手続きを進めた。そんな折にアンジュ叔母さんがガルジヤ国王の子供を身籠っていることがわかった。アンジュ叔母さんが身籠っていることをガルジヤ王国の国王補佐官に伝えたところ、子供を堕ろせと言われるかと思っていたがそんなことは言われなかったそうだ。その後、無事婚姻手続きを済ませた後で生まれた子供が恭子ちゃんというわけだ」
「えっ? ちょっと待ってください。高雄お義父さんの子供の可能性は無いんですか?」
「可能性はほぼゼロに近い。高雄叔父さんは無精子症だったからな……」
「……、無精子症……」
「当時のガルジヤ王国の国王補佐官は、恭子ちゃんの存在をガルジヤ国王には秘密しておきつつ、恭子ちゃんの王位継承権を剥奪せずにそのままにしておいた。恭子ちゃんは王族の血を絶やさないための切り札のような存在だったからだ」
「……、恭子がガルジヤ王国の第一王女で俺が国王候補? にわかには信じられませんよ……」
「そうだろうな、この話は私も父から一年前に聞かされた。聞いた当初は私も信じられなかったよ……。私の知っている話は以上だ」
「……、竜作がガルジヤ王国の国王候補とは俺も信じられないよ……」
これまで雄一さんと俺との会話を黙って聞いていた虎之介も、ことの真相を知って思わずつぶやいてしまったようだ。
雄一さんの話を聞き終わった後、壁掛け時計を見ると時計の針は午後四時半を過ぎていた。




